【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

文字の大きさ
63 / 126
二章 祐介の為に

第63話 試練を課す者

しおりを挟む

 その竜は長い首にクジラに似たヒレを持つ、首長竜のような姿をしていた。氷を思わせる澄んだ空色の体皮は蒼玉色の鱗に覆われ、同じく深い青の水晶質なたてがみが煌めく。朱里たちを映す瞳は紅玉のようで、星々の光を遮る影の中明々と輝いていた。
 揺らめく竜のひげとは反対に、朱里の精神こころはピンと張り詰める。彼女は彼我の存在を隔てる断崖絶壁のような格の差を、全身で嫌と言う程感じていた。
 本人も知らずに、喉がごくりと音を立てる。
 それが引き金になったわけではないだろう。頭で理解するよりも早く、彼女たちは武器を振るい魔法を発動していた。

 朱里の『翡翠かわせみ』と翔の『鎌鼬』が夜闇を切り裂く閃光と衝突し、遅れて陽菜と煉二の魔法が追撃する。しかし閃光、蒼玉の竜が放ったブレスは迎え撃ったそれらをいとも容易く呑み込んで寧音の障壁にぶつかった。
 しかし障壁の稼げた時間はほんの一瞬。心臓が一つ拍動する間にパキパキと水たまりの表面に張った薄氷を踏みぬくときのような甲高い音が朱里たちの耳に届く。

「跳んで!」

 硬直しきった朱里の身体を動かしたのはそんな声だった。足にあらん限りの力を込めて左右へ跳ぶ彼女たち。直後、ガラスの割れたような音が星空に木霊した。
 朱里は遅れてきた衝撃に吹き飛ばされ、濃紺の土煙を上げながら槍の柄も使って静止する。

「くっ……!」

 殆ど一切の溜が無かった。竜の持つ、竜を絶対者たらしめる権能の一つだ。

「試しの蒼竜、S⁺ランクの上位竜アークドラゴンだ! 水と氷の魔法に注意!」

 上位竜としては低いランク。それでも、これまで朱里たちが戦ってきた中で最高のものだ。一人では逃げて生き延びる事さえできるか怪しい、そんな災い。だが朱里たちの心を染めるのは絶望ではなかった。

「いつも通りいくよ!」
「ええ!」
「はいー!」

 気合を込めた声を返す朱里と寧音。煉二と陽菜は既に動き出している。

はしれ、[雷矢らいし]!」
 
 雷の矢は試しの蒼竜の顔面目掛け飛翔する。当然躱されてしまうが、続けて二本三本と駆け昇る雷光はそのくれないの瞳を晦ました。
 その隙に前へと出る翔と朱里に力を与えるのは、陽菜の〈神舞魂放しんぶこんほう〉だ。舞うのは、『剣の舞』。多少守りを堅くした所でのブレスには通じない。ならば攻めるしかないというのが言うまでもなく一致した彼女らの考えだ。
 
 空を悠然と泳ぐ蒼竜の周囲にいくつもの障壁が現れた。蒼竜が訝しむ間も与えずそれへ向けて前衛二人が跳び、上下に分かれたどちらを追うか竜の迷う間に一気に距離を詰める。
 まず斬り付けたのは翔の名もなき不壊ふえの剣。星の光を受けて真っ白に輝く剣閃はしかし、突如敵の腹を覆った氷の鎧に阻まれた。それでも〈心果一如しんがいちによ〉で十分な強化を受けていた一撃はその鎧を真っ二つにする。
 試しの蒼竜からすれば想定外の事態だ。朱里を睨んでいたその視線を翔へと移さざるを得なかった。見開かれた瞳に短髪の少年が映る。
 それでも朱里から意識を逸らさなかったのは海底洞窟にいた湿潜竜プロテウスと格の違うところか。顔を翔に向けたまま朱里の眼前にいくつもの氷の槍を作り出した。

「[雷矢]!」

 だがそれらが射出されることはない。その前に閃光が全てを飲み込んだ。直後、蒼竜の背中に鋭い痛みが走った。銀光と共に深紅が飛び散り、堅牢なはずの竜麟が切り裂かれたことを示す。

「クルァァァアア!?」

 甲高い悲鳴。と同時に、蒼竜は身体で円を描く。

「くっ!」
「翔! 朱里!」

 咄嗟に武器を盾にした二人だが、空中では勢いを殺せずに広場のギリギリまで吹き飛ばされた。

「こっちは大丈夫! 朱里は!?」
「平気よ! それより、コイツめちゃくちゃ堅い! 〈神狼穿空〉でもあんまり深く入らない!」

 腕に残る痺れを煩わしく思いながら再度上空へと視線を向ける。そこにあったのは、今にも飛来しようとしている氷の矢の雨だ。咄嗟に逃げ場を探して周囲へ目を向けるが、広場全体に向けられたそれを避けるスペースはない。とは言え一つ一つに込められている魔力はそれほど多くなかった。
 ――これなら弾ける!

 仲間たちも大丈夫なはずだと判断し、黒い槍の柄を両手でしっかりと握り直した。氷槍が動き出したのはこの時だ。雨あられと降り注ぐそれらを時に躱し、時に槍で弾いてさばいていく。
 ――みんなは……。

 ちらりと視線を向けると、寧音が角度をつけた障壁で自分と煉二を守り、翔は朱里と同じように全ての魔法を捌いていた。そして陽菜は、雨に合わせて舞い、ひらりひらりと躱している。

「朱里! ブレスだ!」

 煉二の声に彼女が蒼竜を見ると、確かに長い首を後ろへ引いて何かを吐き出そうとしている。直ぐに回避行動をとろうとするも、勢いの増した雨がそれを許さない。
 ――やばい!

「朱里ちゃん!」

 死ぬ。そう思った次の瞬間、いくつもの光の矢が朱里の左方を通り過ぎた。
 ――陽菜、ナイス!

 心の中で礼を言い、左へ跳ぶ。ブレスが先ほどまで朱里のいた場所を貫いたのと殆ど同時だった。蟀谷を伝う汗を感じながらほっと一息を吐く。

「まだ!」

 はっとなって上を見る間もなく、朱里は〈危機察知〉と〈直感〉に従って前へ転がった。すぐ後ろから感じた空気の流れが死とすれ違ったことを知らせる。

「連射できるなんて聞いてないわよ!」

 悪態を吐きながら蒼竜を睨めば、第三射が撃ちだされる直前だった。慌ててその場を飛び退くが〈危機察知〉の慣らす警報が収まる気配はない。蒼竜は分かっていたのだ。己にとっての死神に最も近い存在が朱里だと。

「朱里! 全力の〈神狼穿空〉なら倒せる自信ある!?」
「えっ? そう、ね! たぶん!」

 次々降り注ぐブレスを避けながら叫ぶ。そうしている内に服が濡れてカーキ色が濃くなるのに気が付いたが、それが何故かを考える余裕はない。

「そのまま引き付けてて! 煉二! あいつを引き摺り落とすよ!」
「ああ! 寧音、障壁の用意をしていてくれ!」
「分かりましたー!」

 そう言う事ならと避ける事に集中する朱里。先ほど見た[水蒸気爆発]の威力ならば確実に地上へと叩き落せると確信してのことだ。いつの間にか氷の雨は止んでいた。
 ――慣れてきた。これなら、まだまだいける!

 ずっと同じ攻撃を避けている内に余裕が生まれ、気が付いた。今降り注ぐそれが最初に放たれたブレスではなく、高圧の水流に魔力が込められたものだと。要は湿潜竜のガスと同じだ。試みの蒼竜がもつ特性であり、竜としての権能ではなかったのだ。
 とは言え、その一つ一つが致命の一撃なのは変わりない。世界が減速したのではないかと思えるほどに深く集中し、ひたすら躱す。

「行くぞ!」
「はいー!」

 蒼竜が危険を察知し、標的を変えたのと寧音が障壁を張ったのは同時だった。一瞬血相を変えた寧音だったが、すぐに水流に秘められた威力を見抜き、ほっと息を吐く。果たして彼女の予想通り、ブレスが幾重にも張られた障壁を全て貫通することはなかった。
 そして煉二の構築した魔法がその暴威を示す。

 特大の爆発音と共に追加で張られた障壁たちまで割れる音が鳴り響き、そこに先ほども聞いた甲高い悲鳴が混じる。そして最後の一枚が割れる直前、寧音は朱里たちを一人ずつ覆う障壁を展開した。
 余波を警戒していた朱里にそれが届くことはなく、代わりに見えたのは地面へと叩きつけられる試みの蒼竜の姿。上位竜としては小柄な、しかし大型トラック程もある巨体で大地が揺れる。

「よし!」

 作戦通りなのは、ここまでだった。
 余波が来ないと分かってすぐに〈神狼穿空〉の溜めに入っていた朱里は、自身を覆う不自然な影に気が付いた。星の光を覆うものは無いのに、自分は影の内にいる。それが示す理由は、直ぐに思い当たった。その予想が正解だと示すように、視界の上端に巨大な氷塊が映る。
 ――あ、ダメ。避けられない……!

 試みの蒼竜は爆風に目を晦ませている隙に巨大な氷塊の魔法で朱里を狙っていたのだ。一切の加減をしない、最も基本的な〈神狼穿空〉による突き用意していた彼女は咄嗟に動けなかった。
 重力加速度も味方につけて迫る氷山に、朱里はぎゅっと目を瞑る。そして、彼女の全身を氷の冷たさと灼熱の痛みが襲った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば
ファンタジー
シキは勇者に選ばれた。それは誰かの望みなのか、ただの伝統なのかは分からない。しかし、シキは勇者に選ばれた。果たしてシキは勇者として何を成すのだろうか。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...