智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜

嘉神かろ

文字の大きさ
48 / 56

七の浪 ノウムドワン王国⑤

しおりを挟む

「おーしお前らっ、今日の作業は終いだ! さっさと片付けて明日に備えろ!」

 もう何百本分の付与をしたかも分からなくなった頃、ヘパストさんの声が響いた。キリの良い所まできていた職人たちはすぐに手を止めて片付けに入り、他の職人たちも順々に続く。

「ふぅ……」
「ん、お疲れソフィアちゃん」

 スズさんが差し出してきた水を礼を言って受け取り、一気に飲み干す。
 私もさすがに疲れた。暑い、というか熱いし、細かい作業だしで、集中力を削られたのだ。座り仕事だったこともあって、魔力や体力的には大した消耗は無い。

「いやぁ、助かったよ。僕らの十倍は早かったね」
「しかも、スズネさんのお陰で試験も済んでるってんだ。こりゃ、今回の納期は余裕だな」
「亜精霊様の魔力供給も助かったぜ。普段はそっちでも体力もってかれて、続かねぇからな」

 片付け作業の合間に、職人たちが声をかけてくれる。彼らに私なりの笑顔と言葉を返しながら、卓上に広げた付与用のインクなどを片付けていると、スズさんも手伝ってくれた。
 
 それにしても、スズさんはやはり、魔力も相当な量を保有しているわね。今回作っていた魔導剣は、魔導士の平均的な魔力量でも数十回の使用で魔力切れになってしまうようなものだ。魔導を扱えない者でも魔導による攻撃が可能な便利な代物ではあるのだけれど、消費魔力は相応のものがある。それを、数百本。下手をすれば、四桁にも届きかねない本数の試験をして、息一つ乱していない。その上で試し切りもしていたし。

「おう、助かったぞ」
「あ、ヘパストさん。お疲れさまー」

 ヘパスト殿はスズさんに手を上げて返しつつ、私たちの正面に腰を下ろす。彼は指揮官か何かが使う特注品を手がけていた筈だけれど、これくらいならまだ汗をかくほどではないらしい。
 いくつか私も付与をしたけれど、彼の打ったものはそうだと一瞬で分かる出来だった。本気で打った一本は、いったいどれほどの物なのか、気になるところね。

「このまま残ってほしいくらいだが、そうもいかねえだろ?」
「あはは、まあね」
「ですね」

 さすがに、毎日これをするのは勘弁願いたい。

「こいつは今日の賃金だ。迷惑料分は抜いてある」
「え、えっと……」
「貰っときなー。職人は自分の仕事に誇りをもって、しっかり報酬を受け取るもんだよ」

 そういう事だ、と言いたげなヘパスト殿から金貨の入った袋を受け取る。ずっしりくる重さからして、相当な額だろう。

「それと、だな。明日は東の山の麓へ行くといい。そこに迷宮がある」
「ん、分かった、東の山の迷宮だね。ありがと!」

 つまりは、そういう事なんだろう。そういう事なんだろうけれど、どうして急に、それもこんなアッサリと教えてくれる気になったのか、それが分からない。

「ほら、ソフィアちゃん、アストくん、今日は帰ってゆっくり寝ないと!」

 私が困惑していると、残りの道具を持ってスズさんはさっさと立ち上がる。それらを所定の場所に戻せば、私のやるべきことは終わりだった。

「いくよー?」
「え、ええ」
「あ、うん」

 スズさんはヘパスト殿の心変わりの理由が分かっているようで、落ち着いたものだ。まあ、帰り道で聞けば良い、わね。

「それではヘパスト殿」
「殿なんて堅苦しいもん付けなくていいぞ」
「では、ヘパストさん、ありがとうございました」

 改めて礼を言って、スズさんを追いかける。そしてそのまま、大親方の鍛冶場をあとにした。

 外に出ると、山の隙間から見える空が茜色に染まっていた。多くの職人たちが仕事を終えたようで、各々帰路、或いは晩餐の場へ足を向けている。

「それで、どうして突然、幻の酒のありかを教えて貰えたんですか?」
「ドワーフの職人ってさ、仲間意識がすごく強いんだよ」

 それは知っている。ヘパストさんは、特にそうだと聞いていた。
 ……ああ、そういう事か。

「一緒に仕事をしたら、もう仲間と?」
「そういうことっ」

 なるほど、簡単な話だった。けれど、一日一緒に仕事をしただけで良いだなんて、簡単すぎではないかしら?

「一日だけで良いなんて簡単すぎって思った?」
「っ! はい」
「簡単じゃないよ? まず一緒に仕事をさせて貰えるかって所がハードル高いし、甘えた仕事してたら即、ほっぽり出される。技術に関係なくね」

 ……なるほど、武器を見られたのは、その関門の一つだったのね。確かに、自分の得物すら粗末に扱っている人に、あの職人たちは手を出させないだろう。

「一日で、って所は、まあ、ドワーフの職人はそういうもんだって思った方がいいかな?」
「……勉強になります」

 本当に。私も、ドワーフ、特に職人たちがそういう人種だというのは知っていた。けれど、その知識を使えていなかった。知識から導かれる真理に、辿り着けていなかった。
 とは、知識を得るだけで身に付くものではない。とは違う、気付きだ。『智慧の館』にあてられた字が仏教用語のそれである意味は、たぶん、そこに記されている内容が、ただそこにあるだけの真実に過ぎないから。ありのままの物でしかなく、それはつまり、辿れば真理に繋がるものだから。
 私自身が真理を見抜けなければ、不幸にも繋がってしまうもの。それが『智慧の館』に記録された、膨大な知識。

 私が目指すべきは、スズさんのような知識の使い方なのだろう。
 この街でスズさんと再開出来たのは僥倖だった。心の底からそう思う。

 そんな事を頭の片隅で考えている間に、宿の目の前まで来ていた。夕食は、屋台で買った余りで良いだろう。

「それじゃ、明日ね。旅支度忘れずに!」
「はい、お疲れ様です」
「また明日ー」

 何はともあれ、情報は得た。迷宮となると明日中には無理だろうけれど、もう幻の酒は目の前ね。楽しみ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生者のTSスローライフ

未羊
ファンタジー
主人公は地球で死んで転生してきた転生者。 転生で得た恵まれた能力を使って、転生先の世界でよみがえった魔王を打ち倒すも、その際に呪いを受けてしまう。 強力な呪いに生死の境をさまようが、さすがは異世界転生のチート主人公。どうにか無事に目を覚ます。 ところが、目が覚めて見えた自分の体が何かおかしい。 改めて確認すると、全身が毛むくじゃらの獣人となってしまっていた。 しかも、性別までも変わってしまっていた。 かくして、魔王を打ち倒した俺は死んだこととされ、獣人となった事で僻地へと追放されてしまう。 追放先はなんと、魔王が治めていた土地。 どん底な気分だった俺だが、新たな土地で一念発起する事にしたのだった。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...