独立装甲旅団、奮闘セリ

野口健太

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第三章 演習場

第3戦車中隊    五月六日 一三二〇時

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 広大な演習場の内部は、大まかに言って管理区画と訓練区画に分けられる。前者は宿舎や格納庫が置かれるが、敷地の過半――九割ちかくは当然ながら後者である。それ自体は樹木を伐採しただけの荒地だが、兵や戦車が走りまわるにはそれだけで十分だ。
『〈311〉より〈301〉へ』
 カール・シュナイダー中尉のヘッドフォンから、彼をよぶ声が聞こえてきた。
『第1小隊、配置につきました。送レ』
「〈301〉、了解」
 報告を耳にしたカールは、無線のマイクを押してそう答えた。
 着任からひと月以上が過ぎたいま、彼は301号――中隊長車のキューポラに半身をうずめている。車体後部の機関室上にアイスナーともう一人の搭乗員が、ストップウォッチを手に立っていた。随伴役の302号車は、すぐ傍で待機中だ。
 第1119装甲大隊第3中隊は、あわせて一一両の戦車からなる。内訳は中隊本部の二両と、傘下の第1~3小隊に三両ずつだ。昇進前のカールの所属先が定数二二両であったので、その半分とかなり小規模な戦力である。(といっても損耗と補充の遅れにより、実数はさほど変わらない)
 現在、各小隊はカールから見て、左側五〇〇メートルの地点にいる。小隊ごとに単縦陣を組むよう指示したが、整列を終えたのは第一小隊だけらしい。僚車の背後に移動しようと、いまだ動き続けている戦車がいくつか確認できる。
 彼はその様子を観察しながら、報告が届くのを静かに待った。


 すべての準備が完了したのは、それから三〇秒ほど経ってからである。
 カールは背後のアイスナーたちへ頷き、向きなおると無線で号令を発した。
「〈301〉より各小隊、はじめろ」
 小隊長たちが「了解」と答えたあと、九両の戦車は先頭から順番に動き出す。
 各車は隊列を維持したまま、ゆっくりと301号車のほうへ進みはじめた。履帯が荒れたままの大地を踏みしめ、時おり土埃がパラパラと舞い上がる。
 その歩みは文字どおり亀のようであったが、すこしずつ速度を上げていった。エンジンの唸り声が徐々に大きくなり、離れた位置にいるカールの耳元にも届く。飛びちる土埃の量も、それに比例するように増していた。
 まもなく、時速三〇キロに達したとの知らせがあった。
「隊列を変更しろ。喫形陣だ」
 すこし間を置いて、車列の動きが変化する。各小隊の二両目と三両目が、左右に進路を転じはじめたのだ。
 あたらしいフォーメーションは上からみると、おそらく戦車を頂点とした三角形をかたち作っているだろう。正面と左右に射界を確保しつつ、突進する際に用いられる隊列だ。『敵に撃ち込む楔(くさび)』というイメージが、その名称の由来であった。
 各車は配置転換をおこないつつ、301号車との間隔を詰めていく。
 だが各小隊は、作業に手間取っているようである。カールが双眼鏡を構えてみると、先頭の背後で何両かが右往左往するのが確認できた。無線に耳を澄ませると、指揮官たちがアレコレと指示する声が聞こえてきた。
(肝心な兵の練度がこれでは……)
 お世辞にも前線へ出られる状況ではないが、贅沢をいう暇はないのだろうな。
 カールは双眼鏡を下ろすと、そんな思いを内心で呟いた。

 装甲旅団が想定している運用スタイルは、一言でいえば戦場における『火消し』である。
 このアイデアは東方戦域における、昨年秋から冬にかけての戦訓に基づくものだ。
 すでにこの時点で、帝国軍は人的資源の不足に悩まされていた。こちらから打って出るどころか、膨大な戦力で攻勢をおこなう連邦にたいし、限定的な機動反撃すら覚束なくなっていたのだ。
 しぜんと現地の司令部は、消極的な方策を採るしかない。
 最前線では消耗しきった歩兵師団群により、薄いながらも防御陣地を各地で構築した。後方では装甲師団をはじめとする、快速部隊が予備として待機する。襲撃を受けた際は歩兵が文字どおり陣地を死守し、その間に予備部隊を『ここぞ』という場所へ送り込んだ。
 このとき、予備部隊の多くは戦闘団――師団傘下の連隊や大隊を基幹とする、臨時の集成部隊に分割された状態で出撃した。多数の敵に対し手持ちの数が十分でないため、細切れにせざるを得なかったのだ。
(くわえて予備の師団も、その多くが損耗しきっていた。『使える部隊』をえり分ける手間が、どのみち必要であっただろう)
 ともあれ帝国軍は、数多くの戦闘団によって冬の戦場を耐えしのいだ。雪原を駆け抜けた彼らは連邦軍を撃退し、時には包囲された味方の支援にも駆り出される。各所で後退を余儀なくされたものの、全面的な壊走だけはなんとか回避する事ができた。
 そして軍上層部で戦闘団――特に装甲部隊のそれに着目する者が現れる。
 彼らはこれだけ役に立つなら、いっそのこと常設化すべきではと主張した。臨時編成の手間を省けるうえに、規模が小さいぶん編成作業や運用のコストを、師団より安く済ませられると考えたのだ。
 反対意見もあったものの、最終的に一〇個装甲旅団の編成が決定された。現在は実戦投入にむけて、猛訓練が実施されている。当然ながら第119旅団も同様であり、夜間演習もふくむ過酷なスケジュールが組まれていた。
 現在の状況下では、いつ出撃が命じられてもおかしくないのだ。

 カールがちいさく溜息をついたとき、部下たちの戦車はすぐ近くに迫っていた。土煙と轟音をまき散らしながら、301号車の目前を通り抜ける。隊列の変更は、まだ終わっていないらしい。
 完了の知らせが届いたのは、それから一〇秒後の事であった。
「第1小隊は五七秒、残りはどうだ?」
 カールはアイスナーのほうを見て尋ねた。
「第2小隊が六二秒、第3小隊は五四秒です」
 アイスナーは隣にたつ若い乗員――装填手の手元を確認すると、そう答えて言葉をつづけた。「最初の頃より、多少は良くなりましたね」
「……いや、まだだ」カールは不満そうに、口元をへの字に曲げる。「せめてもう一〇秒、できれば一五秒は短くしたい。それに隊列自体も、改善点は山ほどある」
 そう言うと、彼は無線で小隊長たちに呼びかけた。
「〈301〉より各小隊、全体的に車間距離が規定より広い。時間もかかり過ぎだぞ」
 通信を終えたカールはまぶたを閉じ、目尻を指先で揉みはじめた。経理などの通常業務も訓練の合間にこなしているため、彼は着任してからほとんど休めていない。
 しばらくして目を開けたとき、九両の戦車は四〇〇メートルほど離れた位置にいた。隊列を単縦陣に復すべく、移動しながら再度の配置転換をすすめている。だがその動きは、最初と同様にもたついていた。
 一分ほどかけて列を組み直したあと、各小隊は先頭車から順に反転を開始した。
(旋回半径が大きい。もうすこし小回りを利かせて欲しいな)
 彼はそんな事を考えながら、部下たちの様子を観察しつづけた。新設であるため、旅団の将兵は新人が多数を占めている。中隊に属する将校と下士官――指揮官クラスも経験の浅い者がおおい。なかでも下士官は砲手や操縦手など、技能職も務めるので悩ましかった。
 とはいえ昇進して間もないカールも、中隊長としてはまだまだルーキーだ。
 それにアイスナーが先ほど言ったとおり、中隊の練度は少しずつだが着実に上がっていた。なにしろ着任してすぐの訓練では、衝突事故が一度ならず起きている。その頃に比べれば、確かにマシにはなっているのだ。
 とつぜん、無線から声が流れる。
『〈311〉より〈301〉、配置につきました』
「〈301〉、受信」
カールは振り返ると、アイスナーにむけて言った。
「もう一度だ、計測用意」
「了解、いつでもどうぞ」
 部下の返答に頷くと、カールは胸元の送信ボタンに手を伸ばした。
「〈301〉より各小隊。まずは僚車が適正な配置となるよう留意しろ、時間を気にするのはそれからだ」
 彼はそう言うと、部下たちに再度の前進を命じた。

 その後も訓練は、小休止をはさみつつ継続した。最終的に小隊単位の個別機動から、中隊全車を統率したものへと移行する。当然ながら301号車もこれに加わり、カールの指揮下で行進を反復した。
 訓練が終了し、中隊が格納庫へ移動したのは一六〇〇時を過ぎてからであった。
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