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三章 朱里の為に
第72話 セフィロティアの祭りへ
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⑦
二つの陽が天頂を過ぎた頃、翔たちの姿は昨日以上に賑わうセフィロティアの街中にあった。恰好はいつもの装備ではなく、全員少しだけおしゃれをしている。陽菜も寧音も、久しぶりのスカートだ。上にスズネから貰ったブラウスを着る二人の横には、綺麗目のシャツ姿の翔たちが並ぶ。
広めの道や広場にはいつの間にやら数々の出店が並んでおり、老若男女が楽し気に列を作っていた。少し上に視線を向けると、蔓草を模したひも状の飾りが建物の間にいくつも渡されている。
「他の種族の方もけっこういるんですねー」
「昔は『森妖精族』だけでやっていたんだけど、何百年か前に他の種族も受け入れるようになったの」
そんな寧音たちの会話に耳を傾けつつ、翔は陽菜の横を歩く。まだどうにも乗り切らない様子だったが、その視線は並ぶ出店や街を飾る装飾、道行く人々の笑顔に向いていた。加えて、時折聞こえてくる高音域の明るい旋律。まだ迷いを孕んだままだった彼の心も次第に弾んでいく。
そんな彼を見て、陽菜はまつ毛の長い、どちらかと言えばキリっとした目を細めた。
「あー、煉二君! あれしたいですー!」
「あれは、射的か?」
駆けだした寧音に手を引かれる煉二。その後ろを翔たちも歩いて追う。どうやらそれは日本で言う射的らしい。違う点は使う銃がコルクでなく魔力の塊を撃ちだす魔道具という事くらいだ。
「ああ、それ。ゲンが教えてくれたゲームね。懐かしい……」
どこか寂しげに言うアルティカの視線はその射的の屋台を見ているようで、どこか遠くを見ているようでもある。そんな彼女の話に昨日から度々出てくるゲンという人物が誰なのか、今更ながら翔は気になった。
「あの、ア――」
「あーっ! 今の当たりましたよねー!? なんで倒れないんですかー!?」
彼の声を遮った寧音は、彼女には少し大きく見える魔道具の銃を抱えたまま隣にいる煉二を揺さぶっている。あまりに激しく揺さぶられるものだから、煉二は眼鏡が飛んでいかないよう必死に押さえていた。
「煉二君もやってみてくださいよー! あの人形ですー!」
「あ、ああ、分かった。分かったから、一旦落ち着いてくれ、寧音っ」
楽し気な二人に、陽菜は思わずといった様子でフフフと笑いを漏らす。そんな恋人の様子に翔もますます楽しくなって、釣られて笑みを漏らした。
――ゲンって人の事は後でもいいか。
「楽しそうね。私も久しぶりにやろうかしら?」
「あ、アルティカ様、なら勝負してみません?」
「あら、ローズちゃん、珍しいわね。いいわよ、受けて立つわ!」
千年以上の歳月を生きる彼女たちでさえ童心に返る祭りという空間。それは知らず知らずの内に凝り固まっていた翔の心を解きほぐす。
――そういえば、声を出して笑ったのっていつ以来だっけ?
思い返してみるが、少なくともカサディラから帰って以降に心当たりはない。
「翔君、私たちもやってみよ!」
自分を誘う陽菜の笑顔をじっと見る。そこにセフィロティアに着いた直後の様な影は見られない。ようやく翔は、自分の視界がどれだけ狭くなっていたかに気が付いた。
「うん? 翔君、どうかした?」
「……いや、なんでも無、くはないね。陽菜、ごめん、もう大丈夫。ありがとう」
陽菜はただニコっと笑みを返すのみで、何も言わない。
「それじゃあ行こうか」
「うん! あの猫の置物、狙ってみようかな」
「結構大きいね。倒れるかな?」
それから暫く、その射的屋には一国の女王と公爵、そして若い二組のカップルの楽しそうな声が響いていた。射的屋の店主がこの日例年の後夜祭までを含めたのと同じだけの稼ぎを得る事になったのは、変装もせずに祭りを楽しむ女王陛下一行のおかげで間違いないだろう。
二つの陽が天頂を過ぎた頃、翔たちの姿は昨日以上に賑わうセフィロティアの街中にあった。恰好はいつもの装備ではなく、全員少しだけおしゃれをしている。陽菜も寧音も、久しぶりのスカートだ。上にスズネから貰ったブラウスを着る二人の横には、綺麗目のシャツ姿の翔たちが並ぶ。
広めの道や広場にはいつの間にやら数々の出店が並んでおり、老若男女が楽し気に列を作っていた。少し上に視線を向けると、蔓草を模したひも状の飾りが建物の間にいくつも渡されている。
「他の種族の方もけっこういるんですねー」
「昔は『森妖精族』だけでやっていたんだけど、何百年か前に他の種族も受け入れるようになったの」
そんな寧音たちの会話に耳を傾けつつ、翔は陽菜の横を歩く。まだどうにも乗り切らない様子だったが、その視線は並ぶ出店や街を飾る装飾、道行く人々の笑顔に向いていた。加えて、時折聞こえてくる高音域の明るい旋律。まだ迷いを孕んだままだった彼の心も次第に弾んでいく。
そんな彼を見て、陽菜はまつ毛の長い、どちらかと言えばキリっとした目を細めた。
「あー、煉二君! あれしたいですー!」
「あれは、射的か?」
駆けだした寧音に手を引かれる煉二。その後ろを翔たちも歩いて追う。どうやらそれは日本で言う射的らしい。違う点は使う銃がコルクでなく魔力の塊を撃ちだす魔道具という事くらいだ。
「ああ、それ。ゲンが教えてくれたゲームね。懐かしい……」
どこか寂しげに言うアルティカの視線はその射的の屋台を見ているようで、どこか遠くを見ているようでもある。そんな彼女の話に昨日から度々出てくるゲンという人物が誰なのか、今更ながら翔は気になった。
「あの、ア――」
「あーっ! 今の当たりましたよねー!? なんで倒れないんですかー!?」
彼の声を遮った寧音は、彼女には少し大きく見える魔道具の銃を抱えたまま隣にいる煉二を揺さぶっている。あまりに激しく揺さぶられるものだから、煉二は眼鏡が飛んでいかないよう必死に押さえていた。
「煉二君もやってみてくださいよー! あの人形ですー!」
「あ、ああ、分かった。分かったから、一旦落ち着いてくれ、寧音っ」
楽し気な二人に、陽菜は思わずといった様子でフフフと笑いを漏らす。そんな恋人の様子に翔もますます楽しくなって、釣られて笑みを漏らした。
――ゲンって人の事は後でもいいか。
「楽しそうね。私も久しぶりにやろうかしら?」
「あ、アルティカ様、なら勝負してみません?」
「あら、ローズちゃん、珍しいわね。いいわよ、受けて立つわ!」
千年以上の歳月を生きる彼女たちでさえ童心に返る祭りという空間。それは知らず知らずの内に凝り固まっていた翔の心を解きほぐす。
――そういえば、声を出して笑ったのっていつ以来だっけ?
思い返してみるが、少なくともカサディラから帰って以降に心当たりはない。
「翔君、私たちもやってみよ!」
自分を誘う陽菜の笑顔をじっと見る。そこにセフィロティアに着いた直後の様な影は見られない。ようやく翔は、自分の視界がどれだけ狭くなっていたかに気が付いた。
「うん? 翔君、どうかした?」
「……いや、なんでも無、くはないね。陽菜、ごめん、もう大丈夫。ありがとう」
陽菜はただニコっと笑みを返すのみで、何も言わない。
「それじゃあ行こうか」
「うん! あの猫の置物、狙ってみようかな」
「結構大きいね。倒れるかな?」
それから暫く、その射的屋には一国の女王と公爵、そして若い二組のカップルの楽しそうな声が響いていた。射的屋の店主がこの日例年の後夜祭までを含めたのと同じだけの稼ぎを得る事になったのは、変装もせずに祭りを楽しむ女王陛下一行のおかげで間違いないだろう。
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