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第六章 荒れる王国
そして人形は退場した
「よお、アルバート。元気はなさそうだが、死んではいないみたいだな」
エルンスト殿下の王子宮での軟禁生活三日目、早朝でようやく着替えを終えた時間に親父がやってきた。
「死ぬわけがないでしょう? 国宝並みに守られてるのに」
返事した声に棘が混じったのは許されるだろう。
たった昨日、自分の無力さをしみじみと感じたばかりだ。
「それよりも、母上やマティアスは大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない。初めから、聖女派とカスパル殿下の目標は大体予想してたからな。予想外の動きもあったが、まあ誤差みたいなもんだ」
獲物を前にした虎のような顔で笑う親父は、まさに今、狩の真っ最中なのだろう。
普段以上に生き生きとしている。
こういう親父を見ていると、自分は次男で良かったとしみじみ思う。
もし期待されたとしてもこうはなれない。
必要であればやるだろうが、獲物は動物か魔獣で十分だ。
「カスパル殿下はまだ野放しのままなんですか?」
「いや、カスパル殿下は自害した」
「はぁ?!」
予想外の返事に思わず声が高くなる。
そして、この人はいつも人の死を世間話と同じように俺にぶつけてくる。
「まだまだ甘いな。わかりきってたことだろう? 『ヘヴンズ・ヴァーディクト』が何を斬りたがってるかなんて」
「何を、って……」
「鏡を覗いて自分の顔を見りゃ、そこに見えるのは『傲慢』で『弟を殺そうとした』『婚約者がいるのに聖女と恋仲になった』罪人だ。斬るしかないだろう?」
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
親父たちはそこまで予想してカスパルを野放しにしていたのか……
────だとしたら、
「王弟殿下も同じことを?」
「そりゃ考えてただろうな。じゃなきゃ、あんな危ない魔剣を渡したりしないだろうよ。自分の恨みを刻んだ人形がどこまで走って壊れるか見てたんじゃねぇのか?」
親父は今、わざと露悪的な言葉を使って俺を煽っている。
反応を見られている。
それが分かっていても、反発を覚えてしまう。
「……俺は政治には向いてない、」
噛み締めた歯の隙間から呻くような声が漏れた。
「そんなのは元からわかってる。お前は他人の気持ちを考えすぎるんだ。それなのにかなり頑張ってると思うぞ? そして、お前が何よりすごいのは、そのお前の苦手を補える相手をちゃんと持ってるってことだ」
いきなり褒められて、不信に親父を見返すけれど、揶揄とかではなく、本気で言っているのだというのが、温かな瞳の色から伝わってきた。
「ジークムントのところのロベルタ、それと、オールドマンのリンジー嬢。二人ともお前の苦手を補える相手だ。
それと、ボイドの倅もお前の苦手をヤレるヤツだろ?
この間、ロベルタには鳥を送ったんだが、そういう相手がいると『命も心も』救われる。
それに、お前の他人の気持ちを考えることは悪いばかりじゃねぇ。というか、それは人として大事なことだ。
だから、そんな死にそうな顔をしなくて良い。
カスパル殿下は死んだ。
側妃イザベルも死んだ。
夜明けはすぐだ」
そう言って、親父は俺の背中を力いっぱい叩いて部屋から出ていった。
はっ?! えっ?!
側妃イザベルも死んだ?!
夜明けはすぐだ、って……夜明けってなに?! 反国王派を一掃できるってことだとは思うけど!
励まされたのだとは思うけれど、その余韻を味わう前に爆弾を落として去っていった親父にやるせ無い気持ちでいっぱいになった。
そんなふうに朝から親父に振り回されて、げっそりしていたら、ニコラスが部屋の中を伺いながらワゴンを押して入ってきた。
「旦那様はもう戻られました?」
「……ああ、どこに戻ったかはわからないけど、部屋からは出ていった」
「そうですか」
と、安心したように息をついて、テーブルの上に朝食を並べる。
「今日は各自、部屋で朝食をとるように言われています。おそらく、ロベルタ様のところにも宰相閣下がいらっしゃったのでは? エルンスト殿下のところに陛下がいらっしゃられたかどうかはわかりませんが」
「なるほど。隔離してたから身体の無事はわかってるけど、気持ちの方がどうなってるのか、ちゃんと学習して成長してるのか、って確認に来たのか」
「そういう言い方は身もふたも無いですね。心配だったので顔を見に来た、で良いじゃ無いですか」
反抗期の子供に言い聞かせるように言いながら、朝食を並べ終えたニコラスが脇に控える。
朝食はパンと卵とスープ、というシンプルなものだったけれど、疲れた胃には優しいメニューだった。
その後は、部屋でしばらく本を読んで過ごしていると、ロベルタから鳥が飛んできた。
『エルンスト殿下の部屋に行く。迎えに行くから待ってろ』
それだけ言って、赤い瞳の黒い猛禽は空気に溶けるように消えた。
なるほど、これが俺が頼るべき相手。
俺の欠点を補ってくれる人なのか。
そう考えると頬が緩む。
「アルバート様、だらしない顔になってますよ。もう一度顔を洗ってきますか?」
ニコラスに言われて、頬を引き締めた。
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