柔らかな愛に触れるまで ~冷酷な御曹司は政略結婚から愛を知る~

上乃凛子

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第七章 隔意

冷酷な結婚相手①

連日の猛暑で夕方になっても一向に気温が下がらない八月の第二週。定時で仕事を終えた私は、都内にあるホテルのレストランに向かっていた。これからIGS製薬の五十嵐社長と初めて顔合わせをするのだ。

普段なら、明日からお盆休みに入るという喜びと解放感で、紗絵と一緒に「打ち上げ」と称して楽しく食事をして帰るところだけれど、今日は「祖母と約束がある」と紗絵に嘘をついてしまった。帰り際に笑顔で手を振ってくれた紗絵の顔が浮かんでくる。

紗絵に悪いことしちゃったな。
できればお盆明けにしてくれたらよかったのに……。

おそらく相手は大企業の社長ということで相当忙しいのだろうけれど、何もわざわざこんな日を指定してくるなんて──。

若干不満に思いつつも、帰宅ラッシュの電車の中で押しつぶされそうになりながら、必死につり革を握りしめる。
顔合わせに失礼がないよう、今日はフォーマルな白いレースのワンピースを着てきたけれど、この人の多さで、到着までに汚れてしまわないかと心配になってきた。

どんな感じの人かな? 
優しい人だといいな。

相手のことについて父に尋ねようとしていたのに、ここ最近はかなり仕事が忙しいようで、帰宅時間も遅く、なかなか話をする機会がなかった。
つい先日、いきなり「顔合わせの日程が決まった」と聞かされて驚いたくらいだ。

結婚相手のことはまだ紗絵には秘密だけれど、紗絵が励ましてくれたおかげで、結婚への不安はかなり軽減されていた。

毎晩寝る前にベッドの中に入って、IGS製薬のホームページに掲載されている五十嵐社長の写真を見ながら、きっと誠実で素敵な人なんだろうと想像を膨らませていたくらいだ。そんな期待を胸に抱きながら、やっと満員電車から解放されて地上に出ると、ホテルの外観が見えてきた。

「あー、どうしよう。緊張してきた……」

もうすぐ結婚相手になる男性と対面すると思うと、鼓動が一段と早くなる。
初めて顔を合わせることにも緊張するけれど、こうして男性と二人で会うことには、もっとドキドキしてしまう。
というのも、父以外の男性と二人きりで食事をしたことは今まで一度もなく、今日はある意味私にとって “初めてのデート” と同じなのだ。

「お父さんも一緒に来てくれたらよかったのに……」

父は今日、取引先との大切な約束があるということで、この場に来ているのは私ひとりだけだ。勝手に結婚を決めておいて、この酷すぎる仕打ちには怒りを通り越して呆れて言葉も出なかったけれど、こんな年齢にもなって父に連れられて来るのもどうかとは思う。
だけど正直、この緊張感から解放されるなら、少しだけでも父がそばにいてくれた方が心強かった。

「でもこの結婚に了承したってことは、向こうは私のこと嫌いじゃないってことだよね?」

少しでも自分を元気づけるように、安心できそうな材料を見つけてみては、都合のいいように考えてみる。
この結婚は私が先に了承したものではなく、向こうが先に了承したのだ。
この違いはとても大きいし、少なくとも嫌われてはいないはず……だ。

「あんな整った顔で “彩花、愛してる” なんて言われたりしたら、私これからどうなっちゃうんだろう……」

恋愛ドラマのような甘い展開を思い浮かべながら、緩みそうになる頬を引き締め、私は最上階にあるレストランへと足を踏み入れた。
このあと、思い描いていた人物像を覆されることになるとは思いもせずに──。
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