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ジェラシー?〜前〜
しおりを挟む「悠香さんは自分って物が分かってない!」
ドン!とテーブルを叩いて美里が力説した。
その隣りでは、江藤君がうんうんと頷いている。
「美人でプロポーションだって抜群。
その上優しくて、面倒見がよくて仕事も出来るのに、ちっとも鼻にかけたり偉そうにしない。
裏表もないし、ちょっと天然だけどそこが魅力的だし。
なかなかいないですよ、そういう人」
「そうそう。
天は二物を与えずって言うけどさ、今西さん貰いすぎくらい貰ってる。
美里と付き合ってなかったら、マジで「仲良く」したいくらいなのに」
「…あら、そう、悪かったわねぇ。
どうせ悠香さんみたいに美人でも、ナイスバディでも優しくもないですよーだ」
援護射撃のつもりが不用意な台詞を美里に聞きとがめられ、慌てて言い訳する江藤君。
そんな2人の痴話ゲンカを横目で見ながら、私はこっそり溜息をついた。
——というか…2人、付き合ってたの?
プロジェクトで初めて親しく接するようになった、原沢 美里と国枝 那月。
彼女達とはすぐに意気投合し、名前で呼び合う仲となったのだけど。
営業チームの江藤君と美里、それに私はそれぞれ初対面だった筈。
プロジェクトが始動して、3ヶ月あまりが過ぎたとはいえ、社内ではそんな素振りも見せなかったし、聞いた事もなかったのに。
聞いてないよ?と思いを込めてジトッと見つめると、美里は照れくさそうに微笑んだ。
発端は、北条さんとの仲を疑う女性社員3人が、彼の留守中に私の元へ押しかけてきた事。
数を頼みの失礼な物言いに、少々カチンときた。
けれど相手は自分より5~6歳は若い…まだ大学を出たての子供なのだと思い直し
「北条さんが私なんかを相手にする訳、ないでしょう?
私も彼もただの同僚よ」
とにっこり微笑み、相手の反撃を封じた…までは良かったのだけど。
その一部始終を見ていた美里が、何故か怒り出したのだった。
しかも猛烈に。
後でゆっくり話を聞くから、と何とか宥めて定時で仕事を切り上げて、行きつけの店につれてきたのだった。
まだ怒りの収まっていなかったらしい美里は中ジョッキを一気に煽り…そして冒頭のセリフが飛び出したという訳だ。
「悠香さんってば、何であんな失礼な物言いを許すんですか?
私だったら絶対我慢ならない。
大体若さだけが取り柄のくせに、何なんですか?あの言い方。
北条さんだって「若い方が良いに決まってる」だの、「肌の張りが違う」だの。
それがどうしたっつーの!
そんなの、あの子達の勝手な思い込みじゃない」
私に向かってあの連中は
「あなたみたいな年増が相手にされる訳ないじゃない」
と言いきったのだ。
北条さんとて、江藤君辺りに言わせれば立派に「おっさん」なのだけど、そこは惚れた弱みとでも言うべきか。
とりあえず北条さんより年下の、しかし自分達より5歳は年上の私だけが、一方的に「おばさん」扱いされたのであった。
「あんな連中なんかよりも、今西さんの方がよっぽどキレイだし、肌だってプルンとしてスタイルだっていいのに!」
と、またしても美里は机を叩いた。
慰めてくれてるのか、フォローしてくれてるのか。
いずれにせよ、気持ちはとっても嬉しいんだけど…。
大声で力説して欲しくはないわね。
念の為、個室の居酒屋にしておいて良かった、とつくづく思う。
しかし一方で、彼女らの言い分ももっともだと、どこか醒めた気持ちもあった。
確かに自慢するだけあって彼女らは、光り輝くような「若さ」に溢れていた。
美里はああ言ってくれたけど、お肌の曲がり角を越しつつある私は、彼女達の「若さ」には敵わないのは…認めざるを得ない。
だからと言って、全ての面において自分が劣っているとは思わなかったけれど。
若い方がいいという言い分も、ある意味正しいのかもしれない。
…北条さんがそうなのかは知らないけどね。
「彼女達の頭の中って、恋愛事しかないのかしら?」
ため息混じりにそう呟くと、美里と江藤君は痴話ゲンカをやめて不思議そうな顔をした。
それから3日後の事だった。
残業中、職場にはおよそ相応しくない嬌声にふと顔をあげると、先日押しかけてきた女の子の1人が北条さんに纏わりつくようにして歩いてくるのが見えた。
私の視線に気付いたのか、一瞬やけに険のある視線をこちらに向け、次の瞬間にはまた北条さんにしなだれかかる。
「もうお仕事終わりだったら、一緒にご飯食べに行きましょうよ。
あたし美味しいトコ知ってるんです」
明らかに意識した甘えるような声。
今まで1度たりとて断られた事がないのであろう、自信たっぷりな態度。
確かに自慢するだけあって、大きく張り出した形の良い胸を彼の腕に押し当てるようにして迫っている。
北条さんは苦りきった顔をしつつ、助けを求めるようにこちらにチラリと視線を向けた。
つられてその子も私の方を何か言いたげに見つめるので
「せっかくのお誘いなんですから、行ってらしたらどうですか?」
営業用スマイルでにっこりと笑って見せた。
それを見て、一瞬苛立ったように眉を顰めた北条さんは、すぐに何事もなかったかのようにその子の肩を抱き
「じゃ、お先に」
とそのまま行ってしまった。
「宣戦布告のつもりですかね?」
その様子を見ていた那月が、真面目な顔して冷やかすように言うので、私も殊更に無関心を装って
「何のこと?」
と言ってやった。
——面白くない、という感情がある事は否めない。
だけど宣戦布告といったって、別段私は北条さんの彼女でも何でもない。
確かにお弁当を一緒に食べたり、一緒に帰る事もあるけれど…ただそれだけの関係だ。
気持ちを打ち明けた訳でも、ましてプライベートでどこかに一緒に出かける仲でもない、ただの同僚。
それに…北条さんとて、若くて可愛い子に誘われれば悪い気はしないのだろう、と私は唇をかみ締めた。
「お疲れのようだし、今日はもうこの辺にしときましょう。
さっきの子じゃないけど、いいトコ知ってますから飲みに行きませんか?」
私の様子を素早く見て取ったのか、自分の机の上を片付けながら那月がそう言ってきた。
確かに…もう、ちょっと落ち着いて仕事が出来そうにない気分ではあったし、何より滅多にない那月からのお誘いだ。
手早く机の上を片付け、携帯とお財布を引き出しから取り出しながら、ふと悪戯心がわいて訊ねてみた。
「誘ってくれたからには那月の奢りよね?」
「ザルのあなたが、1滴も呑めない私にそれを言うんですか?」
「あらやだ、私、ザルじゃないわよ。
ちょっと人より強いだけで」
心底嫌そうな表情を浮かべた那月に、ささやかな反論をしてみる。
しかし那月は「はいはい」と気のない返事をしつつ、ロッカーにPCを片付けると
「お疲れ様です」
さっさと事務所を出て行ってしまった。
「全く…お互い素直じゃないんだから。
いい加減認めたらどうですか?
北条さんが好きだって」
「っ!…べつに好き…な訳じゃ…」
那月にザルと言わしめた私だけど、だからと言って決して酔わない訳ではない。
むしろ珍しいくらいに酔いが回った頃
「呑み過ぎです」
とグラスを取り上げられ、挙句の果てにバッサリだ。
思わず口ごもった私に、彼女は溜息でとどめを刺した。
「いいですよ?それでも。
でも気になって気になって仕方ないのは、事実でしょう?」
「それ…は」
確かに、そう。
「だから素直になったらどうですか?と言っているのですよ。
北条さんが他の女性と出て行くのを見て、あんな傷ついた顔するくらいなら、最初からニコニコ笑って行ってらっしゃいなんて、言わなきゃいいんです」
「それは、そうなんだけど……」
あの時の北条さんの苦りきった顔と、相手の女性の勝ち誇った顔とを思い出して、思わず唇を噛みしめる。
「あぁもう!
自分から突き放しといて、後で拗ねるなんて子供と一緒ですよ。
正直に言ったらどうですか?
北条さんを他の女に取られるのが嫌だって」
いつもは冷静な那月の、どこか苛立ったような挑発するような口調に思わず
「っ!…そうよっ!
一緒にご飯を食べるのも帰るのも、私じゃなきゃイヤ」
大声を出していた。
「やっと出ましたね、本音が」
那月は溜息をつきながら、素直じゃないんだから、とか言っていたけど…。
私は自分が言った言葉に驚いていた。
一緒にご飯を食べるのも、帰るのも「私」じゃなきゃ…?
北条さんを他の女に取られたくない…?
今まで漠然と好意を抱いてはいたけれど「好き」と言う気持ちを自覚したのは、これが初めてだ。
——私…北条さんの事が好き、なんだ。
「どうかしましたか?大丈夫ですか?」
ぼうっとしている私を気遣って、那月が声をかけてきた。
「え?えぇ、大丈夫。
今更なんだけど、自己嫌悪に陥ってただけ」
あの時…。
行ってらしたら」なんて、心にもない事を言うんじゃなかった。
「大丈夫ですよ。
多分北条さんは、食事なんて行ってないですから」
「…どうしてそんな事分かるの」
「見てればわかりますよ」
「あら、それってどういう意味?」
「分からない方が貴重だって事です」
まるで、わからない方がおかしい、みたいな言い方に地味に傷つく。
「あぁもう、そんな顔しないでください!
もう、大丈夫ですか?帰れます?」
「…どうせザルだもの」
ふて腐れつつそう言うと、那月は苦笑しながら私の肩を叩いた。
「ホラ、帰りますよ」
* * * * * *
長くなったので2つに分けました。
後半は明日、アップします。
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