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つがい編
狩りの始まり
しおりを挟む「王を…愚弄なさるおつもりか」
語気を荒げ結に詰め寄る若長の前に、シルヴァンが素早く移動する。
——ゾットは、もういない。
頭では理解していても、勝手に震える体を持て余す結の視線を遮るよう立ちはだかったシルヴァンに、若長はチッと舌打ちをする。
「いや、まさか、とんでもない誤解だ」
「しかしこの者は今…」
なおも言い募ろうとする若長を片手で押し留め、シルヴァンは内緒話をするかのように声を潜めた。
「この者は先日狐族のドットに襲われたばかり。
体の傷もまだ癒えてはおらず、まして心の傷は目に見えぬ分どれほどの物か分からぬ。
そのような状態で王都までの旅は無理だ。
最悪心を病んで身体を壊し、王に会うまでに死んでしまうかも知れぬ。
それでも良いと、王は言っているのか?」
「しかしゾ…」
シルヴァンの言葉に、反論しかけた若長は不自然に黙り込む。
その様子に違和感を感じたのは、シルヴァンだけではなかった。
——今、あえてよく似た違う名で呼んだにもかかわらず、この者は正しく名前を呼ぼうとした。
これは一体どういう事なのか。
しかし…これ以上追求してものらりくらりと躱され、誤魔化されてしまうに違いない。
瞬時に判断したシルヴァンは、何も気付かなかった体で結に目配せをした。
「もちろん、手ぶらで帰らせるような無粋な事はしない。
王にはこれを」
結が使者に差し出したもの。
それは偶然手元に戻ってきたスマホだった。
「そ…れは、しかし…」
スマホが「何」なのか、どう使うものなのかわからない彼らにとっては、文字通り豚を真珠、猫に小判。
。
宝の持ち腐れだ。
けれども…
「これはこのようにして使う事もできます」
結からスマホを預かったレプスが若長に向かってシャッターを切り、写真を見せる。
「…っな、何、だ…これは私か?」
見た事のない者にとって、似顔絵よりも精密で精巧な写真はそれだけで畏怖と同時に関心の素となる。
「あなたの時間と姿を一瞬だけ切り取りました。
と言っても本体には何の影響もありませんので、ご安心を」
ニッコリ微笑むレプスを、若長は胡乱げに見つめた。
*
「しかし……良いのか?
これはご両親の思い出が詰まったものであろう?」
国王を呼びつけるにしても、何か餌が…それもあちら側にとって条件の良い物を出す必要がある。
それこそ結の代わりに差し出して、相手が納得するほどの…。
考えた末、結は若長が持ってきたスマホを餌にする事に決めた。
「この中に入っているデータはバックアップ、つまり予備がありいつでも復元できます」
——まぁ、それは向こうに戻れたら、の話だけどね。
でも、これは今は言わなくても良い事、と結はあえて触れなかった。
「それに彼らにとって使い道のわからないただの「物」が、思いもよらない使い方のできる「便利な道具」になるとしたら?」
「そんな物を渡したら、それこそ大変な事になるではないか」
「そう、思わせるだけで良いのです」
——そう、何度も電源を入れていればいずれスマホは電源が落ちる。
「なるほど?
そなたのいた世界ではコレは便利な物であったが、こちらでは使いようのない代物だという事か?」
腑に落ちた顔で続きを促すシルヴァンと、興味津々のレプスの顔を交互に見つめ、結は続けた。
「使いようがないとまでは言いませんが、本来の用途は2割程度しか使えません。
これを使う上で最も重要な電気と電波、それがこちらにはないので。
最後にこの数字を見てください。
57と書かれているこれは、電池…これを動かすための動力源の残量です。
これが0になると、もう私にもこれを使う事は出来ません。
つまり…」
「我々獣人にとって想像もつかないヒトの「遺産」、いや、「玩具」を餌に王をおびき寄せると言うのだな?」
*
少し前に打ち合わせた通り、ほんの少しの不安を煽りつつ、興味を持たせるようレプスが説明すると、案の定若長は身を乗り出した。
「姿と時間を…切り取る。
そんな事が可能なのか?」
「姿と時間だけでなく、言葉や風景を切り取る事も可能です
窓を開け放ちビデオモードにすると、レプスは外の風景を撮影する。
空の色
雲の流れ
鳥の声
そして日常の風景が余すところなく記録されてゆく。
それを再生すると使者の目が輝いた。
「なんという事だ!」
「その技はそう何度も使える物ではありません。
ここぞという時にお使いになられる事をお勧めします」
ニコニコと愛想よく話しながら、レプスは油断なく辺りを見渡していた。
——今、この部屋に居るのは。
シルヴァン様と結、グリスにゴールディ、後はリサ。
この限られた者しか知り得ない、偽りの情報を餌として裏切り者を見極める事はできないか。
いや…むしろ。
この者が居ないところでニセの情報を流した方が…。
笑みを浮かべながらも醒めた目で思考を巡らすレプスとは対照的に、シルヴァンは全神経を集中し不審な動きがないか探っていた。
狼族の持つ超感覚で遠く離れた場所にいる者でも気配を察知する事ができるが、今のところ怪しい物はない。
先程、結が倒れた際グリスとゴールディが若長に水を向けてそれとなく情報を探ろうとしたらしいが、大した収穫はなかった。
やはり…アレの力を借りるしかないか。
狐族は獣人の中でも無類の酒好きな種族だ。
こちらでしか作られていない秘蔵の酒を振る舞ってやれば…あるいは。
レプスの説明を受け、スマホとやらを光らせたり音を鳴らせたりとご満悦の若長を尻目に、何やら考え込んでいるリサの様子も気にはなる。
——次の一手を効果的に。
より確実に打ち込むには…機を逃さぬ事。
どうせ飲み明かすのなら結と2人で、と言いたいところだが。
シルヴァンは心の中で気合を入れると酒と肴を用意させた。
「さぁ、使者殿。
教えてくれ、王都は今どんな様子なのだ?」
宰相時代に培った、本心を決して悟らせない人当たりの良い笑顔と巧みな話術を遺憾なく発揮して、シルヴァンは情報を引出しにかかった。
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