【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

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最終章 君の為に

第103話 最愛と舞う

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 翌朝、二人は偶々近くを通りかかった茶髪に茶色い瞳の男の先導の下、洞窟内に作られた修練上を目指していた。ブルドと言うらしい彼は、初めに翔たちを案内した集団で纏め役をしていた男だ。一般的にはガタイの良い、しかし冒険者としてはありふれた体格の『龍人族ドラゴニユート』で、実力としてはBランクの下限程度だろうと翔は予想していた。

「しかしなんだ、お前らがリーダーに認められたみたいで良かったよ」

 ブルドのその言葉は嘘偽りのない本音であるようで、彼の後ろを歩く二人は顔を見合わせる。彼にそこまで気にかけて貰えるような心当たりが思い当たらなかったのだ。

「数日とは言え、同じ卓を囲み、同じ窯の飯を食った仲だからな」

 ブルドは、これ武神様が広めた言葉なんだぜ、と振り返って笑う。翔たちも理由に納得して、彼に笑みを返した。

「俺たちもホッとしました。まだ他の人たちからは信用されてないみたいですけど、そっちも少しずつ頑張ります」
「はは、やっぱり見張ってんのバレてたか。まあ悪く思わないでやってくれ。やってる事がやってる事だからな」

 苦笑いを浮かべるブルドの言葉に敵意は感じられない。寧ろ悪戯をした弟を仕方のない奴だと言う兄のような、温かな雰囲気すら感じられて、翔と陽菜はまた笑みを交わす。
 
「そうですね。私たちも気を付けないと……」

 実際には騎士団に捕まったところで自分たちは全く問題ないと分かっているが、そうと悟らせない陽菜の演技に翔は相変わらず凄いものだと舌を巻く。と同時に、彼女が心の内でひっそりと感じている罪悪感にも気が付いた。
 ――陽菜もやっぱり気が引けてるんだね……。

 せめて革命軍がただの無法者集団であれば良かったのにと、翔は考えてしまう。
 彼がそんな風に悩んでいるのを隠しながら歩いていると、ふと熱気のような何かを感じた。

「その先だ」

 ブルドの示した角を曲がると、その何かの正体はすぐに分かった。バスケットコート二面分から三面分程はありそうな広い空間で武器を振るう人々の姿が見えたのだ。そこには昨日の食堂で見た顔がいくつも混ざっている。

「結構いるんですね」
「そりゃあな。『龍人族』なら革命軍でなくたって普通の事だと思うぞ」

 確かに彼らがこれまでの旅の中で見てきた『龍人族』も大抵修行熱心であった。それを思い出して二人は頷く。

「修練場の使用に細かいルールは無い。まあ、そうだな、死人が出るような事とか、他のやつに迷惑かけるような事さえしなけりゃ何でもいい」
「分かりました」
「それと端の方にある武器は好きに使ってくれ。刃を潰してある」

 ブルドの言う通り、修練場の端の方には武器の立てかけられた樽がいくつかある。翔たちが武器を選んでいる間に感じていた視線は未だ種類様々で、信用されるまでもう暫くかかりそうだと再認識する。

片手半剣バスタードソードに、薙刀か。片手半剣はともかく、薙刀は珍しいな」
「確かに、私以外使ってる人を見たことないです」

 薙刀自体は武神と呼ばれるアルジェの祖父によって千年以上前に広められている。しかし彼が好んで使ったのはアルジェと同じ打刀であったし、その他の英雄として語り継がれるような者でも薙刀を使っていた例は殆ど見られない。その為か、戦闘を生業とするもので薙刀が選ばれることは少なかった。

「護身用に習ってるやつは割といるんだがな。剣よりは安いし」

 実際に安いかは地域にもよるのだが、少なくとも、帝国内においては間違いない。

「さてと、それじゃあ俺はテキトーな所でやってるから、何かあれば探してくれ。帰り道が分からないってのでもいいぞ」

 冗談めかして言うブルドの背中を見送りながら、自分たちのすべき事を考える。
 始めは、その辺りにいる人を適当に捕まえて模擬戦をしようとしていた。しかし、いきなり模擬戦をしようと言うには信用がなさすぎるとも感じられ、翔は迷う。
 ――暫く通った方がいいのかな? でも、そんな時間があるかも分からないし……。

 また何かに間に合わなくなる可能性が頭をよぎる。

「とりあえず、私たちで模擬戦してみる? 帝国に来てからしてなかったよね」
「うーん、そうだね、そうしようか」

 相変わらず感じるいくつもの視線をそれとなく気にしつつ、空いているスペースを探す。それなりの広さを持つ修練場なのだからすぐに見つかるだろうと考えていた翔達だったが、案外で見つからず、暫く歩き回ることになった。漸く見つけたのは奥の方で、近くには一つ、他よりも強い気配がある。

「この辺でいいかな」
「うん、いつも通りでいいよね?」

 翔は数度、選んだ模擬戦用の剣を振り、調子を確かめながら肯定する。それから、〈身体強化〉をして強く踏み込んだ。
 キンっと洞窟内に鳴り響く金属音は、二人の刃がぶつかった音だ。続けて幾度も金属同士のぶつかった音と、空気の切り裂かれる音が響く。何の合図もなしに始まった模擬戦だが、むしろ合図がある方が稀で、どちらの心にも動揺は無い。しかし周囲はそうで無かったようで、一瞬、ざわめきが起きた。

 そんな騒めきに気が付きながらも、気にはしない。
 また刃同士がぶつかった。同様に弾かれた武器はそれぞれの弧を描き、次の攻防を生み出す。
 攻めは、陽菜。舞を舞う動きそのままに、翔を水平に切り付ける。

 流れるような一撃で知らないものならば不意を打たれてもおかしくは無い。それを翔は、引き戻した剣に角度をつけて受け、頭上へと受け流す。
 そのまま己の間合いまで踏み込んで、切り降ろした。

 描く白線は、当然の如くくうに描かれる。その後を追うのもまた、上から下に真っ直ぐと引かれた一線だ。卓越した彼女の身体操作は一切の勢いを殺すことなく、ベクトルを縦へと変えていた。
 これを翔は、左へ転がるようにして避ける。その動きに合わせて振るった『鎌鼬』が陽菜の追撃を止めた。

「翔君、緊張してる? らしくない攻め方だけど」
「そうかもね!」

 傍から見れば小休止。しかし当人たちのしていることは、魔法の準備だ。

 翔の言い終わると同時に放たれたのは、[雷矢らいし]の魔法。煉二ほど気楽には使えないが、速度とある程度の威力を兼ね備えた魔法なのには違いない。中央で弾けた光を貫いた雷はつい先ほどまで翔のいた位置を焦がす。
 ――魔法はやっぱり陽菜の方が上か。

 翔の横に並ぶために、彼女がどれ程の努力をしたかは知っている。互いの適性の差も考えれば、翔に驚きはない。ましてや、特別なスキルを使っていない今は。

 閃光に紛れ、ゼロ距離まで接近する。
 選んだ攻撃は、剣の柄尻による殴打。地球にいた頃より舞踊を習っていた陽菜には身体操作でも劣る。そうなれば必然的に投げ技は選択肢から消えた。

「んっ……!」

 辛うじて柄で受けた陽菜だったが、単純な膂力では翔に勝てない。足が地面から離れ、浮き上がる。
 それでも柄を回転させて十分な威力の反撃をしてきたのは流石と言うべきか。それは逆袈裟に切り上げられた翔の剣を弾き、詰みを防ぐ。
 
 だが、彼の師はアルジェだ。つまり、足技もその得意とするところ。

 剣を弾かれた勢いそのままに全身を回転させ、足裏で陽菜を蹴り飛ばす。要所に強化を集中した一撃を空中の陽菜に防ぎきれるはずもなく、彼女の体は水平に吹き飛んだ。
 陽菜は後ろ向きに一回転して勢いを流し、薙刀の柄を地面に突き立てる。堅い白木で拵えられた柄はガリガリと岩を削り、一筋の線を刻みながらどうにか彼女の体を制止させる。

 それだけの隙、翔が見逃すはずはない。
 陽菜の吹き飛ぶよりも早く走って後ろに回り込み、彼女の首に剣を添えた。

「俺の勝ち、だね」
「……むぅ、悔しい」

 頬を膨らませる陽菜に翔は微笑みかけながら剣を下ろす。それから片膝を突いた体勢のままの陽菜に手を貸した。
 気が付けば、二人の周りから闘いの気配が消えている。代わりにあるのは、好奇と尊敬、それから闘争心の込められたいくつもの視線。
 ――よし、良い感じに興味を引けた。

 周囲が互いに視線で牽制しあう中、翔はただ一人へと視線を向ける。
 修練場の中で最も強い気配を持ったその男は、灰色の髪に黒い瞳で、鍛え上げられた肉体が彼の存在を強調していた。

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