【完結】僕の彼氏と私の彼女

響城藍

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第七話「甘くて苦い、貴女への想い-チョコレート-」

【二章】ミルクチョコレート

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 暗黒物体を片し終えて一度キッチンを綺麗にした後、凛の隣に並ぶと杏はエプロンを付けて調理を開始する。何個作るのかという程の板チョコの山は失敗した分を引いてもまだ多いが、二人分と考えれば丁度良い。
 杏の交換条件とは『手伝う代わりに自分の分も葵にチョコを渡して』というものだった。「それでいいの?」と不思議そうな顔をした凛だったが、凛にしか頼めないのだ。だからこれは少しだけ葵に近付ける機会チャンス。この機会を逃したら、次がいつなのかは未知数だ。だから便乗させて貰おう。

「で? 何を作るつもりだったの?」
「え? チョコだけど?」
「いや、チョコにも色々あるでしょ?」

 そうなのか、という表情で杏を見つめた凛に盛大に溜息を吐いた。甘いのは食べるの専門だったなと思ったが、凛が料理をする姿は初めて見るし仕方がないとまた溜息を吐いた。

「じゃあトリュフでいい? ならにーにも作れるだろうし」
「うん! 杏がいると心強いね!」
「別に……またキッチン汚されてもママが困るし」

 ふいっと視線を凛から逸らして板チョコの包装紙を剥がして行く。それを真似して凛も板チョコの包装紙を剥がして、剥がした分は皿に置いて行く。板チョコ以外にもデコレーション用のシュガーなども複数種あり、取り敢えず買ったというラインナップが凛らしいなと思いながら杏はボウルを出すとそこに板チョコを割って入れていく。凛も真似して板チョコを割っていく。

「このチョコ全部割って入れといて」
「りょうかい!」

 凛は杏が割ったチョコを参考になるべく細かく割ってボウルにチョコを入れていく。その間に杏は鍋に生クリームを入れて温める。沸騰直前で火を止めると、チョコの入ったボウルに流し込みチョコと混ぜていく。

「そうやって溶かすんだ?」
「鍋で煮たら焦げるもん」

「どこかの誰かさんがやったみたいに」なんて面白そうに笑う杏に、凛は口を尖らせた。泡だて器でかき混ぜてチョコと生クリームが綺麗に混ざった所でラップをして冷蔵庫で冷やしていく。

「さて、壁とか拭かないとね」
「ご、ごめん……」

 そう言って杏は完全には片付いていないキッチンを片付け始める。壁に飛び散ったチョコを拭いて行き、凛も率先して殺人現場であったキッチンを綺麗にしていく。そうしていればチョコが固まる時間になっただろうと、杏が冷蔵庫の様子を見ると丁度良く固まっていた。それを丸めてココアパウダーなどを塗していけば完成だ。完成したトリュフを凛が買っておいたラッピング袋で包めば、可愛らしい手作りチョコが出来上がった。
 それを掲げて目を輝かせる凛が凛らしいなと、少しだけ複雑に杏はその様子を隣で眺めていた。

 *

 同時刻。三田家のキッチンでは重い空気が漂っていた。

「想像していたより難しいな……」

 オーブンから出したカップケーキを試食して、顔を歪ませるのは葵だ。味もそうだが焼け具合が足りないのか、これではとても人に食べて貰えるものではない。
 もう一度レシピをじっくりと読み込んでから、三度目になるカップケーキの調理を始める。材料を多めに買っておいて良かったが、おそらくこれで最後になるだろう。だから失敗はできない。食べてくれる相手の事を想いながら、先程足りなかった甘さを増やしてみて、オーブンのスイッチを入れた。
 焼けるまでの時間がこんなにもドキドキしてしまうのは何故だろう。

(料理とお菓子作りって結構違うんだね)

 葵は最低限の料理は出来るし、親が忙しい時は夕食を作ったりできる程の腕前だ。だがお菓子作りは片手で数えられる位しかした事がなく、こうして苦戦している訳だが。それに渡す相手が特別だからこそ、妥協はしたくない。

(美味しいって言って貰いたい)

 だからこそ甘さにも拘り、こうして何度も作っている訳だが。オーブンで焼く時間を含めるともう二時間程は経っているだろうか。夕食を食べ終え、キッチンを使う許可を得てからなので問題はないが、時間が経てば経つほど夜は更けて行く。
 オーブンから焼けましたよと言う音が聞こえて、葵は緊張しながらカップケーキを取り出す。程良く焼き色の付いたチョコのカップケーキはからは甘い香りがして、見た目は問題ない。少し冷ましてから、一つを試食する。

「……うん、大丈夫」

 どこか嬉しそうに葵は呟いた。完全に熱が冷めるのを待つ間に調理器具を洗って片しておく。ラッピングしたカップケーキは自分には似合わない程に可愛らしかった。でもその可愛らしさは特別を連想させた。葵は大切に紙袋に入れて、満足そうに自室に戻って寝る準備をして行く。
 明日の事を考えると緊張して眠れなくて、修学旅行の時を思い出させた。

「好きだよ……」

 何気なく漏れた言葉に、葵は顔を赤くしていく。自分が思っている以上の恋心にこんなにも振り回されるなんて、想像もしていなかった。顔の火照りを冷ます様にしながら、寝る事に集中する。
 中々寝られなかったけれども、でも気が付いたら眠りに入っていて、目覚ましの音で飛び起きた。

 今日は二月十四日。恋する人々の一年に一度のお祭りの幕が開けた。
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