20 / 31
第20話 サツはサツでも五月のサツだよ
しおりを挟む
⑳
長い、長い船の旅も半ばを超え、三つある寄港地のうちの二つ目に到着しようとしていた。
甲板よりトキワ、シュアンの二人の見渡す空に雲はなく、真っ青な世界が広がっている。
頭上より降り注ぐ太陽の光を遮るものも、今はあり得ない。
その役目を負うものは、船縁よりも更に下。白い海原となって、魔導船を運んでいる。
そう、二人の乗る船は今、遥か空の上を飛んでいた。
「トキワ君、まだ……?」
「ん-、もうちょっとかな? 今船員さんがロープ投げてる」
船の縁から身を乗り出して金眼を細め、港までの距離を確かめる駄エルフ。一方でシュアンは、生まれたばかりの小鹿のような足で、甲板の中ほどに立っている。辛うじて下の雲が見えない辺りか。
空の旅に馴染みのあるトキワとは異なり、シュアンは落ちてしまわないかと終始ヒヤヒヤしていた。
それをこの駄エルフは、すぐに慣れると連れまわしたのだ。空を飛ぶ船に興奮していた為らしいが、だから駄エルフなのだよ、彼は。
「お待たせいたしました。天空都市サツに到着いたしました。なお、こちらへの停泊期間はひと月を予定しております」
おっと、哀れな子犬の哀れな所以を語っている間に、準備が出来たらしい。
船員の一人が声を張り上げ、周知する。
「だってさ。行こ!」
「う、うん……!」
目じりに涙を浮かべたシュアンの腕を引き、トキワはタラップへ向かう。二人の実際よりも幼く見える容姿もあって、周囲の視線が生温かい。
この手の視線に鈍いのか鋭いのか分からないトキワは、そんな目に気づくことも無く、意気揚々と新たな大地に踏み出した。
シュアンもどうにかタラップを渡り切って、慣れ親しんだものと同じ地面にそのまま這い蹲る。
少し横に避けてから力尽きているあたりは彼女らしい。
「じ、地面……。揺れてない。飛んで、はいる、けど飛んでない……」
「えっと、大丈夫そ?」
トキワも心配になったようで、シュアンの顔を覗き込む。それはそれは、近くで。
急に視界一杯に現れた駄エルフの顔に、彼女の顔が真っ赤に染まった。しかしこれまた哀れな事に、身体に力が入らないらしい。心の中を覗いても、あわわわと言うばかりだ。
シュアンの苦難はまだ続く。
「ん-、ここも邪魔ではあるよね?」
それはそうであるのだが、とった行動がマズかった。
「よっと」
「っとととっとおとききわくんっ!?」
更に顔の赤を濃くするシュアンに、ざわめく通行人たち。そしてキョトンとするのは、シュアンを横向きに抱えたトキワ。
まあ、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
見目麗しく中性的な少年少女の一方が、もう一方を抱きかかえ、抱えられた方はよく熟れた果実のように顔を染めている。
キャーだとか、あらあらうふふだとか、桃色の歓声と共にいつかもあったような議論が巻き起こる。
あの二人はカップルか。そもそも少年が少女を抱えているのか、いや少女が少年をかもしれない。ばかを言うな、女の子同士の方が良いだろう? あんたこそふざけないで、男の子同士の方が尊いでしょ!
人とは誠に業の深い生き物だ。
ともかく、エルフよりも更に聴覚に優れた犬獣人には、周囲のそんな会話もばっちり聞こえているわけで。
そんな彼女の苦難は、滞在報告の為に傭兵ギルドへ立ち寄るその時まで続いた。
さて、シュアンも落ち着いたことであるし、改めて今彼らのいる街について語ろうか。
先ほども船員が話していた通り、この天空に浮かぶ都市はサツと呼ばれている。主には有翼人種たちが暮らす街で、港でざわついていた中にも多数混じっていた。
町並みとしては、起伏に富み、カラフルで緑の溢れるという表現が適切だろうか。
海底都市でもそうであったが、空を移動できる彼らにとって徒歩による利便性は然程重要ではない。それもあって、まともな道があるのは下層の観光客たちが使うエリアくらいだった。
「と、いう訳で、下層エリアで宿をさがす事になるんだけど、どうする?」
「えっと……、何が?」
「お金にも余裕が出来たし、ちょっと良い所に泊まるか、節約するか」
「ああ……」
ふむ、いつもはトキワがぐいぐいと引っ張るのだが、今回はまだ消極的だな。いったいどうした事だろうか。
少し心の内を覗いてみるとしよう。
(住民のお姉さまやカワイ子ちゃんとはあまり出会えなさそうだし、どっちでもいいんだよねぇ……)
……やはり駄エルフは駄エルフだったか。
本当にシュアンが不憫でならないが、本人も分かっての事だ。何も言うまい。
というか今も、勘づいてジトっとした目になっている。
「……はぁ」
「え、何?」
「うんう、何でも、ない」
ガツンと言っても良いのだぞ? 何ならガツンと殴っても良い。私が許そう。
「むっ、なんだか今危険を感じたよ!?」
「? そんな事より、宿は、安い方が良いと思う。出来る仕事、無さそうだし……」
「そんなこと!? 私の危険だよ!?」
「はいはい」
おお、見事なガーン顔だ。良いぞシュアン、もっとやれ。
およよと泣く真似も意味はない。駄エルフもそれはすぐに悟って、方向を変える。
「それじゃ、聞いた中で一番安い所行こうか。一か月もあるしね」
「うん。……トキワ君、そっち、逆」
「一か月もあるしね!」
言い直さなくても大丈夫だぞ、駄エルフよ。
気を抜けばすぐに明後日の方へ行くトキワを引っ張り、どうにか辿り着いた宿の外壁は、真っ青に塗装されていた。
宿に酒場や食堂は併設されていないようで、中は静かだ。それなりに宿泊客がいて、彼らの思っていたほど小汚くもない。
二人の容姿や種族などから、宿の紹介をしたギルドの者が配慮したのだろう。
二人とも満足げに頷いている。
ん、いや、シュアンの場合は違う理由のようだ。
受付にトキワの好みそうな女性がいない?
たしかに恰幅の良い中年女性ではあるが、なんというか、シュアンも逞しくなったものだ……。
兎にも角にも、今回の滞在は平穏なスタートを切る事となったようだ。
このまま平穏に終わる、なんて事はまずないだろうが。
長い、長い船の旅も半ばを超え、三つある寄港地のうちの二つ目に到着しようとしていた。
甲板よりトキワ、シュアンの二人の見渡す空に雲はなく、真っ青な世界が広がっている。
頭上より降り注ぐ太陽の光を遮るものも、今はあり得ない。
その役目を負うものは、船縁よりも更に下。白い海原となって、魔導船を運んでいる。
そう、二人の乗る船は今、遥か空の上を飛んでいた。
「トキワ君、まだ……?」
「ん-、もうちょっとかな? 今船員さんがロープ投げてる」
船の縁から身を乗り出して金眼を細め、港までの距離を確かめる駄エルフ。一方でシュアンは、生まれたばかりの小鹿のような足で、甲板の中ほどに立っている。辛うじて下の雲が見えない辺りか。
空の旅に馴染みのあるトキワとは異なり、シュアンは落ちてしまわないかと終始ヒヤヒヤしていた。
それをこの駄エルフは、すぐに慣れると連れまわしたのだ。空を飛ぶ船に興奮していた為らしいが、だから駄エルフなのだよ、彼は。
「お待たせいたしました。天空都市サツに到着いたしました。なお、こちらへの停泊期間はひと月を予定しております」
おっと、哀れな子犬の哀れな所以を語っている間に、準備が出来たらしい。
船員の一人が声を張り上げ、周知する。
「だってさ。行こ!」
「う、うん……!」
目じりに涙を浮かべたシュアンの腕を引き、トキワはタラップへ向かう。二人の実際よりも幼く見える容姿もあって、周囲の視線が生温かい。
この手の視線に鈍いのか鋭いのか分からないトキワは、そんな目に気づくことも無く、意気揚々と新たな大地に踏み出した。
シュアンもどうにかタラップを渡り切って、慣れ親しんだものと同じ地面にそのまま這い蹲る。
少し横に避けてから力尽きているあたりは彼女らしい。
「じ、地面……。揺れてない。飛んで、はいる、けど飛んでない……」
「えっと、大丈夫そ?」
トキワも心配になったようで、シュアンの顔を覗き込む。それはそれは、近くで。
急に視界一杯に現れた駄エルフの顔に、彼女の顔が真っ赤に染まった。しかしこれまた哀れな事に、身体に力が入らないらしい。心の中を覗いても、あわわわと言うばかりだ。
シュアンの苦難はまだ続く。
「ん-、ここも邪魔ではあるよね?」
それはそうであるのだが、とった行動がマズかった。
「よっと」
「っとととっとおとききわくんっ!?」
更に顔の赤を濃くするシュアンに、ざわめく通行人たち。そしてキョトンとするのは、シュアンを横向きに抱えたトキワ。
まあ、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
見目麗しく中性的な少年少女の一方が、もう一方を抱きかかえ、抱えられた方はよく熟れた果実のように顔を染めている。
キャーだとか、あらあらうふふだとか、桃色の歓声と共にいつかもあったような議論が巻き起こる。
あの二人はカップルか。そもそも少年が少女を抱えているのか、いや少女が少年をかもしれない。ばかを言うな、女の子同士の方が良いだろう? あんたこそふざけないで、男の子同士の方が尊いでしょ!
人とは誠に業の深い生き物だ。
ともかく、エルフよりも更に聴覚に優れた犬獣人には、周囲のそんな会話もばっちり聞こえているわけで。
そんな彼女の苦難は、滞在報告の為に傭兵ギルドへ立ち寄るその時まで続いた。
さて、シュアンも落ち着いたことであるし、改めて今彼らのいる街について語ろうか。
先ほども船員が話していた通り、この天空に浮かぶ都市はサツと呼ばれている。主には有翼人種たちが暮らす街で、港でざわついていた中にも多数混じっていた。
町並みとしては、起伏に富み、カラフルで緑の溢れるという表現が適切だろうか。
海底都市でもそうであったが、空を移動できる彼らにとって徒歩による利便性は然程重要ではない。それもあって、まともな道があるのは下層の観光客たちが使うエリアくらいだった。
「と、いう訳で、下層エリアで宿をさがす事になるんだけど、どうする?」
「えっと……、何が?」
「お金にも余裕が出来たし、ちょっと良い所に泊まるか、節約するか」
「ああ……」
ふむ、いつもはトキワがぐいぐいと引っ張るのだが、今回はまだ消極的だな。いったいどうした事だろうか。
少し心の内を覗いてみるとしよう。
(住民のお姉さまやカワイ子ちゃんとはあまり出会えなさそうだし、どっちでもいいんだよねぇ……)
……やはり駄エルフは駄エルフだったか。
本当にシュアンが不憫でならないが、本人も分かっての事だ。何も言うまい。
というか今も、勘づいてジトっとした目になっている。
「……はぁ」
「え、何?」
「うんう、何でも、ない」
ガツンと言っても良いのだぞ? 何ならガツンと殴っても良い。私が許そう。
「むっ、なんだか今危険を感じたよ!?」
「? そんな事より、宿は、安い方が良いと思う。出来る仕事、無さそうだし……」
「そんなこと!? 私の危険だよ!?」
「はいはい」
おお、見事なガーン顔だ。良いぞシュアン、もっとやれ。
およよと泣く真似も意味はない。駄エルフもそれはすぐに悟って、方向を変える。
「それじゃ、聞いた中で一番安い所行こうか。一か月もあるしね」
「うん。……トキワ君、そっち、逆」
「一か月もあるしね!」
言い直さなくても大丈夫だぞ、駄エルフよ。
気を抜けばすぐに明後日の方へ行くトキワを引っ張り、どうにか辿り着いた宿の外壁は、真っ青に塗装されていた。
宿に酒場や食堂は併設されていないようで、中は静かだ。それなりに宿泊客がいて、彼らの思っていたほど小汚くもない。
二人の容姿や種族などから、宿の紹介をしたギルドの者が配慮したのだろう。
二人とも満足げに頷いている。
ん、いや、シュアンの場合は違う理由のようだ。
受付にトキワの好みそうな女性がいない?
たしかに恰幅の良い中年女性ではあるが、なんというか、シュアンも逞しくなったものだ……。
兎にも角にも、今回の滞在は平穏なスタートを切る事となったようだ。
このまま平穏に終わる、なんて事はまずないだろうが。
0
あなたにおすすめの小説
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる