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六の浪 ウィッチェル魔導国②
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②
白と翡翠色を基調にした王城は街の中央にあって、ひと際大きな建物だから分かりやすい。そうで無くたって魔力の流れを辿れば辿り着く。ここはそういう街だから。
近くまで来ると、その壮麗さは息を飲むほどだった。この国の五百年の歴史と共に歩んできた、象徴的な建物だ。そう思ったら、この美しさにも納得するしかない。
私なんかが入るには少々気おくれのしてしまう場所、かもしれない。とは言え、来てしまったのだ。翡翠の門を守る門番もこちらに気が付いている。ここで引き返しては、怪しまれてもおかしくない。
「ここは王城である。旅人が如何なる用か?」
「女王陛下より召喚されました。ソフィエンティア=アーテルです」
槍を交差させるのは、黒い猫の獣人と亜精霊の気配が混じった闇森妖精。どちらも地域によっては迫害される事のある種族だ。
召喚状を示すと、猫獣人の方が確認してくれた。その間、ダークエルフはしっかり警戒している。
「確かに。失礼しました。今案内の者が参ります」
魔力が動く気配がしたから、何か魔道具で呼んだのだろう。中の様子は分からない。城壁か門かが気配を遮断する魔道具なんだろう。それか、女王の魔法。
彼女の魔法は有名で、拒絶の魔法だから。
融通が利いてそうだし、魔法かな。
ぼんやり考えてたら、門が開いた。相変らず中の気配は分からないままだけれど、向こうから駆けてくる姿はよく見える。
流れるような金の長髪に、同じ色の猫の瞳。相変らず薄幸の美人然とした、けれど以前よりもずっと明るい表情を浮かべる嘗ての教え子。
彼女の後ろからは赤子を抱えた侍女が追いかけて来ていて、その身分を示している。
「アーテル先生!」
侍女が目を見開いてしまうような勢いで飛びついてきた彼女は、この国の王女で、狐の尻尾を揺らす可愛らしい女の子だ。
いいえ、女の子というのは、もう失礼ね。
「久しぶりね、ウル。元気そうで何よりよ」
「ふふふ、先生のお陰でございます。アスト様も、お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
私を少し超えるくらいの背丈になった彼女の頭を撫でてやれば、狐の尻尾がゆらゆらと揺れる。魂も、思ったほどは損傷していない。なるほど、女王の魔法で魂の崩壊を拒絶しているのね。
「殿下、往来でございます」
「あら、失礼いたしました」
追い付いた侍女から言われて、少し恥ずかし気に離れて姿勢を正す様が可愛らしい。当時から五年となると、十七歳。私からすると高校生の年齢だ。元気そうで、本当に良かった。
「先生、こちらへ。ご案内いたします」
「ありがとう」
第一王女殿下直々の案内って冷静に考えたら凄い事だけれど、そんな感じがしないのは娘を見ているような気になっているからなんだろう。私の見た目は相変わらず良くて二十歳前後だけれど、なんだかんだで二十七。前世の年齢で数えたら、三十三歳だから。
ウルの後ろをついて歩きながら、侍女の抱きかかえる二、三歳くらいの男の子に視線だけ向ける。金髪で、翡翠色の瞳。ウルにはあまり似てないけど、面影は重なる。
そういう事なんだろうけれど、連れて出てこさせてしまうなんて、よほど急いできたのね、ウルは。
「これからお母様に謁見していただきます。冒険者としての謁見になりますので、服装はそのまま汚れだけ落としていただければ」
「分かったわ。アストは、下ろした方が良いわね」
「はい、お願いします。中に入るのは構いません」
待機用の部屋に通されたタイミングでアストに頭から下りてもらい、魔術でローブの砂ぼこりを落とす。あの男の子は後ほど紹介するという事で、侍女に連れられて行った。
この後は謁見をして、場を改めた上で依頼の話をするそう。
「ソフィア、ちょっとはマシな顔になったね」
「まあ、あの子に情けない顔は見せられないから」
情動の二要因説ではないけれど、取り繕った方に実際の心が追いつくなんて事は珍しくない。
本当にちょっとは、程度ではあるけれど、それでもアストとしては安心したみたいで、表情を柔らかくしていた。
「ごめんなさい」
「うん? 謝られるような事あったっけ?」
惚ける彼の背を撫でる。言葉はきっと受け取ってくれないから。
「ん、もう来たみたいだよ」
「みたいね」
思った以上に早い。喜んでいい話なのか、深刻で緊急な依頼が待っているのか。
何にせよ、気を引き締めよう。相手はこんな狙われまくるような土地を五百年守り続けてきた女傑なのだから。
案内の侍女に連れられて向かった謁見の間には、大臣らしきエルフの男性の他、かなり高位と思われる騎士たちが整列していた。二段ほど高くなった正面の玉座は空いたままだ。
謁見の間は外観と同じく白と翡翠を基調に、金色の装飾を施された品の良い空間だった。
両側に立つ騎士たちの視線を受けながら教えられた位置まで出て帽子を脱ぎ、教えられたように膝を突いて首を垂れる。アストも私の横で同じように頭を下げた。
「女王陛下がいらっしゃいます」
正面右側、段差のすぐ下に立つ大臣らしきエルフの声が響いて直ぐ、右奥の扉が開いて三つの気配が入ってくる。初めに入ってきたのはウルによく似た、二十代後半くらいの女性だ。長い金髪と同じ色の尾を揺らし、瞳は翡翠色。その頭上には、猫の耳と白銀の冠があった。
ウルに比べると、どこか怜悧な印象を受ける、しかし絶世のと言って良い美女だ。つい、見惚れそうになってしまう。
彼女から感じられる魔力は、なるほど、不老の魔女に相応しいものがある。
女王のすぐ後ろに続くウルは少し不満そう。何かあったのかもしれないけれど、考えても仕方ないことか。
三人目は、ウルの腕の中。城の入り口で侍女に抱かれていた男の子だった。
こっそり伺っていたのは、たぶんバレてる。けれど何も言われないし誰も反応を示さないから、たぶん大丈夫。
「面を上げなさい」
またエルフの声だ。
流石に壇上に上がった後の様子は見えなかったけれど、エルフが玉座の方を見ていたから、何か合図があったのだろう。
「本来であれば女王陛下と謁見者の間に仲介人を立てるが、特例により省かれる。光栄に思うよう」
お辞儀を返し、了承の意を示す。
「冒険者にして魔女、ソフィエンティア=アーテル」
強く、同時にやさし気なこの声は、女王のモノだ。
「我が娘、第一王女ウルシニエラの命を救った事、真に大儀であった。褒美として、城内の蔵書全てを好きに閲覧する事を許そう」
これは、ウルから伝わってるのかしら?
本当ならある程度希望を聞く段階があると『智慧の館』にはあったのだけれど。まあ、一番嬉しい報酬であるのは間違いない。
「有難く頂戴いたします」
ここのお礼は台本通り。
こちらを真っ直ぐ見たまま告げてきた女王に、再度首を垂れる。
「これからも励め」
「……謁見は以上とする」
あら、一瞬。本当だったらもう少し色々ある筈だけれど、非公式なのだし、こんなものかしら。
とりあえず首を垂れたまま、王族たちの退場を待つ。それから大臣の言葉で私も退場だ。
残すは依頼について。別室でするそうなので、案内係の侍女に連れられて移動する。あちらの準備を待つ間に書庫の案内をしてくれるらしい。
白と翡翠色を基調にした王城は街の中央にあって、ひと際大きな建物だから分かりやすい。そうで無くたって魔力の流れを辿れば辿り着く。ここはそういう街だから。
近くまで来ると、その壮麗さは息を飲むほどだった。この国の五百年の歴史と共に歩んできた、象徴的な建物だ。そう思ったら、この美しさにも納得するしかない。
私なんかが入るには少々気おくれのしてしまう場所、かもしれない。とは言え、来てしまったのだ。翡翠の門を守る門番もこちらに気が付いている。ここで引き返しては、怪しまれてもおかしくない。
「ここは王城である。旅人が如何なる用か?」
「女王陛下より召喚されました。ソフィエンティア=アーテルです」
槍を交差させるのは、黒い猫の獣人と亜精霊の気配が混じった闇森妖精。どちらも地域によっては迫害される事のある種族だ。
召喚状を示すと、猫獣人の方が確認してくれた。その間、ダークエルフはしっかり警戒している。
「確かに。失礼しました。今案内の者が参ります」
魔力が動く気配がしたから、何か魔道具で呼んだのだろう。中の様子は分からない。城壁か門かが気配を遮断する魔道具なんだろう。それか、女王の魔法。
彼女の魔法は有名で、拒絶の魔法だから。
融通が利いてそうだし、魔法かな。
ぼんやり考えてたら、門が開いた。相変らず中の気配は分からないままだけれど、向こうから駆けてくる姿はよく見える。
流れるような金の長髪に、同じ色の猫の瞳。相変らず薄幸の美人然とした、けれど以前よりもずっと明るい表情を浮かべる嘗ての教え子。
彼女の後ろからは赤子を抱えた侍女が追いかけて来ていて、その身分を示している。
「アーテル先生!」
侍女が目を見開いてしまうような勢いで飛びついてきた彼女は、この国の王女で、狐の尻尾を揺らす可愛らしい女の子だ。
いいえ、女の子というのは、もう失礼ね。
「久しぶりね、ウル。元気そうで何よりよ」
「ふふふ、先生のお陰でございます。アスト様も、お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
私を少し超えるくらいの背丈になった彼女の頭を撫でてやれば、狐の尻尾がゆらゆらと揺れる。魂も、思ったほどは損傷していない。なるほど、女王の魔法で魂の崩壊を拒絶しているのね。
「殿下、往来でございます」
「あら、失礼いたしました」
追い付いた侍女から言われて、少し恥ずかし気に離れて姿勢を正す様が可愛らしい。当時から五年となると、十七歳。私からすると高校生の年齢だ。元気そうで、本当に良かった。
「先生、こちらへ。ご案内いたします」
「ありがとう」
第一王女殿下直々の案内って冷静に考えたら凄い事だけれど、そんな感じがしないのは娘を見ているような気になっているからなんだろう。私の見た目は相変わらず良くて二十歳前後だけれど、なんだかんだで二十七。前世の年齢で数えたら、三十三歳だから。
ウルの後ろをついて歩きながら、侍女の抱きかかえる二、三歳くらいの男の子に視線だけ向ける。金髪で、翡翠色の瞳。ウルにはあまり似てないけど、面影は重なる。
そういう事なんだろうけれど、連れて出てこさせてしまうなんて、よほど急いできたのね、ウルは。
「これからお母様に謁見していただきます。冒険者としての謁見になりますので、服装はそのまま汚れだけ落としていただければ」
「分かったわ。アストは、下ろした方が良いわね」
「はい、お願いします。中に入るのは構いません」
待機用の部屋に通されたタイミングでアストに頭から下りてもらい、魔術でローブの砂ぼこりを落とす。あの男の子は後ほど紹介するという事で、侍女に連れられて行った。
この後は謁見をして、場を改めた上で依頼の話をするそう。
「ソフィア、ちょっとはマシな顔になったね」
「まあ、あの子に情けない顔は見せられないから」
情動の二要因説ではないけれど、取り繕った方に実際の心が追いつくなんて事は珍しくない。
本当にちょっとは、程度ではあるけれど、それでもアストとしては安心したみたいで、表情を柔らかくしていた。
「ごめんなさい」
「うん? 謝られるような事あったっけ?」
惚ける彼の背を撫でる。言葉はきっと受け取ってくれないから。
「ん、もう来たみたいだよ」
「みたいね」
思った以上に早い。喜んでいい話なのか、深刻で緊急な依頼が待っているのか。
何にせよ、気を引き締めよう。相手はこんな狙われまくるような土地を五百年守り続けてきた女傑なのだから。
案内の侍女に連れられて向かった謁見の間には、大臣らしきエルフの男性の他、かなり高位と思われる騎士たちが整列していた。二段ほど高くなった正面の玉座は空いたままだ。
謁見の間は外観と同じく白と翡翠を基調に、金色の装飾を施された品の良い空間だった。
両側に立つ騎士たちの視線を受けながら教えられた位置まで出て帽子を脱ぎ、教えられたように膝を突いて首を垂れる。アストも私の横で同じように頭を下げた。
「女王陛下がいらっしゃいます」
正面右側、段差のすぐ下に立つ大臣らしきエルフの声が響いて直ぐ、右奥の扉が開いて三つの気配が入ってくる。初めに入ってきたのはウルによく似た、二十代後半くらいの女性だ。長い金髪と同じ色の尾を揺らし、瞳は翡翠色。その頭上には、猫の耳と白銀の冠があった。
ウルに比べると、どこか怜悧な印象を受ける、しかし絶世のと言って良い美女だ。つい、見惚れそうになってしまう。
彼女から感じられる魔力は、なるほど、不老の魔女に相応しいものがある。
女王のすぐ後ろに続くウルは少し不満そう。何かあったのかもしれないけれど、考えても仕方ないことか。
三人目は、ウルの腕の中。城の入り口で侍女に抱かれていた男の子だった。
こっそり伺っていたのは、たぶんバレてる。けれど何も言われないし誰も反応を示さないから、たぶん大丈夫。
「面を上げなさい」
またエルフの声だ。
流石に壇上に上がった後の様子は見えなかったけれど、エルフが玉座の方を見ていたから、何か合図があったのだろう。
「本来であれば女王陛下と謁見者の間に仲介人を立てるが、特例により省かれる。光栄に思うよう」
お辞儀を返し、了承の意を示す。
「冒険者にして魔女、ソフィエンティア=アーテル」
強く、同時にやさし気なこの声は、女王のモノだ。
「我が娘、第一王女ウルシニエラの命を救った事、真に大儀であった。褒美として、城内の蔵書全てを好きに閲覧する事を許そう」
これは、ウルから伝わってるのかしら?
本当ならある程度希望を聞く段階があると『智慧の館』にはあったのだけれど。まあ、一番嬉しい報酬であるのは間違いない。
「有難く頂戴いたします」
ここのお礼は台本通り。
こちらを真っ直ぐ見たまま告げてきた女王に、再度首を垂れる。
「これからも励め」
「……謁見は以上とする」
あら、一瞬。本当だったらもう少し色々ある筈だけれど、非公式なのだし、こんなものかしら。
とりあえず首を垂れたまま、王族たちの退場を待つ。それから大臣の言葉で私も退場だ。
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