愛を知らない空っぽ屍霊術師は、泥の人形に泡沫の恋をする

天草こなつ

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4章 悲しむこと

17話 1本の電話

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 僕もザビーネも何も言葉を発さなくなり、部屋には時計の秒針の音だけが響いている。
 しばらくのち、足音とともに「ジリリリ」というけたたましい音が耳に入ってきた。
 音はだんだん近づいてきてこの部屋の前で止まり、続いて「コンコン」というノック音が聞こえてくる。
 
「ザビーネ様、ザビーネ様。……よろしいでしょうか」
 
 ビクトルの声だ。ドアの向こうでは「ジリリリ」という音がずっと響いている。一体、何事か――。
 ザビーネがドアの方へ歩いて行って、「どうしたの」とドアを開ける。
 
「……デンワがずっと鳴っているのです。音の止め方が分からなくて」
 
 ビクトルが〝デンワ〟という道具を手に渋い顔をしている。
 けたたましい音の発生源はあれか――。
 
「あらあらまあまあ、仕方ないわね。……ロラン、ちょっと待っててね。……はいはい、こちらザビーネ」
 
 ザビーネが取っ手のような物を手にして耳に当てると音が止んだ。
 
「……ああ、あんたかい」
 
 ザビーネがちょうど耳に当てている部分から男の声が漏れ聞こえてくる。ここに訪れた時に話していた相手だろうか。
 
「はぁい、先生」
「! アンソニー……」
 
 アンソニー、そしてビクトルの護衛の女が部屋に入ってきた。この部屋は応接室と違ってあまり広くない。5人も人間がいると、少し息苦しい。
 
「……どうした?」
「ごめんなさいね~、ヒマしちゃって。あのデンワって道具どうやって使うんだろーって思って、ついてきちゃった。……まだ、お話は続きそう? そろそろおいとました方がいいんじゃないかしら。カシワギ君とレミちゃんをいつまでも2人きりにしておけないでしょう」
「それは……そうだが。でも、まだ聞きたいことが」
 
「明日また来ればいいんじゃな~い? ……あっ! それか、あのデンワって道具もらってお話するとか!?」
 
 アンソニーが満面の笑みで「パン!」と手を叩く。
 
「いや……僕は、あの道具はちょっと」
「え~っ、どうして? 便利じゃな~い」
「……お前が使いたいだけなんじゃないのか?」
「あら~、バレちゃった? フフッ」
 
 そう言ってアンソニーはくねくね小躍りする。
 
(気楽だな……)
 
 ――のんきな態度に気が抜けてしまう。
 いや、この部屋に来る前のような沈痛な面持ちで来られるよりはよっぽどいいが……。
 アンソニーの横ではビクトルが不機嫌そうな顔でデンワをするザビーネを見ている。
 
「どうなさったの、ビクトル先生。デンワが鳴ってからずーっと不機嫌よぉ」
「……いや、申し訳ない、なんでもありません。どうせ同じ相手だろうと思っただけです」
「同じ相手って? ここに来た時にザビーネ先生と話していた人かしら。『色々困っている』って話だったけれど」
「ええ。異世界人で……高い魔力の持ち主なのですが、故郷は魔法のない世界だったとかで。ザビーネ様が魔法の使い方と魔力の発散方法の指導をしていらっしゃるのです」
 
 ビクトルの話によると、異世界人の中にはトモミチのように「魔力持ちだが元の世界に〝魔法〟という概念が存在しないため、魔法を全く使わないまま人生を過ごしている人間」がいるのだという。
 魔法が存在するこのニライ・カナイに於いて、それはとても危険だ。魔力の使い道を教えてやらないと、中毒症状を起こして寝込んだり、強すぎる力を制御できず暴発する可能性もあるらしい。
 ――今日は知らないことばかり耳にする日だ。
 あまりに知らなすぎて、僕自身が異世界人なのではと錯覚してしまう……。
 
『いやあ~~っ ホンッット助かりましたよぉ~! ありがとうございます先生ぇ~~~っ!!』
「!!」
 
 部屋中に響くほどの大声が会話を強制的に遮る。
 ザビーネの手にあるデンワから聞こえているようだ――ザビーネが涙目で右耳を抑えている。
 ザビーネはデンワの取っ手を耳から離し、口に当てていた部分に向かってまた喋り出した。
 
「これっ! 声が大きすぎるんだよあんたは! もっと魔力を絞りなさい。……年寄りの鼓膜を破る気!?」
『あれ~~っ またデッカくなってました?? ゴメンナサイ スミマセン! コントロール難しくってぇ~』
 
 先ほどよりは小さくなったが、デンワの声は相変わらず大きい。
『おかげでうまくいった』とか『さっすが師匠、大先生!』とか言ってザビーネを褒め称え、ザビーネはため息をつきながら『はいはい』と返す。
 会話の内容が丸聞こえだが、いいのだろうか……?
 
「……うるさい……」
 
 ビクトルが顔をしかめてつぶやく。
 
 ――確かにうるさい。しかし、そんな憎々しげに言うほどのことではない気が……。
 
「いや~だ、ビクトル先生。怖いお顔~」
「あの男はいつもああなのです。魔力の調整が難しいデンワをあそこまで使いこなしているのだから、もう魔力の抑制の指導はいらないはず。それなのにいつまでもザビーネ様にまつわりついて……。その上、教わった魔術で怪しい物品ばかり作って売っている」
「怪しい物品」
 
 その言葉に、思わずアンソニーと目を見合わせる。つい最近、怪しい物品ばかりを置いている店に行った。
 そこにいる怪しい商人に怪しい色水を押しつけられて――そういえば、あの大声、間延びした話し口調、どこか聞き覚えが――。
 
「……もしかしてデンワのお相手、〝トミー〟って名かしら」
「ああ……そういえば、そんな名で呼ばれていましたかね。……面識があるのですか」
「2日前くらいに、西の都でね。すーっごく口が回るから圧倒されちゃったわ~。ね、先生?」
「ああ……うん」
「あのヘンな色水って、ザビーネ先生から教わった魔術で作っていたのねえ。……あっ、すごい。デンワが浮いてるわ」
 
 見れば、浮き上がったデンワがザビーネの周りをフワフワと飛び回っていた。
 デンワからは相変わらずトミーのご機嫌な声が漏れ聞こえてくる。デンワは踊るように弾んでいる。彼の気分を反映しているのか――。
 
「あのトミーという男、魔力が高いんだな……」
 
 思わずそうつぶやくと、ビクトルが「そうですね」と渋い顔でため息をつく。
 
「怪しさはさておき、かなり高い魔力保持者であることは確かです。ザビーネ様の指導がなければ、危なかったかもしれません。……ロラン君。君のところにいるホロウにも、ちゃんと教えてやった方がいいですよ」
「え?」
「反魂組成が失敗することだけを考えていませんか? 完成したあとのことも考えなければ。成功する確率はゼロではない――さじを投げるのはまだ早いですよ」
「…………」
 
 
 
 ――ビクトルの言う通りだ。
 失うことばかり考えて、恐れていてはいけない……そう思い希望を持とうとしたのだが、それはすぐに打ち砕かれることになる。
 
 庵に帰還すると、転送陣の前で座って待ち構えていたレミが涙目で僕のところに走って来て「トモがおかしくなった」と報告してきたのだ――。
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