狼王のつがい

吉野 那生

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つがい編

愚か者の末路〜リサ〜

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先日より鼠がコソコソと嗅ぎ回っている。



…原因は分かっている。


シルヴァン様のつがいと言われるアレの襲撃に失敗した狐を始末してから、色々な事が上手く運ばなくなった。


「もう少し上手くやると思ったんだが」


猿共に繋ぎをつけ、あちらの情報を引き出す代わりにシルヴァン様の弱点…つがいの存在を知らせる。

その情報は王都へも送られ、密命を受け狐族の若長の弟が遣わされてきた。

ヤツの目的は迷いびとを無理やりにでもシルヴァン様から引き離す事。
シルヴァン様を傷つける事。
そして、どのようなでも生きてさえいれば構わないので、迷いびとを王都へ連れて行く事だった。


奴らは面白いようにこちらの思惑通り動いてくれた。

ただし、最後の詰めはだいぶ甘かったが。




『リサ…殿』

捕われ拷問紛いの尋問にも、よく耐えたとは思う。
けれどかなり弱っていた狐の様子を見に行ったあの晩、ヤツは相当自棄になっていた。



『どうせ殺されるのなら、奴の苦しむ顔が見たかった』

と嗤い

『死にたくない』

と喚き

『全てを打ち上げれば助かるのか?』

と赦しを乞う。


その姿に、もうだと悟った。



『もう大丈夫だ』

牢内に忍び込んだ私に縋り付こうとする狐の瞳は、澱みつつも仄暗い光を放っていた。

絶望の中、新たな希望を見出した者が細い蜘蛛の糸にでも縋り付くように。


馬鹿なヤツと内心嗤いながら、纏わり付かれる直前でスッと躱す。


我ながらよく気がついたものだと思う。

ヤツの足元に落ちていた、カチカチになったパンに。

それを見つけたのはまさしく僥倖であった。

さりげない仕草でそれを拾い上げ…


「リサ…!」

ヤツの口に押し込み、そのまま渾身の力でもって押し倒す。
その口を封じたまま。


唾液を吸って口内を塞いだパンにより呼吸が遮断され、もがく力が次第に弱まっていっても、その動きが完全に止まるまで力を緩める事はしなかった。

完全に力が抜け、念のため首筋で脈を確かめやっと息を吐く。


「ふん、役立たずが!」

物言わぬ骸となった狐を靴の先で蹴り飛ばし、何か痕跡を残していないかザッと見渡してから牢を後にした。

 *

私は元々、前王妃ミシェル様に連なる家の娘だった。
私の父はミシェル様の従兄弟であり、私もノワール様にとって再従姉妹となる。

現王ノワール様の母君で私の大伯母でもあり、前王のたった1人の妃であられたミシェル様は、とてもお美しく才気あふれるお方だった。


「だった」

そう…過去形。


けれども王妃としての、そして国母として、その地位を不動の物にしたにもかかわらず、尊厳を踏みにじられたミシェル様は少しづつ変わってしまわれたという。


私も当時の事を詳しく知っている訳ではない。

ただ噂話や両親の話の端々から察するに、元凶は前王のつがい、エレイン様とその子シルヴァン様。

この2人のせいで、ミシェル様が「壊れて」しまわれたのだと理解している。



ミシェル様が前王のたった1人の妃なら、エレイン様はたった1人のつがい。
正式な身分も後ろ盾もない日陰者として、公式な場に出る事は一切ない代わりに、前王の愛情を一身に集めシルヴァン様を命と引き換えに産み落とした。


前王と前王妃の実子であり王太子であるノワール様。
一方、王とつがいとの間に生まれた庶子のシルヴァン様。

ノワール様が漆黒の逞しい黒狼なら、シルヴァン様は白銀の精悍な銀狼。

並んで立つ姿はとても壮麗で美しかったと母などはよく話していたが、シルヴァン様はいつも1歩も2歩も引いて兄君であり王太子であるノワール様を立て、それを支えるべく努めてきた。

それが母君であるエレイン様と父である前王の望みだったから。


そんなシルヴァン様と初めてお会いしたのは私が8歳になった時の事だった。



——これほど美しい獣人を見た事はない。


白銀の美しい毛を持つシルヴァン様は、父とも再従姉妹であるノワール様とも全く違っていて。

王宮内の一部の者に軽んじられ影で嘲られても、凛と前を向いて決して卑屈にならず、己の立ち位置を常に見定めているその姿に、何というか…目を奪われた。


己の立場を弁えたシルヴァン様をノワール様も侮りつつも、宰相としての手腕は認めざるを得ない。
やや武勇に寄った所のある強面のノワール様が剛なら、優しげに見えて強かな所もあるシルヴァン様は柔。

そんな微妙なバランスを保ちつつも、何とか力を合わせ国の舵取りをしてきた2人の間に打ち込まれた楔。


シルヴァン様がその地位と、片目を…王宮で築き上げてきた全てを失うきっかけとなったのが前回の迷いびとだった。

そして今回もまた…。

10数年ぶりに現れた迷いびとによって、シルヴァン様の運命がまた大きく変わろうとしている。



ノワール様の命により、王都を追われるようにこの地に着任したシルヴァン様の護衛として、お側に付き従って約10年。

王命とはいえ…国王寄りの立場とはいえ、私なりに真心を込めてお仕えしてきたつもりだった。

だというのに…。



——シルヴァン様も存外…。

「呆れた」とも、「悲しい」とも、「寂しい」とも、名前をつけるのが難しいこの感情。

そう、多分…「虚し」くて「悔しい」のだろう。


彼は私を兄から送り込まれた間諜か何かだと思っているのだろうが…実際その通りではあるのだが。

それでも10年もの間寝食を共にした私よりも、たった数ヶ月前に現れたつがいと思しき迷いびとを優先する事が。


確かに、最初は厄介な命を受けたものだと不貞腐れていた。

けれどもここ辺境の地、最果ての砦でお仕えしその為人を知るにつれ、私は分からなくなってしまった。


王都で噂された

『ノワール様に盾つく反逆者出来損ないの弟

の姿と。
実際目の当たりにしてきた

『国と民を思い、何とかこの地の安寧を守りたいと奮戦している辺境伯』

のお姿が重ならないのだ。


どちらを信じればよいのか…。

ノワール様とシルヴァン様、どちらを…という究極の選択に、いつも私の心は引き裂かれる。



——わかっている。

私はノワール様の臣。
私が従うべきは国王であるノワール様ただお一人。

なのに…私の心は、それを受け入れられなくなってきている。



ゾットの事を役立たずの愚か者だと罵ったが…私だって人の事はいえない。

監視の対象であり、ノワール様の敵でもあるシルヴァン様に心を奪われてしまったのだから。

しかも私の想いは永遠に叶わない。
何故なら彼は「つがい」を見つけてしまったから。


役立たずの愚か者。

その末路が明るいものだとはどうしても思えない。



私は一体どうすべきなのか…最近はいつもそのような事を考えてしまう。
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