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七の浪 ノウムドワン王国②
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②
スズネさんが案内してくれたのは、ギルドから街の中央に向かって数分ほど行った所にある宿だった。こんな所にある宿、遅い時間に部屋がとれるのか心配ではあったけれど、そこは問題が無かった。紹介が必要なちょっと高級な宿だったからでしょうね。お金についても、幸いかなり余裕があるから心配ない。
渡された鍵は、三階にある、通りとは反対側の角部屋のものだった。天井が高い分周りの建物より少し高い位置に窓があって、街並みがよく見える。静かで読書をするにも良さそうだ。
「ソフィア、早く行こうよ」
「まだ早いわ。先に荷物の点検もしないと」
汗は魔導で簡単にどうにかできるから良いけれど。
前世で読んでいたらしい異世界転生もののそれとは違って、私の鞄は無制限に等しいほど物が入るわけではない。一般的なものに比べたらかなり容量がある方ではあるのだけれど。
ココアが待ちきれないらしいアストを宥めつつ、消耗品の数を確かめたり旅の道具を点検したりしていたら、あっという間に時間は過ぎていった。季節的にまだ日の短い時期ということはあるけれど、私の気分の問題もあるのだろう。アストの事をあまり言えない。
一階に降りると、スズネさんは既に来ていて、ソファに腰掛けながら何か本を読んでいた。本を読むって冒険者としては珍しい部類だから、仲間を見つけたような感じがする。
「お待たせしました」
「ん、私もさっき来たばっかりだよ。もう少しゆっくり来ても良かったくらい」
スズネさんが本を見せながらにやりと笑う。その意味するところはよく分かるので、私もつい、口角を上げてしまった。
「なるほど」
「なんで二人して笑ってるのさ?」
「あなただったら、そうね、待ち合わせでココアを飲んでて、ちょっとしか飲んでない時に相手が来たって感じね」
本があればいくらでも待てる、寧ろ遅れてきても良い、なんて気持ち、そのまま言っても伝わらなそうだったからそう答えたけれど、アストはふーんと漏らすばかりでイマイチ要領を得ていないようだった。
「まあ、行こうか。ちょっと入り組んだところに行くから、逸れないようにね」
スズネさんに連れられて、大通りを街の中心部へ向かう。途中で路地裏に入って何度も曲がったから、もう現在位置が分からない。一人で帰れと言われたら相当の時間が必要になるでしょうね。
住人らしいドワーフたちはちらほら見えるから、最悪でも尋ねる相手には困らなそうだけれど。
しかし、不思議な光景ね。上を見れば赤褐色のパイプが建物同士を繋ぎながらいくつも交差していて、スチームパンクの世界のような街並みかと思えば、地上部分は昭和の日本を思わせる。
こんな場所をアスト以外の誰かと歩いているのも、私にとっては不思議と感じられるのだから、二人旅にすっかり慣れてしまったな、なんて思う。
「ここだよ」
少し感慨に耽っている内に目的地へ着いたらしい。道中、アストとスズネさんは何かを話していたけれど、ぼんやりとしか聞いていなかった。たしか、スズネさんの見た目が変わっていない事についてアストが尋ねていたように思う。
「こんちゃー。おっちゃん、二人と一匹ね」
「おう嬢ちゃん。久しぶりだな。一匹ってのは……、と、亜精霊様か。こりゃサービスしねぇとな!」
あぁ、そうだった。スピリエ教徒にとってはアストも一応信仰対象ね。大丈夫かしら?
「これくらい軽かったら大丈夫かな」
頭の上から小さく聞こえてきた。強がってる様子もないし、そのまま受け取って良いでしょう。
案内されたのは、少し奥の方にある四人掛けの席だった。好奇の視線があったのも最初ばかりで、店の八割ほどを埋める人々は意図して意識を外してくれているみたい。迷ったらこの店、でも良いところかもしれない。
私たちだけで辿り着けるなら、だけれど。
「はい、メニュー。とりあえずお酒決めちゃいなよ。私はもう決まってるから」
「ありがとうございます」
お酒を飲む前提なのが彼女らしいというか。まあ、飲むのだけれど。
「僕ココア」
「はいはい。……あら、ウィスキー」
「お、ソフィエンティアちゃんもいっちゃう? この辺がまろやかで飲みやすい。こっちは、ドワーフとかドラゴニュートとか向けのキツイやつだから、おススメ!」
あ、そっちを勧めるのね。そんな気はしてたけれど。
うーん、どうしようかしら?
……せっかくだから、キツイやついこうかしら。
「じゃあ、これで」
「おっけ。料理も適当に頼んじゃって良い?」
「はい」
スズネさんが店員さんを呼ぶ横で、食事のメニューに目を通す。文字ばかりが並んだこのメニューは他の机にも同じようにあって、絵は特についていない。たぶん、ここら辺は識字率が高いのだろう。
並んだ文字列は知ってる名前から知らない名前まで様々で、好奇心を擽る。これだけ品揃えを用意できるのは、この店が賑わっている証なのかもしれない。
「――他、何かいる?」
「じゃあ、このホーンディアの火床焼きで」
「あいよ!」
『智慧の館』で調べたところ、火床焼きはこの辺りの伝統的な調理法らしい。使わなくなった古い鍛冶用の炉を使って焼くみたい。相当な高温で調理する事になるのだろうけれど、どんな感じになるのか楽しみだ。
料理の出来上がりを待ちつつ、先にきたお酒とココアで乾杯する。
「それじゃ、今日も一日お疲れ様! かんぱーい!」
「乾杯」
「かんぱい!」
アストの押し出したココアに合わせる形でグラスを鳴らす。陶器とガラスのぶつかる音が小気味良い。ドワーフたちの技術力を示すように透明なグラスの内で、琥珀色の液がとろりと揺れた。
その液を口に含むと、口内に芳醇な香りが伝わって、直後に喉が焼ける。本当にキツイ。けれど、美味しい。
スズネさんも同じくキツイ種類のウィスキーを飲んでいた筈だと思って、ちらりと視線を向けると、彼女は一口で半分ほどを飲み干していた。一応このグラス、一合半くらいは入っていたのだけれど……。
「ふぅ、美味しい。あ、こっちも飲んでみる?」
「え、ええ」
ちょっと引きつつ、受け取ったグラスに口をつける。私が飲んだのよりはまろやか、と思いきや、遅れてきた熱は私のものよりも強い。アルコール度数で言えば、五十は越えていそうだ。
でもちゃんと美味しいあたり、流石はドワーフといったところかしら?
「美味しいです、けれど、これをあんな勢いで飲んでいたんですか?」
「ん? そうだよ?」
スズネさんも違う意味で流石ね……。
「ちなみにこのウィスキーって名前、日本って所からの転移者がつけたんだってさ」
「へぇ、そうなんですね」
上手く取り繕えたかしら?
殆どエピソード記憶がないとは言え、それ以外の記憶はある。これは、あまり人にバレて良い事ではない。危険な知識も少なくないのだし。
スズネさんは大丈夫だと思うけれど、周りでどんな人が聞いているかは分からないから。ドワーフの場合、悪意なく、好奇心で作ってはいけないものを作ってしまう恐れもある。
もう私は、私の油断と知識で、無用な悲劇を生み出したくは無い。
話を変えよう。
「それで、結局スズネさんの見た目が変わってない理由ってなんなんです?」
「ああ、まだ答えてなかったね。んー、まあ、色々あって寿命が無くなった、て感じ?」
「疑問符付けられても僕らには分からないんだけど」
アストのジト目がスズネさんに刺さる。彼女は笑うばかりで、それ以上は答えようとしない。はぐらかされてしまった。
彼女の魔力量は探ろうにも、実力差があり過ぎてよく分からない。けれど、それはつまり、彼女の魔導的な能力の高さも示しているから、私と同じように魔力量が一定値を超えた結果の不老で良いのだろう。その過程で色々あった、のかもしれない。
それからは他愛も無い話をしながらお酒と料理を楽しんだ。どれも美味しくて、スズネさんが連れてくるだけの事はあったと思う。火床焼きも、油と衣無しの揚げ物といった感じで、胡椒の様な辛さの味付けがお酒によく合っていた。
スズネさんが数えるのも億劫なほど飲んでいて少し呆れてしまったけれど。この人、私と合流する前にもギルドで飲み比べをしていた筈なのに。
そんな感じで宵も酣の頃を過ぎた。知らないうちにお客さんの数も減っていて、キッチンの方では、店員さんたちが少しずつ片づけを始めている。
「ねえねえソフィエンティアちゃん、この辺に伝わる幻の酒の話、知ってる?」
スズネさんの問いかけに、私はつい、身を乗り出した。
スズネさんが案内してくれたのは、ギルドから街の中央に向かって数分ほど行った所にある宿だった。こんな所にある宿、遅い時間に部屋がとれるのか心配ではあったけれど、そこは問題が無かった。紹介が必要なちょっと高級な宿だったからでしょうね。お金についても、幸いかなり余裕があるから心配ない。
渡された鍵は、三階にある、通りとは反対側の角部屋のものだった。天井が高い分周りの建物より少し高い位置に窓があって、街並みがよく見える。静かで読書をするにも良さそうだ。
「ソフィア、早く行こうよ」
「まだ早いわ。先に荷物の点検もしないと」
汗は魔導で簡単にどうにかできるから良いけれど。
前世で読んでいたらしい異世界転生もののそれとは違って、私の鞄は無制限に等しいほど物が入るわけではない。一般的なものに比べたらかなり容量がある方ではあるのだけれど。
ココアが待ちきれないらしいアストを宥めつつ、消耗品の数を確かめたり旅の道具を点検したりしていたら、あっという間に時間は過ぎていった。季節的にまだ日の短い時期ということはあるけれど、私の気分の問題もあるのだろう。アストの事をあまり言えない。
一階に降りると、スズネさんは既に来ていて、ソファに腰掛けながら何か本を読んでいた。本を読むって冒険者としては珍しい部類だから、仲間を見つけたような感じがする。
「お待たせしました」
「ん、私もさっき来たばっかりだよ。もう少しゆっくり来ても良かったくらい」
スズネさんが本を見せながらにやりと笑う。その意味するところはよく分かるので、私もつい、口角を上げてしまった。
「なるほど」
「なんで二人して笑ってるのさ?」
「あなただったら、そうね、待ち合わせでココアを飲んでて、ちょっとしか飲んでない時に相手が来たって感じね」
本があればいくらでも待てる、寧ろ遅れてきても良い、なんて気持ち、そのまま言っても伝わらなそうだったからそう答えたけれど、アストはふーんと漏らすばかりでイマイチ要領を得ていないようだった。
「まあ、行こうか。ちょっと入り組んだところに行くから、逸れないようにね」
スズネさんに連れられて、大通りを街の中心部へ向かう。途中で路地裏に入って何度も曲がったから、もう現在位置が分からない。一人で帰れと言われたら相当の時間が必要になるでしょうね。
住人らしいドワーフたちはちらほら見えるから、最悪でも尋ねる相手には困らなそうだけれど。
しかし、不思議な光景ね。上を見れば赤褐色のパイプが建物同士を繋ぎながらいくつも交差していて、スチームパンクの世界のような街並みかと思えば、地上部分は昭和の日本を思わせる。
こんな場所をアスト以外の誰かと歩いているのも、私にとっては不思議と感じられるのだから、二人旅にすっかり慣れてしまったな、なんて思う。
「ここだよ」
少し感慨に耽っている内に目的地へ着いたらしい。道中、アストとスズネさんは何かを話していたけれど、ぼんやりとしか聞いていなかった。たしか、スズネさんの見た目が変わっていない事についてアストが尋ねていたように思う。
「こんちゃー。おっちゃん、二人と一匹ね」
「おう嬢ちゃん。久しぶりだな。一匹ってのは……、と、亜精霊様か。こりゃサービスしねぇとな!」
あぁ、そうだった。スピリエ教徒にとってはアストも一応信仰対象ね。大丈夫かしら?
「これくらい軽かったら大丈夫かな」
頭の上から小さく聞こえてきた。強がってる様子もないし、そのまま受け取って良いでしょう。
案内されたのは、少し奥の方にある四人掛けの席だった。好奇の視線があったのも最初ばかりで、店の八割ほどを埋める人々は意図して意識を外してくれているみたい。迷ったらこの店、でも良いところかもしれない。
私たちだけで辿り着けるなら、だけれど。
「はい、メニュー。とりあえずお酒決めちゃいなよ。私はもう決まってるから」
「ありがとうございます」
お酒を飲む前提なのが彼女らしいというか。まあ、飲むのだけれど。
「僕ココア」
「はいはい。……あら、ウィスキー」
「お、ソフィエンティアちゃんもいっちゃう? この辺がまろやかで飲みやすい。こっちは、ドワーフとかドラゴニュートとか向けのキツイやつだから、おススメ!」
あ、そっちを勧めるのね。そんな気はしてたけれど。
うーん、どうしようかしら?
……せっかくだから、キツイやついこうかしら。
「じゃあ、これで」
「おっけ。料理も適当に頼んじゃって良い?」
「はい」
スズネさんが店員さんを呼ぶ横で、食事のメニューに目を通す。文字ばかりが並んだこのメニューは他の机にも同じようにあって、絵は特についていない。たぶん、ここら辺は識字率が高いのだろう。
並んだ文字列は知ってる名前から知らない名前まで様々で、好奇心を擽る。これだけ品揃えを用意できるのは、この店が賑わっている証なのかもしれない。
「――他、何かいる?」
「じゃあ、このホーンディアの火床焼きで」
「あいよ!」
『智慧の館』で調べたところ、火床焼きはこの辺りの伝統的な調理法らしい。使わなくなった古い鍛冶用の炉を使って焼くみたい。相当な高温で調理する事になるのだろうけれど、どんな感じになるのか楽しみだ。
料理の出来上がりを待ちつつ、先にきたお酒とココアで乾杯する。
「それじゃ、今日も一日お疲れ様! かんぱーい!」
「乾杯」
「かんぱい!」
アストの押し出したココアに合わせる形でグラスを鳴らす。陶器とガラスのぶつかる音が小気味良い。ドワーフたちの技術力を示すように透明なグラスの内で、琥珀色の液がとろりと揺れた。
その液を口に含むと、口内に芳醇な香りが伝わって、直後に喉が焼ける。本当にキツイ。けれど、美味しい。
スズネさんも同じくキツイ種類のウィスキーを飲んでいた筈だと思って、ちらりと視線を向けると、彼女は一口で半分ほどを飲み干していた。一応このグラス、一合半くらいは入っていたのだけれど……。
「ふぅ、美味しい。あ、こっちも飲んでみる?」
「え、ええ」
ちょっと引きつつ、受け取ったグラスに口をつける。私が飲んだのよりはまろやか、と思いきや、遅れてきた熱は私のものよりも強い。アルコール度数で言えば、五十は越えていそうだ。
でもちゃんと美味しいあたり、流石はドワーフといったところかしら?
「美味しいです、けれど、これをあんな勢いで飲んでいたんですか?」
「ん? そうだよ?」
スズネさんも違う意味で流石ね……。
「ちなみにこのウィスキーって名前、日本って所からの転移者がつけたんだってさ」
「へぇ、そうなんですね」
上手く取り繕えたかしら?
殆どエピソード記憶がないとは言え、それ以外の記憶はある。これは、あまり人にバレて良い事ではない。危険な知識も少なくないのだし。
スズネさんは大丈夫だと思うけれど、周りでどんな人が聞いているかは分からないから。ドワーフの場合、悪意なく、好奇心で作ってはいけないものを作ってしまう恐れもある。
もう私は、私の油断と知識で、無用な悲劇を生み出したくは無い。
話を変えよう。
「それで、結局スズネさんの見た目が変わってない理由ってなんなんです?」
「ああ、まだ答えてなかったね。んー、まあ、色々あって寿命が無くなった、て感じ?」
「疑問符付けられても僕らには分からないんだけど」
アストのジト目がスズネさんに刺さる。彼女は笑うばかりで、それ以上は答えようとしない。はぐらかされてしまった。
彼女の魔力量は探ろうにも、実力差があり過ぎてよく分からない。けれど、それはつまり、彼女の魔導的な能力の高さも示しているから、私と同じように魔力量が一定値を超えた結果の不老で良いのだろう。その過程で色々あった、のかもしれない。
それからは他愛も無い話をしながらお酒と料理を楽しんだ。どれも美味しくて、スズネさんが連れてくるだけの事はあったと思う。火床焼きも、油と衣無しの揚げ物といった感じで、胡椒の様な辛さの味付けがお酒によく合っていた。
スズネさんが数えるのも億劫なほど飲んでいて少し呆れてしまったけれど。この人、私と合流する前にもギルドで飲み比べをしていた筈なのに。
そんな感じで宵も酣の頃を過ぎた。知らないうちにお客さんの数も減っていて、キッチンの方では、店員さんたちが少しずつ片づけを始めている。
「ねえねえソフィエンティアちゃん、この辺に伝わる幻の酒の話、知ってる?」
スズネさんの問いかけに、私はつい、身を乗り出した。
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