ケーキ屋の彼

みー

文字の大きさ
29 / 82
5話

5

しおりを挟む

「うん……少しの間だけ。ねえ、オレンジ買っていかない?カレー食べたあとに食べたらスッキリすると思うんだ」

「いいと思います、オレンジなら果物の中でもそんなに好き嫌いないと思いますし」

 「うん、そうだね」と頷きながら、秋斗はオレンジを3つ手に取り、カゴに入れる。

 2人がリストを見てみると、あとは個人個人のものと思われるもののみが残っていた。

 柑菜はふと『なんだか、新婚みたい』と、カートを押して歩く自分たちを見て、1人で妄想してしまう。

 今日だけじゃなくて、これからもこうやって2人で何気ない時間を送ることができたら、と柑菜は密かにそう願った。






 そこからはあっという間に、リストのすべてのものをピックアップした。

「あとはレジに持って行くだけだね」

 柑菜は少し名残惜しい気持ちを抱えながら「そうですね」と返した。

 秋斗が同じ気持ちでいてくれたらいいのにと、柑菜は思う。自分だけが彼を求めていることに、虚しさを感じる。




 その頃、海では亜紀と美鈴がはしゃぐ姿があった。

 その2人の姿を、椅子に座りながら見ている春樹。

 ビーチパラソルが太陽の光を遮っている。

「はい」

「ありがとう」

 その後ろから、氷の入った飲み物を持った櫻子が現れ、隣の空いている椅子に座った。

「美鈴さんのところに行かなくてもいいの?」

 喉が渇いていたのか、春樹はお茶を一気に飲む。

「西音寺は、好きな人いないの?」

 質問にはっきりと答えることなく、会話を続けた。

「どうかしら」

「西音寺って、なんか不思議だよな。なんていうか……うーん、よく分かんなくなってきたわ」

 言葉に表そうとしても、適切な言葉が思い浮かばず笑ってごまかす春樹に、櫻子は「不思議なのは春樹くんも同じよ」と笑って言い返した。

「俺は、先輩の絵が好きなんだ。繊細だけど力強い。だから、そんな絵を描く人に興味を持った。自分みたいに中途半端みたいな気持ちで絵を描いている人間じゃなくて、本物に会いたかったんだよ」

「中途半端……?」

「あんまり詳しくは言えないけど、柑菜のことがあって、それで俺は絵を必死に勉強して絵画を今学んでいる。だけど、それがもしかしたら柑菜をもっと窮屈にさせてるんじゃないかって思うこともある。って、これじゃあ柑菜の話だよな。だからつまり、俺はどっちかと言うと、先輩に対しては尊敬してる方が大きいってことだ」

「春樹くんは、柑菜ちゃんのことも美鈴さんのことも好きなのね」

 櫻子は、特に春樹の柑菜に対する思いが羨ましいと感じてしまった。

 家族とはいえ、これほどまでに相手のことを思いやれる春樹に、櫻子はますます思いを募らせる。

 しかし、美鈴に対して、人柄だけじゃなく絵に対しても好意を感じていることを知り、その大きくなる思いが、逆に櫻子を苦しめた。

 自分の作品を好きだという声は、自分を好きだと言ってくれる声と同じくらい大切なものだから。絵を描くものにとって、自分の作品を褒められることは何よりも嬉しい。だからこそ、嫉妬もしてしまう。

「あ、この前廊下に飾られてた西音寺の版画見たよ」

 思い出したように話し始める春樹。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...