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第1章 大海の一滴
幕間①
しおりを挟むある、いつもと変わらないよく晴れた一日の話。
彼女はいつも通り受付嬢の格好をしてカウンターに立っていた。
受付嬢として、冒険者一人一人を観察する。有事の際などに判断基準となったり、普段の姿からまわしても良い依頼を判断できたりと実益がないわけではない。が、しかしそれは彼女の趣味である部分が大きかった。
「サブマスター、今入って来た女性、新顔です」
隣で書類を整理していた犬の獣人の受付嬢が彼女に伝える。
「そうみたいね。ありがとう」
何も知らない人が聞いたら、だからどうしたと思うかもしれない。
しかし、声の届く範囲、つまりはカウンターの内側にいたギルド職員で知らないものはいない。安全のため初めて見る者や、知っている顔でも怪しい挙動をする者には<鑑定>をかける事になっている事を。
(<鑑定>)
彼女は自分の方へ真っ直ぐ向かってやってくる女性にその高レベルの<鑑定>スキルをむける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<ステータス>
名前:no_name /F
種族:吸血族
年齢:18
スキル:
《身体スキル》
鑑定眼 言語適正 魔力視 神聖属性適性 吸血lv5 高速再生lv3
《魔法スキル》
ストレージ 創翼lv5 飛行lv3 隠蔽lvMAX
称号:転生者 吸血族の真祖 12/10^16のキセキ 強き魂 副王の加護 寂しい人
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
見えたものは、いつもと同じ日常を侵してしまうものだった。
(『吸血族』……。なるほど、真祖ね。18歳か。
名前は隠蔽されてる? いや、私の<鑑定>を抜けるなんて……。あ、<隠蔽>がlvMAX。信じられないわ……。<神聖属性適性>のある『人族』以外の種族なんて初めて見た。聖国にばれたら煩そうね。
それから、<鑑定眼>に……<魔力視>? これはそもそも知らない。そんなスキル聞いたこともない。
他は真祖としては平均的? いえ、この歳で、しかも<ストレージ>持ちだから優秀なんでしょう。
しかし、なんでそんな子がここに?
『真祖』なら上級貴族か、王族のはず……。
――え!? 【転生者】!? 聞いてないわよ!?
それに【副王の加護】って、タイトゥース様の加護!?
いけない、一瞬表情にだしちゃったわ。
それにしても、ヤバイわ、この子。道理で見たことも無いスキルがあるわけね。
他にも気になる称号はあるけど……。
ともかく、悪い子ではなさそう。【寂しい人】のようだし……)
「すみません、ギルドに登録したいのですが」
彼女の気づかぬ間に女性はカウンターまでたどり着いていた。
(考えすぎてたわね。対応しなくちゃ。)
「登録ですね。それではこちらに必要事項の記入をお願いします。書きたくないことは書かれなくてもかまいませんが、太枠だけは必ずおねがいします」
思考から意識を転生者の女性に戻した彼女は、マニュアル通りのセリフを言いつつペンと申し込み用紙を渡す。
彼女は女性が名前をとばし、太枠とそうではないいくつかの欄にすらすらと、綺麗な字で書いていくのを見ていたが、やはり名前の欄で考え込んでしまった。
しばらく後に女性が書き込んだ名は『アルジュエロ』。
「――はい、問題ありません。珍しいスキルをお持ちですね。冒険者ならかなり役立ちますよ。それと、名前は偽名で登録する方は多いですよ」
彼女はその後も丁寧に対応し、女性、アルジュエロを見送る。
ふと、<鑑定>を発動すると、そこには『アルジュエロ』の名が刻まれたステータスが見えた。
(あら、まだ名前がないだけだったのね。余計な事を言ったわ)
「お疲れ様です。サブマスター。彼女、問題なかったようですね。……どうしました?」
「いえ、何でもないわ」
その声は、どこか弾んでいるように犬の受付嬢の耳には聞こえたのだった。
◆◇◆
次の日、今日も彼女はカウンターに立っていた。
今日も依頼を受けに来る冒険者は多い。
「おはようございます。リオラさん。講習受けに来ました」
「っ!? あ、おはようございます、アルジュエロさん。ギルドカードをお願いします。……はい、大丈夫です。このまま訓練所までお願いします。凄くぴっちりした人がいるので、彼のところで集まってください」
何か変化はあるかと、つい<鑑定>を発動してしまったリオラは驚いた。【転生者】の噂は時々耳にするが、ここまでとは思っていなかった。
(!?)
さらに、何となく、本当になんの気もなしに<鑑定>してみたドレスがとんでもなかった。
リオラは見た事を後悔した。しかし、見てよかったとも思う。これは言っておかなければならない。昨日落ち着いてから気づいたことも含めて。
「あの、称号、<隠蔽>された方がいいですよ。あとお洋服も。お名前はされているようですが」
(さすがにそのままはやばい。特に神聖王国の連中に見られたらどうなるか……)
リオラは一応、名前は<隠蔽>されていたと勘違いしたフリをしておく。
<鑑定>のレベルが高いことは隠しておく方が良いからだ。少しでも疑われる可能性は排除すべきである。
アルジュエロはハッとした顔をした後、リオラにお礼を言いつつ慌てて去っていった。
リオラはほっとする暇もなく次の冒険者の相手をするのだった。
◆◇◆
ギルド内を見渡しても冒険者はほとんどいない。皆仕事へ出かけたようだ。
そんな中、リオラへ近づくものが一人。シンだ。
「よぅ、リオラの嬢ちゃん。あのアルジュエロのとか言う女。やべぇ! もうビンビンだ! 最後本気だしちまった! ギャハハハ! しかもあの女、首に剣添えられて笑ってやがった! ありゃ低ランクのままはもったいねぇ! 少なくともBの下限はあるぜぇ?」
「わかりました。Cからは試験をしなければなのでDまであげておきますね」
アルジュエロ曰く世紀末モードのシンに、ごく普通に対応するリオラ。どこかシュールな光景だ。しかしこれはいつもの事なので誰も突っ込まない。
リオラはそれとなく食事をしているアルジュエロを<鑑定>して、<大剣術>スキルが上がっているのを確認した。
◆◇◆
翌朝、冒険者たちがギルドへ仕事を漁りに来る時間。それはつまり、リオラがいつもカウンターに立っている時間。
しかし今日の彼女は、二本の角を持つ大柄な男と二人、ある部屋にいた。
「――報告は以上です」
「ほぉ。なかなか面白いことになってんな? なんで昨日報告しなかったかってことは聞かないでおいてやろう」
「……ありがとうございます」
なんて事はない。忘れていただけだ。それだけ彼女にとっては衝撃的だったのだろう。
リオラがバツが悪そうにしているのにも関わらず、
「しかし、【転生者】ねぇ。時々話は聞くが、ほんとに居るんだな。ワッハッハ!」
と、なんとも愉快そうな笑い声をあげるの男。
その時であった。
「スタンピードだ!」
そんな声が聞こえてきたのは。
◆◇◆
時間は遡る。
「行きました、か」
そこは、どこにも繋がっていて、どこにも繋がっていない空間。
先ほどまで弘人の魂が存在した空間。
ズルズルと、聞こえるはずのない、何かを引きずっているような音がした。
「あれがそうですか」
弘人の魂があった虚空を見つめる管理者にかけられた、侮蔑を含んだ声。
「はい。そうなります」
振り返った管理者の視線の先に居たのは、色黒の紳士であった。
管理者ですら、美麗であるはずのその顔をしっかりと認識できない紳士は続ける。
「なるほど、確かに相応しいでしょう。相応しいからこそ、賭けになるとは思えませんね」
どこまでも紳士は侮辱の色を隠さない。
「しかしまあ、だからこそ好都合です。せいぜい楽しませていただきましょうか」
紳士が何を侮辱しているか、管理者は分かっている。しかしそのことについては何も言わない。何も言えない。
ただ、一つ。
「……私は、あなたの思うようになるとは思いません」
「ほぉ……。まあよろしいでしょう。私はそろそろ去ります」
そう言って紳士は、虚空に消えた。
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