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第3章 大狼討伐戦

第70話 球体に込めた追憶

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昔話をする。
ほんの十年前の話。あれからたった十年。

いつ死んでも悔いの無いよう、音声としてこちらで作った音声記録装置に全て吹き込む。


門藤 恭子。私の妻の名。
大学で出会い、同じ教職に就いた。

都立と私立。同都で別高校の教員へ。
互いの中間辺りに小さな部屋を借り、新卒から5年目に結婚した。

幸せだった。あの事故が起きるまでは。

軽い喧嘩も有りながらも、順風満帆。
子供が出来る前に旅行でもと、趣味で取った船舶免許。

恭子は海を眺めるのが、とても好きだった。
自分が運転するレンタル船で沖へ出た。

遠洋までは出られない。
快晴。潮の流れも時節も良い時を選んだ。

なのに事故は起きた。

海流が打つかり合う場所。スポット的な潮流。
小さな渦。もう少し大きな船なら問題は無かった。

渦潮に飲まれた。それは結果。


信じるか否かは別として、恭子には自分の特異体質を隠さず話した。

時折、周期的に数日間。私は異世界へ飛ばされる。
周期を読み取り、ある程度は調整が出来た。

始めは浮気だの不倫だのを疑われたものだ。

読めない突発飛躍。
周期外の期間と、陸地近海からの油断。

初めてだった。
自分の身体以外まで飛ばされたのは。

不運は重なり、船と恭子諸共飛ばされた。
今にして思えば、それは自分自身が土壇場で望んだ事象だったのかも知れない。

召喚直後に固い岩壁に打ち付けられ、船は大破。
あの時確かに恭子は重傷を負い、亡くなった。

私は全てを失い、元世界に戻された。
恭子の遺体以外。恭子だけが異世界に取り込まれた。

言い換えれば生贄。
私は愛する恭子を身代わりに生き延びた。

全てを恨み、神に縋った。同時に異世界を呪った。
私を繋ぎ留めたのが何者なのか。

その答えを調べる為に周期を待った。

幾つかの周期を経て、準備を施した。
元世界で生贄となる生徒を集める。
異世界で供物となる人民を集める。

召喚の準備だけに十年を費やした。

幾つ目かの飛躍の時。
-我の望みを叶えよ。さすればお前の望みも叶えよう-

頭に響いた神の声。
疑う心も持ってはいたが、誘惑に乗った。
騙されて捨てる物も、失う物も何も無かったからだ。

声の指示通りに動くと、驚く程異世界での行動がスムーズに回り始めた。これが神の力かと。

私の望みたった一つ。恭子の復活。
世界は何方でも良かった。

望みが叶った側で恭子と生きる。それだけだ。

調査結果と召喚方法と、一つの鍵を一冊の本に封じ、魔術大国のクライヴ家に預けた。

後は勝手に動く。研究者の悲しい性。
調べずには居られない。実験せずには居られない。
好奇心と探究心。


記録を終了する。

記録はスフィアにして、東諸国の無人島に埋めた。
これからそれを破壊しに行こうと思う。

黒歴史。恭子の生まれ変わりを見つけてしまった今。
抹消したい物となった。

近い将来消え去るこの世界。
別段放っておいても問題は無いのだが。


ルシフェルの使い魔。大鴉の背に乗り、東諸国の目的地付近を飛行中。

どう言い訳をして降ろして貰おうか考えていると。
「興味深い話ね」ルシフェルの口調が変わった。

不味い。全てを読まれていた様だ。
「そうよ。お前は頭が悪い。私は…」

喉元を鷲掴みされ、鴉の背の端まで追い遣られた。
物凄い腕力。素敵だ。それはいい。


下僕状態に置かれた私では抵抗の手段が無い。
このまま落とされ塵屑となるのも一興。
喉を潰されて果てるのも一興。

「気が付けば、私は成体として大陸で目覚めた。私を造った者も生み落としたであろう者も見つからず、とても不愉快で難儀していた。この様な形で、根源足る答えが見つかろうとは思いもしなかったがな」

何も返せない。
知らずとは言え、百年以上放置していた事になる。
この世界の事情を知る上で、キルヒマイセンに渡った事も在った。もっと良く調べるべきだったと、今更後悔しても遅過ぎた。

「返す?見返りなどは求めていない。2つだけ答えろ。私は本当に恭子の生まれ代わりなのかと。今の私を造ったと思う神の名を」

「生まれ代わり、と定義するには尚早だ。顔立ちは瓜二つだが人格は別人。神の悪戯だとしても、そうした理由が解らない。この世界に関わっている神は3人。内1人は傍観者で除外出来る。他の2人の何方か。名は…」

意識が飛ぶ。首を絞められているからではない。

-約束を違えるか、愚かな人間よ-

笑止。いったい何の約束だ。
元はお前らの不手際。私は尻拭いの道具。

責任を擦り付けるな、愚かな神よ。
私たちは、異世界の人間だ。関係の無い、この世界が滅ぶ姿を地獄の果てで眺めてやる。

切り捨てるのが一手早かったな。
そして、私の真の望みは既に叶っていた。

殺したたくば殺せ。私にはこれ以外の望みは無い。

最期が恭子に似た者の腕の中なら本望。
「待て!死ぬな。言え!神の名を」

思考が遮られる。
どうやらルシフェルに知られると不味いらしい。

代わりに私は、無人島を指差した。
事故の時に遭難した小島。

「この私に、気持ちの悪い記憶を渡す気か?」

心が折れそうだ。愛する者の姿をした人に、思い出が気持ち悪いと罵られては。

これは何の公開処刑だろう。罪に対する報いか。



無人島に降り立ち、事切れたモンドウの身体を砂浜に投げ捨てた。

人間としての生は終わった。
魔石が馴染めば、完全な下僕として再起動する。

ただ生前の記憶は断片的に消える。それは運だ。

先程のモンドウは、私ではない誰かと交信していた。
傍受は出来なかった。恐らく神の仕業。

忌々しい。憎たらしい神よ。

どうしてこの私が、汚らしい人間の記憶を受け取らねばならぬのじゃ。反吐が出る。


怒りに震えるルシフェルは、小島の木々と生息していた動物たちを燃やし尽くした。

スフィアは魔力の塊。火では燃えはしない。

探す手間を省いた。

焼け跡から球は直ぐに見つかった。
しかし手で直接触れるのに躊躇した。暫しの逡巡。

仮にモンドウがほざいた言が本当だとしたら。
本当に私が恭子の転生者だとしたら。

球に触れた瞬間。前の記憶が甦る切っ掛けになりはしまいか。

そしたら今の魔王としての私はどうなる。

数え切れない人間を殺し、挙句生徒と子まで設けた不埒な教師。とても教鞭を執る者のこうど…。

ん?教鞭?生徒とは何じゃ?何じゃ?


ルシフェルは独り、発見した球体を前に悶絶していた。

「そうじゃ!」
この球をモンドウに戻せば万事解決…、でもないな。

これは単純なスフィアではない。外側から感じ取れる構造は非常に特殊。扱いを誤れば砕け散る仕組み。それでは折角の手掛かりが潰えてしまう。

欲しい答えが目の前に在る。

やはりこの汚物に触れてみるしか。

球に手を伸ばした所で、ルシフェル大混乱中。逡巡の時は行き過ぎ、かなりの間悩んでいた。




-----

東諸島連合、北西部統括。とある島。
そこにはビーンズ商会本部が設置されていた。

近隣諸島から恐れられる女傑が本拠とする建物。

その女傑の私室に、慌ただしく駆け込む者が一人。

「クイニィ様!大変です。クイニィ様!」

「何だいシュルケ。騒々しい。うっぷ」

ドアを開くと同時に漂う異臭に、男は思わず鼻を塞いだ。
「酒くさっ。真っ昼間から酒浸りとは随分ですね」
身分は頂点。いいご身分ですねとは違う。

「暇だからねぇ。こないだの大陸のギルド一行も、挨拶に来ただけで帰りやがったし。海も静か。平和過ぎて暇で暇でやってられんわ!これが飲まずにやってられるかい」

「なら朗報です。北部監視隊からの報告では、無人島の一つが一瞬で燃えたとの事」

「ハァァァ!???何でそんな珍事を真っ先に言わないんだい」

中身が半分残った酒瓶を床に叩き付け…、ようとした所で思い留まり丁寧に棚に戻した。

クイニィは意外に節約家だったりもする。

暇が重なるとこうして荒れる点を除けば、美人で高貴な貴族様なのに勿体ない。
と専属秘書シュルケは思うのである。時々は。

「船の準備は整ってます。見に行きますか?」
「ったりめぇだろボケ。これで何も無かったら、今夜は覚悟しな」

「何も無く島が丸ごと燃えませんて。夜のお相手なら何時でも大歓迎ですとも」

相手をしろと吐き捨てた本人が真っ赤になった。
決して酒が回った所為だけではない。

可愛い所も在るのになぁ。
言葉遣いだけ何とかならんもんかと考えている間に、シュルケはクイニィに襟首を掴まれ、屋敷裏手の波止場まで引き摺られて行った。
「もー、服破れますって」

背中から腹を抱き、耳元で囁き吐息を吹き掛けた。
「はぁぁぁ…」
弱点を熟知したシュルケだから許される技。
他の男ではここまで接近も出来ない。

「人が急いでも船の足は早くは成りませんよ」

「囁くな!よ、夜にしてくれ」
膝から落ちたクイニィの身体を受け止め、今度はシュルケがお姫様抱っこにして乗船した。

「暴れないで下さい。さっさと行きますよ」

「…シュルケ。絶対に後(夜)で覚えてろよ」

「はいはい、善処しますとも」

シュルケの心地良い腕から逃れたクイニィは、船のマスト台に上り叫んだ。
「総員戦闘準備。配置後に出航。乗ってねぇ奴は置いて行け。男だったら玉潰す。女だったらカトラス(大鉈)の柄で栓してやる!そんじゃ行くよ」

「イエス!マム!!」
船上で控えていた乗組員が一斉に持ち場へ散った。

掲げられた海賊旗が、潮風を受けて揺らめいた。

女傑クイニィは今日も絶好調。
日に焼けた褐色の肌。女でも見惚れる丹精な顔立ち。
豊満なボディでなければ勘違いする者も多いだろう。

頬に付けられた大きな傷跡。それが海賊としての経験と畏怖を物語っていた。

「海蛇なら火は吹かねぇ。別種だか新種だか知らねぇが、このクイニィ様の領海に踏み込んだ罪。海獣なら殲滅あるのみだ!」

右頰の傷跡をなぞりながら、クイニィは笑った。

シーサーペント。北海の果てに居座る青竜。
サーペント(海蛇)は青竜の使い魔だと目されていた。

生息総数は未知。青竜の全容は誰も掴めていない。
それ程までに巨大であるからだ。

そのものが大陸と称しても過言ではない程の大きさ。

ここ数十年の間。青竜に目立った動きは無かった。
接近しなければ船が潰される事も無く。

代わりに動き回っているのは海蛇だけ。
過去、幾度となく本島や近隣諸島、西中央大陸の海岸線が海蛇の被害を受けた。

遂に本体が動くかも知れない。

クイニィの心は高く躍った。




-----

センゼリカ王都。共同墓地。
外壁の外側に設けられた、簡易柵で囲まれた場所。

内地から隔絶され、訪れる者も疎ら。

寂しく、殺風景な場所だった。

「王都を護りながら往生したと聞いた。王国騎士らしい生き様だったのだろう。酒を交わせなくて残念だ」

マクベスはペンダーの墓標に手向けの花を添えた。
少々値が張った赤ワイン瓶を隣に置いて。

背後の気配に振り返ると、そこにはロンジーが杖を付いて立っていた。

「死人に酒なんか勿体ないよ。後で私が貰っとく」

「是非そうしてくれ」

ロンジーの姿は正に満身創痍。
左目に眼帯。右腕に包帯を巻いていた。

「これで私も晴れて引退。やっとのんびり出来ると思ってたのにねぇ。この馬鹿は何も伝えずに先に逝っちまった。一人だけ楽になって…」

「国の盾。国の剣。いつ何時命を落とすか解らない。知らぬ方が幸せだと戒めていたんだろう」

「本当に馬鹿な男だよ」

「後で私は北へ向かう。差し支えなければ、私から彼女に伝えてもいいが」

「頼めるかい?私が言うと、また喧嘩になるからねぇ」

ペンダーの望み。本来なら伝えるべきではないのかも知れない。しかし彼女にも知る権利が在る。

伝えて何が変わる物でもないが。


「騎士団長の後任は?真逆リンジーではないだろう?」

「任命されたら、私が任命者を殺してやるさ。何でもバンシュタイン家の甘ちゃんが繰り上がるらしいね。当面の脅威は北だけになったから。安全職でもないのに、勲章だけ貰っておいて。国の弱体化が止まらないさね」

「バンシュタイン家か。メイリダに火の粉が被らねばいいがな。そちらも注意するよう伝えておく」

「任せるよ。私には荷が重い。それとは別に、レッテラにも伝言を。あんたが何時までも猫被ってるから、こんな事になった。帰って来たら、その腐った根性叩き直してやるから覚悟しときな、ってね」

大狼討伐隊に参加している、準副将のレッテラ。
クイーズブラン軍側からの選抜隊の長。一見影が薄く、弱い印象を受けるが真実の姿は違う。

大逃げのレッテラ。危険回避能力に長けた有能な人材。
戦場に於いて、撤退の時期こそが難しい。
その見極めを瞬時に察知して撤収させる。

主要な実力者を生かすも殺すも彼次第。
真に難しい判断を淡々と下せる、戦場では不可欠な存在だった。

あの男を叩き直せるならば、確かに騎士団長に相応しい。

国の将来の命運が、ロンジーに伸し掛かった。
気苦労が絶えない重責だ。


付き添いを嫌がるロンジーを家まで送り届け、若手3人が待つギルド本部へと向かった。

彼らの様な優秀な若手が多く居る。
冒険者ギルドの未来は明るいと言えよう。

組織の仕事は飽くまでも冒険者の補助。
遠征の支度から、若手の育成、引退者たちへの保証。

金銭の貸し借りもする、銀行代行業務も在る。
商業ギルドの規模には劣るが、駆け出しの新人などの低所得者層向けに必要な業務の一つだ。

それらを。
「そんなの楽勝でしょ。計算は得意だし。大船に乗った気でご旅行楽しんで来て下さいよ、ギルマス。いやぁ、椅子に座って判子叩くだけで高給貰えるんだから、気楽な商売っすねぇ」
と散々小馬鹿にしてくれた、ギルドマスター代行者。
マイセンド・オーサラ。長期不在の私の代打だ。

冒険者としての実力は並。しかし自負するだけあって財務管理業務を得意としていた。
優秀な【統率】のスキル持ち。根っからの仕切屋だ。その特技が無ければ、何も任せはしなかった。

そのマイセンドが、執務室で机に向かいながら、判子を片手に泣いていた。
「あぁ…、マクベスさん。やっとお戻りに」

「いや未だだ。直ぐに北の連絡船に乗る。もう暫くと言わず、このままマスター職を交代してもいいが?」

「勘弁して下さい!処理しても処理しても、次から次へと山が減らないんですよ。収支では端数が合わないとか突き上げられるし、こないだの空賊の襲撃の処理も終わってないってのに」

「泣くな。書類が汚れる。こんな判子を叩くだけの仕事は楽勝なんだろう。西も東もマスターは低給だ。C級冒険者の方が稼げる位だ。楽な仕事なんぞ何処にも無い」

「それはもう。充二分に身に染みました。これまでの言動は土下座でも何でも謝りますから、早く用事を済ませて帰って来て下さいよ」

マイセンドの肩に手を置き。
「大丈夫だ。お前ならやれる。後二山位捌き切れば、コツを掴めるだろう。どうしてもと言うなら、商業ギルドに頭を下げて人員を数名借り受けろ。その際の費用は、勿論自腹だがな」

「そ、そんなぁ…」

項垂れながらも判子は手離さない。それなりの責任感は在る様だ。これならもう暫くは大丈夫。


行かないでと喚くマイセンドに背を向け、ギルド本部を後にした。

ああは言ったが、何かしらの援助はしておきたい。
タッチーたちが構築してくれた人脈。
反則気味だがアムール王子の手を借りるか。


丸一月振りの自宅へ、3人を招き入れた。
直ぐに出発すると言っても、次の定期便は翌々日の朝。

準備をしつつ、王宮にも寄らなければならない。
ギルド運営の件もそうだが、ロンジー一人に雑務を押し付けても居られない。東海岸の諸事情報告も兼ねて。

「この部屋は娘の私室だ。ここ以外なら好きに使え、客室も在る。勝手に入れば父親の私でも殴られる。入るのを見掛けたら、私が君らの目を潰すからな」

「解りました、師匠。ところで、師匠の娘殿はどんな人なんですか?」

「どう、と言われてもな…。男には媚びない。妥協は許さない。気位も非常に高い。逃げだそうとすれば尻を蹴り上げられる。容姿も性格も死んだ妻とそっくりだ。前線に居るのだから、今の君たちよりも強いと思って間違いない」

プルアとゼファーが青くなった。
「おっかねぇなぁ」
「チラッと挨拶交わした程度だけど…。そこまでとは」

「美人さんですか?興味本位で」

実際に会った事のあるゼファーが答えた。
「それはもう。系統は違うけど、若い頃のエマさんと同じ位には。会うのが楽しみだね」

娘を若い男に褒められる。父親としては微妙だ。

「彼氏を連れている所は見た事が無い。だからと言って脈が在ると勘違いされても父としては困るが」

これは恋愛相談になるのだろうか。


「直ぐに日が暮れる。イニは夕食の買い出しに付き合え。今日位は出店で好きな物を買ってやる」

「はい!喜んで」

「だったら俺らも付き合うよ。暇だし」
「だよね。散策って時間でもないし。道具屋は明日で」

目敏いな。イニシアンには買ってやると行ったが、2人には自分の稼ぎが有る。

自分の物は自分で買えと。言いたい所だが、少し大人げ無いか。今日だけは大目に見よう。


玄関を出た所で、ここに居るはずのない2人の女性が路上に立って道を塞いでいた。

「こんばんは~」
「マクベスさん。ご無沙汰してます」

礼儀正しく礼をしての挨拶。見覚えが有るも何も。
「君らがどうして、ここに居る?」

「師匠?お知り合いですか?」

「伝言?てかパシリ?」
「アビちゃんも人使い粗いよねぇ」

「誰だ、あんたら」
「何処かで会いました?」

身構えようとしたプルアを慌てて止めた。
「待て。彼女たちは敵ではない。しかも町中。被害が他へ及ぶ。現状の説明が欲しい。出来れば家の中で」

「マクベスさんてば警戒し過ぎ」
「ご飯適当に買って来ましたから。食べながらで」


食卓に彼女たちが持参した食事を並べ、湯を沸かして紅茶を入れた。

「あっちは極寒だから、王都は天国よね。紹介が遅れました。私はオオノギ」
「私はノリコ。ささ、遠慮無く」

「異世界からの客人は、全て前線に居ると聞いたが?」

「この人たちも、タッチーとヒオシと同じ?」

「ああ、そうだ。以前会った時とは比べ物にならない力量を感じる。仲間割れか?」

「直感だけで読み取れるって凄いですね」
「私たちは割れてませんよ。喧嘩してもないです。決裂したのは冒険者隊と国軍と、私たちです」

彼女たちの口から話された内容は、とても信じ難い物だった。


発端は数日前。
アビら6人が起こした内乱。
理解が及ばぬ箇所は聞き飛ばす。

結論敵に。
アビは流していた曲調を突然激変させ、国軍の動きを鈍らせた。それを反乱と見なされた。

前置きは。
山脈中央の中層に砦を築き上げ、大狼を6体撃破。
未だ残りは24体。そんなに居たのか。

開いた口が塞がらないとはこの事。

撃破した6体の内、4体を弱体化出来た。
タッチーがそれと同じ事を敢行しようとした所で、何と国軍上層部が異議を立て割って入った。

ならばと国軍へ全権を譲った。良い流れはそこまで。

たったの1体。国軍が倒せた数が。
それだけで軍兵の死者は五百を越えた。

巻き返そうとしたブラームスは、タッチーとフウが開発した強力な兵器を要求。

それに難色を示したのが、アビら6人。

流していた曲調を温和な物へと変調させた。

結果。国軍と冒険者隊に紛れていた裏切り者を炙り出す事に繋がった。

裏切り者の名は、ブラームス・フライ。
国軍側の総大将その人。あの人格者が何故。

冒険者側の裏切り者は、オート・マトン。
前線で重傷を負った振りをして後退。
後援部隊を欺き、全軍の退路を一時遮断。

「信じられん。ブラームスもだが、オートを前線の総代に任命したのは、紛れもなくこの私だ」

「だからです。私たちが様子見に戻されたのは」
「馬鹿ですよねぇ。あれで本気でタッチー君たちに勝てると思ってるんだからぁ。笑っちゃいますよ」

彼女たちは医療班。怪我人を救護する立場。
積まれる兵士たちの死体の山。
為す意味の無い治癒。

どんなに止めても、骨折程度では直ぐに前線へ戻ろうとする。それは使命感ではなく、暴挙。自殺に等しい。

悔しそうに拳を握り、涙を流しながら話すノリコ。
私は彼女たちの言葉を信じる事にした。

裏切り者の総数は約千二百。
軍兵が千。残りはオートの部隊。

「裏切り者の集団は閉じ込めに成功。私たちからも、正気の人たちからも離して隔離。オートを任命したマクベスさんにお話を聞くまではと、ジョルディさんだけはある場所に軟禁してます」

事実確認が済むまで肉親を人質に取る。それは正しい。
しかし反面で腑に落ちない点が在る。
「どうして、私たちがここに戻っていると解った?君らの知らない人間まで居ると言うのに」

「私たちが来た、もう一つの目的」
「その子。タッチー君と会ったらダメなんだって。北に向かおうとしてるなら止めて欲しいって頼まれたの」

ノリコが指した人物。それはイニシアン。
「へ?僕っすか?なんで?」

「理由は順立てて説明します。今ので大体掴めました。マクベスさんが裏切り者でない事も。それよりも」
「お腹ペコペコだよぉ。折角温かいのが冷めちゃうよ」

料理を頬張りながら、プルアが口を開いた。
「もしも。俺らが裏切り者だったら。あんたらは、どうしてた?まさか、たったの2人で俺たちを止める積もりだったのか?」

「当然。私だけでも充分止められたわ。マクベスさんをノリコが足止めしてる間にね」
「えー、嫌だよぉ」

「悔しいが本当みたいだな。オオノギ、後で一勝負頼む」

「模造剣と槍でなら。言っとくけど手加減しないから」

「上等だぜ。その高い鼻っ柱へし折ってやる」
後に数秒で柱を折られたのは、プルアの方だった。

「あ、忘れてた。食べながらでゴメン。リンジーさん、聞こえてるよね?」
耳に据えた小さな魔道具を指で触れ、ここには居ない人間に向かって話掛けていた。

「聞こえてるわ。こちらも会食中。ジョルディも含めてね」
「流石。マクベスさんが裏切る訳無いもんねぇ」

一通りの食事を終え、冷めた茶で喉を流しながら。
「改めまして。この耳の魔道具は遠距離通信機器。遠く離れた前線と繋がっています。ここまでの会話も全て聞かれていると思って下さい」

ノリコが小さな片眼鏡を取出した。
「これは相手のスキルを覗き見る魔道具。それだけに特化した物で、他の物よりも正確です。お名前は?」

「俺はプルア」
「僕はゼファー。僕らはタッチーとヒオシとだいぶ前に共闘した事あるんだよ。久し振り、聞こえてる?」

「久し振りーだって」

「イニシアンです。呼び辛いのでイニとかイニーとか呼ばれてます。特技は応援です」

「応援?成程どれどれ…」
ノリコが眼鏡を重ねて、イニシアンを覗いた。

「き、希望!?凄いの持ってるよ。アビちゃんの予言通りだねぇ」

「アビ。あんたって子は。留まる事を知らないわね」

「予言?アビはそんなスキルを持っているのかね」

アビが近未来を予知。シンシアがそれを補正。
共同で欠片を読み解き、対抗手段を考え出した。

西方の守り手。シンシアの名は善く善く聞くが、実際に会った事はこれまで無い。
今は北の前線に参加している様子だった。


「この通信魔道具は、遠距離の会話を可能とします。弊害として念話と同じく、上位者に傍受される可能性がありますので、タッチー君に何が発現したのかは、この場では伏せます。マクベスさんが直接会った時に聞いて下さい」

「それまでにぃ。イニ君の希望の効果範囲を調べておいて欲しいなぁって。お願いね」
「はい!」

希望。周囲の人間に影響を与えるスキル。
それとは相性が悪いスキル。
容易に陰側のスキルが想像出来るが…。

「今日はギルドも忙しく、正規登録を控えたが。そちらはどうすれば良い?問題無ければ明日にも登録してしまおうと考えていたが」

「さっすがギルマス。どうする?みんな」


「ふんふん。陽側のスキルには敵さんは興味が無さそうから大丈夫、だって。良かったね、イニ」
「はい!」
端から見ていると、本物の姉弟の様な雰囲気だった。

「私たちは今、あらゆる危険の回避をしようと動いています。希望が進化すれば、効果の範囲も広がる。明日から登録証を見る癖を付けておいてね」
「ふぁい!頑張…ってもいいんですか?」

「希望が進化して悪い事は何も無い。その希望が拒絶されるなら、この世界は地獄そのもの。胸を張って突き進め」
「はい!精一杯頑張ります!」


彼女たちの成長は著しい。あの軟弱者たちが、何を切っ掛けに成長の扉を開いたのか。非常に興味が湧いた。

「ゴルザさんから。3人も7人も変わらない。纏めて面倒を見てやるって」

「その言葉は嬉しいが、イニだけは駆け出し。暫くはこちらで面倒を見る。有望な2人を先に送ろう」
「師匠。宜しくお願いします」

「やったぜ。ゴルザ様に稽古を付けて貰える。俄然燃えて来た」
「大丈夫かなぁ」

「不安が在るなら。ダンジョン潜りませんか?」
「私たちも。あの時のリベンジしたいしねぇ」

ダンジョンを序盤途中で離脱したと言う話だったな。

過去の遺恨を拭う意味でも。
その向上心に大いに期待しよう。


「マクベスさん。ジョルディさんから」
耳の魔道具を借り、娘と話す。妙に余所余所しい。

「元気か?大きな怪我は無いか?」

「身体は大丈夫です。怪我も病気もありません。父様、私はガモウと結ばれました。それだけ伝えます」
「さーせん」
即座に通話が切られた。言い逃げではないか!
「…」

結ばれただと?何と何がだ。
私は未だ良いとも悪いとも答えてはいない。

軟弱者は嫌いではなかったのか?
認めざる負えないのだろうか。父としてどう言えば…。

周りを見渡しても、相談出来そうな人物は見当たらず。

深い溜息を吐き出し、冷え切った紅茶を啜った。
妙に苦く感じるのは、きっと気の所為ではない。
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