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二章 祐介の為に
第65話 燃ゆる朱炎
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㉘
静かな月の光が照らす中、アルジェの屋敷の庭に二十余りの影が集まっていた。その庭の片隅には、磨き上げられた石碑が一つ。石碑に埋め込まれた楯は、中央の朱炎と、神の気まぐれに選ばれてしまった若者たちを映す。若者たちは皆、朱い炎の中に横たわる棺を暗く見つめていた。
「朱里ちゃんは、何を願ったんですかねー」
すすり泣く声と棺の燃えるパチパチという音だけが響く中、ぽつりと漏らしたのは寧音だ。すぐ隣にいた陽菜は答えず、少し離れたところでアルジェたちと話す翔を見た。その横には煉二もいる。陽菜の日記帳を抱きしめる腕に、より一層の力が入った。
「私ね」
唐突に口を開いた陽菜の頬を、朱色の光がそっと撫でた。再び朱炎に向けられた漆黒色の瞳に炎の色が混じって、不規則に動く。
「本当は、知ってたんだ。ずっと前から」
それは告白だった。感情を押し殺したように静かに話すその声に、寧音はただ黙って耳を傾ける。
「朱里ちゃんが翔君を好きなんだって」
寧音の瞳で炎が揺れた。誰も、翔は勿論、煉二でさえ、気が付いていなかった事だ。
そんな寧音の様子を気に留める風もなく、彼女は話を続ける。
「でも、翔君が私の横からいなくなるはずが無いって、気が付かないフリをしてた。性格悪いよね」
陽菜は寧音の方へ振り向いて、自嘲するように、そして苦し気に笑う。
「そんなことっ、ありません、よぉ……」
尻すぼみに言う寧音にありがとう、と返し、陽菜は空を見上げた。星見の池とは違って月の浮かぶ空。しかし満天の星に覆われている事は変わらず、どうしても、目の前で胸を貫かれる朱里の姿を思い出してしまう。
「もし、さ」
寧音にしか聞こえない声。
「もし、もっとちゃんと、私が朱里ちゃんと向き合ってたら、こんな事には、ならなかったのかな」
しかし、寧音にはそれが自分に向けられた言葉のようには感じられなかった。それでも何かを返そうと口を開きかけて、閉じる。
「わかりません……」
どうにか絞り出した声は弱弱しく、それが彼女の精一杯なのだと告げていた。
陽菜はごめんねと、そんな友人に向けて笑う。
また暫く、沈黙が続いた。すすり泣く声もいつの間にか収まり、今は炎の爆ぜる音だけが聞こえる。見た目に反して高温の炎は、確実に、しかしゆっくりと朱里を天へと送る。静寂を以て彼女を迎える星々は、何をするともなく鎮魂の宴を見下ろしていた。
陽菜がふと、日記帳を見た。表紙には『間錐朱里』と丁寧な字で綴られている。
「これ、どうしよっか。一緒に燃やす?」
「そう、ですねー。朱里ちゃんは、翔君には見られたくないと思いますしー、それもいいかと思いますー」
黒い部分も多く書き残されているのだ。好きな男に見せられるのが酷だというのは、二人の一致した考えだった。それに、翔に見せるのは朱里の選択を、意思を軽んじるようで、憚られた。
「でもー、私は、お姉さんに届けてあげる方がいいのかなってー」
「……そうだね」
二人の脳裏には、異世界でのことを姉に話して聞かせるのだと笑う朱里の顔が浮かんでいた。翔の事を除けば、二人が唯一知っている彼女の願いだ。
「翔君たちにも、そう話してみよっか」
だから陽菜は、せめてそれだけは、叶えてあげたかった。それが罪滅ぼしになるのだと、そう信じて。
そんな二人をじっと見つめる視線があった。二人に気づかせること無くそれを送るのはアルジェたち姉妹だ。
「大丈夫そうだね、あの子たち」
「ええ。一応はね」
千年の時の中、幾人もの友を見送ってきた彼女たちは、視線の先にいる少女二人と、つい先ほどまで話していた少年たちを思い出す。彼らの心には確実に影が落ちた。それでも、四人とも前を見ることを忘れてはいなかった。だから大丈夫だろう、と。
「ブラン、この人数を転移させて疲れたでしょう。先に休んでいていいのよ?」
「大丈夫。ここに居る。……居たい」
「そう」
アルジェがフーゼから話を聞いている間、各地に散る【転移者】たちを集めたのはブランだった。
末妹の返事を聞き、ならばとアルジェは棺の燃えるのを早める。それから、パチパチと燃える炎の少し上の空を見て、呟いた。
「あなたの選択が正解だったのか、間違いだったのか、それはまだわからない。けれど、私はそれを尊重するわ」
その呟きに応えるように、星が一つ、朱色に瞬いた。
静かな月の光が照らす中、アルジェの屋敷の庭に二十余りの影が集まっていた。その庭の片隅には、磨き上げられた石碑が一つ。石碑に埋め込まれた楯は、中央の朱炎と、神の気まぐれに選ばれてしまった若者たちを映す。若者たちは皆、朱い炎の中に横たわる棺を暗く見つめていた。
「朱里ちゃんは、何を願ったんですかねー」
すすり泣く声と棺の燃えるパチパチという音だけが響く中、ぽつりと漏らしたのは寧音だ。すぐ隣にいた陽菜は答えず、少し離れたところでアルジェたちと話す翔を見た。その横には煉二もいる。陽菜の日記帳を抱きしめる腕に、より一層の力が入った。
「私ね」
唐突に口を開いた陽菜の頬を、朱色の光がそっと撫でた。再び朱炎に向けられた漆黒色の瞳に炎の色が混じって、不規則に動く。
「本当は、知ってたんだ。ずっと前から」
それは告白だった。感情を押し殺したように静かに話すその声に、寧音はただ黙って耳を傾ける。
「朱里ちゃんが翔君を好きなんだって」
寧音の瞳で炎が揺れた。誰も、翔は勿論、煉二でさえ、気が付いていなかった事だ。
そんな寧音の様子を気に留める風もなく、彼女は話を続ける。
「でも、翔君が私の横からいなくなるはずが無いって、気が付かないフリをしてた。性格悪いよね」
陽菜は寧音の方へ振り向いて、自嘲するように、そして苦し気に笑う。
「そんなことっ、ありません、よぉ……」
尻すぼみに言う寧音にありがとう、と返し、陽菜は空を見上げた。星見の池とは違って月の浮かぶ空。しかし満天の星に覆われている事は変わらず、どうしても、目の前で胸を貫かれる朱里の姿を思い出してしまう。
「もし、さ」
寧音にしか聞こえない声。
「もし、もっとちゃんと、私が朱里ちゃんと向き合ってたら、こんな事には、ならなかったのかな」
しかし、寧音にはそれが自分に向けられた言葉のようには感じられなかった。それでも何かを返そうと口を開きかけて、閉じる。
「わかりません……」
どうにか絞り出した声は弱弱しく、それが彼女の精一杯なのだと告げていた。
陽菜はごめんねと、そんな友人に向けて笑う。
また暫く、沈黙が続いた。すすり泣く声もいつの間にか収まり、今は炎の爆ぜる音だけが聞こえる。見た目に反して高温の炎は、確実に、しかしゆっくりと朱里を天へと送る。静寂を以て彼女を迎える星々は、何をするともなく鎮魂の宴を見下ろしていた。
陽菜がふと、日記帳を見た。表紙には『間錐朱里』と丁寧な字で綴られている。
「これ、どうしよっか。一緒に燃やす?」
「そう、ですねー。朱里ちゃんは、翔君には見られたくないと思いますしー、それもいいかと思いますー」
黒い部分も多く書き残されているのだ。好きな男に見せられるのが酷だというのは、二人の一致した考えだった。それに、翔に見せるのは朱里の選択を、意思を軽んじるようで、憚られた。
「でもー、私は、お姉さんに届けてあげる方がいいのかなってー」
「……そうだね」
二人の脳裏には、異世界でのことを姉に話して聞かせるのだと笑う朱里の顔が浮かんでいた。翔の事を除けば、二人が唯一知っている彼女の願いだ。
「翔君たちにも、そう話してみよっか」
だから陽菜は、せめてそれだけは、叶えてあげたかった。それが罪滅ぼしになるのだと、そう信じて。
そんな二人をじっと見つめる視線があった。二人に気づかせること無くそれを送るのはアルジェたち姉妹だ。
「大丈夫そうだね、あの子たち」
「ええ。一応はね」
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「ブラン、この人数を転移させて疲れたでしょう。先に休んでいていいのよ?」
「大丈夫。ここに居る。……居たい」
「そう」
アルジェがフーゼから話を聞いている間、各地に散る【転移者】たちを集めたのはブランだった。
末妹の返事を聞き、ならばとアルジェは棺の燃えるのを早める。それから、パチパチと燃える炎の少し上の空を見て、呟いた。
「あなたの選択が正解だったのか、間違いだったのか、それはまだわからない。けれど、私はそれを尊重するわ」
その呟きに応えるように、星が一つ、朱色に瞬いた。
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