狼王のつがい

吉野 那生

文字の大きさ
38 / 46
過去の亡霊編

王との対面

しおりを挟む

——普通。

…良くも悪くも。


王との面会で結が抱いた感想はそんな物だった。

がっしりした体はよく鍛え上げられ、年齢による緩みは全く見られないし、漆黒の髪を短く刈り込んだ精悍な顔立ちは、年齢より多少若く見える。


が…それだけ。

特に親しみやすくも、反対に恐ろしそうにも気難しそうにも見えない。
どちらかといえば穏やかな印象に結は若干…ほんの少しだけ拍子抜けした。

 *

シルヴァンと不仲の、しかも正当な理由なく母を斬ろうとし、庇った父の利き腕を切り落とした男と、いざ対面という段になって結はガチガチに緊張し震えが止まらなくなった。


『人質として会いに行く訳じゃないのよ。
胸を張って、堂々としてらっしゃい』


けれども王宮まで同じ馬車に乗り、何かと話を聞いてくれたアンリエッタの言葉を思い出し、結は努めて深呼吸を繰り返した。


「案ずるな、私もそばに居る」

頭をポンポンと軽く叩き、安心させるように顔を覗き込むシルヴァンに、結も強張った笑みを何とか返す。


「大丈夫です、王様だろうが何だろうがその辺の案山子と一緒…」

強がる結の言葉にシルヴァンがプッと吹き出す。

「国王を案山子呼ばわりとは。
さすが我がつがい、肝が座っておる」

ニヤニヤと揶揄うように頭を撫ぜるシルヴァンに、結は慌てた。

「違うんです、アンリ様の旦那様を案山子呼ばわりした訳じゃなくて!
あの…酷く緊張する相手と会う時、向こうでは緊張しないよう相手の事を野菜だと思えって言い方をするんです。
だから、そんなような事を言ったつもりで…」

「いいのよ、ユイ。
実際わからず屋の唐変木ですもの」

コロコロと笑うアンリエッタに、結もシルヴァンも微妙な顔をして黙り込んでしまった。



その後もアンリエッタは馬車の中で結と様々な話をし、試すような事もした。

その度に何か言いたげなシルヴァンの視線を感じたが、敢えて気がつかないふりをしてアンリエッタは自分なりに結という迷いびとを見極めようとした。

その意図を察したのか、シルヴァンは口出しはしなかったが…結の手を握り、何かあらば黙ってはいないと義姉を牽制していた。


見た目や出自はともかくとして。

極めて平凡な、特に秀でた所も見つからない代わりに、権力や強者に媚びへつらう事もない善良で裏表のない娘。
良くも悪くも素直で思った事が顔に出やすく、胸の内を笑顔で覆い隠して裏で画策するような事は苦手なようだ。
そして、自分の中に確固たる「譲れない物」を持っているらしく、意外と頑固な所もある。

というのが、アンリエッタが結と話して掴んだ人物像だった。


取り繕ったり飾らない人柄は好ましくもあるし、周囲や状況を見て判断する力を持っている所も、意外と度胸がある所も悪くはない。



狭い馬車の中は多少居心地の悪い空間ではあったが、その分収穫もあったと思い返しながら、アンリエッタは目の前でナチュラルにいちゃつく2人を生温く見つめた。



シルヴァンの方は彼女をつがいだとハッキリ自覚しているようだが、ユイはまだその段階には至ってはいないようだ。
それでも2人の様子を見ていると、惹かれあっているのは間違いないように見える。


つがいを得た獣人は強い。

滅多な事では2人を引き離す事はできないだろうし、前回同様の非道な行いを王妃として看過する訳にはいかないと、アンリエッタも気を引き締める。


「つがい」という神の定めた仕組みを、神よりこの世界を託された獣が覆すなど。

神に対する冒涜にも等しい行為だ。




——まして目の前にいるユイは、サラとゲイルの娘だというではないか。

言われてみればなるほど、ユイの背格好はサラとよく似ているし、意志の強そうな瞳はゲイルにそっくりだ。



あの時、諌めても泣いて懇願しても聞き入れられる事のなかった王の身勝手な振舞い。

王を…夫を止められなかった自分の不甲斐なさに、忸怩たる思いを今も抱いている自分にとって。



——この娘は…この国にとって試金石のような役割をもって神より遣わされたのかもしれない。



そんな事を考えながら2人を見守っていると、控室の扉がノックされる。


「お時間です」

迎えの騎士に案内され、3人は謁見の間に向かった。

 *

謁見というからどんな堅苦しいものかと戦々恐々していた結だったが。
色とりどりの花が咲き誇る庭園の片隅にある東屋に円卓が用意されていたのには驚いた。

アンリエッタが手ずから淹れた紅茶と数種類の菓子を勧められ、一見和やかな雰囲気の中行われた謁見という名の茶会が始まった。

「これは非公式の茶会だ。
ルールもマナーも無用の、気楽なものと心得よ」



——そう言われて「はいそうですか」と楽しめる程、肝が座っている訳じゃないよ。

そう思いながらも、せっかくの紅茶に口をつけないのも…と思い、結は唇を濡らす程度紅茶に口をつけた。


最果ての砦にて、国王の使者に取った不躾な態度を咎められる事もなく、怖いくらい穏やかな茶会の中。
その中で、結はノワールがシルヴァンの方を見ようともしない事に気がついた。

結の隣に座っているのに、一度も視線を合わせない。
むしろ意図的に目を逸らしているようにも見える。


この場に居ないものとして扱うのだとしたら…何のためにシルヴァンを呼んだのか。


その疑問に対する答えは、1人の男の登場によって明らかになった。



「千猿国の使者、コウと申す。
迷いびと様にはお見知り置きを」

どこから現れたのか、突如乱入してきたその男にシルヴァンは息を飲み…あらかじめ男との対面も仕組まれていたのかと、ノワールを睨みつけた。

ニヤリと笑うその男に、結は青ざめながらも歯を食いしばり、男をキッと睨みつける。


「あんたは…あの時の」

「一国の正式な使者にあんたなどと。
口を慎め、迷いびとよ」


ピシャリと言い放つノワールに、シルヴァンと結の乗った馬車が、王都につく直前この男の率いる一隊に襲われた事。
王妃の離宮に逃げ込み、シルヴァンが矢傷の手当てを受けた事を訴えるも

「証人は?確たる証拠はあるのか?」

と一蹴され、結は唇を噛みしめる。

そんな茶番にも似たやりとりを、アンリエッタは冷静に観察していた。


「私の怪我が矢傷でないと言うのなら、その者の目は節穴だろう。
それに証人なら、私達の護衛として砦より共にやってきたリサがいる。
彼女はどうした?」

シルヴァンの言葉に

「襲撃を受けたという報告は入ってはおらぬ」

とノワールは鼻で笑いながら、今日初めて弟の顔を正面から見つめた。



——昔は、この視線が恐ろしくもあり引け目を感じたものだが…。

嘲りと憎しみ、怒り、蔑みの入り混じった視線を平然と受け流し、シルヴァンは

「コウとやら、そなたには砦にて我がつがいを襲ったという罪もあるぞ。
知らぬとは言わせん、何よりも被害者であるユイが証人だ」

猿人に向け、最大限の殺気を放った。

すぐ隣から放たれる圧倒的な「気」に、結とアンリエッタは思わず息を飲む。


凄まじいまでの怒りにコウも、そしてノワールですら気押されたが、すぐに立て直し

「そんな事よりも我が国より奪われた、ヒトの遺物、返していただこう」

突拍子もない事を言い出した。


「ヒトの遺物と…。
奪われたとはなかなか穏やかではないが、何故それを私に?」

本気で首を傾げるシルヴァンに指を突きつけ

「盗っ人猛々しい!
こちらの迷いびとの所持していた拳銃、奪ったのはそちらであろう?」

喚くコウに、シルヴァンと結は顔を見合わせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

惚れた男は根暗で陰気な同僚でした【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
イベント企画会社に勤める水木 茉穂は今日も彼氏欲しさに合コンに勤しむ、結婚願望が強い女だった。 ある日の週末、合コンのメンツが茉穂に合わず、抜け出そうと考えていたのを、茉穂狙いの男から言い寄られ、困っていた所に助けに入ったのは、まさかの男。 同僚で根暗の印象の男、【暗雨】こと村雨 彬良。その彬良が会社での印象とは全く真逆の風貌で茉穂の前に現れ、茉穂を助けたのである………。 ※♡話はHシーンです ※【Mにされた女はドS上司に翻弄される】のキャラを出してます。 ※ これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。 ※終了したら【プラトニックの恋が突然実ったら】を公開します。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

お前が愛おしい〜カリスマ美容師の純愛

ラヴ KAZU
恋愛
涼風 凛は過去の恋愛にトラウマがあり、一歩踏み出す勇気が無い。 社長や御曹司とは、二度と恋はしないと決めている。 玉森 廉は玉森コーポレーション御曹司で親の決めたフィアンセがいるが、自分の結婚相手は自分で決めると反抗している。 そんな二人が恋に落ちる。 廉は社長である事を凛に内緒でアタックを開始するが、その事がバレて、凛は距離を置こうとするが・・・ あれから十年、凛は最悪の過去をいまだに引き摺って恋愛に臆病になっている。 そんな凛の前に現れたのが、カリスマ美容師大和颯、凛はある日スマホを拾った、そのスマホの持ち主が颯だった。 二人は惹かれあい恋に落ちた。しかし凛は素直になれない、そんなある日颯からドライブに誘われる、「紹介したい人がいるんだ」そして車から降りてきたのは大和 祐、颯の息子だった。   祐は颯の本当の息子ではない、そして颯にも秘密があった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完】経理部の女王様が落ちた先には

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位 高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け ピンヒールの音を響かせ歩く “経理部の女王様” そんな女王様が落ちた先にいたのは 虫1匹も殺せないような男だった・・・。 ベリーズカフェ総合ランキング4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 関連物語 『ソレは、脱がさないで』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『初めてのベッドの上で珈琲を』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

処理中です...