【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

文字の大きさ
13 / 126
一章 陽菜の為に

第13話 創世記

しおりを挟む

 翌朝、朝食を終えた四人は一度部屋へ戻って準備をすると、城門の前に再び集まった。それから門番をする兵士たちに挨拶をしつつ城門を抜けて街へ向かう。恰好は法王国で一般的な無地の長袖シャツにシンプルなパンツだ。
 空を見れば青い空にいくつかの雲。二つの陽が翔たちを明るく照らす。

「晴れてよかったな!」
「だね」
「晴れてない日の方が少なくない?」

 確かに、と笑う四人。かつて日本でそうしていた時のように楽し気だ。
 女子二人を挟むように歩くのは、いつもと少し違う並び。足元はアスファルトではなく石畳で、周りを見渡しても高層ビルはない。それでも、今この場には、彼らにとって何物にも代えがたい、昔からの大事な空気があった。

「まずはどこへ行こっか?」
「うーん……」

 陽菜が香に聞く。聞かれた香は周囲を見渡し、考えるそぶりを見せる。

「あっ、あそこに行ってみたいな」

 彼女の視線の先にあったのは、城を除き、その周辺で最も屋根の高い建物だった。周囲から頭二つ飛び出したその建物の壁には金色の大きな紋章が掛けられている。中央から周囲へと光が伸びるような意匠のそれは、法王国の崇めるディアス教のものだった。

「あれって教会だったか?」
「うん。城の礼拝堂以外行ったことなかったから……」

 これに翔たちが反対する理由はない。すぐにその教会へ向かうことになった。
 普段通る大通りを外れ、教会へ続くそこそこに大きな道を歩く。その辺りは民家が多く、子どもたちが遊ぶ姿や洗濯物を干す人々の姿がそこかしこに見られた。その顔は生き生きとしており、翔たちの見る限り影は感じられない。
 ――平和だなぁ。……でも、もうすぐ戦争になるんだよね。

 内心で翔は憂いつつ、面には出さない。
 そうこうしている間に教会の入口まで来た。重厚なダークブラウンの簡素な扉は木製であり、石ばかりの街並みの中で一際存在感を放っている。

「おじゃましまーす……」

 落とした声でそう言いながら祐介が大きな両開きの扉を開く。その後へ続けて香がまず入り、続こうとする陽菜の頭の上から翔が手を伸ばして扉を支える役を交代した。
 教会の中は壁や天井から薄暗く照らされ、正面にあるステンドグラスによる光の絵画が中央付近の床で存在を主張していた。その絵を避けるように中央で分けられた長椅子が六列ほど並んでいる。参拝者の姿は見えない。

「綺麗……」

 香がステンドグラスを見て言った。すぐに返事をしかけた陽菜が一瞬言葉を飲み込み、祐介を見る。

「真ん中で槍持ってるのがディアス様か? なんか、こんな感じの戦女神、ヨーロッパの方の神話にいたよな」
「えっと、アテナの事……? そうだね、確かにアテナっぽい」

 ほんと綺麗だな、と祐介は続ける。その様子に、陽菜は満足げに頷いていた。
 そんな祐介たちの後ろで翔は教会の中を見まわす。
 
「なんか、RPGの中の教会みたいだね。隅の方には本棚があるし」

 そしてそう呟いた。

「だな」
 
 古くからいつも一緒にいる三人も、彼の言わんとしている事を理解し、首肯する。
 その翔たちの声を聞きつけたのだろう。奥へ続く扉が開き、灰色のシンプルなローブを着た神官らしき老人が姿を現した。

「おや、初めて見る顔だね」
「あ、おはようございます。初めまして」

 続けて挨拶する翔たちに、老神官もにこにこと優し気な笑みを浮かべて初めましてと返す。

「今日はどんな用で来なさったのかな?」
「俺たち、お城の礼拝堂以外行ったことなかったんで、街のはどんな感じなのかって思って来てみたんす」

 城の礼拝堂以外行ったことがないという祐介の言葉に老神官は目を丸くしたが、特に追及することはなかった。そうかそうか、と頷き、懐から懐中時計を取り出してちらりと見る。

「では、せっかく来たのだから、この世界の創世記を聞かせてあげよう」
「この世界って、『アーカウラ』のですか?」
「そうだとも」

 翔は問いの答えを聞いてから他の三人と顔を見合わせる。そのいずれの顔にも一様に同じ答えが書いてあるのを確認して、お願いします、と返した。

「では語ろう。この世界に古くから伝わり、一度は神々の手によって禁じられた物語の一節を」

◆◇◆
 
 この世界が生まれる前、まだ何もない、無限の虚無が広がっているだけだった頃。
 そこに一柱の神様が生まれました。
  “彼”は優れた知恵と、途方も無い力を持っていました。

 気の遠くなるような永い時間が経った頃、“彼”は退屈していました。

 ただその虚無が無限に広がり続けるのを眺めるだけの日々に飽きてしまったのです。

 そこで“彼”は、その強大すぎる力を持って、三柱の子を生み出しました。

 その子供達は、それぞれに子を成し、体を分け、時には不思議な力によって子孫を増やしていきます。

 その子孫達は、祖先である“彼”を『王』として崇め、その子である三柱を、畏敬を込めて『副王』、『宰相』、『万物の母』と呼びました。

 

 長い、永い時間が経ちました。

 自らが作り出した王国にもとうとう飽きてしまった『王』は、遥かな未来に期待して眠りに就くことにしました。


 『王』が眠ると、これまで制御されていた巨大な力の枷がなくなり、その『王』自身の夢を現実として溢れさせました。

 “子供達”はそれぞれの世界へ降り立ち、やがてその世界の『支配者』となりました。

 しかし、『王』が生み出した世界にいた神々はコレをよく思いません。

 『支配者』たちと、元より夢の世界に存在した古き神、『旧神』達は激しく争うようになりました。



 戦いは続きます。
 天は割れ、地が裂け、その“世界”の多くの命を奪いました。

 そして、とうとう“世界”の境界にヒビを入れてしまったのです。

 『支配者』の崇める『王』の存在を知っていた一部の『旧神』たちは、その裂け目から“世界”を飛び出し、あろうことか、『王』を討とうとしました。

 しかし、『王』の力は大き過ぎました。

 深い眠りの中にいる『王』にさえ、『旧神』たちは傷をつけることが出来ませんでした。

 それでも『旧神』達は諦められません。

 そこで、その力の全て、その存在すら込めて『王』へと呪いをかけてしまいました。

 三柱の子供達が気付いた時には、もう手遅れでした。

 偉大な賢者であった『王』は、理知の光を失い、その叡智の全てを奪われた、赤ん坊同然の存在に成り下がってしまったのです。

 

 かつての『支配者』たちは

 今でも

 『王』の圧倒的な力が、その癇癪によって振るわれ

 自らが支配していた世界や

 自分たちが壊され無いよう

 必死にあやし続けています。

◆◇◆

 最後の一文を祈るように言った後、老神官はふぅと深く息をつき瞼を閉じる。それからゆっくりと目を開いて翔たち一人一人を見た。
 
「これが創世記の第零章と呼ばれているお話だよ。この後いくつかの章を経て現代に繋がるのだが、残念。今日はこの後、用があってね」

 再度懐中時計を取り出して時間を見る老神官。言葉の通り、彼の声音は少し残念そうだ。
 
「いえ、これだけでもすごく面白かったです!」
「そうか、それは良かった。じゃあ、最後にこれだけ。この世界の創世記と言いながら、『アーカウラ』創造までいかなかったからね」

 夢が現実になった世界じゃなかったのか、と内心では思いつつ、翔は老神官の言葉の続きを待つ。

「この世界はね、神々の『王』を目覚めさせるために、最初の三柱と旧神だった我らが主のおつくりになった世界なんだよ」

 この言葉は彼らを驚愕させた。復活させようとしている神が思った以上の大物だったのだ。

「あれ、でも、旧神は支配者や『王』と敵対関係にあったんですよね? なんで協力して『王』を目覚めさせようとしたんですか?」

 そう聞いたのは陽菜だった。言われてみれば、と翔たちも老神官へ視線を集中させる。

「さあ、支配者たる神々と友誼を結んだからだとか、色々と言われているが、正確なところは分からない。ただ、この話自体は神々によって人々に伝えられた事だから、確かな話だよ」

 っと、そろそろ行かねば。そう言って外へ向かう老神官に礼を言いつつ、翔たちも教会を後にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば
ファンタジー
シキは勇者に選ばれた。それは誰かの望みなのか、ただの伝統なのかは分からない。しかし、シキは勇者に選ばれた。果たしてシキは勇者として何を成すのだろうか。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...