【完結】わたしとぼく

かのん

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第二話 すき焼き ぼく

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 桜の木は風揺れ、花弁を美しく風に舞わせる。

 ちほさんの視線の先にいるお花見客らは皆がとても楽しそうで、笑顔が眩しく見えた。

 あんなふうに自分は笑った事があるだろうか。

 ちほさんはそれを見て羨ましげにしていたので思わず余計な事を言ってしまったと心臓が苦しくなった。

 ここで機嫌を損ねられて、家から放り出されたら自分は生きていけない。

 けれど、ちほさんは機嫌を悪くするどころかぼくに謝ってくれる。

 しかも、自分が家事を引き受けようとするとそれを一緒にしようと言ってくれる。

 胸の中が、なんだかむず痒くなるような初めての感覚に戸惑う。

 この感覚はなんだろう。

 買い物は、椎茸ににんじん、白菜にしらたき、えのきに豆腐、そして美味しそうなお肉をちほさんはキラキラとした瞳で買い物かごの中に入れていっていた。

 肉が、好きなんだろうか。

 美味しそうな肉を入れると、小さい声で鼻歌を口ずさんでいて驚いた。

 今まで誰かと一緒に買い物をした事はなく、たいてい買い物を頼まれるか、荷物持ちとしての役割しかした事がなかったので驚きの連続であった。

「蓮くんは炭酸のジュースと、炭酸なしのジュースどっちが好き?」

「え?いや、、あの、どちらでも大丈夫です。」

 実際の所、あまりジュースも飲んだ事がなかった。たまに飲む機会はあったが、好みと言うほど種類を飲んだことも無い。

 ちほさんは何故かとてもご機嫌で、ジュースを炭酸と無炭酸と二つともかごに入れた。そしてお菓子コーナに行くとチョコレートと、ポテトチップスなどをかごに入れる。

「ご飯食べたら、お菓子パーティしながらテレビ見ようね。」

 その言葉にひどく心が温かくなって驚いた。

 何故だろう。

 よく分からないけれど、ひどく幸せでなんだか足取りが軽くなった。

 荷物は全部持つと言ったのに、半分こしようと言われてしかたなく半々持つ事になった。

 これでは荷物持ちの役割も果たせていない。

 それだけでまた不安になる。

 家に帰り着くと、二人ですき焼きの具の野菜を切っていく。

 ちほさんのざっくりとした切り方に驚きながらも、他愛ない会話をしながら一緒に料理をするのは思いの外楽しかった。

 煮ている間に荷物をおいておいでと言われて暗い階段に電気をつけて登っていく。

 古い木の匂いがして、少し怖いな、なんて思いながら二階に登り、部屋の前で、息を呑んだ。

 扉の所に蓮くんの部屋とプレートが下げてある。

 ガチャっと音を立てながら部屋を開けると中には勉強机と本棚、布団が畳んで置かれていた。

 布団は一回干してくれたのだろう。顔を思わず埋めると太陽の匂いがした。

 それだけで、思わず涙が出た。

 なんだろう。とても温かい。

 お礼を言おう。ちゃんと、お礼を言って、出来る事はちゃんとして、お世話になろう。

 階段を降りると、おばさんの声が携帯からもれて聞こえた。
 
「はいはい。残念ながら、わたしが蓮くんを独り占めさせていただきます。じゃあねぇ。」

 その言葉に、ドキリとした。

 顔が少しほてるのが分かる。

 ちほさんはとても優しくて、その後一緒に食べたすき焼きはとても美味しかった。

 ちほさんは肉をぼくの皿にばかり入れてくる。

「一緒に食べると美味しいねぇ。」

「はい。、、これからよろしくお願いします。部屋も、ありがとうございます。」

「仲良くしてね。」

「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 そう言うと、こちらこそと返してくれたちほさんは、また肉をとって僕の皿に入れた。



 
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