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第六章 怨敵
予期せぬ提案(修史side)⑤
翌朝、思っていたよりも早く真壁が俺の自宅へとやってきた。
「いつもと違う路線の電車だから早めに家を出たんだが、朝の混み具合がカオスすぎて焦ったよ」
手に持っていたコーヒーをテーブルに二つ置きながらソファーに座る。明るく振舞っているものの、部屋の中をきょろきょろと見渡し、どこか落ち着かない様子だ。
いったいこれから何を聞かされるのかと思っているのだろう。しかも極秘案件のうえ、会社ではなく俺の自宅に呼び出しているのだ。
「悪いな、亮太。朝早くから」
「いや、たまにはお前とこうしてゆっくり話をするのもいいかもしれないな。会社だとどうしても社員の目が気になるしな」
口角を上げて笑顔を見せた真壁に、同じように微笑み返す。
「さっそくだが本題に入る。昨日藤城……社長からある提案をされたんだ。IGS製薬と藤城バイオテックの合併の話だ」
「えっ? がっ、合併……?」
真壁は俺が藤城から聞かされたときと同じように、目を見開いたまま俺の顔を見つめた。
「そうだ。この話は父が亡くなる前、うちの父と藤城社長の間で進めていたらしい。二人が自筆で署名した覚書も見せてもらった。本物だ」
真壁は驚いているようだが、俺の話を遮ることなくじっと聞き続けている。
「表向きには向こうがうちへ吸収合併されるような形だが、条件的には同等合併に近い内容だった。全従業員の存続雇用。合併後五年間は早期退職等の整理解雇は行わない。給与体系も同等に現状維持。持ち株はうちの株を80%で購入可能。そして藤城社長はうちの取締役と主要部署の本部長を要求している。その他にもバイオ研究開発の独立存続や知的財産権の拒否権などあるが、主要な条件はそんなところだ」
ここまで言い終えると、俺は真壁が買ってきたコーヒーをごくりと飲んだ。
カップをテーブルに置き、再び続ける。
「これを聞いて、亮太、お前はどう思う? 忌憚のない率直な意見を聞かせてくれないか?」
そう言って真壁の顔をじっと見つめると、真壁は小さく息を吐き、口を開いた。
「率直に思った意見を言わせてもらうと、これはいい話じゃないかと思う。バイオは一から作るには莫大な資金が必要だろ? それに俺たちが扱っている低分子医薬品とは全く違う分野だ。それが合併という形で手に入るなら魅力的な話だと思うし、それに藤城バイオテックの薬剤なら他社も欲しいんじゃないか? 来年後発品も出てくるし、うちが蹴ったら他社が飛びつくことを考えると、うちの会社にとっては好機だと思う」
「やっぱりお前もそう思うよな……」
昨晩、俺も真壁と全く同じことを考えていた。
正直、この合併はうちにとってはかなり魅力的な話だ。
だが、相手が父を裏切った藤城バイオテックということと、藤城の娘との結婚というのがどうしても引っかかっていた。
「やっぱりってことは、修史、お前も同じ考えなんだろ? まあ経営者ならそう判断するよな。だが迷っているところを見ると、藤城社長が五十嵐前社長を裏切っていたってことが許せないのか?」
「それもあるんだが、正直、あの男の本性がよくわからないんだ。昨日、父を裏切っていた話を俺がしたら、全く身に覚えがないようなそんな素振りで、あれが演技なら相当な役者だと思う。だが……経営者としての表情というか眼差しは本物のように思えた。信じるのも不安だし、この話を白紙にするのも怖い。だからどうしたものか……」
「なるほどな。確かに裏切った過去がある人間を信じるのは不安だが、俺には藤城社長が自分の会社を合併させてまでお前を陥れるようなことをするとは思えない。だって自分の分身とも言える大切な会社だろ? そんなリスクを負ってまで裏切ろうとするか?」
「だよな……」
昨日の藤城の発言が頭をよぎる。
『今回、雅史の死から一年も経ってこの話を持ってきたのは、君が雅史の信念を継いで堅実に頑張っていることを評価したからだ。私には娘しかいない。だから藤城バイオテックの将来を考えると、私が最も信頼していた雅史の息子である君に、自分の会社を託したいと考えたのだ。だが色々齟齬があるようだし、私も大切な従業員の人生を抱えている。従業員やその家族たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。君がこの話に同意できないのであれば、信頼できる他の合併先を探すまでだ』
あれは従業員を想い、会社を想い、自分の信念を持っている真剣な眼差しだった。
「いつもと違う路線の電車だから早めに家を出たんだが、朝の混み具合がカオスすぎて焦ったよ」
手に持っていたコーヒーをテーブルに二つ置きながらソファーに座る。明るく振舞っているものの、部屋の中をきょろきょろと見渡し、どこか落ち着かない様子だ。
いったいこれから何を聞かされるのかと思っているのだろう。しかも極秘案件のうえ、会社ではなく俺の自宅に呼び出しているのだ。
「悪いな、亮太。朝早くから」
「いや、たまにはお前とこうしてゆっくり話をするのもいいかもしれないな。会社だとどうしても社員の目が気になるしな」
口角を上げて笑顔を見せた真壁に、同じように微笑み返す。
「さっそくだが本題に入る。昨日藤城……社長からある提案をされたんだ。IGS製薬と藤城バイオテックの合併の話だ」
「えっ? がっ、合併……?」
真壁は俺が藤城から聞かされたときと同じように、目を見開いたまま俺の顔を見つめた。
「そうだ。この話は父が亡くなる前、うちの父と藤城社長の間で進めていたらしい。二人が自筆で署名した覚書も見せてもらった。本物だ」
真壁は驚いているようだが、俺の話を遮ることなくじっと聞き続けている。
「表向きには向こうがうちへ吸収合併されるような形だが、条件的には同等合併に近い内容だった。全従業員の存続雇用。合併後五年間は早期退職等の整理解雇は行わない。給与体系も同等に現状維持。持ち株はうちの株を80%で購入可能。そして藤城社長はうちの取締役と主要部署の本部長を要求している。その他にもバイオ研究開発の独立存続や知的財産権の拒否権などあるが、主要な条件はそんなところだ」
ここまで言い終えると、俺は真壁が買ってきたコーヒーをごくりと飲んだ。
カップをテーブルに置き、再び続ける。
「これを聞いて、亮太、お前はどう思う? 忌憚のない率直な意見を聞かせてくれないか?」
そう言って真壁の顔をじっと見つめると、真壁は小さく息を吐き、口を開いた。
「率直に思った意見を言わせてもらうと、これはいい話じゃないかと思う。バイオは一から作るには莫大な資金が必要だろ? それに俺たちが扱っている低分子医薬品とは全く違う分野だ。それが合併という形で手に入るなら魅力的な話だと思うし、それに藤城バイオテックの薬剤なら他社も欲しいんじゃないか? 来年後発品も出てくるし、うちが蹴ったら他社が飛びつくことを考えると、うちの会社にとっては好機だと思う」
「やっぱりお前もそう思うよな……」
昨晩、俺も真壁と全く同じことを考えていた。
正直、この合併はうちにとってはかなり魅力的な話だ。
だが、相手が父を裏切った藤城バイオテックということと、藤城の娘との結婚というのがどうしても引っかかっていた。
「やっぱりってことは、修史、お前も同じ考えなんだろ? まあ経営者ならそう判断するよな。だが迷っているところを見ると、藤城社長が五十嵐前社長を裏切っていたってことが許せないのか?」
「それもあるんだが、正直、あの男の本性がよくわからないんだ。昨日、父を裏切っていた話を俺がしたら、全く身に覚えがないようなそんな素振りで、あれが演技なら相当な役者だと思う。だが……経営者としての表情というか眼差しは本物のように思えた。信じるのも不安だし、この話を白紙にするのも怖い。だからどうしたものか……」
「なるほどな。確かに裏切った過去がある人間を信じるのは不安だが、俺には藤城社長が自分の会社を合併させてまでお前を陥れるようなことをするとは思えない。だって自分の分身とも言える大切な会社だろ? そんなリスクを負ってまで裏切ろうとするか?」
「だよな……」
昨日の藤城の発言が頭をよぎる。
『今回、雅史の死から一年も経ってこの話を持ってきたのは、君が雅史の信念を継いで堅実に頑張っていることを評価したからだ。私には娘しかいない。だから藤城バイオテックの将来を考えると、私が最も信頼していた雅史の息子である君に、自分の会社を託したいと考えたのだ。だが色々齟齬があるようだし、私も大切な従業員の人生を抱えている。従業員やその家族たちを路頭に迷わせるわけにはいかない。君がこの話に同意できないのであれば、信頼できる他の合併先を探すまでだ』
あれは従業員を想い、会社を想い、自分の信念を持っている真剣な眼差しだった。
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