9 / 16
9話
しおりを挟む
放課後の旧校舎はひっそりと静まりかえっている。窓から差し込むオレンジ色の光が弱くなる時、クリスくんは本を閉じた。
「……はぁ」
満足そうなため息。額を手で押さえて、首を横に振る。
「どうだった?」
「……かなり面白かった。まさかペットの犬が事件を解決するカギだとは思わなかった」
「私も最初に読んだ時はそう思った。あのエサを食べなかったことが重要だっただなんて、思いつきもしなかった」
「ただのギャグシーンだと思っていたんだがな。やられたよ」
「このお方はさりげなく伏線を張るのがとてもお上手なのね」
「ああ、流石は俺が見込んだ人物なだけはある」
クリスくんがきっかけで知った作者さんだけれど、私もつい夢中になってお話を読んでしまった。ここ数日は勉強の時間を削って読み耽ってしまったから、小テストでちゃんと点が取れるかちょっとだけ不安。でも、いざとなれば睡眠時間を削ればいいだけよ。
私達は小説の面白かった場面を話し合った。気がつけば2人の距離が近くなり、クリスくんはハッと我に返って私から距離を取る。
クリスくんは立ち上がった。
「もう夜になる。帰ろう」
「うん」
人通りの少ない構内を歩く。
「……ねぇ、いつも気になっていたんだけど、どうしてあなたは紙の本を読むの?」
「え?」
「だって電子書籍を購入すれば、わざわざあんな場所でこっそり本を読まなくてもいいんじゃないの?」
実際に本を購入して分かったことだけど、結構本は場所を取るため、気に入っている作品なら少しお値段が高くても電子書籍で買った方が楽なのではと思った。
それにクリスくんの家はお金持ちなのだから、わざわざ図書館を利用しなくてもいいじゃない。
「紙の本が好きなんだ。あの、実際に手に取ってみた時の重さが、ページをめくる音が好きなんだ」
クリスくんは昔を懐かしむように目を細めた。
「俺の家には祖父の遺した書斎があるんだ。小さな頃からあの人の本を読むのが趣味だった」
「……そういえば、そうだったね」
「何か言ったか」
「いいえ、何も」
あなたは昔から本を読むのが好きだった。
おじいちゃん子だったあなたは、その人の書斎にある本を庭で読むのが好きだったの。
少し埃臭く古びた紙を1ページめくるごとにお紅茶を一杯飲んで、読んで、飲んで。目にかかる前髪を手で払って。
ふと周りの景色に視線を向けた時。桃の花の下で怪我をした私を見つけた。
「家に置いておくのは恥ずかしいし、だったら図書館の本を借りればいいと思った」
「あなたがあのような小説を読むようになったのはいつ?」
「……分からない。自分に似た境遇の作品を探していたら、ああいった類の作品を見つけた」
そうね。あなたは小説の中にいるような完璧人間だもの。お顔も整っていて、財力もあって、勉強も運動も魔法の才能もある……性格だけは玉に瑕だけど。
でもあなたの周りに、ヒロインのように、ひたむきにあなたを愛してくれる方はいるのかしら。
「クリスくんって好きな人はいるの?」
「な、なんだよ急に」
「恋愛小説が好きにしては、あなたにそういった噂を聞かないから。ねぇどうなの?」
私はクリスくんの手に自分の手を重ねる。
「あなたに好きな人がいると思うと、ちょっと嫉妬しちゃうな」
繋がった手の先から熱が伝わってくる。握りしめた手はじんわりと汗ばんでいた。もちろん私の手じゃなくて、クリスくんの手がよ。
「……俺はまだそういうことをするつもりはない」
「どうして?」
「今は、自分の魔術を磨くことだけを考えていたい」
クリスくんは私の手を振り払った。
「この際に答えておく。お前が何をしようと自由だが、俺はお前の思いに答えるつもりはない。あの日お前が俺を助けてくれたことは感謝している。だが、だからこそ俺は、お前に負けるわけにはいかないんだ。だから、恋愛にかまけてる暇なんかない」
「私が嫌いなのでしたら、そうおっしゃればいいことよ」
「俺はお前のことは嫌いじゃない」
あら、珍しくも素直なのね。
「じゃあ好きなの?」
「……答えるつもりはない」
前言撤回。やっぱり素直じゃない。
クリスくんは呪文を唱え、ユキノくんを出現させる。
「ユキノ、結界魔法だ」
私達の世界は、ユキノくんの作り上げた結界魔法に閉じ込められる。
「都築。俺と勝負をしろ」
「……」
「人前じゃなければ戦っても構わないんだろ」
あなたは私の言葉をそういうふうに受け取ったのね。
私は髪を括っていたゴムを取り、頭を張った。私を縛るものが少ない方が、魔法は扱いやすい。
「やめておいた方がいいんじゃない。あなたは私には勝てない」
「そんなこと、実際にやってみないと分からないだろ」
「いいえ。それはどうかしら」
私の魔法は『あらゆるものを元の状態に戻す』。つまり、今のこの状況も……
クリスくんが目を見開いた。
「ユキノ、これはどういうことだ」
「ユキノには分からなイ。でも、結界がスゴいスピードで破れてイル」
ユキノくん。あなたの魔力はかなりのものよ。だけど私の力には敵わない。主人の魔力に依存するあなたとは違うの。
ほら、すっかり魔法が解けてしまった。
「……流石だな。俺が認めた人物なだけはある」
クリスくんは笑った。
「面白いじゃないか。ますますお前の力に興味がわいてきた」
「それは褒め言葉かしら?」
「当然。俺の心をここまで昂らせるのはお前が初めてだ」
そんなこと言ってくれるなんて嬉しい。必死になって修行をした甲斐がある。
「都築。今度の学祭で俺と戦え」
「いやよ。私は目立ちたくないの」
「ならばお前が俺と勝負すると言うまで、俺は毎日お前の教室に行くからな」
なんて熱烈な言葉なのかしら。思わずキュンとしてしまいそう。でも、私はあなたに負けるわけにはいかないの。魔法であれ恋であれ、あなたに振り回されるのは私の性分に合わない。
「ふふ。そんなこと言われたら、余計にあなたのお誘いをお受けするわけにはいかなくなっちゃう」
「……どういうことだ」
「だって、私があなたを拒絶しつづければ、あなたはずっと私の元に来てくれるってことでしょ?」
私の言葉に、クリスくんは顔を赤くさせ、怒りに体を震わせる。
「ね?」
私はクリスくんの唇に人差し指を当てる。クリスくんの顔が真っ赤になる。
「そんなことは一言も言っていない!」
「そんなに照れなくてもいいのに。そういうことなら、お昼の予定を開けておいてもよろしくてよ?」
「照れてない! ユキノ! もう帰るぞ!」
クリスくんは私を置き去りにして立ち去ろうとする。だけど一度だけ振り返って
「勝負のこと、考えておけ!」
と言い捨てて去っていった。
あなたってほんと、シリアスになりきれない人ね。かわいい。
「……はぁ」
満足そうなため息。額を手で押さえて、首を横に振る。
「どうだった?」
「……かなり面白かった。まさかペットの犬が事件を解決するカギだとは思わなかった」
「私も最初に読んだ時はそう思った。あのエサを食べなかったことが重要だっただなんて、思いつきもしなかった」
「ただのギャグシーンだと思っていたんだがな。やられたよ」
「このお方はさりげなく伏線を張るのがとてもお上手なのね」
「ああ、流石は俺が見込んだ人物なだけはある」
クリスくんがきっかけで知った作者さんだけれど、私もつい夢中になってお話を読んでしまった。ここ数日は勉強の時間を削って読み耽ってしまったから、小テストでちゃんと点が取れるかちょっとだけ不安。でも、いざとなれば睡眠時間を削ればいいだけよ。
私達は小説の面白かった場面を話し合った。気がつけば2人の距離が近くなり、クリスくんはハッと我に返って私から距離を取る。
クリスくんは立ち上がった。
「もう夜になる。帰ろう」
「うん」
人通りの少ない構内を歩く。
「……ねぇ、いつも気になっていたんだけど、どうしてあなたは紙の本を読むの?」
「え?」
「だって電子書籍を購入すれば、わざわざあんな場所でこっそり本を読まなくてもいいんじゃないの?」
実際に本を購入して分かったことだけど、結構本は場所を取るため、気に入っている作品なら少しお値段が高くても電子書籍で買った方が楽なのではと思った。
それにクリスくんの家はお金持ちなのだから、わざわざ図書館を利用しなくてもいいじゃない。
「紙の本が好きなんだ。あの、実際に手に取ってみた時の重さが、ページをめくる音が好きなんだ」
クリスくんは昔を懐かしむように目を細めた。
「俺の家には祖父の遺した書斎があるんだ。小さな頃からあの人の本を読むのが趣味だった」
「……そういえば、そうだったね」
「何か言ったか」
「いいえ、何も」
あなたは昔から本を読むのが好きだった。
おじいちゃん子だったあなたは、その人の書斎にある本を庭で読むのが好きだったの。
少し埃臭く古びた紙を1ページめくるごとにお紅茶を一杯飲んで、読んで、飲んで。目にかかる前髪を手で払って。
ふと周りの景色に視線を向けた時。桃の花の下で怪我をした私を見つけた。
「家に置いておくのは恥ずかしいし、だったら図書館の本を借りればいいと思った」
「あなたがあのような小説を読むようになったのはいつ?」
「……分からない。自分に似た境遇の作品を探していたら、ああいった類の作品を見つけた」
そうね。あなたは小説の中にいるような完璧人間だもの。お顔も整っていて、財力もあって、勉強も運動も魔法の才能もある……性格だけは玉に瑕だけど。
でもあなたの周りに、ヒロインのように、ひたむきにあなたを愛してくれる方はいるのかしら。
「クリスくんって好きな人はいるの?」
「な、なんだよ急に」
「恋愛小説が好きにしては、あなたにそういった噂を聞かないから。ねぇどうなの?」
私はクリスくんの手に自分の手を重ねる。
「あなたに好きな人がいると思うと、ちょっと嫉妬しちゃうな」
繋がった手の先から熱が伝わってくる。握りしめた手はじんわりと汗ばんでいた。もちろん私の手じゃなくて、クリスくんの手がよ。
「……俺はまだそういうことをするつもりはない」
「どうして?」
「今は、自分の魔術を磨くことだけを考えていたい」
クリスくんは私の手を振り払った。
「この際に答えておく。お前が何をしようと自由だが、俺はお前の思いに答えるつもりはない。あの日お前が俺を助けてくれたことは感謝している。だが、だからこそ俺は、お前に負けるわけにはいかないんだ。だから、恋愛にかまけてる暇なんかない」
「私が嫌いなのでしたら、そうおっしゃればいいことよ」
「俺はお前のことは嫌いじゃない」
あら、珍しくも素直なのね。
「じゃあ好きなの?」
「……答えるつもりはない」
前言撤回。やっぱり素直じゃない。
クリスくんは呪文を唱え、ユキノくんを出現させる。
「ユキノ、結界魔法だ」
私達の世界は、ユキノくんの作り上げた結界魔法に閉じ込められる。
「都築。俺と勝負をしろ」
「……」
「人前じゃなければ戦っても構わないんだろ」
あなたは私の言葉をそういうふうに受け取ったのね。
私は髪を括っていたゴムを取り、頭を張った。私を縛るものが少ない方が、魔法は扱いやすい。
「やめておいた方がいいんじゃない。あなたは私には勝てない」
「そんなこと、実際にやってみないと分からないだろ」
「いいえ。それはどうかしら」
私の魔法は『あらゆるものを元の状態に戻す』。つまり、今のこの状況も……
クリスくんが目を見開いた。
「ユキノ、これはどういうことだ」
「ユキノには分からなイ。でも、結界がスゴいスピードで破れてイル」
ユキノくん。あなたの魔力はかなりのものよ。だけど私の力には敵わない。主人の魔力に依存するあなたとは違うの。
ほら、すっかり魔法が解けてしまった。
「……流石だな。俺が認めた人物なだけはある」
クリスくんは笑った。
「面白いじゃないか。ますますお前の力に興味がわいてきた」
「それは褒め言葉かしら?」
「当然。俺の心をここまで昂らせるのはお前が初めてだ」
そんなこと言ってくれるなんて嬉しい。必死になって修行をした甲斐がある。
「都築。今度の学祭で俺と戦え」
「いやよ。私は目立ちたくないの」
「ならばお前が俺と勝負すると言うまで、俺は毎日お前の教室に行くからな」
なんて熱烈な言葉なのかしら。思わずキュンとしてしまいそう。でも、私はあなたに負けるわけにはいかないの。魔法であれ恋であれ、あなたに振り回されるのは私の性分に合わない。
「ふふ。そんなこと言われたら、余計にあなたのお誘いをお受けするわけにはいかなくなっちゃう」
「……どういうことだ」
「だって、私があなたを拒絶しつづければ、あなたはずっと私の元に来てくれるってことでしょ?」
私の言葉に、クリスくんは顔を赤くさせ、怒りに体を震わせる。
「ね?」
私はクリスくんの唇に人差し指を当てる。クリスくんの顔が真っ赤になる。
「そんなことは一言も言っていない!」
「そんなに照れなくてもいいのに。そういうことなら、お昼の予定を開けておいてもよろしくてよ?」
「照れてない! ユキノ! もう帰るぞ!」
クリスくんは私を置き去りにして立ち去ろうとする。だけど一度だけ振り返って
「勝負のこと、考えておけ!」
と言い捨てて去っていった。
あなたってほんと、シリアスになりきれない人ね。かわいい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる