【完結】わたしとぼく

かのん

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第一話 出会い わたし

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 車通りの激しい道を、ヒールの靴で少し早歩きで進んでいく。

 真新しい靴は今日の朝おろしたばかりで、まだ履き慣れていないせいもあり靴ずれを起こしておりかなり踵の所と小指の所が痛いが、少しでも早く帰らなければならない。

 不意に目の前に桜の花弁が落ち、足を止めると思わず目線を上げると、公園の桜が満開に咲いており、その下では宴会の準備をする人や、すでに飲み始めている人達が見えた。

 楽しそうなその様子に、なんとなくいいなぁと羨ましいような気持ちが湧く。

 クラクションの音が聞こえ、どこからか罵声が聞こえて現実を思い出し、また足を動かす。

 いけない。いけない。早く帰らなければならない。

 先程の母からの電話からしてもう着いてしまっているかもしれない。

 子どもを外で待たせるなんて、それもこれも急に連絡してきた母のせいである。

 ため息を付きたくなるのを我慢してとにかく足を進めていく。

 住宅街に入り、細い筋を曲がったその先に古い一軒家がある。

 そこだけ時代から切り離されてしまったかのような古い家は、祖父母から引き継いだものであり、そこにわたしは三年前から住んでいる。

 古くて不便な所もあるが、今は亡き祖父母と過ごしたその家には愛着があり、仕事場が近くという事もあって、一人暮らしを決意した。

 その家の前にしゃがみ込むようにして少年がバッグを抱えて座っている。

 わたしを見て顔を上げると、ぱっと立ち上がり頭をぺこりと下げてきた。

 前髪が長くてよく目は見えないが、綺麗な顔立ちをしているように感じた。

 二重の瞳に、まだ子どもらしさを残した頬。身長はわたしより少し高いくらいだが、目線はほぼ同じである。

「ごめんね?待たせたでしょう。本当にごめんなさいね?」

 慌ててそう言うと、少年は首を横に振り、小さな声で答えた。

「い、、いえ。ぼくこそ、、、すみません。」

 気の弱そうなその声に、わたしは自分が帰るのが遅くなった事を今日ほど後悔をしたことが無い。

 玄関の鍵をガチャっと開けると少年に入るように促した。

 靴を脱ぎ、取り敢えずはお茶を出さなければとヤカンを火にかけ、急須の準備をする。

 少年は、どうしたらいいのかと戸惑い、玄関に立ち尽くしており、わたしはまた慌てた。

「あぁ!ごめん。あの、そっちに座って?荷物は、それだけ?」

 少年がもっていたバッグは、そこまで大きな物ではなかったが、頷かれて驚いてしまう。

 そんなに荷物が少ないとは思っていなかったが、まぁ、必要な物はまた買い揃えればいいだろう。

 少年を座らせて、茶菓子のせんべいを勧めたところでヤカンがピーッと湯気を吹きながら音を立てた。

 火を止め、急須にお湯を入れて、蒸らし、茶を注ぐと緑茶の香りが広がりそれだけでほっとした気分になる。

 少年の前にお茶を出し、わたしはそこでやっと一息ついた。

 湯気の立つお茶を一口飲むと、おっさんのような声が自分から漏れた。

「はぁー。茶が美味い。」

 少年は、茶に口をつけず、こちらの様子を伺っているのが分かった。

「ほら、お茶を飲んで?せんべい食べれる?」

「え?あ、、、はい。」

「このせんべいは、隣の河北さんにもらったの。美味しいよ。」

 少年は、ゆっくりとせんべいを口に運び、咀嚼する。

 その控えめな様子にこれから大丈夫かしらと少し心配になりながらも、まぁどうにかなるかとわたしは考えていた。

「自己紹介ね。わたしは鈴木ちほ。21歳。ちっちゃな会社で受付嬢をしてるの。」

「あ、はい。ぼくは、田所蓮です。今年16歳で、高校生に、、なりました。」

「これから家族になるわけだから、敬語は使わなくてもいいからね。まぁ、無理ならそのままでもいいけど。」

「え?、、、あ、、はい。」

 戸惑うような蓮のその様子を見ながら母の言葉を思い出す。

 親戚の中で10歳からたらい回しにされてきた子。かなり遠い親戚らしく父も母もそんな事知らなかったらしく、知った時は激怒したらしい。

 本当なら実家に行く予定だったが、父の仕事で転勤が決まり、高校が決まった蓮を、自分達の都合で転勤させるのが忍びないという事で、わたしに白羽の矢が立った。

 わたしの家からであれば蓮も自転車で通える距離だし、わたしも比較的仕事は定時に終わるので蓮が寂しがる事もないだろうとの判断らしい。

 16歳と21歳の男女がひとつ屋根の下という事に両親的には問題がないらしく、ただ、恋愛になった場合には、蓮が、18歳になるまで待ちなさいよと冗談混じりに笑って言われた。

 おい。

 心の中で両親に毒づいたが、実の所一軒家に一人暮らしをしていると怖い経験もある。

 なので、少年との同居にはわたしも賛成していた。

 また、わたし的には姉弟が昔から欲しかったのもあり、お姉ちゃんといつか呼んでほしいと内心思っていたりする。

「蓮くん。わたしの事、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいからね?」

「え?、、いや、、あの。」

 蓮が、驚いたような顔をしていて、しばらくは呼んでくれないかなぁ、一回だけでもいいんだけどなと内心思った。

「ふふ。取り敢えずは、今日からよろしくね。」

 笑って手を伸ばすと、一瞬びくりとされたが、こちらが握手を求めている事に気付くと、おずおずと優しく握手をしてくれた。

 それだけでなんだか嬉しくて、今日の晩ごはんは奮発してすき焼きだと、心の中で、叫んだ。






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