ケーキ屋の彼

みー

文字の大きさ
17 / 82
4話

1

しおりを挟む

「今日、あのケーキ屋行くな」

 金曜日の朝、テレビでは朝の情報番組が流れている。

 美味しそうなトマトを紹介するコーナーで、テレビの中からはアナウンサーやゲストなどの笑い声が聞こえてきた。

 しかし、それとは真逆の春樹の低く不機嫌そうな声が柑菜の動きを止める。

 柑菜はその低い声に、作業を止めた。

「今日は行かないけど、明日は誕生日ケーキ櫻子と取りに行くよ……」

 春樹の機嫌を見ながら、弱々しくか細い声でそう言う柑菜を、春樹見ようとはしない。

 春樹は、床の一点を見つめている。

 沈黙の中、テレビから流れる明るい声が、妙に大きく柑菜の耳に入って来る。

「明日もだめだ、それくらい1人で行かせればいいだろ」

 それでもなお、春樹の声は低く、柑菜を怯えさせる。

 理由もわからず一方的な理不尽な春樹の言葉に柑菜は少しずつ苛立ちを覚えた。

「そんな、なんでそんなこと……」

 柑菜は立っている春樹の元へ行き、腕を掴んだ。

 しかし春樹は、その柑菜の手をぶんっと音が出そうなくらい勢いよく振り解く。

 それのせいで柑菜はバランスを崩し床に手をつけ転んでしまった。

「痛っ……」

 柑菜は、床についた方の手を庇うようにもう片方の手で咄嗟に包み込んだ。

 その姿を見て、すぐに春樹はしゃがみこむ。

「柑菜っ、ごめん」

 春樹の脳内に、昔の記憶が蘇る。

 自分のしたことに後悔し、春樹が柑菜の手を触ろうとすると、今度は柑菜がその手を拒否するように払った。

 春樹はそれ以上、何もすることができずにただただ床を見ることしかできなかった。

「…………大学、行くね」

 春樹を見る柑菜の冷たい視線が彼に突き刺さる。

 柑菜は、春樹を1人残して朝食に手もつけずにテレビのついた部屋から飛び出した。

 ーー何やってんだよ、俺。

 何も悪くない柑菜を、春樹は独りよがりな気持ちで傷付けてしまった。

 それも、過去を思い出させるような仕方で。




  

「柑菜、今朝はごめん」

 春樹は、以前4人で会った時に連絡先を交換していた櫻子に連絡をし、昼食を食べる場所を教えてもらい、謝りに来た。

 柑菜は、頭を下げる春樹をまるで透明人間であるかのように、徹底的に無視をする。

 櫻子と亜紀は、そんな2人を見ながら顔を合わせた。

 ついに柑菜に質問を投げかけた。

「柑菜、どうしたの?」

 なるべく柑菜を怒らせないように、穏やかな声で話す2人。

「何もないよ、それよりここはうるさいから違うとこに移動しましょ」

 すでに昼食をほぼ食べ終えている3人は、柑菜の圧で残りを一気に食べ、席を後にした。

 周囲の視線を感じながらも謝罪をしていた春樹だったが、ついにそれに耐えきれずに、諦めてその場から去ることにした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...