薄氷が割れる

しまっコ

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「陛下、大変です」 
レオンハルトの執事クロードが息を切らせて駆け込んできた。いつも冷静な執事のとりみだした様に、レオンハルトは何事かと顔をあげた。 
「妾妃のレオナ様が陛下の宮に押し入り、マリカ様に乱暴を」 
「……!」 
怒りで視界が真っ赤に染まった。 
「マリカは無事なのか」
ブリュンヒルデが真っ先にマリカの安否を問うた。記憶を失う前も後も、マリカはブリュンヒルデに懐いており、ブリュンヒルデもマリカを妹のようにかわいがっていた。 
「御命に別状はありませんが、ショックを受けておられます」 
レオンハルトは即座に自室に向かった。 
「我々がついていながら申し訳ありません。レオナ様の護衛はみな獅子獣人で力で押し切られてしまいました」 
犬獣人のクロード達に、獅子獣人を力で阻止することは不可能だ。つけていた護衛も精鋭とは言えない。これは、皇帝の居室に無断で押し入る者がいるはずがないというレオンハルトの慢心が招いた事態だった。 
なぜもっとしっかりとした護衛をつけ厳重に守っておかなかったのか。それが悔やまれてならない。 
寝室にはすでに侍医のカフカが呼ばれ、マリカの手当てが行われていた。 
頬は真っ赤に腫れ、華奢な身体の至る所に赤黒い痣がある。 
あの女はあろうことかレオンハルトの居室に侵入し、マリカの全身を打ち据えたのだ。 
獣人は女であっても力が強い。豊満な身体を持ち、丈夫で多産であることが最上とされる。まして獅子獣人であるレオナは体も大きく、その強さでも後宮の頂点にいた。 
恐ろしかっただろう。痛かっただろう。レオンハルトは鎮静剤で眠るマリカに震える手を伸ばした。 
許さない。愛しいつがいを傷つけたあの女、簡単に死なせてなどやるものか。生き地獄を見せてやる。 
「あの女と一族の者を一人残らず捕らえよ」 
「わかった」 
ジークフリードは足早に寝所を出て行った。 

驚いたことに、レオナは後宮にとどまっていた。皇帝のつがいを傷つけておきながら逃げも隠れもせず、後宮の女主のような顔を続けていたという。 
執務室に引き立てられてきたレオナは傲然とレオンハルトを見上げた。 
「私が何をしたというのです」 
「しらばっくれる気か」 
生来寡黙なジークフリードが珍しく声を荒げた。 
「しらばっくれるも何も、私はあの女にものの道理を教えただけです。皇帝陛下にお仕えする寵妃に必要な強さと威厳というものを」
「よくもぬけぬけと…… ! 陛下の寝所に無断で侵入し陛下のつがいを害しておいて」 
「もうよい。その女に何を言っても無駄だ。刑を言い渡す。俺の部屋に無断で侵入し、未来の皇妃を害した罪は重い。昼夜を問わず鎖でつなぎ、騎士団専属の娼婦として役目を務めさせろ」 
それまでふてぶてしい態度を崩さなかったレオナが初めて驚愕の表情を浮かべた。 
「この私にそんなことあり得ないわ。私の父は財務大臣なのよ」 
「それがどうした。おまえの一族は全員強制労働所に送る。すべて、おまえの犯した罪の報いだ」 
「ふざけないで! あんな貧弱な小娘一人のために、そんなこと許されるわけがない」 
「誰が許さないというのだ。残虐帝たる俺に指図する者などおらぬ。連れていけ」 
喚き散らすレオナをジークフリードの部下が連行していく。 
「ジーク、悪いが、その女が鎖に繋がれ勤めにつくのを見届けてくれ」 
「わかった」 
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