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潜入捜査〜トーマ視点〜
しおりを挟むミサト・マクダール。
性別女、年齢28、血液型O
彼女の仕事ぶりは、意外にも高く評価されている。
有能と評しても差し支えないだろう。
そのうえ、決して狭くはない業界内で知らない者はいないと断言できるほど有名人だ。
もっとも…それは彼女が有能だから、ではない。
奔放ともいえる性格と、男を手玉に取る悪女として名を馳せているというのだから、恐れ入る。
いわく
「全ての男性は私の為にある」
だの
「見目麗しい男性に口説かれたら、応えない方が失礼というもの」
だの。
【ミサト語録】なるモノまであるというのだから…。
目を通していた資料をデスクに投げ出すと同時に溜息が漏れた。
「あら?トーマ、どうしたの?」
「何でもない。
それよりも馴れ馴れしく名前で呼ぶな」
夜を切り取ったような瞳をした女に何度目か知れない抗議をするが、本人はどこ吹く風。
——まったく!
こんなんじゃ先が思いやられる。
「眉間にし・わ。イケメンが台無しよ」
「誰のせいだと?」
デスクに放り出した資料と寸分違わぬ、食えない笑みを浮かべてる目の前の女をキッと睨みつけたが…残念ながらあまり効き目があるようには思えなかった。
* * *
青い薔薇。
それは宗教的思想を隠れ蓑にし、己の優位性を誇示し選民意識でもって、他を排除しようとする、過激な組織だ。
その姿勢故に、ごく限られた者にしか受け入れられていないが、支持者はとにかく熱狂的な事で有名だった。
最近になって、この組織が人体売買、麻薬や向精神薬の密輸、そして得体の知れない新薬の違法な実験を行っている、との情報が得られた。
真偽の程とその目的は、未だ明らかではない。
しかし分かっている事もある。
それはこの組織が目的の為なら手段を選ばない、という事。
そして…この組織にわが国の上層部が加担している、との内部告発を受け内密に調査する事が決定した。
仮に事実であれば、わが国にとってこの上ないダメージだ。
確実かつ決定的な証拠—例えそれがシロであっても、クロであっても—が求められていた。
「ラルカンド捜査官、ブルーローズ主催のパーティへ潜入を命ず。
相棒は…そうだな、今回はマクダールと組め」
「マクダール捜査官…でありますか?」
そんなに不服そうな表情を浮かべていたのだろうか?
苦笑するボスと目が合い、気まずくなって目を逸らす。
「色々と聞こえてはくるがな、あいつは確かに腕が立つ。
特に今回のような潜入捜査において、彼女の右の出る物はいない。
いいな?これは命令だ」
「はっ」
一緒に渡されたUSBには、ブルーローズ盟主や主だったメンバーの詳細な個人情報、組織形態と拠点等の機密が入っていた。
また1ヶ月後に開かれるパーティの案内客名簿、そして俺の新しいIDとデータも。
「ふ…ん、レオン・リグルドね」
大富豪、レオン・リグルド。
それが俺に与えられた役割であり、コードネーム。
そしてマクダールは俺の婚約者、エマ・ハミルトン。
【婚約者】の文字につい眉を顰めてしまい慌てて眉間を押さえたが、幸いにもマクダールに気づかれてはいないようだった。
*
正式なパーティとあって、ドレスを纏ったマクダールに見惚れた事は…認める。
有名女優のように清楚で、妖艶で、儚くて、強かで。
コロコロ変わるその表情から目が離せなくなってしまう。
「…いいか?
打ち合わせ通り、時間になったらシステムの切り替えをする。
その間にキミは情報を抜き取りを。
終了後は速やかに撤収。
各自対応が原則だが…万が一、何かあったら呼べ」
見惚れていたのを誤魔化すようにそう告げると、マクダールはポカンと口を開けた。
——くそ!
そんな間抜け面でも可愛いなんて、反則だろ。
「…なにか?マクダール捜査官」
「それは助けに来てくれるって事かしら?」
どこか戸惑ったように尋ねられ
「男が女を守るのは当然のこと」
そう答えると、彼女はますます落ち着かない様子になった。
「だから、何か?」
「……いえ、何でもないわ」
気まずげな雰囲気に、こちらまで落ち着かない気分になる。
しかし殆ど初対面の彼女の地雷など、知る筈もなく。
また、親しくもない仕事相手にそこまで気を使う必要があるとも思えず。
結局、誤魔化すように仕事用の人当たりの良い笑顔を貼り付け左腕を差し出すと、ようやく彼女も華やかな笑みを浮かべ右腕を絡めた。
「さぁ、抜かりなく頼むぜ。エマ・ハミルトン」
「貴方もね、レオン・リグルド」
誰が見ても、偽造された物とは気が付かないだろう。
それもその筈、招待状自体は本物なのだから。
名義のみを偽造した招待状を渡し、黒服のいかつい男達に愛想よく笑いかけながら、最初の関門である正面玄関から堂々と入る。
盟主ハウザーの私的なパーティ。
とはいえ、150人規模の大掛かりな物だけあって警備は重々しい。
敷地内のあちこちに黒服の警備員が待機しているし、人目につきにくい所には性能のいい監視カメラが付いている。
「予想以上に物々しいな」
任務はハウザーの私室に侵入。
専用PCから、とある情報を盗み出してくる事。
その為、会場でもある豪邸の彼の私室の位置はもちろん、監視カメラの位置とその死角、配電盤の場所、通風孔、予備電源作動までのタイムロス。
ありとあらゆる情報を叩き込んできた。
行動開始の時間まで約1時間。
ちょうどその時間、ハウザーはホールでスピーチを行っており、その分ホールから離れた私室の警備も多少手薄になる。
その間5分が作戦上、2番目に重要な事。
あらゆる可能性と、起こりうる事態を想定してシミュレートしてきたのだ。
そして1番重要なのは、疑われない事と正体がバレない事。
任務を確実に実行し、素早く撤収する事。
それに尽きる。
パーティを楽しむふりをしながら、さり気なく警備体勢や監視カメラを再確認する。
それにしても…。
この屋敷は、確かに十分な広さもあるし内装なども凝っている。
けれど…よく見ると、そこかしこに置かれている調度品も、壁にかけられている絵画も、カーテンですら見事にバラバラで、統一性が全くない。
「他人の家だから別にいいんだけど、でもシュミ悪い家よね。
なんていうか、ゴテゴテ目立つモノだけを集めました、みたいな?
協調性とか統一性とかが感じられない」
婚約者という設定だからか、必要以上に身を寄せてさも親し気に耳元で囁くエマを、まじまじと見つめてしまう。
「…ナニ?」
「いや、同じ事を考えていたから」
妙にバツが悪い気分で頭を掻く俺に
「珍しく意見が合ったわね」
とエマは苦笑し…次の瞬間、その表情が悪戯っ子のそれに変わった。
「珍しく意見が合った事だし、ちょうどダンスタイムみたいだから、行きましょ?」
左腕を抱えるようにしてグイグイ引っ張るエマにつられて、ホールの中央付近まで進み出てしまう。
「どうせ今はまだ動けないでしょ?
なら割り切って楽しましょうよ」
挑発的な笑みを浮かべたのは、ほんの一瞬。
次の瞬間、エマは恥じらうような笑みを浮かべ、ねだるように見上げてきた。
彼女の意図を素早く察し、恭しく手の甲に唇を押し当てて婚約者にベタ惚れの大富豪を仮面を被る。
観客はこの場にいる全員。
もちろん目立つ必要はないが、それでも不自然に見えないよう、互いの役割に徹する事は重要だ。
「綺麗だ、エマ。
どんな宝石も大輪のバラも、キミの前では霞んでしまう」
歯の浮くような台詞も…本来の俺なら決して言わないが、役割とあらば仕方ない。
彼女の纏うドレスは、特別に誂えたものだ。
裾が左右非対称で歩くたびにふわりと揺れ、時折覗く足首が…なんていうか魅力的だ。
けれど、身体のラインがばっちり出るような光の加減によって煌めく薄いドレスの下に、何であれ武器を隠す事は出来ない。
武器も暗器も持たずに潜入するなんて…。
いくら彼女が体術に優れ臨機応変に対応できるとは言っても、動きづらいドレスでどこまで動けるか。
そう思っての、先程の「助けに行く」発言だったのだが。
「恥ずかしいわ、レオン。
そんなに見つめないで」
思っていたよりまじまじとエマを見つめていたらしい。
心持ち頬を染め、潤んだ瞳で上目遣いに見つめるエマに、ぐっと息を飲む。
——意識して演じているなら、彼女は天才だな。
朴念仁だと自覚のある俺でさえ、「意識」せざるを得ないのだから。
「許しておくれ、ダーリン。
あまりにも魅力的なキミから、目をそらす事なんてできそうにないんだ」
そう思いながらも敢えて情熱的に言葉を紡ぎ、その細腰を抱く腕にぐっと力を込める。
「ずいぶん手慣れてるのね」
笑顔こそ親しげで、どこか誘っているようにも見えるのに。
対照的に、冷淡とも言える口調で素っ気なく言うエマの突然の変わりように、内心首を傾げる。
「私の噂は知っているんでしょう?
だからなの?その背中が痒くなるようなセリフは」
あわよくば…これを機に【親しく】なりたい。
そんな奴だと思われたと、そういう事か?
「見くびるなよ、任務のためだ」
つい、素の口調で答えてしまい、慌てて笑顔を取り繕う。
「こんなに楽しく踊れるなんて…仕事を忘れてしまいそうだ」
【仕事】と強調すると、エマは器用に片方だけ眉を跳ねあげた。
そうこうしているうちに曲調が変わる。
大胆に身を寄せ合う周囲に合わせるように、スルリと距離を詰めるとエマは艶やかに囁いた。
「貴方って、噂通りの堅物なのね」
言葉とは裏腹な、挑むような…それでいてどこか試すようにも見える視線に眉を顰める。
「悪いな、甲斐性なしなもんで」
わざと素っ気なく言ったのに
「…そんな事言って。
なら、私から口説いても?」
逆に真剣な瞳で見つめられ、思わず心臓が跳ねた。
一体どこまでが本気なのか…。
もしかしたら、からかわれているだけなのか。
悔しいけれど返す言葉が見つからず、その真意を探ろうと目を眇めたその時。
彼女の纏う空気が変わった。
「そろそろ、本番ね」
そこには、軽口を叩いていた同一人物とは思えないくらい、研ぎ澄まされた空気を纏うエマがいた。
時計で確認しなくても、ここに来てから1時間近く過ぎている。
それ位は分かるよう訓練されているのだ、俺達は。
「じゃあ時計を合わせるか」
俺は指にはめているゴツい指輪に、エマはインカムにもなっているイヤリングに手をやり操作する。
「気をつけてな」
「あなたこそ、お願いね」
さり気なく人々の輪から離れ、お互いの持ち場へと向かう。
*
ほんの一瞬、意図的に起こした停電に乗じてエマがハウザー氏の私室に忍び込む。
停電とはいっても、警報装置を作動させるような、そんなミスをする間抜けではないつもりだ。
すかさず防犯システムを一時的に書き換え、センサーやカメラを沈黙させる。
しかも監視カメラを覗いている、全ての人間に気付かせる事なく。
あとはデータを持ち出したエマと合流し、ここを出れば、任務完了。
——やれやれ。
これで軽薄なキャラを演じるのも、歯の浮くような白々しい台詞を口にするのも終わる。
そう思った瞬間…。
「誰だ!」
厳しい誰何の声がインカム越しに、そして直接、耳朶を打つ。
二重に聞こえるという事は、彼女が近くにいるという事。
気配を殺しつつエマに近寄ると同時に、コツコツコツと靴音が響き私服の警備員と思しき男が歩み寄ってくる。
——広い邸内で迷ったとでも言うのか…。
それとも何か仕掛けるつもりなのか。
しかし、笑みを浮かべたエマが利き手を握ったのを見てとり、咄嗟に抱き寄せていた。
「…んっ!」
驚きのあまり目を見開いたままの、彼女の後頭部を固定しその唇を塞ぐ。
「こんな所で何をしている!」
首に両腕を絡められると同時に、容赦なくライトが突きつけられる。
傍目から見れば、物陰に隠れて楽しむ2人に見えなくもない…筈。
「何って、分かるでしょう?
ジャマしないでもらえませんか」
更に身体を密着させるよう、細い腰を引き寄せながら、目もくれずに言い放つ。
角度を変え、奪いつくすように唇を重ねると、エマは震える手で必死にしがみ付いてきた。
——なんだ?
この頼りない反応は。
感じたのは…違和感。
——百戦錬磨、じゃなかったのか?
戸惑いを誤魔化すよう、貪りあう俺達を警備員は呆れたように一瞥し
「申し訳ありませんが、続きは他の場所でお願いいたします」
移動を見守る態勢に入った。
「…分かったよ」
渋々といった体を装いながらもその場を離れ、警備員の視界から消えた事を確認しホッと息を吐く。
アッサリと疑いが晴れた事は、むしろ拍子抜けだけど。
人目が無くなった途端
「意外と素敵なキスだったわ。
良かったら続きも、どう?」
にこりと笑うエマに、どこからどう突っ込んだものやら。
「いや…遠慮しとく」
「あら、そう言わずに。
助けてもらったお礼がしたいのよ」
つつつ、と指先で首筋を撫でられて、ぞわりと走ったのは…期待や快感などでは、断じてない。
「気持ちだけで十分だ」
多少、声が上擦ってた…かもしれない。
ごまかすように華奢な指先を払い除け、背を向ける。
「あら、レオンってば冷たい。
試してみるくらい良いんじゃなくて?」
耳元で甘く囁かれ、ほんの僅かでも揺れた気持ちを悟られるなんて、まっぴらごめんだ。
「…気持ちだけ受け取っておく
それよりさっさと撤収するぞ」
素っ気なく告げると、くすりと笑ったエマが腕を絡めてきた。
「レオンったら可愛い。
私、本気になっちゃったかも」
「…バカな事言うな、仕事中だぞ」
先程までの、もの慣れないお嬢様という仮面を外したエマ…いや、マクダールはクスリと微笑んだ。
「仕事中、じゃなかったらいいのね?」
目を細める仕草は、まるで獲物を見つけた猛禽類のそれに似ていて。
そしてその問いに返す答えを、俺は生憎持ち合わせてはいなかった。
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