嫌いなあいつの婚約者

みー

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3話

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 夜、なかなか寝付けずに外の空気に当りに来た。

 空には星が輝いていてその中に月もあって、月は海にも浮いていた。

 砂浜に来てそのままなにも敷かずに砂の上に座る。

 寂しく、海が音を立てているように聞こえる。ざあざあっと、夜の空気に音が同化していく。

「はあっ」

「どうしたの? ため息なんかついて」

 砂を踏む音と声が聞こえてくる。

「涼」

「寝られない?」

「ちょっと、…………ね」

 思えば、涼にだって好きな人がいるんだから私と同じ立場であることには変わらない。

 それならなぜ、好きな人と結婚できるように少しでも努力をしないのだろうか。

 好きな人と一緒にいたいというのは、本能でしょう?

「ねえ」

 話そうと立った時、砂とサンダルで不安定な足元のせいでバランスを崩し転びそうになる。

「桜っ」

 転ぶと思っていた体は倒れず、涼の腕の中にいた。

 数秒の間、暖かい体温、心臓の鼓動、呼吸が直に伝わってくる。

「あ、ありがとう」

 涼から体を離す。

「いえいえ」

 今が夜で良かったと心の底から思うのは、絶対に顔が赤くなっているから。

 涼は、どんな顔をしているの? 私みたいに少しは緊張してる?

 涼に触れた感覚がまだ残っていて、そのせいで感情が混沌としていて、紛らわすために私は砂浜を走り始める。

「桜っ、どこ行くの?」

「ちょっと、走りたい気分なの」

 走ると、心臓がバクバクと動いて息苦しくなる。

 最近、車生活だったから大分体力が落ちているのかもしれない。

 少し離れたところで走るのをやめて涼を見ると、空を見て微笑んでいた。

 月の明かりに照らされて、夜なのにはっきりとその表情が見える。

 まるで、月が彼を照らしているように見えて指でフレームを作ってその中に涼を収めた。

「杏里のことを想って、夜の空を見ているの?」

 距離があって、涼に私の声は聞こえないはずなのに、言い終えた後に空を見ていた目が、私を捉える。こっちに向かって、ゆっくりと歩いてくる。

「桜は、奏多さんが好きなの?」

「う、うん……」

「そっか、……ごめんね」

「なんで、謝るの?」

「婚約者だから。せっかくの桜の恋、邪魔してる」

 そんなことない、心がそう叫ぶ。

 だけど、それを声にする勇気がなくて私は黙ってしまった。

「戻ろう?」

「うん…………」

 本当は、あなたの手を差し伸べて欲しい。

 戻ろう、という言葉と共に私の手を握って欲しい。

 だけどそれは現実にはならなくて、潮の匂いを乗せた風が私と涼の間を走っていった。

「あ、そうだ。これ、苺のネックレス。ホテルの中散歩してる時にたまたま見つけたんだ」

 石で作られた可愛らしい苺が、月の光を反射してきらんと光る。

 まるでハートのような苺の石。

 他の人を好きだという私なんかに、勿体なさすぎる。
 
「涼」

「ん?」

「ありがとう」

「うん」
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