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4章 悲しむこと
22話 倫理:悲しむこと(後)
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「倫理、どうするんや、今日も泊まってくか?」
葬儀から帰宅後。
着替えを済ませた倫理に父が声をかけてきた。
「いや、帰るわ。明日も仕事やし」
「そんなん……1日くらい休んだらええのんちゃうの」
同じく着替えを済ませた母が気遣わしげに声をかけてくる。
「休んで仕事溜まんの嫌やからさ」
「ほな夕飯だけでも食べて帰ったら」
「……ええよ、あんまハラ減ってないし」
「トモ君、帰るん? アタシもそろそろ帰ろ思てんねん。クルマ乗してったろか?」
姉も会話に混じってきた。息子のゆう君とともに、金曜から泊まりに来ていたらしい。
「ん……ほな、駅まで頼もかな」
「え、なんでよ。通り道やし、家まで乗っていきーよ」
「…………ちょっと、一人になりたいから」
そう言うと父も母も姉も神妙な顔で黙り込んでしまった。
自分では分からないが、今憔悴しきった顔をしているのだろう。
皆自分を心配して気遣ってくれているのだと理解してはいるが、そうならば今は放っておいてほしいというのが正直な気持ちだ。
姉に実家の最寄り駅まで送ってもらい、2時間ほどかけて独り暮らしのマンションに戻った。
「あつ……」
――暑い。
6月中旬ともなれば温度も湿度もかなり上昇している。日中喪服を着ていたこともあり、体は汗でベトベトだ。すぐに風呂に入らなければならないが、なかなかその気が起きない。
クーラーと扇風機のスイッチを入れてから荷物を適当に投げ置き、リビングの床に座りスマホを取り出す。
別に今すぐ見たい情報もないのに、クセ付いてしまっている。
スマホの画面を点けたのなら、家族に今帰宅したことくらいは知らせておくべきだろう と思い、メッセージアプリを開いた。
トーク一覧画面には家族グループや宅配の通知、そしてカズとのやりとりが並んでいる。
カズのアイコンをタップしてみると、ゴールデンウィークに飲みに行った時、合流する前の会話が表示された。
――こんな味気ないやりとりが最後になるとは思いもしなかった。
今カズの名前は一覧画面の4番目くらいに表示されている。
他の人間とのやりとりが増えるたびどんどん下に流されていって、そのうちアイコンは初期のものに、名前は「unknown」となってしまうだろう。
カズは死んだ。もういない。
『無念です。悲しいです。寂しいです』――弔辞でそう読んだ。嘘偽りない気持ちだ。
全部終わって1人になったら思い切り泣くつもりだった。
それなのに涙が流れてこない。そればかりか「目が潤む」ということすらない。
どれだけ頭の中にカズの思い出を引き出してきても全く泣けない。
どうして、おかしい。
どうして……。
◇
『皆様。まもなく、4号線に、大阪梅田方面へ向かう電車が到着します。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側に、お下がりください……』
泣こう泣こうとばかり考え、ほとんど一睡もできないまま次の朝を迎えた。
軽快な音楽とアナウンスが流れ、ホームに電車がやってくる。
今日も仕事だ。
カズとは兄弟同然に育ってきたが、実際には何のつながりもない他人だ。当然「忌引」などというものはない。
設計の宮田が5月で退職してから、業務の負荷が増えた。分からないことが多いのに、教えてくれる人はいない。
宮田を欠いたことにより設計の部門はガタガタだ。その件で社長と部長が毎日言い争いをしている。
「……――急行、大阪梅田行きです。ご乗車の際……」
駅員の声が聞こえる。電車の扉が開いて、人が大勢降りてくる。降りる人の流れが切れたら、乗り込まなければならない。
「…………」
(これ乗ったら、会社行ってまうな……)
人の流れを見ながら、そんな当たり前のことを考えた。
瞬間、「乗りたくない」という気持ちが頭の中を支配し、前の人が乗りこむのと同時に列からバッと外れた。
――頭痛がする。
視界に入る人波が気持ち悪い。電車の扉が閉じる音が、電車の発着メロディが、モーター音が、全部、全部気持ち悪い――。
「……もしもし、大丈夫ですか? 具合悪いんですか?」
ベンチに座って突っ伏していると、駅員に声をかけられた。
今日も朝から暑い。熱中症だと思われたのかもしれない。
「……大丈夫です、すんません……」
そう言って駅員を手で制し、頭を下げる。
(やっぱり、休もう……)
――病気でもないのに休むのは……と思っていたが、今は本当に体調が悪い。
会社に電話をすると、案外あっさり受け入れられた。もっと早くにこうしておけばよかったと後悔した。
駅から家まで自転車で10分。まだ朝で日中に比べ気温は低いが、この炎天下の中動くことを考えるとなかなか腰が上がらない。
『皆様。まもなく、3号線に、宝塚方面へ向かう電車が到着いたします。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側に……』
「ご乗車ありがとうございます」「扉閉まります、ご注意ください。扉閉まります」『次は、豊中に止まります』
『……停車駅は』『5両目は、女性専用車両……』『この電車は、特急、京都河原町行き』『ご乗車の際は、足元にご注意ください』
『皆様。まもなく、6号線に、大阪梅田方面へ向かう電車が』
(……うるさい……)
朝ラッシュのホームにはひっきりなしに電車がやってきて、どこかで何かしらの音が流れ続けている。
何もフィルターを通さず脳に直接響く感じがして気持ちが悪い。
立ち去りたいのに体が動かず、そのまましばらく〝音〟の豪雨に晒され続けていた。
――4章 終わり――
葬儀から帰宅後。
着替えを済ませた倫理に父が声をかけてきた。
「いや、帰るわ。明日も仕事やし」
「そんなん……1日くらい休んだらええのんちゃうの」
同じく着替えを済ませた母が気遣わしげに声をかけてくる。
「休んで仕事溜まんの嫌やからさ」
「ほな夕飯だけでも食べて帰ったら」
「……ええよ、あんまハラ減ってないし」
「トモ君、帰るん? アタシもそろそろ帰ろ思てんねん。クルマ乗してったろか?」
姉も会話に混じってきた。息子のゆう君とともに、金曜から泊まりに来ていたらしい。
「ん……ほな、駅まで頼もかな」
「え、なんでよ。通り道やし、家まで乗っていきーよ」
「…………ちょっと、一人になりたいから」
そう言うと父も母も姉も神妙な顔で黙り込んでしまった。
自分では分からないが、今憔悴しきった顔をしているのだろう。
皆自分を心配して気遣ってくれているのだと理解してはいるが、そうならば今は放っておいてほしいというのが正直な気持ちだ。
姉に実家の最寄り駅まで送ってもらい、2時間ほどかけて独り暮らしのマンションに戻った。
「あつ……」
――暑い。
6月中旬ともなれば温度も湿度もかなり上昇している。日中喪服を着ていたこともあり、体は汗でベトベトだ。すぐに風呂に入らなければならないが、なかなかその気が起きない。
クーラーと扇風機のスイッチを入れてから荷物を適当に投げ置き、リビングの床に座りスマホを取り出す。
別に今すぐ見たい情報もないのに、クセ付いてしまっている。
スマホの画面を点けたのなら、家族に今帰宅したことくらいは知らせておくべきだろう と思い、メッセージアプリを開いた。
トーク一覧画面には家族グループや宅配の通知、そしてカズとのやりとりが並んでいる。
カズのアイコンをタップしてみると、ゴールデンウィークに飲みに行った時、合流する前の会話が表示された。
――こんな味気ないやりとりが最後になるとは思いもしなかった。
今カズの名前は一覧画面の4番目くらいに表示されている。
他の人間とのやりとりが増えるたびどんどん下に流されていって、そのうちアイコンは初期のものに、名前は「unknown」となってしまうだろう。
カズは死んだ。もういない。
『無念です。悲しいです。寂しいです』――弔辞でそう読んだ。嘘偽りない気持ちだ。
全部終わって1人になったら思い切り泣くつもりだった。
それなのに涙が流れてこない。そればかりか「目が潤む」ということすらない。
どれだけ頭の中にカズの思い出を引き出してきても全く泣けない。
どうして、おかしい。
どうして……。
◇
『皆様。まもなく、4号線に、大阪梅田方面へ向かう電車が到着します。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側に、お下がりください……』
泣こう泣こうとばかり考え、ほとんど一睡もできないまま次の朝を迎えた。
軽快な音楽とアナウンスが流れ、ホームに電車がやってくる。
今日も仕事だ。
カズとは兄弟同然に育ってきたが、実際には何のつながりもない他人だ。当然「忌引」などというものはない。
設計の宮田が5月で退職してから、業務の負荷が増えた。分からないことが多いのに、教えてくれる人はいない。
宮田を欠いたことにより設計の部門はガタガタだ。その件で社長と部長が毎日言い争いをしている。
「……――急行、大阪梅田行きです。ご乗車の際……」
駅員の声が聞こえる。電車の扉が開いて、人が大勢降りてくる。降りる人の流れが切れたら、乗り込まなければならない。
「…………」
(これ乗ったら、会社行ってまうな……)
人の流れを見ながら、そんな当たり前のことを考えた。
瞬間、「乗りたくない」という気持ちが頭の中を支配し、前の人が乗りこむのと同時に列からバッと外れた。
――頭痛がする。
視界に入る人波が気持ち悪い。電車の扉が閉じる音が、電車の発着メロディが、モーター音が、全部、全部気持ち悪い――。
「……もしもし、大丈夫ですか? 具合悪いんですか?」
ベンチに座って突っ伏していると、駅員に声をかけられた。
今日も朝から暑い。熱中症だと思われたのかもしれない。
「……大丈夫です、すんません……」
そう言って駅員を手で制し、頭を下げる。
(やっぱり、休もう……)
――病気でもないのに休むのは……と思っていたが、今は本当に体調が悪い。
会社に電話をすると、案外あっさり受け入れられた。もっと早くにこうしておけばよかったと後悔した。
駅から家まで自転車で10分。まだ朝で日中に比べ気温は低いが、この炎天下の中動くことを考えるとなかなか腰が上がらない。
『皆様。まもなく、3号線に、宝塚方面へ向かう電車が到着いたします。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側に……』
「ご乗車ありがとうございます」「扉閉まります、ご注意ください。扉閉まります」『次は、豊中に止まります』
『……停車駅は』『5両目は、女性専用車両……』『この電車は、特急、京都河原町行き』『ご乗車の際は、足元にご注意ください』
『皆様。まもなく、6号線に、大阪梅田方面へ向かう電車が』
(……うるさい……)
朝ラッシュのホームにはひっきりなしに電車がやってきて、どこかで何かしらの音が流れ続けている。
何もフィルターを通さず脳に直接響く感じがして気持ちが悪い。
立ち去りたいのに体が動かず、そのまましばらく〝音〟の豪雨に晒され続けていた。
――4章 終わり――
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