独覚女と夢使い

秋月愁

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10話:卑劣な敵将

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 「グリモワール」の青いブロックの乱立する、迷路のような精神世界で、侵入したケイオスの精鋭を奇襲する形で、ロウガードの白地に青のラインの制服を着た警備兵たちが襲い掛かる。その多くは霊力を持った光の剣を持っており、ケイオスの精鋭、黒装束の持つ霊刀と各部で斬り結ぶ。

 「独覚女」星美と「夢使い」誠二もこれに加わる。もっとも、誠二は自らではなく、召喚した「キャラクター」の一人、侍の姿の女使い魔セシル頼みであったが。

 二人は「ケイオス」の精鋭を蹴散らして、これを指揮する者を狙う事にした。

 「我が空…是を以って魔を打ち砕く!」

 星美は「ケイオス」の精鋭達を蹴散らすと、相対した武将格の男、顔醜に、いきなり「奥の手」を使う。

 『受けなさい「是空の一撃!」』

 八角棒に、神々しい気が宿り、星美は「縮地」にも似た、高速移動で間合いを詰め、顔醜に、横薙ぎの一閃を打ちかます。

 しかし、顔醜は、それを大薙刀で受け止めると「その程度か」と醜悪なその顔で嗤うと、左手で、星美の白装束の胸元に手をかけ、縦に一気に引き裂く。それは、ゆったりとした白装束はおろか、その下着までも引き裂いた。

 ビリビリビリッ!

 「きゃっ!なにするのよ!」

 星美は自分の露わになるその白い柔肌を隠しながら顔を赤くして八角棒で防戦するが、あまりのことに動きがぎこちない。顔醜は「どうした、この程度で恥ずかしくて戦えぬか」と嗤いながら半裸の星美をいたぶるように大薙刀を振るう。

 「星美さん!」

 誠二が加勢しようとするが「キャラクター」のセシルも、霊斬刀を持った長髪の謎の黒い武闘服の男と交戦中で、手が出せない。

 ガン!ガン!ガン!

 そこに、銃声が鳴り響き、その銃撃を回避するように、顔醜は星美と間合いを取る。

 「何奴!」

 顔醜は誰何して、新たに表れた、短い黒髪に黒いライダースーツを着た、拳銃をもった男と対峙する。

 『「独覚女」だけが「ロウガード」じゃないって事だ。お前の相手はこのジェイドがする』

 こうして、ジェイドVS顔醜、誠二VS謎の武闘家の対戦の様相を呈するが、誠二はこの武闘家に心あたりがあった。

 「誠兄さん…?何で「ケイオス」についてるのさ!」

 「誠」と呼ばれた武闘家は、「誠二か…」といい、その踵を返す。

 このいきなりの転身に、驚いたのは顔醜である。

 『どうした!戦わんか「誠」お前でなくては「グリモワール」は壊せんのだ!』

 しかし「誠」はその端整な表情一つ崩さずに顔醜に告げる。

 「確かにあんたには恩義があるが、肉親と殺し合いをするほどのものを受けた覚えはない。そこの「誠二」は俺の弟だ。それに、あんたのやり方にも愛想が尽きた」

 白装束を派手に引き裂かれて、半裸状態の星美を見やって「誠」は顔醜に続ける。

 「女の衣服に手をかけて、羞恥で戦えなくするような外道に返す恩義もない。俺は撤収させてもらう」

 「誠」は左手で印を結んで撤収した。それは、星美も用いる「転移の印」であった。

                   ☆

 「顔醜」は、怒りに震えた。自分の計画が、脆くも崩れ去った事に。そして「ならば俺一人でも片を付けてくれる」と一つの丸薬を取り出して、飲む。

 …それは、かつて「剛雷」が使ったものと同じであり、微妙に違うのはその形態であった。「剛雷」が「異形の龍」になったのに比べて、こちらは「異形の巨狼」であった。

 瘴気を吐く、目の血走った「それ」は、吠えるように「念」を送る。

 「我らの悲願を邪魔立てをする者に災いあれ!貴様ら全員、我が自爆の業火に焼かれるがいい!」

 そう、彼が「剛雷」と違ったのは、最初から「自爆」して事を済ますつもりであったことだ。

 『させるか!「エミリア」結界を!』

 「承知しました。我が主」

 誠二の言に応じて、即座に召喚を受けた銀髪に眼鏡の知的なシスター姿の「エミリア」は、十字架を手にしてそれを前にかざす。

 『行きます!「封魔の結界!」』

 それは、巨狼の異形と化した顔醜を「光の結界」で包み込む。そして顔醜が自爆すると、その炸裂する強烈な「自爆」を抑え込んで、これを防いだ。

 …これが、自らの卑劣な行いにより、客分にも見限られた「ケイオス」の幹部「顔醜」の最後であった。

 「神の御許で、あなたの宿命をやり直しなさい」

 エミリアは、そう言ってその場から、かき消えるように撤収した。

 周囲の「ケイオス」の精鋭も「ロウガード」の面々の手で、倒され、あるいは降伏した。

 無論「ロウガード」側の被害も零ではなく、多数の負傷者を出していたが、大勢が決すると、「じゃあ、私もこれで失礼するよ」とセシルもその場から撤収してかき消えた。

 「守り切ったか…」誠二が戦の終わりを悟ると、顔醜に衣服を乱された星美が言う。

 「ちょっと誠二、感傷に浸ってないで、そのジャンパーを私に寄こしなさい」

 「ああ、ちょっと待って星美さん。すぐ渡すからそんなに焦らないで」

  そのやりとりを見ていたジェイドは、溜息をついて、呆れた風だ。

 『「ロウガード」から服を借りればいいだろう。ほら、実体の世界にもどるぞ』

 ジェイドの言で、誠二と、彼からジーンズのジャンパーをはぎ取って身体を隠した星美、そして、ジェイドらロウガードの面々が、次々とこの「グリモワールの精神世界」から実体の世界に撤収する。こうして、この「ケイオス」の精鋭による奇襲は失敗に終わった…。

                     ☆

 そして夢人から「ロウガード」の制服を借りた星美と、それでジーンズのジャンパーを取り戻した誠二は、夢人の瞬間移動で「六道区」の「八卦庵」に帰還した。

 八卦庵の地下拠点ではロウエンやセリーヌが待っていて、二人に報告するように言う。

 『やれやれ、こっちも魔霊騒ぎで大騒動だったぜ「独覚女」礼代わりに今度何かおごれ』

 『でも「ケイオス」の勢力は、これで大きく減ったはずです。少なくとも、無駄骨ではありません」


 「とりあえずは、落着ですね」ロウエンの恋人、淑やかなお嬢さんのラジーナが言うと、

 「ケイオスも当分はうごけんだろう。だが、こちらも損耗が激しい。なかなか上手くはいかんものだな」と、セリーヌの護衛の大男、ゼイギルは少し控えめに呟く。

 …こうして「ケイオス」の勢力は大幅に削れた。しかし「ロウガード」も、彼らの拠点までは掴めずにいる。事が終わりを告げるのには、今少し刻が必要なようであった…。 

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