愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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1章 最悪の印象

1話 最悪の印象

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「あらぁ、おはようございますロラン先生~。カレにおはようの口づけをしにいくのかしら? いいわあ、愛ねえ♪」
「…………」
 
 朝廊下を歩いていると、アンソニーがニヤニヤしながら冷やかしを言ってきた。
 いつものことだ――反応すれば、楽しませるだけ。
 無視してそのまますれ違って廊下を歩き進むと、アンソニーはその後ろを鼻歌を歌いながらついてきた。
 早歩きをすると、アンソニーもまた速度を上げる。
 
「……何の用だ、ついてくるな」
「お供いたしますわ。大事な雇い主様に何かあったら大変ですもの」
「…………」
 
 ――朝から苛々させてくれる。
 何が"お供"だ。おおかた、僕があの男に魔力の供給――口づけをするところを見たいだけなのにちがいない。
 
「そうそう、ねえ先生? なんであのカレ……カシワギ・トモミチ君は"完成形"で現れたのかしら。アタシが見る限り、初めてなんだけれど」
「……分からない。私もこんなことは初めてだ」
「あら、そーなの。でも、あの状態でも"ホロウ"なのよねえ」
「……おそらくは」
 
 "反魂組成はんごんそせい"で作った人間は、最初は泥の塊の状態だ。
 "空虚なものホロウ"と呼ばれるものだ――彼らは意識はあるが、言葉も人間の形も持っていない。
 10日かけて徐々に人間として再生成されていくものなのに、昨日呼び寄せたカシワギ・トモミチという男は始めから人間の形態だった。
 
「言葉遣いも何かヘンだったわよね~。どこの世界の言葉かしら?」
「分からないが、10日すればこちらの言語に切り替わるだろう。それまでの辛抱だ」
「あら、そーお? あのままでも面白いと思うけどぉ」
「面白さなど不要だ。私はあの男が言っていることを5割ほどしか理解できなかった。……それでは困る。いくら精巧にできていても、意思疎通が満足にできない者には値がつかない」
 
 ホロウが完全な人間になったあとは、市場に売りに出す。
 しかし、あの男のあの妙な喋り方では値が下がってしまうかもしれない。
 
「……ま、大丈夫じゃな~い? カレ、おカオがイイしぃ。意思疎通できなくたってきっと高値で売れるわよ」
「……どうでもいい。私は自分の仕事をするだけだ」
「冷静ねえ~。ああ、ご立派!」
「…………」
 
 言いながら手を2つほど打ち、アンソニーは黙り込んだ。
 冗談めかして言っていたが、途中から声が低くなっていた――こちらもこれ以上口を開かない方がいいだろうと思い、口を閉じる。
 
 この男がこうやってことあるごとに突っかかってくるのは、屍霊術師しれいじゅつしとその仕事に嫌悪感を持っているからだろう。
 理由は知らない。過去に何かがあったのかもしれないが、どうでもいい。
 僕とホロウの"護衛"という仕事さえきちんとしてくれれば、それで。
 
 
 ◇
 
 
「ハイ、安置室にご到着~」
「…………」
 
 安置室はできたばかりのホロウを置いておく場所だ。
 泥で出来た身体が溶けてしまわないよう、室内は冷たく保たれている。
 
「あの男に魔力を供給してくる。お前は入るなよ」
「分かっていますわ。ごゆっくりお楽しみくださいな~。じゃ、アタシはこれで♪」
 
 踊るように軽やかにきびすを返し、鼻歌を歌いながらアンソニーは去って行った。
 
(何をしに来たんだ、あいつは……)
 
 去っていくアンソニーに心の中で毒づいてから、安置室の中へ。
 ひんやりとした部屋の最奥に設置してある石の台に、昨日呼び寄せた男――カシワギ・トモミチが横たわっている。
 
「…………」
 
 台に手をつき、唇を合わせる。唇の感覚はすでに人間のそれと同じだ。
 ――やはりやりづらい。今の絵面は最悪だ。
 
 屍霊術師の中には、自らが作りだした存在に偏執的な愛を抱き、手元に置いて"交わる"者がいる。
 だが、僕にはそんな趣味はない。なのに、相手が人間の形をしているから、今やっていることがその"交わり"に近いように錯覚してしまう。
 ただの魔力の供給でしかないのに、どうしてこんな……。
 
 唇を離してから数秒後、カシワギ・トモミチの目が開いた。
 僕と目が合うと少し顔をしかめ、うなりながらゆっくり上体を起こす。
 
「目覚めたか」
「…………」
「調子はどうだ」
「…………」
 
 カシワギ・トモミチは何も答えない。片手で顔を覆ったまま。
 
「おい、聞こえているのか? 調子はどうだと……」
「…………、です」
「え?」
「最悪です」
「最悪とは? 動かない部分があるのか」
 
 やはり完成しているのは見た目だけかと思い問いかけると、カシワギ・トモミチはこちらに抗議めいた眼差しを向けてきた。
 
「……最悪っすわ。体の節々が痛い。なんでこんな、かったい石の台に寝かされてるんスか? ありえへんのですけど。しかもなんかめちゃくちゃ寒いし。……アレですか? ボクもしかして、奴隷の身分とかですか」
「奴隷ではない。お前の身体は泥で出来ている。見た目こそ人間の形だが、今はまだ死体と同じだ。熱に極端に弱い。冷たい場所に置いたのはそのためだ」
「…………」
「何だ」
 
 カシワギ・トモミチがこちらを睨みつけている。
 アンソニーよりも分かりやすい不快の意思表示だ――何も言っていないのになぜそんな態度を取られなければならないのか分からず、こちらの顔も自然と歪む。
 しばらくの間のあと、カシワギ・トモミチがまた口を開いた。
 
「ロランさん、でしたっけ? "泥"とか"死体"とか"置く"とか……人をモノみたいに言うのん、やめてもらえます?」
「私は事実を述べたまで。実際、お前は"モノ"だ。ここが不快なのは分かったが、お前が休む場所はここしかない。消えたくなければ私の言う通りにしろ。そうでなければお前は……」
「『お前』『お前』ってさっきから……昨日ボク名前言うたんですけど、忘れました?」
「カシワギ・トモミチだろう」
「知ってんねやったら、栢木かしわぎでも倫理ともみちでもええから、どっちかで呼んでもらえますか」
「……では、トモミチ」
 
 名を呼ぶと、トモミチは「えっ」と目を見開いて驚いた顔をした。
 呼べと言われたから呼んだのに、わけが分からない。
 
「申し渡しておく。このいおりから出るのは自由だが、庵の外の"燐灰りんかいの森"には入るな。入ったら最後、迷って野垂れ死ぬぞ。聞きたいことがあればアンソニーかレミに聞け。夜は魔力の供給をする。もう一度死にたくなければ必ず私の元へ来い」
「…………、どーも。詳しい説明ありがとうございます」
 
 必要事項を全部説明すると、トモミチは大きく溜息を吐きながら頭を下げた。
 
「……以上、あとは好きにしろ」
 
 そう言って踵を返し、部屋を出る。
 数歩歩いて階段に足をかけたところで、扉越しに「なんやねん、あいつ!」という怒声が聞こえてきた。
 
(うるさい……)
 
 ――ホロウは最初静かなのに、あの男は人間の形をしているからよく喋るし主張も多い。
 これから10日間あれと生活をするのかと思うと、今から頭痛がしてくる。
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