智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜

嘉神かろ

文字の大きさ
17 / 56

四の浪 王都エルデン⑥

しおりを挟む

 急にどうしたのかしら? ちょっと慌てた様子で入っていったけれど……って、なるほど。なんでこんな所にいるのかしら、あの男。えっと、名前は、セ? ゼ? ……忘れた。
 一緒に居るのは、今朝依頼書を取ってくれた人ね。ああ、そういうこと。

「あの依頼、スピリエ教からの依頼だったんだ。取らなくて良かったー」

 本当に。アレの護衛なんて、死んでもごめんよ。

「げ、こっちに来る……けどゼレガデは一旦別行動か。良かった」

 そう、ゼレガデだ。アスト、よく覚えてたわね?
 っと、冒険者の三人はこちらに気がついたみたい。

「よう、今朝の嬢ちゃんたちじゃねぇか。あんたらもこっちで依頼か?」
「ええ。もう報告も済ませて帰るところだけれどね」
「ほー」

 移動速度に違和感はあったみたいだけれど、スルーしてくれたみたい。それなりに経験豊富そうだし、当然なのかしら?

「あなたたちは遺跡調査の依頼だったかしら?」
「そうだな、それなりに長期間になるから、次に戻るのは早くて一週間後くらいか」
「そういえば、ここの村長がリッチの討伐依頼を出したって言ってたな。もしかしてそれか?」

 そう聞いてきたのは槍使いのお兄さん。金髪の剣士さんよりは若そうで気持ち体格も細め。どことなく似ているから、二人は兄弟なのかもしれない。

「そうね」
「お、じゃあもうリッチはいないんだな。正直助かる」
「あそこも行くのね」
「そうそう。なんか定期的に来てるみたいだな、あのダークエルフ」

 へぇ……。
 でも、依頼の事そんな簡単に話して良かったのかしら? と思ったら斥候役の人から怒られていた。まあ、そうよね。

「それじゃあ私たちはもう行くわ」
「おう、気をつけて帰ろよ」
「ありがとう、剣士さん。あなた達も気をつけて」

 杞憂なら良いんだけれど。そう思いつつ、私たちは帰路についた。

「それじゃあ、お疲れー。かんぱーい!」
「お疲れ様、乾杯」

 所変わって、エルデンのギルドの酒場。もうすっかり日も暮れて、晩ご飯時だ。

「それにしても、物語の本ねぇ。その為にランクを上げようだなんて、変わってる」
「いいでしょう、別に」

 言いながらアストを撫でるティオルティカ。猫なんかの可愛いものが好きなんだそうで、最初に声をかけてくれたのもスピリエ教である以上にそれが大きいみたい。

「悪いなんて言ってないでしょ」
「それもそう、ね。それより、美味しいお酒の飲めるお店とか知らない? チョコレートでもいいわ」
「お酒? 知ってたら今ここに居ないでしょ。チョコレートもだけど、そういうのは今度一緒に探そ」

 まあ確かに。彼女も私と同じくこの街の新参者だった。

「ええ、そうね。それも良いかも」
「でしょ! やった!」

 なんだか分かりやすく嬉しそう。悪い気はしない。特別急ぐ旅でもないし、またしっかり予定を立てよう。

「ティオルティカはどれくらいこの街にいるの?」
「そうね、あんまり考えてないかな。もういっかなーってなったら出発するつもり」
「私たちもそんな感じかしらね」
「ソフィアはめぼしい本を全部買ったらじゃないの?」

 そうとも言うけれど、あえて返事はしない。なんとなくアストの視線がじとっとしているし、素直に答えるのがなんとなく恥ずかしいから。

「ソフィアがこの調子なら、それなりに時間はあるんじゃないかな?」
「ふーん」
「……なんでティオルティカはニヤニヤしてるのよ」
「いやー? 可愛いなーって?」

 ティオルティカもそっち側なのね。まあ別にいいのだけれど。ええ。

 なんてやりとりをしている内に、頼んでいた料理もくる。元が別の国だっただけ有って、南部の街とは違った味わいだ。向こうは果実を使って甘めの味付けが多かったけれど、こちらはピリッとしたモノが多いというか。いつか立ち寄った病の村よりは薄めなんだけれど。
 果実の類いも一応あって、近くの森で採れるらしいイボイボした黄色い果実を摘まんでいる。街中では人が数人入りそうな大きな籠に沢山入った状態で売られていたのを見た覚えがあった。

「こういう地域の味も旅の醍醐味よねー」
「そうね、ティオルティカもそういうのが目的で転々としてるの?」

 冒険者の仕事上、同じ場所にとどまった方が仕事をしやすい。土地勘的にも信頼的にも。だから私の様に旅をしながらというのは、少数派だ。珍しいと言うほどでは無いんだけれど。

「そうよ。あとは、ほら、友達の事もあるから」
「ああ」

 アネムの事がばれるリスクを下げる為ね。下手にばれて国に囲われるのは避けたいタイプなのね。

「ティオルティカ、ソフィアの場合料理よりお酒だから。騙されちゃ駄目」
「騙すって……。否定はしないけれど」
「あはは、お酒も色々で楽しいよね」

 うん、ティオルティカは良い子だ。アストと違って。

「……なにさ?」
「いいえ?」
「まあ、良いけど」

 私だって料理も楽しんでいるんだけれど。特にチョコ。以外と地域でバリエーションがあって楽しい。でも、今のところ南部のチョコの方が好きかな。

 うん、偶にはこういうのも良い。アネムも人間のお酒が好きらしいし、探すなら個室のお店にしよう。

 疲れていた事もあって、この日は早めの解散となった。その後も何度か彼女たちと一緒に依頼を受けたり、約束通りお店探しに街を探索したりして、互いに愛称で呼ぶくらいの仲にはなった。彼女、ティカとアネムはアスト以外で初めてソフィアの呼び方を許した相手となる。
 そんなこんなでもうすぐ二週間。まだ昇級はしておらず、例の冒険者達とも再会はしていない。

「ちょっと遅くなってしまったけれど、まだ良い依頼はあるかしら?」
「どうだろ。ソフィアが遅くまで起きてるから」
「仕方ないじゃ無い。神話の項目が面白かったんだから」

 『智恵の館』に載っているのは図鑑的な文章で、物語としてはイマイチなんだけれど、その歴史の羅列でも一部の項目は物語の代わりとしてそれなりに楽しめる。神話と比較するように書かれているやつとか。そのせいで随分遅くまで読みふけってしまった。
 要は自業自得なんだけれど、まあ、お金に関しては余り困っていないし、別にいいかな。

 ギルドは、まあいつも通り。依頼書の張り出されている辺りにもちらほら人がいるけれど、うーん、微妙なものしかないかもしれない。
 まあ、一応見てみよ――うん?

「なんか随分焦った感じで向かってくる気配があるけれど、これっていつかの斥候さんだよね?」
「そうね、他の二人はいないみたいだけれど、何かあったのかしら?」

 暢気のんきなやり取りをしている間に気配はもうすぐそこ。入り口の扉がバンと音を立てて開けられる。気配に気がついていた人も、居なかった人も、弾かれたように一斉に視線を彼へ向けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生者のTSスローライフ

未羊
ファンタジー
主人公は地球で死んで転生してきた転生者。 転生で得た恵まれた能力を使って、転生先の世界でよみがえった魔王を打ち倒すも、その際に呪いを受けてしまう。 強力な呪いに生死の境をさまようが、さすがは異世界転生のチート主人公。どうにか無事に目を覚ます。 ところが、目が覚めて見えた自分の体が何かおかしい。 改めて確認すると、全身が毛むくじゃらの獣人となってしまっていた。 しかも、性別までも変わってしまっていた。 かくして、魔王を打ち倒した俺は死んだこととされ、獣人となった事で僻地へと追放されてしまう。 追放先はなんと、魔王が治めていた土地。 どん底な気分だった俺だが、新たな土地で一念発起する事にしたのだった。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...