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最終章 君の為に
第109話 幹部会
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⑯
◆◇◆
翔たちが突然ブルドに声をかけられたのは、件の酒宴から数日が経った日の訓練中だった。
その日は階級の高い者達の姿が見えず、訓練場は普段よりも空いたスペースが目立っていた。不思議に思っていた所、二人を呼びに来たブルドからこれから会議があるのだと教えられたのだ。そして今回の会議には、翔たちも参加させる事になったらしい。
「いいんですか? 俺たちが参加して」
「ああ、問題ない。お前たちは最高戦力だしな」
屈託なく笑うブルドに少し、翔の胸が痛む。
――いや、これでいいんだ。
「分かりました。もう、すぐ始まりますか?」
「そうだな、着替えるくらいの時間ならあるぞ。って前らは[浄化]が出来たな」
「はい。じゃあちょっと着替えてきますね」
訓練場の前で待っているというブルドを残し、翔と陽菜は少し急ぎ足で部屋まで戻る。今回の会議で何を話すのかは分からない二人だが、目的の達成が近いことを感じていた。しかし彼らの表情は決して明るくはない。理由は同じ。その共有する思いに従うように、二人は少しだけ、ゆっくりと着替える。
「……行こう」
「うん、そうだね。ブルトさん、待ってるよ」
暗くなった部屋に固くなった表情を残して二人が訓練場前まで戻ると、ブルトは壁に背をもたれて数人と談笑していた。
「お待たせしました」
「お、来たな。会議室はこっちだ」
ブルトは仲間たちに向けていたのと同じ笑みを二人に向け、歩き出す。薄暗い通路を進む速度は普段の通りだ。翔の日ごろ歩くペースとも然程変らないはずなのだが、彼も今ばかりは、少々速く感じてしまっていた。
「なんだ、カケル、緊張してんのか?」
「あ、いや、……少しだけ」
「ははは、そこは年相応だな。安心しろよ、会議といっても、もう最終確認みたいなもんだ。実際、幹部会って呼んでるしな」
本当に緊張していたわけではない。ただ、針で刺されたような痛みを胸に感じていた。
信頼を得ようと活動する傍らに作成していた拠点内の地図も、既に殆ど完成している。作戦の成功を目前にして失敗するわけにはいかなかった。
――日本に帰るにはもう、この道しかないんだから。例え、それが何を犠牲にするんだとしても。
陽菜が、そうなんですか、とブラトへ聞き返す傍ら、翔は深呼吸をして決意を新たにした。
二人が連れてこられたのは、ウズペラの私室があるアジトの奥の方だった。始めにウズペラ達最高幹部陣と対面した辺りだ。まだ地図上の空白が目立つエリアだった事もあり、二人は周囲の様子によく目を向ける。古い区画らしく、補強のための木枠や備え付けの魔道具には幾らかの劣化が見れた。加えて、翔達の部屋がある区画よりも気温が高い。
――人の気配は殆どないか。今が会議中だからかもしれないけれど……。
これまで探れた区画を鑑みるに、重要な物は今翔たちのいる辺りに集約されていると彼は予測していた。それもあって、いつも以上に細かく情報を記憶していく。
そうこうしている内に、周囲で唯一いくつも気配の集まっている部屋の前に来た。
「ここだ」
扉は、革命軍に来た初日に見たものと同様、頑丈そうな金属製。それを開くブルトの腕に翔が見てそうと分かるほどの力を込められている辺り、重量もある。
扉が開くと、ウズペラとまず目が合った。彼は大きな一枚岩で出来た円卓の一番奥に座っており、その左右にタブルとブラウマ、アメリアの最高幹部たちが並び、他の幹部たちが続いている。彼らの後ろには立ったまま顔だけを翔達に向ける副官の面々。ウズペラの向こうにはグローリエル帝国の大きな黄ばんだ地図が貼り付けてあった。
「来たか。そこの席に着くと良い」
ウズペラの勧めに従って、二人は一番入り口側の席に座る。ブルトはそのままタブルの後ろに回った。
「さて、これで揃ったな。幹部会を始めよう」
ウズペラの一言で会議室の空気が引き締まった。普段と変わらぬ調子で空気を変える彼には確かにカリスマがあるのだろう。ともすれば、翔達でさえも敬意を抱いてしまいそうな。そうならなかったのは、単に〈直観〉スキルが何かを訴えてきていたからだった。その警鐘は今も聞こえている。
――何が引っ掛かってるんだろう?
疑問には思いながらも、どうせ敵対するのだからとあまり深くは考えない。
「勿体ぶろうかとも思ったのだが、単刀直入に言おう。我々の悲願の達成が、もう目の前まで来ている」
品良く笑みを浮かべたリーダーの言葉で、明らかに空気が熱を孕んだ。抑えきれない喜色は、部外者である筈の翔達の目にも実際にその世界の色を変えたように映る程で、百年単位で積み重ねられた思いなのだと翔は実感する。
「騎士団の密偵曰く、三か月後、『示しの儀』が行われる。この日を狙うのだ」
納得顔の幹部陣だが、二人にはその意味するところが分からない。
示しの儀と呼ばれる儀式がある事は、アルジェの屋敷にいた頃に教わって知っていた。他国の人間でもそういうものがあると知っていておかしくない位には有名な儀式だが、その中身を知っている者は少ない。屋敷の授業では一般常識までしか教わっていなかった。
「ふむ、二人はまだ示しの儀について知らなかったか」
「はい。新しく帝国の皇帝になった者が行う儀式という事は知っていますが、それ以上は」
正直に答える翔に対して向けられる視線はどれも当然と言うようなものだ。
「高位貴族など一部の者しか知らない事だ。無理もない。革命軍でも下の者は知っている方が少ない」
「私が説明しましょう」
名乗り出たのは、肩よりいくらか下まで伸ばされた紫の髪を一つに結んだ、黒い瞳の女性だった。彼女も貴族の出らしく、角には飾り彫りがされている。
「示しの儀はその名にある通り、新たな皇帝の力を龍神様に示す儀の事です。その強さが『龍人族』の未来を担うに足るモノだと、『龍王大火山』の山頂に御座す龍神様がお認めになって初めて皇帝として在る事を許されるのです」
彼女、アメリアは凜とした表情のままに語る。切れ長の目は、翔と陽菜をまっすぐに見据えている。
アルジェなど見知った顔の持つそれとは異なる美人特有の威圧感。翔が思わずたじろぐ傍ら、陽菜が問いを返した。
「新しい皇帝が……。でも、今の皇帝が即位してからもう百年くらい経っていますよね。どうして今になってその、示しの儀が行われるんですか?」
「それは私たちにも分かりません。私たち革命軍との戦いが理由だとも、龍神様のご判断だとも噂されています」
現皇帝たちもその理由を把握していないのでは無いかとアメリアは続ける。
――アルジェさんなら何か知ってるかな。
ふと、そう思った翔だが、考えても仕方の無い事だと思考を打ち切った。今重要なのは、なぜその儀式が革命軍にとってのチャンスなのかだ。
「本題に戻ります。その示しの儀ですが、ある所から龍神様の元までは皇帝一人で行かなければなりません」
そこまで言われれば分からない二人ではない。彼らが理解したとウズペラ達も察したのだろう。ウズペラは二人へ向けられていた話を引き継いで、会議室の全員に向けた。
「そう、その皇帝が一人になった時を狙う。皆には私があの腰抜けと決闘をする間、騎士達の邪魔が入らぬよう足止めをしてほしい」
腰抜け、という大貴族らしからぬ言葉選びは、今この場では最適解だ。場を弁えて沈黙を守る革命軍の幹部陣だが、彼らの発する熱量が十分に広いはずの会議室にさえ収まらなくなったのを、翔は感じとる。
「しかしウズペラさん、護衛は騎士が相当な人数つくだろう? 奴らとやり合えるやつは俺たちの中でもそんなに多くないぞ?」
強さを尊ぶ種族だけあって、彼我の戦力差はここに居る誰もが理解していた。と同時に、それを覆す策がリーダーにはあると信じて疑っていないと、疑問を呈した男のものを含めた全ての目が言っている。ウズペラは当然の如くそれに応え、徐に口を開いた。
「確かに、帝国の精強な騎士達とまともに戦える人員は多くない。数の利はあちらにあるだろう。なら、事前に減らせば良い」
単純な理屈だ。単純だからこそ困難を孕んでいる。だが、それを承知の上で彼は言っているのだ。
「なあに、やる事は変わらない。いつもの様にゲリラ戦をするのみだ。騎士団の詰め所を直接狙うというだけでな」
彼が見せた笑みは、常の彼には珍しい、しかし戦前の『龍人族』らしい獰猛なものだった。
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翔たちが突然ブルドに声をかけられたのは、件の酒宴から数日が経った日の訓練中だった。
その日は階級の高い者達の姿が見えず、訓練場は普段よりも空いたスペースが目立っていた。不思議に思っていた所、二人を呼びに来たブルドからこれから会議があるのだと教えられたのだ。そして今回の会議には、翔たちも参加させる事になったらしい。
「いいんですか? 俺たちが参加して」
「ああ、問題ない。お前たちは最高戦力だしな」
屈託なく笑うブルドに少し、翔の胸が痛む。
――いや、これでいいんだ。
「分かりました。もう、すぐ始まりますか?」
「そうだな、着替えるくらいの時間ならあるぞ。って前らは[浄化]が出来たな」
「はい。じゃあちょっと着替えてきますね」
訓練場の前で待っているというブルドを残し、翔と陽菜は少し急ぎ足で部屋まで戻る。今回の会議で何を話すのかは分からない二人だが、目的の達成が近いことを感じていた。しかし彼らの表情は決して明るくはない。理由は同じ。その共有する思いに従うように、二人は少しだけ、ゆっくりと着替える。
「……行こう」
「うん、そうだね。ブルトさん、待ってるよ」
暗くなった部屋に固くなった表情を残して二人が訓練場前まで戻ると、ブルトは壁に背をもたれて数人と談笑していた。
「お待たせしました」
「お、来たな。会議室はこっちだ」
ブルトは仲間たちに向けていたのと同じ笑みを二人に向け、歩き出す。薄暗い通路を進む速度は普段の通りだ。翔の日ごろ歩くペースとも然程変らないはずなのだが、彼も今ばかりは、少々速く感じてしまっていた。
「なんだ、カケル、緊張してんのか?」
「あ、いや、……少しだけ」
「ははは、そこは年相応だな。安心しろよ、会議といっても、もう最終確認みたいなもんだ。実際、幹部会って呼んでるしな」
本当に緊張していたわけではない。ただ、針で刺されたような痛みを胸に感じていた。
信頼を得ようと活動する傍らに作成していた拠点内の地図も、既に殆ど完成している。作戦の成功を目前にして失敗するわけにはいかなかった。
――日本に帰るにはもう、この道しかないんだから。例え、それが何を犠牲にするんだとしても。
陽菜が、そうなんですか、とブラトへ聞き返す傍ら、翔は深呼吸をして決意を新たにした。
二人が連れてこられたのは、ウズペラの私室があるアジトの奥の方だった。始めにウズペラ達最高幹部陣と対面した辺りだ。まだ地図上の空白が目立つエリアだった事もあり、二人は周囲の様子によく目を向ける。古い区画らしく、補強のための木枠や備え付けの魔道具には幾らかの劣化が見れた。加えて、翔達の部屋がある区画よりも気温が高い。
――人の気配は殆どないか。今が会議中だからかもしれないけれど……。
これまで探れた区画を鑑みるに、重要な物は今翔たちのいる辺りに集約されていると彼は予測していた。それもあって、いつも以上に細かく情報を記憶していく。
そうこうしている内に、周囲で唯一いくつも気配の集まっている部屋の前に来た。
「ここだ」
扉は、革命軍に来た初日に見たものと同様、頑丈そうな金属製。それを開くブルトの腕に翔が見てそうと分かるほどの力を込められている辺り、重量もある。
扉が開くと、ウズペラとまず目が合った。彼は大きな一枚岩で出来た円卓の一番奥に座っており、その左右にタブルとブラウマ、アメリアの最高幹部たちが並び、他の幹部たちが続いている。彼らの後ろには立ったまま顔だけを翔達に向ける副官の面々。ウズペラの向こうにはグローリエル帝国の大きな黄ばんだ地図が貼り付けてあった。
「来たか。そこの席に着くと良い」
ウズペラの勧めに従って、二人は一番入り口側の席に座る。ブルトはそのままタブルの後ろに回った。
「さて、これで揃ったな。幹部会を始めよう」
ウズペラの一言で会議室の空気が引き締まった。普段と変わらぬ調子で空気を変える彼には確かにカリスマがあるのだろう。ともすれば、翔達でさえも敬意を抱いてしまいそうな。そうならなかったのは、単に〈直観〉スキルが何かを訴えてきていたからだった。その警鐘は今も聞こえている。
――何が引っ掛かってるんだろう?
疑問には思いながらも、どうせ敵対するのだからとあまり深くは考えない。
「勿体ぶろうかとも思ったのだが、単刀直入に言おう。我々の悲願の達成が、もう目の前まで来ている」
品良く笑みを浮かべたリーダーの言葉で、明らかに空気が熱を孕んだ。抑えきれない喜色は、部外者である筈の翔達の目にも実際にその世界の色を変えたように映る程で、百年単位で積み重ねられた思いなのだと翔は実感する。
「騎士団の密偵曰く、三か月後、『示しの儀』が行われる。この日を狙うのだ」
納得顔の幹部陣だが、二人にはその意味するところが分からない。
示しの儀と呼ばれる儀式がある事は、アルジェの屋敷にいた頃に教わって知っていた。他国の人間でもそういうものがあると知っていておかしくない位には有名な儀式だが、その中身を知っている者は少ない。屋敷の授業では一般常識までしか教わっていなかった。
「ふむ、二人はまだ示しの儀について知らなかったか」
「はい。新しく帝国の皇帝になった者が行う儀式という事は知っていますが、それ以上は」
正直に答える翔に対して向けられる視線はどれも当然と言うようなものだ。
「高位貴族など一部の者しか知らない事だ。無理もない。革命軍でも下の者は知っている方が少ない」
「私が説明しましょう」
名乗り出たのは、肩よりいくらか下まで伸ばされた紫の髪を一つに結んだ、黒い瞳の女性だった。彼女も貴族の出らしく、角には飾り彫りがされている。
「示しの儀はその名にある通り、新たな皇帝の力を龍神様に示す儀の事です。その強さが『龍人族』の未来を担うに足るモノだと、『龍王大火山』の山頂に御座す龍神様がお認めになって初めて皇帝として在る事を許されるのです」
彼女、アメリアは凜とした表情のままに語る。切れ長の目は、翔と陽菜をまっすぐに見据えている。
アルジェなど見知った顔の持つそれとは異なる美人特有の威圧感。翔が思わずたじろぐ傍ら、陽菜が問いを返した。
「新しい皇帝が……。でも、今の皇帝が即位してからもう百年くらい経っていますよね。どうして今になってその、示しの儀が行われるんですか?」
「それは私たちにも分かりません。私たち革命軍との戦いが理由だとも、龍神様のご判断だとも噂されています」
現皇帝たちもその理由を把握していないのでは無いかとアメリアは続ける。
――アルジェさんなら何か知ってるかな。
ふと、そう思った翔だが、考えても仕方の無い事だと思考を打ち切った。今重要なのは、なぜその儀式が革命軍にとってのチャンスなのかだ。
「本題に戻ります。その示しの儀ですが、ある所から龍神様の元までは皇帝一人で行かなければなりません」
そこまで言われれば分からない二人ではない。彼らが理解したとウズペラ達も察したのだろう。ウズペラは二人へ向けられていた話を引き継いで、会議室の全員に向けた。
「そう、その皇帝が一人になった時を狙う。皆には私があの腰抜けと決闘をする間、騎士達の邪魔が入らぬよう足止めをしてほしい」
腰抜け、という大貴族らしからぬ言葉選びは、今この場では最適解だ。場を弁えて沈黙を守る革命軍の幹部陣だが、彼らの発する熱量が十分に広いはずの会議室にさえ収まらなくなったのを、翔は感じとる。
「しかしウズペラさん、護衛は騎士が相当な人数つくだろう? 奴らとやり合えるやつは俺たちの中でもそんなに多くないぞ?」
強さを尊ぶ種族だけあって、彼我の戦力差はここに居る誰もが理解していた。と同時に、それを覆す策がリーダーにはあると信じて疑っていないと、疑問を呈した男のものを含めた全ての目が言っている。ウズペラは当然の如くそれに応え、徐に口を開いた。
「確かに、帝国の精強な騎士達とまともに戦える人員は多くない。数の利はあちらにあるだろう。なら、事前に減らせば良い」
単純な理屈だ。単純だからこそ困難を孕んでいる。だが、それを承知の上で彼は言っているのだ。
「なあに、やる事は変わらない。いつもの様にゲリラ戦をするのみだ。騎士団の詰め所を直接狙うというだけでな」
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