【完結】君の為に翔ける箱庭世界

嘉神かろ

文字の大きさ
65 / 126
二章 祐介の為に

第65話 燃ゆる朱炎

しおりを挟む

 静かな月の光が照らす中、アルジェの屋敷の庭に二十余りの影が集まっていた。その庭の片隅には、磨き上げられた石碑が一つ。石碑に埋め込まれた楯は、中央の朱炎と、神の気まぐれに選ばれてしまった若者たちを映す。若者たちは皆、朱い炎の中に横たわる棺を暗く見つめていた。

「朱里ちゃんは、何を願ったんですかねー」

 すすり泣く声と棺の燃えるパチパチという音だけが響く中、ぽつりと漏らしたのは寧音だ。すぐ隣にいた陽菜は答えず、少し離れたところでアルジェたちと話す翔を見た。その横には煉二もいる。陽菜の日記帳を抱きしめる腕に、より一層の力が入った。

「私ね」

 唐突に口を開いた陽菜の頬を、朱色の光がそっと撫でた。再び朱炎に向けられた漆黒色の瞳に炎の色が混じって、不規則に動く。

「本当は、知ってたんだ。ずっと前から」

 それは告白だった。感情を押し殺したように静かに話すその声に、寧音はただ黙って耳を傾ける。

「朱里ちゃんが翔君を好きなんだって」

 寧音の瞳で炎が揺れた。誰も、翔は勿論、煉二でさえ、気が付いていなかった事だ。
 そんな寧音の様子を気に留める風もなく、彼女は話を続ける。

「でも、翔君が私の横からいなくなるはずが無いって、気が付かないフリをしてた。性格悪いよね」

 陽菜は寧音の方へ振り向いて、自嘲するように、そして苦し気に笑う。

「そんなことっ、ありません、よぉ……」

 尻すぼみに言う寧音にありがとう、と返し、陽菜は空を見上げた。星見の池とは違って月の浮かぶ空。しかし満天の星に覆われている事は変わらず、どうしても、目の前で胸を貫かれる朱里の姿を思い出してしまう。

「もし、さ」

 寧音にしか聞こえない声。

「もし、もっとちゃんと、私が朱里ちゃんと向き合ってたら、こんな事には、ならなかったのかな」

 しかし、寧音にはそれが自分に向けられた言葉のようには感じられなかった。それでも何かを返そうと口を開きかけて、閉じる。

「わかりません……」

 どうにか絞り出した声は弱弱しく、それが彼女の精一杯なのだと告げていた。
 陽菜はごめんねと、そんな友人に向けて笑う。
 
 また暫く、沈黙が続いた。すすり泣く声もいつの間にか収まり、今は炎の爆ぜる音だけが聞こえる。見た目に反して高温の炎は、確実に、しかしゆっくりと朱里を天へと送る。静寂を以て彼女を迎える星々は、何をするともなく鎮魂の宴を見下ろしていた。
 
 陽菜がふと、日記帳を見た。表紙には『間錐朱里』と丁寧な字で綴られている。

「これ、どうしよっか。一緒に燃やす?」
「そう、ですねー。朱里ちゃんは、翔君には見られたくないと思いますしー、それもいいかと思いますー」

 黒い部分も多く書き残されているのだ。好きな男に見せられるのが酷だというのは、二人の一致した考えだった。それに、翔に見せるのは朱里の選択を、意思を軽んじるようで、はばかられた。

「でもー、私は、お姉さんに届けてあげる方がいいのかなってー」
「……そうだね」

 二人の脳裏には、異世界アーカウラでのことを姉に話して聞かせるのだと笑う朱里の顔が浮かんでいた。翔の事を除けば、二人が唯一知っている彼女の願いだ。

「翔君たちにも、そう話してみよっか」

 だから陽菜は、せめてそれだけは、叶えてあげたかった。それが罪滅ぼしになるのだと、そう信じて。

 そんな二人をじっと見つめる視線があった。二人に気づかせること無くそれを送るのはアルジェたち姉妹だ。

「大丈夫そうだね、あの子たち」
「ええ。一応はね」

 千年の時の中、幾人もの友を見送ってきた彼女たちは、視線の先にいる少女二人と、つい先ほどまで話していた少年たちを思い出す。彼らの心には確実に影が落ちた。それでも、四人とも前を見ることを忘れてはいなかった。だから大丈夫だろう、と。

「ブラン、この人数を転移させて疲れたでしょう。先に休んでいていいのよ?」
「大丈夫。ここに居る。……居たい」
「そう」

 アルジェがフーゼから話を聞いている間、各地に散る【転移者】たちを集めたのはブランだった。
 末妹の返事を聞き、ならばとアルジェは棺の燃えるのを早める。それから、パチパチと燃える炎の少し上の空を見て、呟いた。

「あなたの選択が正解だったのか、間違いだったのか、それはまだわからない。けれど、私はそれを尊重するわ」

 その呟きに応えるように、星が一つ、朱色に瞬いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば
ファンタジー
シキは勇者に選ばれた。それは誰かの望みなのか、ただの伝統なのかは分からない。しかし、シキは勇者に選ばれた。果たしてシキは勇者として何を成すのだろうか。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...