独立装甲旅団、奮闘セリ

野口健太

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第四章 西方戦域

ボカージュ    七月一〇日 〇九三七時

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 向かい合わせに置かれたソファには、一人ずつ士官が腰かけていた。
 その片方はオッペルン少佐で、反対側に座っているのは装甲擲弾兵大隊の指揮官である。擲弾兵大隊長はまだ二〇代の後半だが、使い込まれた野戦服には少佐の肩章が取り付けられていた。間に置かれたテーブルの上には、彼らの制帽と大きめの地図が確認できる。
「旅団長殿、よろしいのですか?」
 疲れ切った表情の擲弾兵大隊長が、窓際に立つ上官へたずねた。
「命令である以上は従いますが、本作戦にはいささか不安を感じます」
 続いてオッペルン少佐が言った。
「自分も同意見です。兵たちの練度も十分でないうえ、今回の任務は……」
「君たちの懸念は理解できる」
 ゼッケンドルフ中佐は部下の言葉を途中で遮り、空っぽの右袖を揺らしながら頷いた。
「だが戦況を見るかぎり、上の判断も間違っているとは言い切れん。ならば我々も、最善を尽くせるよう努力するだけだ」
 上官の決意をきいた大隊長たちは、申し訳なさそうな表情で視線を交わした。彼らもその点は、痛いほどに実感している。ただでさえ暗かった室内の雰囲気が、さらに重苦しくなりはじめた。
 沈黙を破ったのは、オッペルン少佐であった。
「……たしかに、この場であれこれ言っても仕方がない」
「まったくですな」
 擲弾兵大隊長が深々と溜息をついたあと、二人は制帽をかぶって立ち上がる。オッペルン少佐は旅団長のほうに向きなおった。
「大隊本部へ戻ります、部下たちとの打ち合わせが有りますので」
「承知した。よろしく頼む」
 大隊長たちは踵を打ち鳴らすと、ゼッケンドルフ中佐へ敬礼した。

 第3中隊は貨物駅を発ったあと、三時間ほどかけて移動した。宿営地に指定された農場へ入り、野営の準備にとりかかる。
 ひと通りの作業が終わったとき、周囲はすっかり明るくなっていた。
 カールは朝食を済ませると、中隊が装備する乗用車へ乗り込んだ。緑色の塗装を施した小振りな軍用モデルで、見かけなどから『バケツ』という愛称で親しまれている。目的は大隊本部で行われる、作戦会議に参加するためだ。
 だが出発から一〇分後、乗用車は道沿いに伸びる木々の脇でとつぜん停止した。
 いま、カールは運転手のアイスナーとともに、車の外でじっと空を見つめていた。日陰にはいったので意外に涼しくはあるものの、褐色に染められたシャツ姿で袖を肘までまくっている。アイスナーも服装はさして変わらず、彼らの上着は座席に放置されていた。
 アイスナーがちいさく呟いた。
「もう、大丈夫でしょうか?」
「うーん」
 ふたりが見上げる青空には、航空機の姿が先ほどまで存在していた。比較的小ぶりな単発機で、残念ながら友軍のそれではない。彼らの記憶が正しければ、その姿形は敵のそれであった。
「西に飛び去ったようだが、念のためもう少し待とう」
「了解です。戦車を見られてなければいいのですが……」
 カールの返答に、アイスナーは不安そうな声をあげる。宿営地の車両は草木や偽装網で隠したが、空からの目に対して、効果があるかは正直いって自信がない。
 ふたたびアイスナーが言った。
「しかし〈空の騎士〉どもは、いったい何をしているんです?」
「俺だって知りたいよ」
 部下の愚痴めいた言葉に、カールはそうこたえて同意する。〈空の騎士〉とは戦闘機やそのパイロットを指し、本来は彼らを賞賛するための呼び名だ。無論、ここでの意味はまったく正反対である。
 カールは五分ほど様子をみたあと、移動の再開を決意した。
 乗用車はカールとアイスナーをのせて、ゆっくりと動きだす。車は砂利道に躍り出ると、スピード徐々に上げていった。キャンバス製の幌を閉じているため、舞い上がった埃が座席のふたりにまとわりつく。
(ゴーグルを用意すべきだったな)
 カールは目を細めながら、周囲に視線をめぐらせた。
 第119装甲旅団が送られた場所は、共和国北岸から二〇〇キロ南にすすんだ内陸部だ。広大な牧草地や果樹園のあいだに家々が点在する田園地帯だが、その風景はカールにとってひどく異質に感じられる。
 原因は、さきほど身を隠した木々にあった。
 この地域にはあらゆる土地の境目にそって、生垣や森林の類いが多く存在する。開拓時にそのまま放置、あるいは風除け目的で植えられたモノで、場所によってはキロ単位の奥行、幅をもつことも少なくない。カールたちがいま走っている道の右手にも、根本ちかくまで葉を茂らせた緑色の壁が伸びている。
(観光で来るぶんには、情緒があって悪くない)
 カールはそんな思いを抱いたが、それは脳裏の片隅をわずかに占めるだけであった。
(だが木々が視界を遮るうえに……高さはさほどじゃないが、土地自体も起伏が多い)
 彼は軍人としての目線で、周囲の地形をながめ見ていた。(しかも農地を縫うように、生垣にかこまれた小道が無数に伸びている。まるで巨大な迷路じゃないか)
 彼の率直な印象は、要するに『攻守ともに厄介な場所』であった。見通しが悪いということは身を隠せるポイントが多く、なおかつ死角も多々存在するという事だ。攻める側は待ち伏せを警戒せねばならず、かといって守る側も絶対有利と言い切れない。相手の動きを察知できず、奇襲や包囲を受ける可能性がある。
(おなじ田園地帯でも、ここまで見かけが変わるとはな)
 観察を続けながら、カールは東方戦域に広がる大平原をおもい起こした。
 彼はあそこで負傷してから、今日でちょうど五ヶ月経つことに気が付いた。時の流れに衝撃をおぼえる一方、ながく過ごした極寒の地にたいする――自身にとっても意外だが――懐かしさに似た感情を実感する。
 想いにふけるカールをのせて、乗用車は砂利道をまっすぐ進んでいった。

 目的地へ着くまで、更に一〇分の時間が必要であった。大隊本部は無人化した集落にあり、そこには六~七軒の家屋が並んでいる。
 カールはもっと大きな建物へはいり、居間に案内されると先着していた数人へ挨拶した。いずれも顔なじみの、大隊傘下の中隊長たちだ。今後にたいする不安からか、いずれも表情は明るくない。
 オッペルン少佐が姿を見せたとき、時刻は一〇三〇時であった。
「すまない、遅くなった」
 副官の中尉とともに入室した大隊長は、一同の敬礼に応じるとそう言った。部屋には地図を敷いたテーブルが置かれ、一同をそのまわりに集合させる。
「率直に言って、戦況はよろしくない」
 あまりに直截な物言いに、カールはおもわず唾を飲み込んだ。
「いまから二日前。第24装甲軍団の反攻失敗に乗じる形で、敵――諸邦軍はひろい範囲で行動を開始した。彼らは前線突破後もなお躍進をつづけ、これにより友軍の一部が防衛ラインから突出。現在は包囲の危機に瀕している」
 そこからは、副官が代わって説明した。
「当地の防衛にあたる西方総軍A軍集団はいま、前線中央部を西へ突き出させています」
 副官の言葉をきいて、将校たちは視線を地図のほうにむける。
 地図上で南北に延びる防衛ラインは、たしかに中央部でおおきく膨らんでいた。突出部はいびつな花瓶というべき形をしており、瓶の口にあたる回廊部で周囲の友軍と接している。
 突出部には軍集団を構成する三個軍のうち、第5装甲軍と第6軍(攻勢を主導した装甲軍団も所属する)の大半が取り残されていた。そこに属する将兵は、副官いわく一〇万を越えるらしい。おおくの装備と兵をすり潰されたとはいえ、この二か月間の防戦を耐え抜いた精鋭たちだ。ここで彼らを失えば――ただでさえ劣勢にある帝国軍にとって、手痛いキズとなるのは間違いない。
 そんな彼らを囲い込むべく、回廊の南北から諸邦軍が迫りつつある。

 副官の説明はつづいた。
「回廊に圧力をかけているのは北側、つまり我が旅団の正面に位置する連合王国第3軍と、南側の皇国第5軍のふたつであります。いずれも高度に自動車化された部隊であり、兵力はそれぞれ一〇万ほど。師団規模の装甲部隊が、最低でも合わせて二個所属すると考えられています。これらに挟まれた地域の幅は、いまのところ六〇キロほどです」
(せまいな)
 戦況を把握したカールは、そんな感想を脳裏に抱いた。 
 快速兵団をもちいれば、この程度の距離はあっという間に走破できる。最悪のばあい、たった一日で回廊は分断されてしまうだろう。西方総軍の現状を鑑みるかぎり、確実な未来と考えるべきだ。
 ふたたび、オッペルン少佐が口を開いた。
「さいわい諸邦軍の各部隊は、補給のためか現在動きをとめている。西方総軍司令部は突出部の放棄をきめ、すでに準備をはじめたが……このタイミングで何かしらの行動を起こされた場合、その結果は火を見るよりも明らかだ」
(俺たちの仕事は、友軍の後退支援ということか)
 カールは大隊長の言葉を、そのように解釈した。撤退のさなかに側面や後背から襲いかかれ、部隊が壊滅した事例は戦史上にいくらでも存在する。混乱によって一度でも秩序が崩壊すると、回復させるのは大変むずかしい。組織というくびきを脱した兵士は、武器をすててたやすく姿を消してしまう。
 よって逃げ支度を始めた軍隊は、それを邪魔されぬようなんらかの手配りをするものだ。
 ここで話がいったん途切れ、隙をつくように第1中隊長が手をあげた。
「つまり、先んじて手を打つ訳ですね?」
 古株の部下が放った言葉にたいし、大隊長はちいさく頷いてみせた。
「そうだ。我々は友軍を救うため、小規模な反攻作戦を実施する」

 大隊本部での打ち合わせは昼過ぎに終わり、中隊長たちは解散した。
 カールも乗用車で来た道を逆にたどり、宿営地へもどるとすぐさま昼食をとった。中隊の幹部たちへ招集をかけたあと、流し込むように慌ただしく食事を済ませる。会合場所に指定したのは、一角にあるちいさな納屋であった。
「翌々日……一二日の〇時ちょうどより、我が旅団は行動を開始する」
 干し草が散らばる屋内で、古びた椅子に腰かけるカールは部下たちへそう告げた。集まったのは小隊指揮官や車長、そして本部班長を合わせた一一名だ。いずれも戦車兵服姿だが、大半がジャケットを脱いでいる。
 一同はテーブル代わりの木箱を囲むように、あちこちから集めた椅子に腰かけていた。正面の大きな引き戸を開け放ち、そよ風が時折ふくため意外にそれほど熱くない。といっても程度問題であるため、ほとんどが水筒を用意して喉の渇きにそなえている。
 木箱の上には、一枚の地図が置かれていた。
「目的は友軍撤退を前にした、連合王国軍への牽制だ。第67軍団の指揮下で、彼らにたいし襲撃をかける」
 カールはそう言うと、目前の地図を指差しながら話しはじめた。
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