生まれ変わっても無能は無能 ~ハードモード~

大味貞世氏

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第3章 大狼討伐戦

第40話 夜襲

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センゼリカ王宮。それは夜の帳。
警備兵以外の全ての者が眠りに着く頃。
蠢く影は一つ。王族私室に向かっていた。

誰の首を取れば。迷う事など無い。
国の頭。この国の頭。それは王ではなく、その王妃。
フレーゼ・バン・センゼリカ。今や国の実権はこの暴妃が握っていた。

女が男の上に立つ。この国では特に珍しくもなかった。
代々女系が影と成り、表にも立ち輝いた。

誰も彼も。自慢の毒が効かない。
考察するに、異世界人の誰かが阻害している。
それに倣う者。組する者たちは全て。
その様なスキルが在って良いはずがない。
許してはいけない。

奴らの牙城を崩すには、後ろ手に立つあの女を潰す。

手は一つ。直接的殺害。

王妃の寝室。潜り込んだヒカジは、短刀を構え寝台に近付いた。影に隠れながら。

蚊帳の裾から音も無く忍び寄り、口を塞ぎ細い喉元を突き立てる。それだけでお終いだ。

静かな寝息を立てている。王妃を害せば、次は王。
両方同時に失えば、国の体制は瓦解する。
立ち直るまで時間が稼げる。それが狙い。

追い詰められているのはヒカジの方。
彼は冷静さを欠いていた。万全の状態であったら。彼に失敗の二文字は有り得なかった。

ベッドの上のフレーゼがすぅと一息吸い込んだ。

-スキル【看破】
 並列スキル【指摘】発動が確認されました。-

フレーゼの気配が一瞬だけ消えた。
慌てて視野を広げ周囲を伺う。気付かれた。
しかし部屋の外には出ていない。

「何処を、見ているのかしら」

直後に振り下ろされる拳。潜んだ影の奥にまで届いた。

床の石が砕けるのと同時。ヒカジの短い悲鳴が鳴った。
続く拳に合わせ、短刀を突き上げた。

「其方は目が悪いようだな」
短刀は何にも掠らず、虚しく空を切る。代わりにフレーゼの拳がヒカジの顔面を強打した。

超硬度を誇るサックを前には、床石も薄っぺらな影も意味を為さなかった。

「ま、ま…」

「イイ!イイわ!もっと鳴きなさい。このメリケンのお礼をせねば!!ファァァアーーー」
暴妃は狂う。久々の暴力。堪り兼ねた昨今のストレス。
打つけようの無い怒りの矛先。
命を取りに来た明確な敵に対し、容赦など不要。

逃げ惑うヒカジを追い立て、部屋中を破壊。

「どうされました!フレーゼ様!」
衛兵の一人が扉を開け放った所で躊躇した。
足の踏み場が微塵も見当たらず。

「狩りの、邪魔を、するな!」
部屋中を飛び回り、砕ける骨の音だけが木霊する。

端から見ているだけの衛兵には。
「フレーゼ様が、狂われた」決して口には出せない感想を胃袋まで落とした。

腕、指先、脚、背骨、頭蓋、顎。身体中の接骨が木っ端に砕かれヒカジはやがて停止した。
「どうされたの?」

一つの影から髪を掴んで夜襲の犯を引き摺り出した。

「終わりですか?情けない。余りにも、不甲斐ない」
辛辣な言葉を告げ、残していた胴体を叩き上げた。

ヒカジは思う。自分は何処で間違えたのだろうかと。
答えは自ずと解った。あの時、あの二人を弓で射貫いてさえいればと。

一切の妥協を許さないフレーゼは。
丁寧に、丹念に。血肉を巻き上げるだけの人形を、有り得ぬ形に捻じ曲げた。

ヒカジは断末魔を上げる事も出来ずに、ただ静かに命を散らした。

「…汚いわ。掃除と修理が終わるまで、私は夫の寝室で眠ります。事をペンダーとマクベスに伝えなさい」
「ハッ!仰せのままに!」
事後処理をする衛兵たちを尻目に、部屋を後にした。

真逆本当にこちらに刺客が向けられるとは。



-----

フレーゼが夜襲を受けた翌日。
床に転がされた遺体を前に、2人の男が向い合っていた。

「マクベス殿。貴殿の言う通りになったな」
「王都を手薄にしておけば、必ず敵は現われる。ただ規模が全く掴めない。四方やたったの一人とは思わなかったがね。こいつには見覚えが有る。東海岸に向かった冒険者一団の内の一人。こうなると一緒に居たはずの者たちの行方が気になる」

「ふむ。次の手はどう出ると思われる?」

「単独犯だとすると、読み辛い。これで終わりとは思えないが、東に向けられる人員が足りんな」

マクベスが膝に取り付けた装具を触る。

「貴殿自ら向かう積もりか?ギルドはどうする」

「ギルドは仮として野心の高い部下に任せる。私の仕事が楽そうだと陰口を叩いた愚か者が居るのでね。帰って来た時がとても楽しみだよ。信用の置ける人物も居ない。私の弱眼も治されてしまった。これでは私に動けと言われているような物」

軽く笑い合う2人。

「帰って来たら酒でも飲もうぞ」
「喜んで。何にしろ今は様子見。何卒内密に」

「勿論だとも。王都は任せてくれ。防衛は元よりこちらの領分であるしな」
そう言って北の空を見上げるペンダー。

「私も気になるよ。お互いに血気盛んな、優秀な娘を持つと色々と考えてしまう」

「私のほうは名乗ってもいない。今更のこのこと父親面も出来ないさ。貴殿が羨ましいよ」

「これは外では飲めぬな。東に良き土産でもあれば持参でもしよう」

「宜しく頼む。抱き締める事は叶わぬが、娘の晴れの姿を眼に収められただけ幸せ者だ」

思い浮かべるのは娘の姿。
深紅のドレスを身に纏った娘の姿。あの母に似て情熱的でお節介。大変に気が強い。

8年前。王国騎士団への入団を志願に来た時。
今にも折れそうな憔悴を浮かべた姿。気丈にも自らの心傷を癒やすのではなく撥ね除けようとする姿。

愚かにもロンジーとの約束を破り、全てを話してしまおうとも思ってしまった。寸手で思い留まったのが正解。

父はもうこの世に居ない。それで良かった。
我が身の引退を考えていたのも丁度その頃。
今はその考えは微塵も無い。死して当然。
なればこそ。自分はこの王都を。

彼女たちが帰るべき故郷を守る。その役目さえ在れば充分なのだ。これ以上の高きを望は、贅沢と言う物。

「達者で暮らせ。リンジー」

-スキル【万象】
 並列スキル【慕情】発動が確認されました。-




スキル発動限界まで。後、残り5個。
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