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三章 朱里の為に
第74話 悠久に見る
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⑨
カレーだからという理由で平然と黒いソレを食べる煉二に戦慄したり、他愛もない雑談に興じたりしながら箸を進めていると、食べ終わる頃には辺りが薄暗くなっていた。いつの間にやら舞台の方で何かの準備を始めており、心なしか人、特に青年くらいの『森妖精族』の男女が増えてきたように感じる。
「久しぶりに、賑やかな食事だったわね」
そう言うアルティカの視線が向かっているのは、同じような立場のローズの方だ。
「はい。私はお母様の葬儀の頃以来、ですかね。あの後すぐ、どこぞの馬鹿どもが戦争なんておっぱじめましたから」
「そうだったわね」
黒いオーラを漂わせ始めたローズに、アルティカが楽し気な笑みを漏らす。笑い事じゃないと口を尖らせるローズだが、やはり彼女も翔の目には楽し気に映った。
「……アルティカ様、冒険者時代が懐かしくなりました?」
「少し、ね?」
翔たちは驚き目を見開いた。まさか一国の女王として千年以上君臨し、【調停者】として世界樹セフィロトの巫女を務めるアルティカが自分たちと同じように冒険者をしていたとは思わなかったのだ。
「ふふ、アルジェちゃん達だって似たようなものでしょう?」
「そう言われてみれば、確かにそうですねー?」
翔たちの反応におかしそうな様子を見せるアルティカ。その言葉に、翔たちも納得する。確かに彼女も、【調停者】で西大陸北部の支配者とされる存在だ。それに、もう一つの立場もアルティカと似ている。
――そういえばアルジェさん、『吸血族』の国の王太后なんだった。
思い出したのは、いつか見せて貰った彼女のステータス。その称号欄だ。どこの国の、という話は後から聞いた。
ゴゥと音がして、周囲の気温が少し上がった。音のした方をみると、広場の中央で赤々とした炎が燃え盛っている。薪は使っていないようだが、キャンプファイヤーを訪仏とさせるものだ。
一対の翡翠がその光を映し、潤んだように揺れた。
「……あの頃は、本当に楽しかったわ。ジル君がいて、ゲンがいて、皆で何にも考えず笑っていられた……」
「アルティカ様……」
二千年の遠い過去を見つめる瞳は、懐かし気で、そして寂し気だ。ローズも似たような思いを抱いているのだろう。アルティカの名を呼び、遠くへと視線を向けた。
「……ジル君はね、『吸血族』の先代の王で、アルジェちゃんの夫よ。私たちと冒険者をしてた頃はまだ、こんな子どもだったけれど」
それは翔たちもスズネから聞いた覚えがあった。アルティカと同じパーティにいた事は初耳だったが、年代としてはおかしな話でない。そんな彼も、三百年ほど前に寿命を迎えている。百年ほどの寿命しか持たない翔たちからすれば、気の遠くなるような時間だ。
「ゲンは、アルジェちゃんとスズちゃんの転生前のお祖父ちゃんで、私の夫だったの。もう千五百年は前の話だけれどね」
先ほどを超える衝撃だった。アルティカが冒険者をしていた事の比ではない。驚きを隠せない翔たちに、アルティカは少しだけ悪戯が成功した時の様な笑みを向け、だから自分とアルジェたちは祖母と孫の関係でもあると続ける。
聞けば、『龍人族』だったらしいゲンは、アルジェの師であり、翔たちの習った川上流の名を箱庭世界に広めた人物でもあると言う。強さを最も尊ぶ所とする『龍人族』や一部の冒険者からは武神として崇められているのだと、アルティカは自慢げに語る。翔からすればその姿は恋人のことを語る自分たちのようで、今でも彼女がゲンの事を愛しているのだと分からないはずがなかった。
――でも、確か『龍人族』の寿命って……。
「ええ、『龍人族』の寿命は数百年。私からすれば、瞬きをする間に過ぎてしまう時間よ」
口に出していない事に返事が返ってきたことは、今更驚かない。アルジェもだが、【調停者】達は心を読んでいるのではないかという事が度々あったからだ。
それよりも、どうしてアルティカがゲンを選んだのかが翔は気になった。
「実際に一緒にいた時間はもっと短いわね。色々あったから……。でも、後悔はしていないのよ? あの人を愛した事は」
「……辛く、なかったんですか? 怖くなかったんですか?」
何をきいているのかと、翔は自責する。そんなの、彼女の表情を見れば答えは分かり切っているというのに。
アルティカはただ微笑みを返すばかりで、直接的には肯定も否定もしない。
「あの人は、それ以上の幸せを私にくれたわ。思い出とか、息子たちとかね」
それは翔たちの、未だ到達しえない域にある愛なのだろう。翔が隣を見ると、瞳を揺らす陽菜と目が合った。その宝石のような輝きをじっと見つめ返し、彼は自分に問いかける。将来必ず傷つくと分かっていて、自分は陽菜を愛せるのだろうか、愛し続けることはできるだろうか、と。彼としてはもちろん出来ると信じたい。しかし、そうだと言いきれる程の自信があるかは、彼自身にも分からなかった。
――アルティカさんも、アルジェさんも、そうして何人の大切な人を見送ってきたんだろう。何人、見送ることになるんだろう……。
【調停者】は不老だ。寿命が存在しない。二人とも既に最愛の夫を見送り、アルティカに至っては、息子たちも他界してしまっているらしい。そうしてこれから先も、何人も失っていく。
――きっと、俺には耐えられない。
隣に陽菜の存在を感じながら思う。
何度別れを重ねようとも、決して慣れられないと、翔は予感していた。少なくとも、彼のよく知る者たちは、慣れられていない。アルジェ達姉妹の、時に翔たちでさえ呆れてしまう程の仲の良さは、そうした理由による共依存から来ている部分もあるのだろう。
それでも彼女たちは、自分の役割を放棄せず、常に強くある。あろうとしている。大切な友を二度亡くした翔だからこそ一層、彼女たちのその在り方に尊敬の念を強めた。
カレーだからという理由で平然と黒いソレを食べる煉二に戦慄したり、他愛もない雑談に興じたりしながら箸を進めていると、食べ終わる頃には辺りが薄暗くなっていた。いつの間にやら舞台の方で何かの準備を始めており、心なしか人、特に青年くらいの『森妖精族』の男女が増えてきたように感じる。
「久しぶりに、賑やかな食事だったわね」
そう言うアルティカの視線が向かっているのは、同じような立場のローズの方だ。
「はい。私はお母様の葬儀の頃以来、ですかね。あの後すぐ、どこぞの馬鹿どもが戦争なんておっぱじめましたから」
「そうだったわね」
黒いオーラを漂わせ始めたローズに、アルティカが楽し気な笑みを漏らす。笑い事じゃないと口を尖らせるローズだが、やはり彼女も翔の目には楽し気に映った。
「……アルティカ様、冒険者時代が懐かしくなりました?」
「少し、ね?」
翔たちは驚き目を見開いた。まさか一国の女王として千年以上君臨し、【調停者】として世界樹セフィロトの巫女を務めるアルティカが自分たちと同じように冒険者をしていたとは思わなかったのだ。
「ふふ、アルジェちゃん達だって似たようなものでしょう?」
「そう言われてみれば、確かにそうですねー?」
翔たちの反応におかしそうな様子を見せるアルティカ。その言葉に、翔たちも納得する。確かに彼女も、【調停者】で西大陸北部の支配者とされる存在だ。それに、もう一つの立場もアルティカと似ている。
――そういえばアルジェさん、『吸血族』の国の王太后なんだった。
思い出したのは、いつか見せて貰った彼女のステータス。その称号欄だ。どこの国の、という話は後から聞いた。
ゴゥと音がして、周囲の気温が少し上がった。音のした方をみると、広場の中央で赤々とした炎が燃え盛っている。薪は使っていないようだが、キャンプファイヤーを訪仏とさせるものだ。
一対の翡翠がその光を映し、潤んだように揺れた。
「……あの頃は、本当に楽しかったわ。ジル君がいて、ゲンがいて、皆で何にも考えず笑っていられた……」
「アルティカ様……」
二千年の遠い過去を見つめる瞳は、懐かし気で、そして寂し気だ。ローズも似たような思いを抱いているのだろう。アルティカの名を呼び、遠くへと視線を向けた。
「……ジル君はね、『吸血族』の先代の王で、アルジェちゃんの夫よ。私たちと冒険者をしてた頃はまだ、こんな子どもだったけれど」
それは翔たちもスズネから聞いた覚えがあった。アルティカと同じパーティにいた事は初耳だったが、年代としてはおかしな話でない。そんな彼も、三百年ほど前に寿命を迎えている。百年ほどの寿命しか持たない翔たちからすれば、気の遠くなるような時間だ。
「ゲンは、アルジェちゃんとスズちゃんの転生前のお祖父ちゃんで、私の夫だったの。もう千五百年は前の話だけれどね」
先ほどを超える衝撃だった。アルティカが冒険者をしていた事の比ではない。驚きを隠せない翔たちに、アルティカは少しだけ悪戯が成功した時の様な笑みを向け、だから自分とアルジェたちは祖母と孫の関係でもあると続ける。
聞けば、『龍人族』だったらしいゲンは、アルジェの師であり、翔たちの習った川上流の名を箱庭世界に広めた人物でもあると言う。強さを最も尊ぶ所とする『龍人族』や一部の冒険者からは武神として崇められているのだと、アルティカは自慢げに語る。翔からすればその姿は恋人のことを語る自分たちのようで、今でも彼女がゲンの事を愛しているのだと分からないはずがなかった。
――でも、確か『龍人族』の寿命って……。
「ええ、『龍人族』の寿命は数百年。私からすれば、瞬きをする間に過ぎてしまう時間よ」
口に出していない事に返事が返ってきたことは、今更驚かない。アルジェもだが、【調停者】達は心を読んでいるのではないかという事が度々あったからだ。
それよりも、どうしてアルティカがゲンを選んだのかが翔は気になった。
「実際に一緒にいた時間はもっと短いわね。色々あったから……。でも、後悔はしていないのよ? あの人を愛した事は」
「……辛く、なかったんですか? 怖くなかったんですか?」
何をきいているのかと、翔は自責する。そんなの、彼女の表情を見れば答えは分かり切っているというのに。
アルティカはただ微笑みを返すばかりで、直接的には肯定も否定もしない。
「あの人は、それ以上の幸せを私にくれたわ。思い出とか、息子たちとかね」
それは翔たちの、未だ到達しえない域にある愛なのだろう。翔が隣を見ると、瞳を揺らす陽菜と目が合った。その宝石のような輝きをじっと見つめ返し、彼は自分に問いかける。将来必ず傷つくと分かっていて、自分は陽菜を愛せるのだろうか、愛し続けることはできるだろうか、と。彼としてはもちろん出来ると信じたい。しかし、そうだと言いきれる程の自信があるかは、彼自身にも分からなかった。
――アルティカさんも、アルジェさんも、そうして何人の大切な人を見送ってきたんだろう。何人、見送ることになるんだろう……。
【調停者】は不老だ。寿命が存在しない。二人とも既に最愛の夫を見送り、アルティカに至っては、息子たちも他界してしまっているらしい。そうしてこれから先も、何人も失っていく。
――きっと、俺には耐えられない。
隣に陽菜の存在を感じながら思う。
何度別れを重ねようとも、決して慣れられないと、翔は予感していた。少なくとも、彼のよく知る者たちは、慣れられていない。アルジェ達姉妹の、時に翔たちでさえ呆れてしまう程の仲の良さは、そうした理由による共依存から来ている部分もあるのだろう。
それでも彼女たちは、自分の役割を放棄せず、常に強くある。あろうとしている。大切な友を二度亡くした翔だからこそ一層、彼女たちのその在り方に尊敬の念を強めた。
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