愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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6章 最後の1枚

11話 静寂

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 ザビーネの館に戻り、すぐにトミーの体の修復に入った。
 泥化したまま戻らない部分に泥を継ぎ足し、再度魔力の供給を行う。
 修復の際の魔力は、同じ術者が提供しなければならない。今回の場合はビクトルだ。
 
「ビクトル先生、顔色が悪いわ。大丈夫なの?」
 
 アンソニーの問いに、ビクトルが額を押さえながら小さく数回うなずく。
 相当調子が悪そうだ。息が乱れているうえ、体もフラフラしている。
 無理もないだろう。魔力が枯渇したホロウに魔力供給を行ったのだから。
 そのうえ、トミーは魔力が高い。要求する魔力量も膨大だ。
 
「……マスター」
 
 ドロシーがビクトルのもとに歩み寄り、緑色の液体が入った小瓶を渡した。
 
魔力回復薬エーテル……)
 
「ありがとう、ドロシー」
 
 ビクトルは瓶のフタを開けてエーテルを飲み干し、呼吸を整えてからトミーの唇に唇を合わせた。
 トミーの体の、青緑色だった部分が元の肌色に戻っていく。
 
 しばらく後、ビクトルはトミーから顔を離し上体を起こす。
 その拍子に大きく後ろへふらついてしまった――また魔力が枯渇寸前までいってしまったのだろうか。
 ビクトルの魔力量も相当のはずだが、トミーはそれの上をいくということか。
 
 倒れかかったビクトルをドロシーが支え、そのままひょいと抱き上げる。
「1人で歩ける」と言うビクトルを無視して、ドロシーはスタスタと歩き去っていった。
 部屋には僕とトミー、そしてアンソニーが残される……。
 
「アタシも少し休憩しようかしら」
 
 言いながらアンソニーが大きく伸びをする。
 その後ろ姿が、「何も聞いてくれるな」と主張しているように思える――。
 
「そうか。僕はザビーネに今日のことを報告してくるから、それまでゆっくりしていてくれ」
「ありがと、先生。……それじゃ」
 
 こちらを振り向くことなく、アンソニーが部屋を出ていく。
 
(…………)
 
 彼が何も言わないなら、何も聞かない方がいい。これまで通りに接するべきだろう。
 そんなことを考えながら、僕も部屋を後にする。
 
 出る前にちら、とトミーの方を見やる。
 魔力は満たされた。体も元通りだ。
 ……が、サイドチェストに置かれた割れたメガネが、彼の生活が壊されたことを象徴していて痛々しい。
 
 ――意識はいつ戻るのだろうか。
 どこからどこまで真実を伝えるべきだろう。
 
 ……もう、前と同じように笑顔で話すことはできないんじゃないだろうか……。
 
 
 ◇
 
 
「ロラン、今日は本当にありがとう。……大変だったわね」
 
 トミーの部屋を出たあとザビーネのもとへ向かい、トミーの身の安全、それとビクトルが休息を取っていることを報告した。
 その後彼女の私室に案内され、机に向かい合って今日のことを報告した。
 空の連盟との抗争、彼らの身の上、そして彼らが声高に主張していた屍霊術師とゴーチエの〝真実〟を……。
 
「……魔の波動、邪神、再臨、器……本当に、意味の分からないことだらけで……けど、全てが妄想のようには思えなくて」
「そうね。……私個人としては、全部『ありえない』と一蹴したいところだけれど……」
 
 そう言ったところで、紅茶の乗ったカートがカラカラとやってきた。
 前と同じように皿とカップが僕らの前にふわふわと降り立ち、カップの底から紅茶が湧き上がる。
 それを確認してから、ザビーネが紅茶に砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜ始めた。
 
 ――正直言って、紅茶を飲む気分ではない。
 が、紅茶のカートはザビーネの魔法によって運ばれてきている。
 今このタイミングでやってきたということは、「ひとまず落ち着け」というサインなのかもしれない。
 仕方なく僕も紅茶に砂糖を入れ、一口だけ飲んだ。
 適当に入れて混ぜることもせず飲んだから、甘ったるくてまずい。
 確かに落ち着いた方がいいかもしれない――いや、別に何も言われてはいないのだが……。
 僕の一連の動作を見てザビーネはクスリと笑ったが、すぐに真剣な表情に戻る。
 
「ロラン。あなたの中では、『これは事実なのでは』と引っかかっている部分があるのよね?」
「……はい」
「教えてちょうだい。あなたは今、ニライ・カナイで一番、ゴーチエ・ミストラルに近い存在。そのあなたの〝直感〟は、事実よりももっと確かなものかもしれない」

 ザビーネの言葉に無言で頷き、僕は再度口を開いた。
 これからするのは「報告」ではない。ただの憶測、不安の吐露だ……。

「僕は4年前、ゴーチエが死んでいるのをこの目で見ました。遺体は憲兵が来るまで放置していたので腐りかかっていました。腐乱した遺体は憲兵が回収していって、その後は灼かれて、底の海に葬り去られた。だけど、ゴーチエの魂はどこからも見つからなかった……」
「……ええ。そう聞いているわ」
「…………」
 
 飲むつもりがない紅茶をスプーンで雑にかき混ぜる。早く混ぜすぎたためか、紅茶がぐるぐると渦を巻いている。
 ここまでは『一大事件』として、屍霊術師なら誰もが知っている事実。
 ……だが、ここからは……。
 
「僕は確かに、ゴーチエが死んだのを見た。でも……『死んだ』とはどうしても思えない。空の連盟が言ったように、ゴーチエの魂は滅していない。どこかで再臨を狙っている……そう思うのです」
 
 ――話があらぬ方向に飛躍していると自分でも分かる。
 だが喋っているうちに真実を話している気がしてきた。それに付随して恐怖の感情まで巻き起こっている。
 これでは、空の連盟の人間と同じだ――。
 
 自分を抑えるために両手をギュッと握り込むと、その上にザビーネがそっと手を重ねてきた。
 今の話を「妄言」と切って捨てられなかったことに安堵しつつ、僕はまた口を開いた。
 紅茶はまだ、渦を巻いている。
 
「……今造っているホロウが、夜の魔力供給のあとに起き上がってきて、僕のところに来ました」
「夜、魔力供給のあと……?」
 
 ザビーネが怪訝な顔をする。
 
「僕はゴーチエから、『夜に魔力の供給を受けたホロウは生命活動を停止する』と教わりました。……これは、間違いですか?」
「いいえ。確かに死んでいるはずよ。……私は、経験がないけれど……」
 
 ゴーチエの教育は、全てが嘘なわけではないらしい。
 だが今のザビーネの言葉で、新たな不安が湧いてきてしまう――。
 
「そのホロウが、『夢を見た』と言うんです。働いていた頃の嫌な記憶の夢――おそらくは、死にまつわる記憶です。その中に、黒く巨大な魚が出てきたと……」
 
 言いながら、図書館で借りていた「よくばりの魔法使いと怪物の魚」の物語の本をテーブルの上に置いた。
 かなわぬ恋に身を焦がした主人公が愛する者を追い求めた結果、怪物のように大きな黒の魚に変貌を遂げてしまう――そういう話だ。
 
「この本は、ゴーチエによって発禁処分を受けていると聞きました。理由は、ゴーチエがこの主人公その人であるから……」
「待ちなさい、ロラン。それは憶測、噂にすぎないのよ」
「ゴーチエは、黒い魚に姿を変えて生きているんです。どうやってかは分からないけど、トモミチの夢に出てきて、トモミチを食べようとした。……器にしようとしてるんだ、トモミチは魔力が高いから――」
「ロラン!!」
 
 ずっと聞いてくれていたザビーネが、とうとう声を荒げた。
 
 ――暴走している自覚はある。でもどうか最後まで言わせてほしい。
 そうしたらもう、二度と言わないから。
 
「僕は、知らないうちにゴーチエの〝器〟を作っていたんだ。……ひょっとしたら、僕自身も器の候補だったかもしれない……」
 
 言いながら理解した。
 妄想というものは、一度囚われると抜け出せない。
 新たな妄想が次々生まれ出て、パズルのように勝手に組み上がって強固に結びつく。
 そして最後には〝真実〟として確定してしまうのだ。
 
 ふと、空の連盟の人間達のことを思い出す。
 彼らの魂は〝天海てんかい〟を流れていたという。天海にいるのは、事故や病気で死んだ〝善き者〟の魂。
 つまり彼らはみな、元は善良な人間だったのだ。
 あんな風になったのは、今の僕のように不安から妄想に囚われた結果ではないのか。
 積み上がった妄想は真実となる。その真実を守るため、彼らは声を上げ戦う。
 〝正義〟のために――。
 
「…………」
 
 寒気がする。
 僕の思考が今まさに、「ゴーチエからトモミチを守らなければ」というところにまで来てしまっていたからだ。

 空の連盟の所業は、決して許されるものではない。
 だが彼らをただの「頭がおかしい狂人」と片付けてはならない。
 
 誰もが、ふとしたきっかけであちらへ〝堕ちる〟可能性を秘めている――。
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