世界が滅ぶと言われた時代

秋月愁

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予言と老人

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 ある高名な予言者が、最後に一つの予言を書き残して、死んだ。

「……かのときに、世界は滅びを迎えるだろう」

 その予言の時は、それほど遠くの事ではなかったので、人々は惑乱した。

「くそっ、ヤケだ。死ぬ前にしたい事ぜんぶやってやる!」

「私はシェルターに篭るわ。上手くいけば、助かるかも」

「バカかお前ら、そんなもん当たる訳ないだろ」

 信じる信じないは人さまざまだが、「信じる」人々も少なくなく、一部では暴動まで起こるほどだ。

 そんな中「私」は悠長に公園のベンチで、幼馴染の少年と座っていた。

「で、お前はどっちなの?あれ、信じる派?」

 少年は「信じない」派のようだった。でも、私は…。

「その人の予言がもし、本当だったらって思うことが、あるの。みんな、死んじゃうんじゃないかと思うと、不安で、しかたないの…」

 少年は。心細く言う私を落ち着かせようとして言う。

「でも、人が滅びるほどのものなら、本当だとしても俺たちが何してもどうしようもないだろ」
 そして、雰囲気を変えるべく、わざと茶化して続ける。
「それとも、予言の時まで、好き放題するか?外れた時が大変だぜ?」

 そこに、間の悪いことに、地震が起こった。木製のベンチが少しきしむ程度で揺れ事態はそれほど大したことなく、少しして収まったが、

「やっぱり予言は本当なんだ!これはその予兆なんだ!」
 と、公園で叫ぶ人もいた。

 その場にいてはよくないと思ったのか、少年が、私の手を引いた。
「行こう、ここは危険な気がする。俺の家でも、お前の家でもいいから、落ち着ける所に」

 家は隣同士なので、どちらにいくにしても方向は同じなので、私は、とりあえず付いていくことにした。
                       
                    ☆

 そして、少年の家に二人はとりあえず落ち着く。少女の家はどちらかといえばだが、「信じる」ほうだったので。意見は同じだった。

「予言とやらには、災害か何かで、人は滅ぶとされているようじゃが、儂は信じん。そんなものに惑わされて、自分を見失ってはいかん」

 ぼりぼりと煎餅を食べながらいうのは、少年の家の居候。玄斎というおじいさんだ。

 何故、この老人がここにいるのかというと、少し訳がある。一応の遠縁に当たり、住所もないホームレス状態であったので、見かねた少年の父親が保護したのだ。

 この家は母を早くになくしての父子家庭だったので、この老人の存在は、少年にも少女にも、意外と大きいものであった。

 どこか達観したその言は、家人を安心させるものがあった。

「人は生きて、その旅の果てに死ぬだけじゃ。その後どうなるかなど、だれにも分からん。なら、自分らしくそうありたいというカタチに沿って生きて行けば、後はなるようになるじゃろう」

「じゃあ、今のじいさんは、自分の意志でそうなりたいと思って、今の姿になっているのか?」

 少年が問う。玄斎老人は苦笑して、

「まあ、そうそう思いどうりにはならんということじゃな。じゃがわしはわしで、案外この生活が気にいっておる」
 そういって、また、煎餅をかじる。

「おじいさんらしいね。うちの家庭ももう少し、そんな感じに落ち着いてくれればいいのに」
 と、これは少女。彼女の両親は、家では平静を装っていたが、内心戦々恐々としているのが、少女には見て取れていた

「仮にそうだとしても、「滅ぶ」だけじゃあ、何が起こるかわからないし、皆それで、不安になっているんじゃないか?」

 少年が言う。見えない恐怖というものは、大手にそれと分かるものよりたちが悪いということか。

 玄斎老人は最後の煎餅をぼりぼり食べると、とっぴょうしもない事を言い出した。

「わしの予測では、この予言は当たらぬな」

 食いつくように、少年少女が老人に詰め寄り、
「それ、どういうことか、説明できるの?」

 異口同音にそう尋ねた。

「これは儂も読んだ事はある。あくまで私見じゃが「不自然」なんじゃよ」

 そうして玄斎老人は語り始めた。

 これにあたるのが丁度節目の年で、本人も、意味ありげに自分の誕生月に死んでおる。
 そして、何が起こるとも書かずにただ、「滅ぶ」とあいまいな書き方。

「よくわからないんだけど・・」
 とこれは、少女。

 玄斎老人はふむ、とあごひげをいじり、
「できすぎなんじゃよ、まるで人の気を引こうと画策したかの如く。つまりな…」

 再び、解説に戻る玄斎老人。

「一部の予言者たちがそうであったかのように、未来をみたといい、その時の情勢から目立つ数字を見立ててこうなるだろうと予測して予言し、目立ってみせて、あいまいな表現で、何かあれば「これがそれだ」ということにする…そして」

「予言のそのときまで、人々は自分の予言を噂にして、その程度により大騒ぎにもなる。それらしい事が起これば人はそれに当てはめ、外れても色々言われるじゃろうが、この場合本人はとうに死んでおるから、人々は怒りの矛先も向けようがない。こう考えると、よくできておるじゃろう?」

 ぽかんとする二人に、老人は諭すように、
「この予測を差し引いても、当たるも八卦、当たらぬも八卦という。じゃから、いつどうなってもはじることのないように生きるのがいいじゃろうな。じゃから、自分を見失わぬようにの」

「「はい!」」

 なぜかこの老人の言葉は、少年少女の胸にすっとはいり、二人は、少年の部屋でくつろいだ。

                     ☆

「じいさん、変わってるけど、言ってることは、意外にまともに聞こえるんだよな」
 少年がいうが、
「私たちを、不安がらせないためじゃない?まだ、はずれた訳じゃないし…」
 少女はまだ少し不安そうだ。

 少年は、少し真面目そうな顔をして、
「世界が滅ぶとか、信じる気はないけど、もしもってこともある」

「うん…」

 そして、少年は意をけっしていう。

「だから、後悔のないように先にいっとく。俺、お前が好きだから、付き合って欲しい」

 一拍の間をおいて、少女も、
「いいよ、私も、同じ気持ちだから」

 そして、見つめあう二人、段々顔を近づけていくが…。

 赤面した少年が少し引く。
「やっぱコレはまだ早いな、後悔はしたくないけど、先走るのも良くないし」

 少女もくすり、と笑って、
「でもこれくらいなら、いいよね」
 といって、少年の頬にキスをした。

「うん、私はこれで、問題なし」
 少女も吹っ切れたようだった。

             ☆

 …時は過ぎ、予言の月が来た。
 そして天災が各地で起こった。
 が、被害は大きなものではなかった。
 あくまで天災の規模の大きさの割にはでは、あったが。

 そして予言の月は過ぎ、噂の類も色々あったが、さらに時がすぎると、その予言は次第に風化していった。

 玄斎老人は、病床につき、成長して男女のカップルとなった二人に言った。
「人はいつか死ぬ。今の儂のようにな。じゃが、生まれて育つ命も、また、ある。二人の子が見れぬのが少し残念じゃの」

 そういって、家人と隣人の見とるなかで、穏やかに息を引き取った。

 その後、この幼馴染のカップルは結婚した。

 それが人心地つくと、老人の墓参りに、二人は出向いた。

「じいさん、あんたのおかげで、俺は、はじることなく生きてるよ」
 と、いって男は酒を供えて、
「おじいさん、私は勇気をもらったわ。ゆっくり、眠ってね」
 といい、女は花をそなえた。

 男の方は、逝った老人を「ブレない生き方」をしたように思え、
 女の方は、老人を「生きるということ」を考えさせてくれた人に思えた。

「俺たちの子は、どんな風に育つかな」
 男がいうと、
「おじいさんみたいな人がいいな」
 と女が真面目な顔で言ったので、

「それは、少し、勘弁してほしいかな…」
 と、男のほうは頬をかいた。

 ともあれ、災害あれど、かの予言のように人は滅びなかった。

 そして、この二人が後に授かった子は、高名な僧侶になるのだが、
 それはまた別の話である…。

(了)


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