【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

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一章 陽菜の為に

第34話 焦燥の果てに

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「……来たか」
「グラヴィスさん……」

 石の円を戴く白い石柱たちを背に、法王国の聖騎士団長が彼らを迎える。彼の護っているものは、翔たちの無意味だと知る儀式だ。頭上の円に添うように司祭たちが陣を作っており、生贄となるクラスメイト達はその中心で直立不動になっていた。
 翔はその向こう、法王の傍らにある舞台で白いローブを纏い、苦し気に舞う陽菜の姿をじっと見つめる。
 ――陽菜……。今、助けるから!

「グラヴィスさん、そこをどいてください」
「それはできない」

 視線をグラヴィスに移し、一応と聞くが、それで退くはずは無い。ディアスの復活は彼ら法王国の人間にとっての悲願なのだから。

「ディアスは神王やその子である三柱によって完全に滅ぼされました。この儀式は無意味です」
「安易に主の名を呼ぶなといっただろう、翔。今ならまだ間に合う。剣を下ろせ」

 静かに、グラヴィスは翔を諭そうとする。じっと彼らを見つめるグラヴィスの視線は一点の曇りも無く、何か覚悟を決めたような光を宿していた。

「グラヴィスよ、何をしているのですか。黄衣こういのお方がこの儀式で、主の復活が叶うと仰っていたのです。異世界人の戯言ざれごとに耳を貸す必要はありません。さっさと始末してしまいなさい」
「……はっ。そういう事だ、四人とも。すまんが、死んでくれ」

 法王の言葉に頷くと、彼は〈ストレージ〉より玉虫色に輝く小さな箱を取り出した。
 グラヴィスの手が、異様な迫力を放つその箱を握り潰す。箱の内から溢れた白光はその場にいた翔たち四人とグラヴィスを包み込み、世界を染める。
 やがて光が収まると、そこは空に浮かぶ石の闘技場の上だった。周囲を三段ほどの観客席が囲み、その向こうには雲一つない空の青が広がっている。
 ――今のは、いったい……。

「ここは主の眷属神、黄衣のお方より授かった神器によって生じた亜空間の中だ」

 戸惑う翔たちへグラヴィスは説明する。神器と彼は言ったが、実際には魔道具の一つだ。神より賜ったからそう言っているに過ぎない。
 グラヴィスが魔道具の杖を取り出し、右手の方へ向けてそこに込められた[炎球フレイムボール]を放った。生み出された小さな火の玉は観客席を超え、空の彼方へと飛び去って行く。それからいくら待っても、[炎球]の弾ける音は聞こえない。

「この空間に限りはない。鍵となるのは、私の命だ。出たければ、私を殺せ」

 出来る者ならな。言外にそう言ってグラヴィスは杖をしまい、剣を抜いた。
 同時に、翔は走り出す。その速度は、グラヴィスの知る者より数段上だ。しかし彼は慌てない。下段よりの切り上げを真っ白な大楯で受け流し、カウンターを狙う。
 それを潰したのは、翔の放った[風爆ふうばく]の魔法だ。煉二のものと異なり、そこにある空気を圧縮して放たれたそれは楯を押し、グラヴィスを数歩下がらせる。

「やはり、相当強くなったようだな、翔」

 グラヴィスは表情を変えないままに言う。

「この神器を使ったのは間違いでなかったようだ」

 翔は返事をする事もなく再度切りかかる。つい先ほどの焼き直しのように切り上げが受け流され、がら空きになった彼の胴を白剣が狙った。
 いつものように翔が注意を引き付けているのだと判断した朱里は、グラヴィス後ろに回り込み、左肘を狙う。完璧なタイミングだった。

「え、ちょっと⁉」

 しかし、その槍が降り下ろされる前に彼女は後ろへ跳ぶ。直後、グラヴィスの腕が弾かれたように跳ね上がり、楯が朱里を掠めた。翔の[風爆]を利用したグラヴィスの一撃だ。
 空いた正面を狙い、煉二は新魔法を構築する。そこへ翔が踏み込んだ。慌てて詠唱を止めた煉二の視線の先で、大上段からの袈裟切りが空を切る。

「翔、下がれ!」

 煉二の声は、しかし届かない。偉丈夫のシールドチャージに翔の体が宙を舞う。同時に聞こえたガラスの割れるような音は、寧音の障壁が破られる音だ。

「大丈夫ですかー!?」

 寧音は剣を杖に立ち上がる翔へ駆け寄って回復魔法を唱える。

「くっ……!」

 彼女の言葉にも応える事はなく、再度切りかかろうとする翔。その彼を、髪と同じ、くすんだ金色の瞳が冷たく見据える。
 彼が選んだのは、水平方向への薙ぎ。右から左へと振られた片手半剣バスタードソードは、彼の思いによって生み出されたエネルギーごと騎士の大楯にしっかりと受け止められた。白剣の切っ先が、死に体となった彼の喉に迫る。
 ――あ、やばい……。

 流れの遅くなった時間は、少年の命が終わらんとしていることの証左か。彼はゆっくりと近づいてくる金属の輝きを瞳に映しながら、どうにか逃れようと試みる。しかし泥のように絡みつく空気がそれを許さない。
 ――陽菜……。

 迫る死に、翔はぎゅっと目を瞑った。瞼の裏に映るのは、最愛の笑う顔だ。
 翔は突然、後ろに引っ張られるのを感じた。本来の流れに戻った時の中で、剣は槍の柄に逸らされる。

「煉二、魔法!!」
「疾く奔れ! [雷矢らいし]!!」

 朱里に投げ飛ばされた翔の視線の先で、一条の雷光が閃いた。続けていくつもの雷の矢がグラヴィスを襲う。その光は後になるほど強くなる。
 グラヴィスは大楯に魔力を纏わせて防いでいるようで、ダメージらしいダメージはない。それでも、足止めには十分だろう。
 朱里は尻もちを突いた体勢のまま呆然とする翔の腕を掴み、寧音より後ろまで引き摺っていく。そして乱暴に投げ下ろした。

「朱里……。助か――」

 未だ顔を青く染める翔の返事は、パシンっという乾いた音に遮られた。彼の左頬が赤く染まる。

「あんたね、いい加減にしなさいよ! 自分一人で突っ込んで、自分一人で戦おうとして、今はそれで死にかけた!」

 打たれた頬を押さえながら、彼は朱里の顔を見る。よく見ると、彼女の顔もいくらか青白くなっていた。
 朱里はハッとなる彼の肩を掴んで押し倒し、馬乗りになる。猫のような目のしりをより一層釣り上げた彼女の顔が、彼の顔に影を落とした。

「あんたの事だからどーせ、自分が修行する道を選んだせいで邦護くにもりのやつが死んだとか思ってるんでしょうけど、違うから! あれは邦護の運がなかったのと、無茶な命令をした法王国の人らのせい! もしあんたが悪いんだったら、あんたに選択を委ねた私らも同罪よ!!」

 彼女はそこまで一息に言うと、翔の胸へ顔を隠す。

「だから、もっと私たちを頼ってよ……」

 彼女の訴えに翔は瞑目し、深呼吸をする。
 ――陽菜が踊っていたのは、『湯立神楽ゆたてかぐら』だった。ギフトの効果対象は、司祭たちと生贄にされてる皆。あの神楽は耐性強化の割合が強かったはずだから、儀式はまだ暫くかかる。つまり、まだ猶予はある。

 そして僅かに震える朱里の肩へ手をやると、そのまま上体を起こした。

「朱里、ありがとう。もう大丈夫」

 彼の目は常の柔らかさを取り戻していた。彼女はその目を見て頷くと、立ち上がり、目元を拭う。

「皆もごめん! 俺――」
「気にするな」
「そうですよー。それより、早く指示してくださいー」

 翔は改めてありがとう、と呟くと、気を引き締め直して前に出る。

「基本はいつも通り! 煉二と寧音はサポートをお願い! 隙があったら煉二、大きいの叩きこんじゃって! まずは朱里の空間属性の攻撃を主軸にして、グラヴィスさんの防御を崩すよ!」

 普段の調子を取り戻して指示を出す翔に、三人は口角を上げつつ返事を返す。そして、煉二のギフト〈廻星煌昂かいせいこうこう〉によって既に大砲と呼んでも差支えのない威力となっていた雷光の向こうを睨んだ。

「話は済んだようだな」

 その嵐の中にいて尚平然とする聖騎士団長に、煉二は、化け物か、と呟き顔を歪める。

「では、そろそろ本気で相手をするとしよう。〈咸卦法〉……〈限界突破〉!」

 彼の纏う魔力と気力が混ざり合ってより大きな力となり、そして限界を超えて膨れ上がる。その衝撃だけで、雷の雨は弾け飛んだ。

「さあ、行くぞ。【選ばれし者】たちよ!!」

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