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エスメラルダ
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金色の美しい髪に、青い瞳を持つこの国の王太子であるステファン・リーフ・スベットは、涙をどうにか堪えながら、赤くなった瞳でじっと目の前の令嬢を見つめた。
会場中の視線を集めるステファンの目の前にいる令嬢は、ステファンの婚約者であり、この国の公爵家の令嬢であるエスメラルダ・ディーン。
月色の髪をした、絹のように柔らかな髪にはきらめく宝石が飾られ、薄紫の大きなアーモンド型の瞳はじっとステファンを見つめている。
「婚約破棄・・ですか?」
先程告げられたステファンの言葉をエスメラルダは繰り返し、じっとステファンを見つめる。
会場にいた他の貴族らはその様子をじっと見つめながら、今の国の状況をかんがみ、決断を下したステファンの言葉に、かたずをのむ。
エスメラルダは静かに、大きな瞳を一度閉じて思案すると、ゆっくりと開いてから微笑を浮かべた。
「殿下、それはやめておいたほうが良いのではないでしょうか。」
その返答に、貴族からはざわめきが起こる。エスメラルダを心配する様な視線と、ステファンがどうするのかをじっと見つめ答えを待つ貴族達。
国王、王妃が共に寝込んでいる今、国の決定を下すのはステファンの役目となっている。
ステファンは静かに声を荒げた。
「ダメだ。君は、僕と婚約破棄をし離宮に幽閉する。これは決定だ!」
スベット王国は山々に囲まれた小さな国だ。貴族だなんだのと肩書はあるが、基本的にそこまで大きな差は開いてはおらず、皆が他の国に比べて、のんびりと穏やかに暮らす、そんな小さな国。
そんな小国に隣接するのは大国ユグドラシル。これまでスベット王国とユグドラシル王国は何の問題もなく、細々とだが外交を行い、争いもなく、平和そのものだった。
皆がスベット王国はこのまま次の代のステファンが王位を継ぎ、美しいエスメラルダと結ばれて平穏に時代が引き継がれていくものと思っていた。
そう。先月開かれたユグドラシル王国の新王即位の祝いとして、ステファンと婚約者であるエスメラルダがユグドラシル王国主催の舞踏会に参加するまでは。
「殿下。そんなことをしてはなりません。」
ステファンを嗜めるようにエスメラルダはそう言うと、周りを見回して、他の者達に向けて言った。
「皆様も殿下をしっかりと諫めてもらわねば困ります。」
令嬢の中には、わっと泣き出す者もおり、会場がまるでお葬式のような雰囲気に変わる。
エスメラルダはその様子に大きくため息をつくと、はっきりとした口調で言った。
「我が国は小国。大きな物流もなければ特産もない。けれど、国民が飢えた事はなく、民は皆幸せだと笑って暮らせる国です。私はそんなこの国が大好きです。ですから、皆様にはこの国を守ってほしいのです。」
ユグドラシル王国の新王は好色王として名が広まっており、美しい令嬢を見ればすぐに妾や側室へと自分の身の回りに置こうとする。そんな噂があった。
噂は噂。そう皆が思っていたが、ユグドラシル王国の新王ゼノ・フォン・ユグドラシルは新王襲名の際に、いくつかの国の令嬢を見初め、自分の国へと嫁いでくるように書簡を送ったのだ。
そしてその書簡はスベット王国にも届き、ステファンは最初はもちろん断った。しかし、ユグドラシル王国はその後、国の境界線近くへと軍を進め、スベット王国側へと圧力をかけてきた。
ゼノ国王がお求めたのは、エスメラルダであった。
小さな頃から一緒に育ってきたステファンにとってエスメラルダはいずれ妃となるだけのただの女ではない。これまで苦楽を共にしてきた仲間であり、妹のような存在であり、守るべき相手だった。
「お願いだ。エスメラルダ。離宮へと黙って幽閉されてくれ。もうこれ以外に君を守る手だてがない。結婚は出来ないが、それでもキミを好色王の元へと嫁がせるよりはましだ。ユグドラシル王国の後宮は魔窟だと言う。そんな所へ、大切なキミを、差し出す事なんて僕には出来ない。」
どうにかエスメラルダを説得しようと言葉を並べるステファンに、エスメラルダはため息を漏らす。
「殿下。冷静になってくださいませ。ありもしない罪で私を断罪し、婚約破棄をし、その罪を償うために離宮へと幽閉するなどと、ユグドラシルの王が、それで納得するとお思いですか?」
「納得してもらう!頼む。エスメラルダ。」
ステファンは、エスメラルダの手をぎゅっと握った。微かに震えるその手てからするりとエスメラルダは自身のてを抜き取ると、大きく深呼吸してからはっきりとした口調で言った。
「先ほども言いました。私はこの国が大好きです。この国を守る為ならば、どこへ嫁ごうとも構いません。」
会場からはすすり泣く声が聞こえはじめ、潔いエスメラルダの言葉に、国の重鎮である者達も瞳に涙をためる。
国の為に犠牲になる事もいとわない高潔なエスメラルダ。
ステファンはエスメラルダの決意が揺らがない事に諦めの息を落とすと、頷いた。
「分かった。エスメラルダ。」
「ええ。殿下、この国の事を頼みます。」
「・・もちろんだ。」
ステファンとエスメラルダの婚約は、その後正式に婚約解消とされ、エスメラルダはユグドラシル王国へと嫁ぐことが決まった。
そして境界線に待機していたユグドラシル王国軍と共に、エスメラルダはユグドラシル王国へと向かうこととなった。
別れの時、ステファンはエスメラルダの頬に別れのキスを送ると言った。
「これからはどんなにお転婆をしようと、問題を起こそうと、僕は庇ってやれないんだからな。」
潤んだ瞳でそう言われ、エスメラルダも瞳いっぱいに涙をためて微笑を浮かべた。
「あら、大丈夫よ。これからは、ちゃんと一人でも解決してみせるわ。」
「ははっ。そうか。」
「ええ。」
二人の間に沈黙が落ちる。これまでの二人の思い出が、頭の中を走馬灯のように駆け巡っていく。
婚約者でありながら、恋人と言う甘い雰囲気などなかった。色恋沙汰では得られない信頼が、二人の間には芽生えていた。
「ステファン。元気でね。」
最後に幼い頃のように名前で呼ぶと、ステファンはにっこりと笑って頷いた。
「あぁ。エスメラルダも。・・・僕達は、婚約者ではなくなったけれど、ずっと友達だろう?」
「ええ。悪友ね。」
「あぁ。違いないな。」
握手を交わし、二人は別れた。
大国の後宮に入るという事は、もうこれから二度と会う事はないということ。
エスメラルダは、馬車の中から小窓の外をじっと見つめ、遠ざかっていく故郷を見つめた。
もう二度と、ここに戻ってくることはない。
もう二度と、家族やステファンには会えない。
もう二度と、あの穏やかな日々は帰ってこないのだ。
侍女や執事すら一緒に連れて行くことは叶わない。
馬車の中はエスメラルダ一人きりであり、これからエスメラルダは一から人間関係を全て作っていかなければならない。
けれど、安い物だ。
エスメラルダ一人と、国の安寧。
国の人々は優しいから、エスメラルダをすぐには差し出さなかった。それだけで、エスメラルダの心は満たされた。
だから、自分から、自分を差し出すことを決めた。
それでも、悲しくなかったわけがない。寂しくなかったわけがない。苦しくなかったわけがない。
「もう・・泣いてもいいかしら。」
見えなくなった故郷。
エスメラルダは静かに、涙を流した。
たくさんの思い出があった。楽しい事も、苦しい事も。喧嘩したことも。怒られた事も。笑った事も。
そこには親しい人が必ず横にいて、支え合ったり、ふざけ合ったり。
「・・ありがとう。私、この国に産まれて幸せだったわ。」
涙はただただ、流れ落ちる。寂しさや悲しみが、涙となって落ちていく。
それでもエスメラルダは後悔しない。
自分自身で決めた道を、歩んでいく。
たとえそれが修羅の道だろうと。
スベット王国はエスメラルダがユグドラシル王国に嫁いだことによって友好国としてあり続けた。エスメラルダは小国をその身で守った勇敢なる女性として、国の中で内々に語り継がれる。
ゼノ国王の寵愛を受けたエスメラルダが後宮で幸せに暮らしたのか、それを知るものはいない。ただ、彼女は好色王として浮名ばかりだった王を、賢王にまで押し上げた存在として、歴史に名を刻むこととなる。
★★★★
読んで下さりありがとうございました。
少し違った婚約破棄騒動と、お国事情が書いてみたかったのです。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
作者 かのん
会場中の視線を集めるステファンの目の前にいる令嬢は、ステファンの婚約者であり、この国の公爵家の令嬢であるエスメラルダ・ディーン。
月色の髪をした、絹のように柔らかな髪にはきらめく宝石が飾られ、薄紫の大きなアーモンド型の瞳はじっとステファンを見つめている。
「婚約破棄・・ですか?」
先程告げられたステファンの言葉をエスメラルダは繰り返し、じっとステファンを見つめる。
会場にいた他の貴族らはその様子をじっと見つめながら、今の国の状況をかんがみ、決断を下したステファンの言葉に、かたずをのむ。
エスメラルダは静かに、大きな瞳を一度閉じて思案すると、ゆっくりと開いてから微笑を浮かべた。
「殿下、それはやめておいたほうが良いのではないでしょうか。」
その返答に、貴族からはざわめきが起こる。エスメラルダを心配する様な視線と、ステファンがどうするのかをじっと見つめ答えを待つ貴族達。
国王、王妃が共に寝込んでいる今、国の決定を下すのはステファンの役目となっている。
ステファンは静かに声を荒げた。
「ダメだ。君は、僕と婚約破棄をし離宮に幽閉する。これは決定だ!」
スベット王国は山々に囲まれた小さな国だ。貴族だなんだのと肩書はあるが、基本的にそこまで大きな差は開いてはおらず、皆が他の国に比べて、のんびりと穏やかに暮らす、そんな小さな国。
そんな小国に隣接するのは大国ユグドラシル。これまでスベット王国とユグドラシル王国は何の問題もなく、細々とだが外交を行い、争いもなく、平和そのものだった。
皆がスベット王国はこのまま次の代のステファンが王位を継ぎ、美しいエスメラルダと結ばれて平穏に時代が引き継がれていくものと思っていた。
そう。先月開かれたユグドラシル王国の新王即位の祝いとして、ステファンと婚約者であるエスメラルダがユグドラシル王国主催の舞踏会に参加するまでは。
「殿下。そんなことをしてはなりません。」
ステファンを嗜めるようにエスメラルダはそう言うと、周りを見回して、他の者達に向けて言った。
「皆様も殿下をしっかりと諫めてもらわねば困ります。」
令嬢の中には、わっと泣き出す者もおり、会場がまるでお葬式のような雰囲気に変わる。
エスメラルダはその様子に大きくため息をつくと、はっきりとした口調で言った。
「我が国は小国。大きな物流もなければ特産もない。けれど、国民が飢えた事はなく、民は皆幸せだと笑って暮らせる国です。私はそんなこの国が大好きです。ですから、皆様にはこの国を守ってほしいのです。」
ユグドラシル王国の新王は好色王として名が広まっており、美しい令嬢を見ればすぐに妾や側室へと自分の身の回りに置こうとする。そんな噂があった。
噂は噂。そう皆が思っていたが、ユグドラシル王国の新王ゼノ・フォン・ユグドラシルは新王襲名の際に、いくつかの国の令嬢を見初め、自分の国へと嫁いでくるように書簡を送ったのだ。
そしてその書簡はスベット王国にも届き、ステファンは最初はもちろん断った。しかし、ユグドラシル王国はその後、国の境界線近くへと軍を進め、スベット王国側へと圧力をかけてきた。
ゼノ国王がお求めたのは、エスメラルダであった。
小さな頃から一緒に育ってきたステファンにとってエスメラルダはいずれ妃となるだけのただの女ではない。これまで苦楽を共にしてきた仲間であり、妹のような存在であり、守るべき相手だった。
「お願いだ。エスメラルダ。離宮へと黙って幽閉されてくれ。もうこれ以外に君を守る手だてがない。結婚は出来ないが、それでもキミを好色王の元へと嫁がせるよりはましだ。ユグドラシル王国の後宮は魔窟だと言う。そんな所へ、大切なキミを、差し出す事なんて僕には出来ない。」
どうにかエスメラルダを説得しようと言葉を並べるステファンに、エスメラルダはため息を漏らす。
「殿下。冷静になってくださいませ。ありもしない罪で私を断罪し、婚約破棄をし、その罪を償うために離宮へと幽閉するなどと、ユグドラシルの王が、それで納得するとお思いですか?」
「納得してもらう!頼む。エスメラルダ。」
ステファンは、エスメラルダの手をぎゅっと握った。微かに震えるその手てからするりとエスメラルダは自身のてを抜き取ると、大きく深呼吸してからはっきりとした口調で言った。
「先ほども言いました。私はこの国が大好きです。この国を守る為ならば、どこへ嫁ごうとも構いません。」
会場からはすすり泣く声が聞こえはじめ、潔いエスメラルダの言葉に、国の重鎮である者達も瞳に涙をためる。
国の為に犠牲になる事もいとわない高潔なエスメラルダ。
ステファンはエスメラルダの決意が揺らがない事に諦めの息を落とすと、頷いた。
「分かった。エスメラルダ。」
「ええ。殿下、この国の事を頼みます。」
「・・もちろんだ。」
ステファンとエスメラルダの婚約は、その後正式に婚約解消とされ、エスメラルダはユグドラシル王国へと嫁ぐことが決まった。
そして境界線に待機していたユグドラシル王国軍と共に、エスメラルダはユグドラシル王国へと向かうこととなった。
別れの時、ステファンはエスメラルダの頬に別れのキスを送ると言った。
「これからはどんなにお転婆をしようと、問題を起こそうと、僕は庇ってやれないんだからな。」
潤んだ瞳でそう言われ、エスメラルダも瞳いっぱいに涙をためて微笑を浮かべた。
「あら、大丈夫よ。これからは、ちゃんと一人でも解決してみせるわ。」
「ははっ。そうか。」
「ええ。」
二人の間に沈黙が落ちる。これまでの二人の思い出が、頭の中を走馬灯のように駆け巡っていく。
婚約者でありながら、恋人と言う甘い雰囲気などなかった。色恋沙汰では得られない信頼が、二人の間には芽生えていた。
「ステファン。元気でね。」
最後に幼い頃のように名前で呼ぶと、ステファンはにっこりと笑って頷いた。
「あぁ。エスメラルダも。・・・僕達は、婚約者ではなくなったけれど、ずっと友達だろう?」
「ええ。悪友ね。」
「あぁ。違いないな。」
握手を交わし、二人は別れた。
大国の後宮に入るという事は、もうこれから二度と会う事はないということ。
エスメラルダは、馬車の中から小窓の外をじっと見つめ、遠ざかっていく故郷を見つめた。
もう二度と、ここに戻ってくることはない。
もう二度と、家族やステファンには会えない。
もう二度と、あの穏やかな日々は帰ってこないのだ。
侍女や執事すら一緒に連れて行くことは叶わない。
馬車の中はエスメラルダ一人きりであり、これからエスメラルダは一から人間関係を全て作っていかなければならない。
けれど、安い物だ。
エスメラルダ一人と、国の安寧。
国の人々は優しいから、エスメラルダをすぐには差し出さなかった。それだけで、エスメラルダの心は満たされた。
だから、自分から、自分を差し出すことを決めた。
それでも、悲しくなかったわけがない。寂しくなかったわけがない。苦しくなかったわけがない。
「もう・・泣いてもいいかしら。」
見えなくなった故郷。
エスメラルダは静かに、涙を流した。
たくさんの思い出があった。楽しい事も、苦しい事も。喧嘩したことも。怒られた事も。笑った事も。
そこには親しい人が必ず横にいて、支え合ったり、ふざけ合ったり。
「・・ありがとう。私、この国に産まれて幸せだったわ。」
涙はただただ、流れ落ちる。寂しさや悲しみが、涙となって落ちていく。
それでもエスメラルダは後悔しない。
自分自身で決めた道を、歩んでいく。
たとえそれが修羅の道だろうと。
スベット王国はエスメラルダがユグドラシル王国に嫁いだことによって友好国としてあり続けた。エスメラルダは小国をその身で守った勇敢なる女性として、国の中で内々に語り継がれる。
ゼノ国王の寵愛を受けたエスメラルダが後宮で幸せに暮らしたのか、それを知るものはいない。ただ、彼女は好色王として浮名ばかりだった王を、賢王にまで押し上げた存在として、歴史に名を刻むこととなる。
★★★★
読んで下さりありがとうございました。
少し違った婚約破棄騒動と、お国事情が書いてみたかったのです。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
作者 かのん
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