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第3章 大狼討伐戦

第7話 氾濫の終わり

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上空の雲は晴れ、月光と星光りに照らし出された光景。

国軍の鎧を着た兵士が、一人の女性を人質に取りタッチーの動きを封じていた。

少し離れた場所に蹲る赤竜。反撃までの時間を与えられているようにも見えた。意味が解らない。

「リンジー。あれは殺してしまっても?」
「女を人質にするような輩。構わない。女の怪我は私が直ぐに治す」
リンジーは回復の魔道具を準備した。


-スキル【忍耐】
 並列スキル【辻斬り】発動が確認されました。
 これに伴い、最上位スキル【忍耐】は、
 【アサシン】へと進化しました。
 並列スキル【暗殺】強制発動が確認されました。-

タッチーが身動き出来なくなる女性。あれがキュリオだと容易に察する。

状況は切迫している。赤竜に時を与えてはいけない。

足音と気配を消し去り、兵士の背後から接近。躊躇いなく冷徹に。その首の延髄を半分だけ落とした。

後処理はリンジーに任せ、タッチーの元に急ぐ。



兵士の短い悲鳴。聞き届ける間も無く、女性の首に刃物を食い込ませ兵士は力尽き共に倒れた。

覆い被さる兵士の身体を全力で蹴り上げ剥がす。
状態確認はせず、回復術を解き放った。

後から傷口を確認。多少の血は滲んでいたが出血量は軽微。兵士の首から下の神経を断ち切ったジェシカの手柄。

「こっちは大丈夫。赤竜を仕留めて」
ジェシカとタッチーが竜に向いた。これでいい。

追撃予防で両脇に高い岩壁を築いた。
案の定、遅れて弓矢が数本飛んで来た。ベースが岩でなければ貫通されていた。


嫌いな技でも、手段は選んで居られない。

-スキル【適材適所】
 並列スキル【人心掌握】発動が確認されました。-

壁上に居た数人の兵士。それらの注目をこちらに集め静止させた。

-スキル【適材適所】
 並列スキル【壊心】発動が確認されました。-

兵士と目を合わせ、心根から破壊した。何人かが壁上から落下した。直ぐには回復はしない。
「許せ…」

国軍の裏切り。彼らは国の指示に従っただけ。従順に国の益を取っただけ。自分も半月前までそちら側に居た。
嫌でも解る。

女を抱え、離脱する前に。大量の石礫を赤竜の両目に集中させて奴の視界を封じた。後は2人に任せる。



リンジーさんが竜の目を潰してくれた。
腹の水はこの短時間で消化された。膨らみが消えている。

竜の回復力は侮れない。

「ジェシカ。僕が鱗を剥がす。そこに空刃を叩き込んで」
エレメンタルを手渡した。
「了解。高出します。何方かに飛んで下さい」
僕が飛んだ後ろを狙う。一歩でも間違えれば、2つに切れるのは僕の側。


口を閉じ、前足で目の周りを掻き藻掻く赤竜。
開けば水を飲まされる。それがどうしても嫌らしい。

足を狙うのもアリ。足よりも厄介な尻尾を選択。
後ろ手に回り、尻尾の根元側面の鱗隙を狙う。

魚の鱗と同じ要領。逆手に刃を入れれば逆剥ける。竜の皮が幾ら強靱でも、表面に傷が付けられるブレイカーなら必要靱性は満たされている。

根の側面を剥ぎ上げ、竜の背を駆け上がった。
後ろを通過する特大の空刃。
太くて長い尻尾だけが宙を舞い、離れた地面で畝って転がる。真に蜥蜴の尻尾。切り離されても生きている。

回収は後回し。デュランダルの時のように、収納を失敗する可能性が大きい。本体を倒すのが最優先。

背中中腹で左脇裏を剥ぎ、左側面へと退避した。
瞬時遅れで脇下から肩口を空刃が通り過ぎて行った。

肩から左腕が落ちた。

声も上げず、藻掻く赤竜は身体を反転させ、右腕を振り回している。こちらはまだ見えてはいない。


一旦離れ、リトライ。迂回して後方から、左後ろの今度は皿下の比較的薄い表面を削った。
後から二重の空刃。どんな状況でも最善を。彼女の信念が竜の左膝下を切り離した。

突然足を失った赤竜は、重い身体を支えられずに左側面を地に着け倒れ込んだ。


右翼の傷穴が治り掛けていた。右側面の攻略よりも前に翼を毟り取る。

再三裏手に回り、人で言う肩甲骨上を抉った。空刃はその場所を正確に射貫いた。赤竜の損壊率6割。

暴れる首は狙わない。下手に火袋を叩いて起爆させたくないから。爆発の規模が読めない。


どんな種族も鍛えられない場所が在る。肛門。

邪道で結構。僕だってこんな手は使いたくなかった。

「あの穴に集中砲火!」
「酷い…。でも、それしかないなら!」

離れた場所から空刃と水刃を叩き込む。開き、撃ち入れ、広げ、押し込む。

内部に残った水分と連動。内壁と腸壁を破壊。
下からの攻撃を合流させて最深部の心臓を貫いた。

暫くの間暴れ続けていた。その動きを止めるまで、何度も何度も心臓を叩き上げ、遂にその時がやって来た。

だらしなく垂れた首。それを合図に右脇腹に跳び乗り、柔らかい腹肉から切り進め。

「収納!」
赤竜の魔石だけを奪い取った。一拍置いて本体も。

落とした腕や尻尾も残さず回収。地面に散った武具を回収し終え、赤竜の竜血を大量の純水を撒き薄めて流した。

痕跡は絶対に残さない。残骸を利用しようとする人たちを招かせない為にも。


「何時も、嫌な役を押し付けてごめん」
「大丈夫です。何時かはこうなるのは解っていました。私のスキルは暗殺者。人殺しの、スキルでしたから…」


「最後のは…。悪いとは思わない。しかし…」
「後味は悪いよ。でも恰好や見栄じゃ、Sランクは倒せない。今の僕らでは絶対に。今回は雷鳥が味方してくれて弱らせてくれてたから何とか勝てた。僕らの実力じゃない。キュリオも頑張ってくれたし…」
リンジーさんの腕の中で、深い眠りから覚めないキュリオの頬を指の背で撫でる。

「やはり、この方がキュリオさんでしたか」
「…僕は彼女も連れて行くよ。この戦いで両親と。僕との子供も失ってしまった。放ってはおけない。自分だけ自由で居るなんて、僕には出来ない」

「…そこまで聞いては、反対出来ませんね」
「…後片付けに行こう。この子が目覚めるその前に」

門は開けず、リンジーさんの即席階段を乗り越えて。
僕とジェシカで掃気戦に突入した。


町の北方でも激しい戦いが展開されていた。そちらも終息に向かうだろう。



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何度目だろう。たった一人で生き延びてしまう。
またしても。今回も。

町は生き残っているだろうか。レバンの声が途絶えてしまったのが気に掛かる。赤竜との相打ちも考えられる。

これは私に掛けられた呪い。孤独。戦いの最後は必ず独りに成る、忌まわしき呪い。ずっとそう考えて来た。


上がりきった呼吸を整えながら、周囲を見渡した。

砦の兵士たちは勇敢で、強敵の群れにも臆せず。私だけを残して散ってしまった。

多くの屍を拾えず、形見の品も全ては集められない。
運良く生き残った馬に跨がり、他を放置するしかなかった。


途中の道端に転がっていたラムールの首だけ拾う。
目撃者は居ない。死因を有耶無耶にも出来た。それでもあの母、王妃には通じない。包み隠さず証言しよう。

全ての責はこの私に在るのだから。


町に戻ると。閉じていたはずの北門が解放されていた。

壁上から多くの民が手を振っている。
歓喜の声が聞こえて来る。


門の前には、見覚えのある青年が2人立っていた。

「タッチー…、ヒオシ…」

「お久し振りです。ゴルザさん」
「遅くなりました。…遅すぎました」

「何を言うか」
馬を降り、首を投げ捨て、幻のような2人を強く抱いた。

「赤竜はみんなで倒しました。国の兵士たちには南へ逃げたって通しましたけど」
「ザイリスさんは…。残念ながら、テンペストベアーに…」

「そうか…。すまんな。私が…、俺が遅れたばかりに」
赤竜を倒せた。ならば、各地の氾濫も収まるはず。

「終わりました。終わらせました。みんなの手で」
「ゴルザさんは何も悪くない。赤竜を怒らせた犯人がもう直ぐこっちに来ます。断じられるのは、そいつです」

真犯人を知っているのか。だとしても。

「この責は、やはり私の物だよ」
呪いだと信じていた物は、只の虚像だとでも言わんばかりに。この2人が打ち破ってくれた。
恩には恩を。感謝には感謝を。私は彼ら、召喚者たちに返そう。この命で賄えるのなら、断じて安い。



ツーザサの町に襲い掛かった氾濫は、異世界の召喚者2人の帰還と共に終焉を迎えた。

多くの犠牲を払い。多くの後悔を道連れにして。

カルバンら、3人が到着するまでの2日間。
殉じた者たちの遺体が集められ、合同葬が営まれ、中央広場に据えられた慰霊碑の前には、献花と送り火が絶えず仄めいていた。


ツーザサの町。
死者、485名。負傷生存者、392名。
行方不明者、73名。

クロスガング砦。
317名、全滅。遺体の数は、最後まで合わなかった。
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