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七の浪 ノウムドワン王国⑤
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⑤
「おーしお前らっ、今日の作業は終いだ! さっさと片付けて明日に備えろ!」
もう何百本分の付与をしたかも分からなくなった頃、ヘパストさんの声が響いた。キリの良い所まできていた職人たちはすぐに手を止めて片付けに入り、他の職人たちも順々に続く。
「ふぅ……」
「ん、お疲れソフィアちゃん」
スズさんが差し出してきた水を礼を言って受け取り、一気に飲み干す。
私もさすがに疲れた。暑い、というか熱いし、細かい作業だしで、集中力を削られたのだ。座り仕事だったこともあって、魔力や体力的には大した消耗は無い。
「いやぁ、助かったよ。僕らの十倍は早かったね」
「しかも、スズネさんのお陰で試験も済んでるってんだ。こりゃ、今回の納期は余裕だな」
「亜精霊様の魔力供給も助かったぜ。普段はそっちでも体力もってかれて、続かねぇからな」
片付け作業の合間に、職人たちが声をかけてくれる。彼らに私なりの笑顔と言葉を返しながら、卓上に広げた付与用のインクなどを片付けていると、スズさんも手伝ってくれた。
それにしても、スズさんはやはり、魔力も相当な量を保有しているわね。今回作っていた魔導剣は、魔導士の平均的な魔力量でも数十回の使用で魔力切れになってしまうようなものだ。魔導を扱えない者でも魔導による攻撃が可能な便利な代物ではあるのだけれど、消費魔力は相応のものがある。それを、数百本。下手をすれば、四桁にも届きかねない本数の試験をして、息一つ乱していない。その上で試し切りもしていたし。
「おう、助かったぞ」
「あ、ヘパストさん。お疲れさまー」
ヘパスト殿はスズさんに手を上げて返しつつ、私たちの正面に腰を下ろす。彼は指揮官か何かが使う特注品を手がけていた筈だけれど、これくらいならまだ汗をかくほどではないらしい。
いくつか私も付与をしたけれど、彼の打ったものはそうだと一瞬で分かる出来だった。本気で打った一本は、いったいどれほどの物なのか、気になるところね。
「このまま残ってほしいくらいだが、そうもいかねえだろ?」
「あはは、まあね」
「ですね」
さすがに、毎日これをするのは勘弁願いたい。
「こいつは今日の賃金だ。迷惑料分は抜いてある」
「え、えっと……」
「貰っときなー。職人は自分の仕事に誇りをもって、しっかり報酬を受け取るもんだよ」
そういう事だ、と言いたげなヘパスト殿から金貨の入った袋を受け取る。ずっしりくる重さからして、相当な額だろう。
「それと、だな。明日は東の山の麓へ行くといい。そこに迷宮がある」
「ん、分かった、東の山の迷宮だね。ありがと!」
つまりは、そういう事なんだろう。そういう事なんだろうけれど、どうして急に、それもこんなアッサリと教えてくれる気になったのか、それが分からない。
「ほら、ソフィアちゃん、アストくん、今日は帰ってゆっくり寝ないと!」
私が困惑していると、残りの道具を持ってスズさんはさっさと立ち上がる。それらを所定の場所に戻せば、私のやるべきことは終わりだった。
「いくよー?」
「え、ええ」
「あ、うん」
スズさんはヘパスト殿の心変わりの理由が分かっているようで、落ち着いたものだ。まあ、帰り道で聞けば良い、わね。
「それではヘパスト殿」
「殿なんて堅苦しいもん付けなくていいぞ」
「では、ヘパストさん、ありがとうございました」
改めて礼を言って、スズさんを追いかける。そしてそのまま、大親方の鍛冶場をあとにした。
外に出ると、山の隙間から見える空が茜色に染まっていた。多くの職人たちが仕事を終えたようで、各々帰路、或いは晩餐の場へ足を向けている。
「それで、どうして突然、幻の酒のありかを教えて貰えたんですか?」
「ドワーフの職人ってさ、仲間意識がすごく強いんだよ」
それは知っている。ヘパストさんは、特にそうだと聞いていた。
……ああ、そういう事か。
「一緒に仕事をしたら、もう仲間と?」
「そういうことっ」
なるほど、簡単な話だった。けれど、一日一緒に仕事をしただけで良いだなんて、簡単すぎではないかしら?
「一日だけで良いなんて簡単すぎって思った?」
「っ! はい」
「簡単じゃないよ? まず一緒に仕事をさせて貰えるかって所がハードル高いし、甘えた仕事してたら即、ほっぽり出される。技術に関係なくね」
……なるほど、武器を見られたのは、その関門の一つだったのね。確かに、自分の得物すら粗末に扱っている人に、あの職人たちは手を出させないだろう。
「一日で、って所は、まあ、ドワーフの職人はそういうもんだって思った方がいいかな?」
「……勉強になります」
本当に。私も、ドワーフ、特に職人たちがそういう人種だというのは知っていた。けれど、その知識を使えていなかった。知識から導かれる真理に、辿り着けていなかった。
智慧とは、知識を得るだけで身に付くものではない。知恵とは違う、気付きだ。『智慧の館』にあてられた字が仏教用語のそれである意味は、たぶん、そこに記されている内容が、ただそこにあるだけの真実に過ぎないから。ありのままの物でしかなく、それはつまり、辿れば真理に繋がるものだから。
私自身が真理を見抜けなければ、不幸にも繋がってしまうもの。それが『智慧の館』に記録された、膨大な知識。
私が目指すべきは、スズさんのような知識の使い方なのだろう。
この街でスズさんと再開出来たのは僥倖だった。心の底からそう思う。
そんな事を頭の片隅で考えている間に、宿の目の前まで来ていた。夕食は、屋台で買った余りで良いだろう。
「それじゃ、明日ね。旅支度忘れずに!」
「はい、お疲れ様です」
「また明日ー」
何はともあれ、情報は得た。迷宮となると明日中には無理だろうけれど、もう幻の酒は目の前ね。楽しみ。
「おーしお前らっ、今日の作業は終いだ! さっさと片付けて明日に備えろ!」
もう何百本分の付与をしたかも分からなくなった頃、ヘパストさんの声が響いた。キリの良い所まできていた職人たちはすぐに手を止めて片付けに入り、他の職人たちも順々に続く。
「ふぅ……」
「ん、お疲れソフィアちゃん」
スズさんが差し出してきた水を礼を言って受け取り、一気に飲み干す。
私もさすがに疲れた。暑い、というか熱いし、細かい作業だしで、集中力を削られたのだ。座り仕事だったこともあって、魔力や体力的には大した消耗は無い。
「いやぁ、助かったよ。僕らの十倍は早かったね」
「しかも、スズネさんのお陰で試験も済んでるってんだ。こりゃ、今回の納期は余裕だな」
「亜精霊様の魔力供給も助かったぜ。普段はそっちでも体力もってかれて、続かねぇからな」
片付け作業の合間に、職人たちが声をかけてくれる。彼らに私なりの笑顔と言葉を返しながら、卓上に広げた付与用のインクなどを片付けていると、スズさんも手伝ってくれた。
それにしても、スズさんはやはり、魔力も相当な量を保有しているわね。今回作っていた魔導剣は、魔導士の平均的な魔力量でも数十回の使用で魔力切れになってしまうようなものだ。魔導を扱えない者でも魔導による攻撃が可能な便利な代物ではあるのだけれど、消費魔力は相応のものがある。それを、数百本。下手をすれば、四桁にも届きかねない本数の試験をして、息一つ乱していない。その上で試し切りもしていたし。
「おう、助かったぞ」
「あ、ヘパストさん。お疲れさまー」
ヘパスト殿はスズさんに手を上げて返しつつ、私たちの正面に腰を下ろす。彼は指揮官か何かが使う特注品を手がけていた筈だけれど、これくらいならまだ汗をかくほどではないらしい。
いくつか私も付与をしたけれど、彼の打ったものはそうだと一瞬で分かる出来だった。本気で打った一本は、いったいどれほどの物なのか、気になるところね。
「このまま残ってほしいくらいだが、そうもいかねえだろ?」
「あはは、まあね」
「ですね」
さすがに、毎日これをするのは勘弁願いたい。
「こいつは今日の賃金だ。迷惑料分は抜いてある」
「え、えっと……」
「貰っときなー。職人は自分の仕事に誇りをもって、しっかり報酬を受け取るもんだよ」
そういう事だ、と言いたげなヘパスト殿から金貨の入った袋を受け取る。ずっしりくる重さからして、相当な額だろう。
「それと、だな。明日は東の山の麓へ行くといい。そこに迷宮がある」
「ん、分かった、東の山の迷宮だね。ありがと!」
つまりは、そういう事なんだろう。そういう事なんだろうけれど、どうして急に、それもこんなアッサリと教えてくれる気になったのか、それが分からない。
「ほら、ソフィアちゃん、アストくん、今日は帰ってゆっくり寝ないと!」
私が困惑していると、残りの道具を持ってスズさんはさっさと立ち上がる。それらを所定の場所に戻せば、私のやるべきことは終わりだった。
「いくよー?」
「え、ええ」
「あ、うん」
スズさんはヘパスト殿の心変わりの理由が分かっているようで、落ち着いたものだ。まあ、帰り道で聞けば良い、わね。
「それではヘパスト殿」
「殿なんて堅苦しいもん付けなくていいぞ」
「では、ヘパストさん、ありがとうございました」
改めて礼を言って、スズさんを追いかける。そしてそのまま、大親方の鍛冶場をあとにした。
外に出ると、山の隙間から見える空が茜色に染まっていた。多くの職人たちが仕事を終えたようで、各々帰路、或いは晩餐の場へ足を向けている。
「それで、どうして突然、幻の酒のありかを教えて貰えたんですか?」
「ドワーフの職人ってさ、仲間意識がすごく強いんだよ」
それは知っている。ヘパストさんは、特にそうだと聞いていた。
……ああ、そういう事か。
「一緒に仕事をしたら、もう仲間と?」
「そういうことっ」
なるほど、簡単な話だった。けれど、一日一緒に仕事をしただけで良いだなんて、簡単すぎではないかしら?
「一日だけで良いなんて簡単すぎって思った?」
「っ! はい」
「簡単じゃないよ? まず一緒に仕事をさせて貰えるかって所がハードル高いし、甘えた仕事してたら即、ほっぽり出される。技術に関係なくね」
……なるほど、武器を見られたのは、その関門の一つだったのね。確かに、自分の得物すら粗末に扱っている人に、あの職人たちは手を出させないだろう。
「一日で、って所は、まあ、ドワーフの職人はそういうもんだって思った方がいいかな?」
「……勉強になります」
本当に。私も、ドワーフ、特に職人たちがそういう人種だというのは知っていた。けれど、その知識を使えていなかった。知識から導かれる真理に、辿り着けていなかった。
智慧とは、知識を得るだけで身に付くものではない。知恵とは違う、気付きだ。『智慧の館』にあてられた字が仏教用語のそれである意味は、たぶん、そこに記されている内容が、ただそこにあるだけの真実に過ぎないから。ありのままの物でしかなく、それはつまり、辿れば真理に繋がるものだから。
私自身が真理を見抜けなければ、不幸にも繋がってしまうもの。それが『智慧の館』に記録された、膨大な知識。
私が目指すべきは、スズさんのような知識の使い方なのだろう。
この街でスズさんと再開出来たのは僥倖だった。心の底からそう思う。
そんな事を頭の片隅で考えている間に、宿の目の前まで来ていた。夕食は、屋台で買った余りで良いだろう。
「それじゃ、明日ね。旅支度忘れずに!」
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