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二章 祐介の為に
第53話 綻び
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⑯
朱里たちが広場まで帰ってくると、翔がすぐに声をかけてきた。
「遅かったね。どうだった?」
「暫く生き物の気配は感じられなかったわ。けっこう先にある最初の分かれ道まで狭い通路が続くけれど、急ぐ必要はなさそう」
「その通路の所に大きな穴があったから、それだけ注意かな」
なら良かったと翔が微笑んだ。朱里は少し心が軽くなるのを感じた。それからありがとうございますー、と寧音が渡してきたクッキーを受け取り、一口齧る。寧音は陽菜にもクッキーを渡すと、すぐに壁へ寄りかかる煉二の元へ走って行った。
――思ったより甘い。本当になんで寧音は太らないのかしら……。
暇さえあれば甘い物を食べている寧音を見て、首を傾げる。隣で同じくクッキーを受け取っていた陽菜も同感だったのか、腑に落ちないと言いたげな表情で寧音を見ていた。
一瞬、寧音への思いを陽菜と共有しようとした朱里だったが、出かかった言葉を飲み込み、代わりにクッキーで乾いた喉を潤す。
「もう少ししたら出発しようか」
「ああ」
「わかりましたー」
壁際で煉二と寧音が返事をした。ナイルも頷いている。陽菜は今最後の一欠けらを口に入れたらしく、指で円を作ってOKのサインを出していた。朱里も水筒を仕舞いながら了承の返事をする。
直ぐに出発しても良いタイミングだったが、自分たちに気を使ったのだろうと朱里は考えた。
――……私たちというか、陽菜に、かもしれないけど……。
彼女は脳裏に過ったそのネガティブな考えを激しく首を振って搔き消す。それから隣にいた陽菜から不思議そうな視線を向けられているのに気が付いて、何か聞かれる前に何でもないと言った。
ややあって、翔が出発すると五人に伝えた。彼は全員が頷いたのを確認すると、先頭に立ってつい先ほど朱里たちが戻って来た通路に入る。後を追う様にして陽菜、煉二、ナイル、寧音と続いた。朱里も寧音の後ろから付いて行く。
――今のペースだと、夕方ごろに洞窟を抜けられそうね。
翔のすぐ後ろに付く陽菜を見ないようにして、朱里は今後の予定に思考を巡らす。
――そうなると、洞窟内でもう一泊することになるかもしれないわね。島がどんな感じか分からないけれど。
もしアルジェの住むような森になっているなら、洞窟の方が見えない危険が少ないと考えた。
――今回何も分からなければ東大陸に渡ることになるのよね。航路的に一度北西方面に行くことになるし、アルジェさんの所へ寄って修行をつけて貰いたいところね……。
見ないようにしても、陽菜と翔のツーショットは常に視界へ映る。その事から意識を逸らすための考え事だった。
思い出していたのは、洞窟に入った初日の毒刃蝙蝠戦だ。あの時陽菜に褒められた動きは、恐らく師であるアルジェから説教を受けるようなものだと考えていた。
――私には、陽菜みたいな動きは無理ってことね……。
陽菜のそれはその才と物心付いた頃からの修練によって身に刻まれた動きだ。朱里には陸上以外に運動の経験がないのだから、当然と言ってしまっても良い。それは朱里自身もわかっていた。
それでも納得いかない思いが彼女の中にあるのは、いつかアルジェの城で翔が言った、陽菜の舞が好きなのだという言葉を覚えていたから。その時はまだ陽菜を助け出す前で、翔への好意が友人や仲間としてのモノでしかなかったから、笑って聞けた。
しかし、今彼女が抱く思いは違う。
――私も、陽菜みたいに踊れたら……。
考えないようにしていたはずなのに、その黒い思いは沸々と湧き上がってくる。
――私も、もっと小さい頃に翔と知り合えていたら……。
どうしようもないと頭では理解していても、心が納得しない。湧き上がってくる嫉妬に、自分が狂っていくのを彼女は感じる。
――陽菜ばっかり、ズルい……。
彼女の心は、蛇のように絡みつく妬みの鎖によって暗く深い闇の底へと引きずり込まれようとしていた。
「足は止めないで。しばらく先。たぶんAランク。数は三」
合図ではなく短い言葉で翔が伝えた。唐突なことに朱里の意識が思考の海から現実に引き戻される。
「もう気づかれてる。待ち伏せするつもりだと思う」
最後に魔物の種類は分からないと付け加えて〈ストレージ〉から剣を取り出す。この頃になると、朱里のスキルにも魔物の存在が引っかかっていた。
――通路の正面に一体。残りは、角に隠れるようにして壁際にいる……。やっぱりAランク以上は知能が高い。
同じ内容を翔が周知するのを聞きながら、取り出した槍を握る手に力を込めた。
いつもならここで彼女の意識は臨戦態勢に切り替わるのだが、雑念が混じって上手く切り替えられない。それが益々彼女を苛立たせた。
「煉二、俺が一瞬広場に入るふりをして左右のを釣りだすから、正面のやつの牽制をお願い」
「わかった」
足を止めないまま後ろに告げる。次の角を曲がれば接敵だ。朱里は小さく静かに呼吸を入れた。
そして後ろから迫る気配が無いのを確認すると、駆けだした翔に合わせて前の四人を追い越す。
角を曲がった瞬間見えたのは、周囲の壁と同じような黒色をした脚の長い蜥蜴だった。体躯は大型犬ほど。口からは粘着質の涎が滴り、鋭く細かい牙が並んでいる。爪は地を掴み獲物を押さえつけるのに有利な鉤場だった。
――噛みついて傷口から毒を流し込む……。コモドオオトカゲ?
翔の叫んだ鑑定結果を聞いた感想だ。実際に種族名を『コモドエンシス』というらしい。違うのは、四本の足で身体を高い位置に保って移動している点か。毒は致死までに時間のかかるタイプだが、戦闘中に食らってしまえば絶望的なことに変わりはない。
朱里はアーカウラにコモド島はないだろうという突っ込みを飲み込み、少しスピードを緩めて左方を通り過ぎていく空気の塊を見送った。
煉二のその魔法をコモドエンシスは魔力の籠った咆哮で掻き消す。最低限の力で放たれたそれは先頭の翔にも影響を与えない。
朱里は内心で警戒レベルをもう一段階上げた。
その前方で翔が一歩だけ広間に入ってすぐに下がる。重心のコントロールによって間断無く行われた一連の動きに釣られ、新たに二匹のコモドエンシスが左右から飛び出してきた。
朱里は一気に加速し、その一方に突きを放つ。
「くっ……!」
しかしもう一方が発動した[土壁]に視界を塞がれた。〈神狼穿空〉を発動した槍の障害物にはなり得なかったが、目隠しには十分だ。軌道修正の出来ない一突きは避けるコモドエンシスの動きに対応できず、長い尾を根元から切り飛ばすに留まった。
――だめ、まだ目に頼ってる! 気配で分かったはずよ……!
朱里は隣で翔に脚を浅く切り付けたコモドエンシスの顎目掛けて石突を振るい、左方へ広がって場所を空ける。同時に[雷矢]が奥の一体を襲った。
翔を狙っていたその一体は急制動をかけて石突で吹き飛ばされた仲間の方へ跳ぶ。そした咆哮を上げ、翔の追撃を防いだ。
「こいつら、下手したら湿潜竜より厄介なんじゃない!?」
「かも! 陽菜、舞を!」
「うん!」
広間の中央付近に出ていた彼女が舞いだすと、朱里たちの体が軽くなる。
――これなら!
そう意気込むと同時に、また陽菜のギフトに頼っている自分への苛立ちを強めた。
尾を切り飛ばしたコモドエンシスへ一足飛びに肉薄すると、脚の付け根を狙って上段から切り付け、切り返して壁際へ追い詰めていく。近づいて来ようとすれば手を滑らせて広く持ち、下から回した石突で顎を狙った。
「朱里ちゃん出すぎですよー!」
苛立ちをぶつける様に怒涛の攻めを見せる朱里。寧音の声も聞こえていたが、下がる様子は見せない。
陽菜と翔が相手をしている二体が朱里の背中を常に狙っている状態だ。煉二と寧音が朱里を援護しようにも、両者の距離が近すぎる。
――陽菜の舞があるんだから、Aランク一体くらい一人で圧倒しないとダメ! でないと、私は……!
自分はここにいるのだと、翔に示したい。その無意識から来る思考だった。
護衛もある今、格上を相手に一対一で突出するのは危険だ。寧音の援護で敵方の連携を防ぎ、翔と朱里、陽菜の三人で動きを止めて煉二の魔法を当てる。そして翔と朱里のどちらかが詰めるのが今の彼女たちにとっての最善手に最も近い。頭では朱里も分かっていた。
しかし心がその選択を拒否してしまった。
彼女は息つく間もなく攻撃を続ける。後の2体や危険地帯の移動中であることを考えない動きだ。動きの素早いコモドエンシスへ徐々に傷をつける頻度が増えてきたとはいえ、止めを刺す前にスタミナ切れになる可能性も否定できない。
「……っ! 先にこっちの二体を倒しきる! 寧音、朱里のほうを見ながらこっちの分断いける!?」
「やってみますー!」
「ここでは[凍雷万招]は使えん! 強化の序でに俺が分断も行う!」
「わかった! 魔力気を付けて!」
仲間たちの声は朱里にも届いている。自分の行いが負担になっている。彼女には、到底許せるものではない。それでも、止められない。今の彼女に、退くことを許容する余裕はなかった。
――ああ、もうっ!
朱里は自分が嫌になりそうだった。
だからだろう。彼女はコモドエンシスの鉤爪が己の肉を引き裂くのを無視して槍を捨て、接近するという暴挙に出た。
彼女の頬から鮮血が飛び散り、とうとう諦めたのかとコモドエンシスの目が歓喜に染まる。その一瞬の油断を突いて、喉元に掴みかかり、押し倒した。
地面に叩きつけられて動転するコモドエンシスが無意識に朱里の身体へ爪を突き立てても気にしない。濃い鶯色の軍服のような服がどす黒く染まる。
「朱里ちゃんー!?」
慌てて治療に掛かる寧音だが、爪が肉を食い破ったままでは効果が薄い。
「これで終わりよ」
ナイルを煉二に任せて飛び出そうとした矢先、朱里が〈ストレージ〉から予備のナイフを取り出して銀光を纏わせ、頭部に突き立てた。
蜥蜴の身体がビクンッと痙攣し、脱力する。
残りの二体は仲間の死を知って動揺したのか、僅かに動きを鈍らせた。その隙を逃さず翔は前足の片方を切り飛ばし、陽菜はもう一体の脚を薙刀で地面に縫い留める。そこに煉二の強化された[雷矢]が飛来した。魔力を乗せた二体分の咆哮すら飲み込んで閃光は二つの命を穿つ。それでも原型を完全に留めた二つの死体が、コモドエンシスたちの頑丈さを物語っていた。
朱里たちが広場まで帰ってくると、翔がすぐに声をかけてきた。
「遅かったね。どうだった?」
「暫く生き物の気配は感じられなかったわ。けっこう先にある最初の分かれ道まで狭い通路が続くけれど、急ぐ必要はなさそう」
「その通路の所に大きな穴があったから、それだけ注意かな」
なら良かったと翔が微笑んだ。朱里は少し心が軽くなるのを感じた。それからありがとうございますー、と寧音が渡してきたクッキーを受け取り、一口齧る。寧音は陽菜にもクッキーを渡すと、すぐに壁へ寄りかかる煉二の元へ走って行った。
――思ったより甘い。本当になんで寧音は太らないのかしら……。
暇さえあれば甘い物を食べている寧音を見て、首を傾げる。隣で同じくクッキーを受け取っていた陽菜も同感だったのか、腑に落ちないと言いたげな表情で寧音を見ていた。
一瞬、寧音への思いを陽菜と共有しようとした朱里だったが、出かかった言葉を飲み込み、代わりにクッキーで乾いた喉を潤す。
「もう少ししたら出発しようか」
「ああ」
「わかりましたー」
壁際で煉二と寧音が返事をした。ナイルも頷いている。陽菜は今最後の一欠けらを口に入れたらしく、指で円を作ってOKのサインを出していた。朱里も水筒を仕舞いながら了承の返事をする。
直ぐに出発しても良いタイミングだったが、自分たちに気を使ったのだろうと朱里は考えた。
――……私たちというか、陽菜に、かもしれないけど……。
彼女は脳裏に過ったそのネガティブな考えを激しく首を振って搔き消す。それから隣にいた陽菜から不思議そうな視線を向けられているのに気が付いて、何か聞かれる前に何でもないと言った。
ややあって、翔が出発すると五人に伝えた。彼は全員が頷いたのを確認すると、先頭に立ってつい先ほど朱里たちが戻って来た通路に入る。後を追う様にして陽菜、煉二、ナイル、寧音と続いた。朱里も寧音の後ろから付いて行く。
――今のペースだと、夕方ごろに洞窟を抜けられそうね。
翔のすぐ後ろに付く陽菜を見ないようにして、朱里は今後の予定に思考を巡らす。
――そうなると、洞窟内でもう一泊することになるかもしれないわね。島がどんな感じか分からないけれど。
もしアルジェの住むような森になっているなら、洞窟の方が見えない危険が少ないと考えた。
――今回何も分からなければ東大陸に渡ることになるのよね。航路的に一度北西方面に行くことになるし、アルジェさんの所へ寄って修行をつけて貰いたいところね……。
見ないようにしても、陽菜と翔のツーショットは常に視界へ映る。その事から意識を逸らすための考え事だった。
思い出していたのは、洞窟に入った初日の毒刃蝙蝠戦だ。あの時陽菜に褒められた動きは、恐らく師であるアルジェから説教を受けるようなものだと考えていた。
――私には、陽菜みたいな動きは無理ってことね……。
陽菜のそれはその才と物心付いた頃からの修練によって身に刻まれた動きだ。朱里には陸上以外に運動の経験がないのだから、当然と言ってしまっても良い。それは朱里自身もわかっていた。
それでも納得いかない思いが彼女の中にあるのは、いつかアルジェの城で翔が言った、陽菜の舞が好きなのだという言葉を覚えていたから。その時はまだ陽菜を助け出す前で、翔への好意が友人や仲間としてのモノでしかなかったから、笑って聞けた。
しかし、今彼女が抱く思いは違う。
――私も、陽菜みたいに踊れたら……。
考えないようにしていたはずなのに、その黒い思いは沸々と湧き上がってくる。
――私も、もっと小さい頃に翔と知り合えていたら……。
どうしようもないと頭では理解していても、心が納得しない。湧き上がってくる嫉妬に、自分が狂っていくのを彼女は感じる。
――陽菜ばっかり、ズルい……。
彼女の心は、蛇のように絡みつく妬みの鎖によって暗く深い闇の底へと引きずり込まれようとしていた。
「足は止めないで。しばらく先。たぶんAランク。数は三」
合図ではなく短い言葉で翔が伝えた。唐突なことに朱里の意識が思考の海から現実に引き戻される。
「もう気づかれてる。待ち伏せするつもりだと思う」
最後に魔物の種類は分からないと付け加えて〈ストレージ〉から剣を取り出す。この頃になると、朱里のスキルにも魔物の存在が引っかかっていた。
――通路の正面に一体。残りは、角に隠れるようにして壁際にいる……。やっぱりAランク以上は知能が高い。
同じ内容を翔が周知するのを聞きながら、取り出した槍を握る手に力を込めた。
いつもならここで彼女の意識は臨戦態勢に切り替わるのだが、雑念が混じって上手く切り替えられない。それが益々彼女を苛立たせた。
「煉二、俺が一瞬広場に入るふりをして左右のを釣りだすから、正面のやつの牽制をお願い」
「わかった」
足を止めないまま後ろに告げる。次の角を曲がれば接敵だ。朱里は小さく静かに呼吸を入れた。
そして後ろから迫る気配が無いのを確認すると、駆けだした翔に合わせて前の四人を追い越す。
角を曲がった瞬間見えたのは、周囲の壁と同じような黒色をした脚の長い蜥蜴だった。体躯は大型犬ほど。口からは粘着質の涎が滴り、鋭く細かい牙が並んでいる。爪は地を掴み獲物を押さえつけるのに有利な鉤場だった。
――噛みついて傷口から毒を流し込む……。コモドオオトカゲ?
翔の叫んだ鑑定結果を聞いた感想だ。実際に種族名を『コモドエンシス』というらしい。違うのは、四本の足で身体を高い位置に保って移動している点か。毒は致死までに時間のかかるタイプだが、戦闘中に食らってしまえば絶望的なことに変わりはない。
朱里はアーカウラにコモド島はないだろうという突っ込みを飲み込み、少しスピードを緩めて左方を通り過ぎていく空気の塊を見送った。
煉二のその魔法をコモドエンシスは魔力の籠った咆哮で掻き消す。最低限の力で放たれたそれは先頭の翔にも影響を与えない。
朱里は内心で警戒レベルをもう一段階上げた。
その前方で翔が一歩だけ広間に入ってすぐに下がる。重心のコントロールによって間断無く行われた一連の動きに釣られ、新たに二匹のコモドエンシスが左右から飛び出してきた。
朱里は一気に加速し、その一方に突きを放つ。
「くっ……!」
しかしもう一方が発動した[土壁]に視界を塞がれた。〈神狼穿空〉を発動した槍の障害物にはなり得なかったが、目隠しには十分だ。軌道修正の出来ない一突きは避けるコモドエンシスの動きに対応できず、長い尾を根元から切り飛ばすに留まった。
――だめ、まだ目に頼ってる! 気配で分かったはずよ……!
朱里は隣で翔に脚を浅く切り付けたコモドエンシスの顎目掛けて石突を振るい、左方へ広がって場所を空ける。同時に[雷矢]が奥の一体を襲った。
翔を狙っていたその一体は急制動をかけて石突で吹き飛ばされた仲間の方へ跳ぶ。そした咆哮を上げ、翔の追撃を防いだ。
「こいつら、下手したら湿潜竜より厄介なんじゃない!?」
「かも! 陽菜、舞を!」
「うん!」
広間の中央付近に出ていた彼女が舞いだすと、朱里たちの体が軽くなる。
――これなら!
そう意気込むと同時に、また陽菜のギフトに頼っている自分への苛立ちを強めた。
尾を切り飛ばしたコモドエンシスへ一足飛びに肉薄すると、脚の付け根を狙って上段から切り付け、切り返して壁際へ追い詰めていく。近づいて来ようとすれば手を滑らせて広く持ち、下から回した石突で顎を狙った。
「朱里ちゃん出すぎですよー!」
苛立ちをぶつける様に怒涛の攻めを見せる朱里。寧音の声も聞こえていたが、下がる様子は見せない。
陽菜と翔が相手をしている二体が朱里の背中を常に狙っている状態だ。煉二と寧音が朱里を援護しようにも、両者の距離が近すぎる。
――陽菜の舞があるんだから、Aランク一体くらい一人で圧倒しないとダメ! でないと、私は……!
自分はここにいるのだと、翔に示したい。その無意識から来る思考だった。
護衛もある今、格上を相手に一対一で突出するのは危険だ。寧音の援護で敵方の連携を防ぎ、翔と朱里、陽菜の三人で動きを止めて煉二の魔法を当てる。そして翔と朱里のどちらかが詰めるのが今の彼女たちにとっての最善手に最も近い。頭では朱里も分かっていた。
しかし心がその選択を拒否してしまった。
彼女は息つく間もなく攻撃を続ける。後の2体や危険地帯の移動中であることを考えない動きだ。動きの素早いコモドエンシスへ徐々に傷をつける頻度が増えてきたとはいえ、止めを刺す前にスタミナ切れになる可能性も否定できない。
「……っ! 先にこっちの二体を倒しきる! 寧音、朱里のほうを見ながらこっちの分断いける!?」
「やってみますー!」
「ここでは[凍雷万招]は使えん! 強化の序でに俺が分断も行う!」
「わかった! 魔力気を付けて!」
仲間たちの声は朱里にも届いている。自分の行いが負担になっている。彼女には、到底許せるものではない。それでも、止められない。今の彼女に、退くことを許容する余裕はなかった。
――ああ、もうっ!
朱里は自分が嫌になりそうだった。
だからだろう。彼女はコモドエンシスの鉤爪が己の肉を引き裂くのを無視して槍を捨て、接近するという暴挙に出た。
彼女の頬から鮮血が飛び散り、とうとう諦めたのかとコモドエンシスの目が歓喜に染まる。その一瞬の油断を突いて、喉元に掴みかかり、押し倒した。
地面に叩きつけられて動転するコモドエンシスが無意識に朱里の身体へ爪を突き立てても気にしない。濃い鶯色の軍服のような服がどす黒く染まる。
「朱里ちゃんー!?」
慌てて治療に掛かる寧音だが、爪が肉を食い破ったままでは効果が薄い。
「これで終わりよ」
ナイルを煉二に任せて飛び出そうとした矢先、朱里が〈ストレージ〉から予備のナイフを取り出して銀光を纏わせ、頭部に突き立てた。
蜥蜴の身体がビクンッと痙攣し、脱力する。
残りの二体は仲間の死を知って動揺したのか、僅かに動きを鈍らせた。その隙を逃さず翔は前足の片方を切り飛ばし、陽菜はもう一体の脚を薙刀で地面に縫い留める。そこに煉二の強化された[雷矢]が飛来した。魔力を乗せた二体分の咆哮すら飲み込んで閃光は二つの命を穿つ。それでも原型を完全に留めた二つの死体が、コモドエンシスたちの頑丈さを物語っていた。
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