黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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7代目デュロック辺境伯爵編

藪蛇ならぬ

「うわぁぁ!!なんて素敵な妖精画!こっちは天使…?聖獣に、精霊に…あ!この詩大好き!…こんなイメージを持ってる人もいるんですね…どれも幻想的で…なのにどこか儚くて哀しくて…でも輝いてる…いいなぁ…」
「気に入ったか?」
「はい!!誰の描いた絵なんですか?」
「…さぁ!俺も良くわかんねぇんだ…」
「線画のスケッチでこれだけ綺麗なら、色がついたらどれ程美しいでしょうね…芸術祭には出ないのかしら?」
(その手があったか…)

皆が夕食を囲む間、デイビッドはまた何か新しいことを思いつき、ひとりで考え事をしていた。



「見て下さい、買って来ましたよ!?デイビッド様の偽物が作ったケーキ!」

正しくはデイビッドを偽物扱いしている奴の作ったケーキ。

ゴシップ大好きエリックは、自分が興味のあることに関してはフットワークが軽い。
早速噂の店を突き止め、数種類のケーキを購入し、ついでに件のパティシエに会って来たそうだ。

「どうでした?」
「当人のルックスはむしろ正反対でした。」

店に居たのは金髪碧眼でスラリとして背が高く、鼻筋の通った美形の爽やかな青年だったそうだ。
そして肝心のケーキはと言うと…

「うーーーーーーーーん……不味くはないと思います。」
「そうねぇ……………不味くはないわね。」
「デイビッド様が作るケーキの方が100倍美味しいです!」
「………そうか………」

見た目は貴族層向けに華やかだが、味は可も不可もなく普通と言ったところだそうだが、口が肥えに肥えたこの3人の評価なので世間的にどうかははっきりしない。
見栄えが良いので人気もあるそうだが、問題の花のケーキはただ花を飾っただけで、土台はただのスポンジケーキだった。 

「すっごいナルシストで、一度デイビッド様が出てるコラムの記事と同じページで期待の新人として特集してたんですって。せっかく自分が出たのに、話題を下のコラムに持ってかれてかなりご立腹だったそうで、恐らくデイビッド様に絡むのはその辺の事情があるからじゃないですかね?」
「はた迷惑この上ねぇな!」
「ついでにインタビュー載せてる雑誌も見つけてきました!」
「普段からこのくらい動いてくれねぇもんか…」

開かれた雑誌のページには、俳優かモデルかとも思われる程美形の男性が大きく載っていて、自分が如何に情熱を注いで美しいケーキを作っているかを語っていた。
「醜い人間が作ったものなんて誰も食べたいとは思わないでしょう?最高の僕が作るお菓子こそ皆が最高に喜んでくれるお菓子なんです!」と、そう綴られた記事を目にしたデイビッドは即座に雑誌をエリックに返した。

「コイツは放って置いていい。関わるだけ時間の無駄だ。」

そう言ってデイビッドが立ち上がると、すかさずヴィオラがその腕を引っ張った。

「口直しにケーキ焼いて下さい!」
「ケーキの口直しがケーキ!?」
「クリーム無しのシフォンケーキでいいですから!」
「本当は…?」
「生クリームたっぷりの2段ケーキが食べたいです!!」
「夕方までかかっていいなら作るぞ?」
「わぁーい!!」

気持ちがささくれた時、デイビッドはヴィオラを盛大に甘やかす。
ヴィオラが笑って喜ぶ姿は、今やデイビッドの精神安定剤のような物だ。
休み時間が終わり、授業に戻って行くヴィオラを見送ると、デイビッドは早速ケーキの土台を作り出した。

「ケーキを焼く時は、いつも必ず楽しい気持ちでいなさい。それが最高の隠し味よ!?」
かつてマダム・ネリーにそう教わったデイビッドは、どんなに不機嫌そうな顔をしている時でも、ケーキを作る間だけは手元に集中し、なるべく楽しい事だけ考えるようにしている。
焼き立ての生地を休ませる間、今日は商業科の授業の為、エリックを残して講義室へ向かって行った。


商業科ではシュトラールの事件があった直後ということもあり、少しだけ皆の元気がない。
国内の流通手段と経路の比較をしている間、珍しくお喋りも聞こえず、質問の声も上がらなかった。
しかし、誰かの発言をきっかけに室内はいきなり大騒ぎとなった。

発端は親善会の食材が、運河と馬車で運ばれて来た高級品であると言う説明をした事から。

「ーーで、特に果実や野菜は鮮度と形が重要視される分、長期の輸送には細心の注意を払う事が前提で輸送料も高いからーー…」
「先生、エビは?!」
「…エビ?ああ…魚介の運送は更に値が張る上に難しいから、専門業者がいてーー」
「先生!生きたエビはどうやって運んだんですか?!」
「えー………と………そこは業者の企業秘密じゃねぇか?」
「でも先生が持って来たんですよね!?エビ!!」
「……料理したのは確かに俺だけどよ…持って来たのは…」
「先生じゃないんですか?」
「っていうか先生以外考えられません!」
「海から運んだんですか!?」
「やっぱり秘密のルートがあるんですか!?」

興味津々の生徒達に詰め寄られたデイビッドは、遂に珍しく口から出任せに適当な事を言ってしまった。

「あれは…ホラ!この前話したろ?将来的に空輸が可能になるとか言う話。アレの輸送試験もんだよ…」
「ええーー!?」
「すごぉーーい!」
「もう試験段階に入ったんですか!?」
「あぁぁー……ここだけのハナシって事で頼むぞ?実験自体、公開したもんじゃねぇし、俺個人でやった事なんだからな!?毎回上手くいくとも限らない。頼むから騒ぎにはしてくれるなよ?!」

このくらい念を押しておけば大丈夫か?などと、いつもはしない甘い判断を下したのも、どこか疲れが出ていたからなのだろう。


放課後、生徒達と別れ、研究室で冷めたケーキにシロップを塗ろうとしているところへ優雅に現れたのはアリスティアだった。

「デイビッド先生、ごきげんよう!」
「あの…何か?!」
「水臭いですわ!私も頂きにあがりました!エビ!!」
「エビ!??」
「親善会で食べた味が忘れられず、夢にまで見ますのよ?エビ!」
「エビ??無いですけど?!」
「あら、私の目はもうごまかせませんよ?」

アリスティアが指を鳴らすと、カゲロウの様な翅を羽ばたかせて一匹の妖精が現れた。

「……忘れてた…そうだ…姫様には能力チカラを渡したんだったか…」
「親善会での入手経路も調べさせましたが、あの日魚介の運送は早朝の時間にはどこも行われておりませんでした。ましてや生きたエビなど運べるはずないと…それが先程商業科で空輸のお話を聞きまして、当日の明け方空を飛んだものがいなかったか、妖精に調べさせた所、魔法学棟の風見鶏に住む妖精が、黒髪の大男がヒポグリフに乗って行き来していたと教えてくれました。」
「あー………」
「観念して下さいませ。」
「言い逃れはできねぇか…」
「そもそもヒポグリフを個人で所有している方なんてデイビッド先生以外おりませんもの。」
「わかった…極秘で良ければ詳細を話す。少し事情が込み入ってんだ。それこそエビなんてオマケ程度の話だぞ?この国の王女として聞けよ?」

これ以上は隠せないと覚悟を決めたデイビッドは、領地で起きた精霊樹の発現と、その領域の門番となる精霊に気に入られた事、同じく水精と契約した事などを、アリスティア相手に大まかに話した。

シロップ漬けの黄色いモモを薄切りにしてクリームを塗ったケーキに挟み、2段重ねて上からたっぷりのクリームでナッペしながら話すデイビッドの横で、アリスティアは全身の血が引き、手足が震えて喉がカラカラになっていた。
出されたアイスティーは既に一滴も残っておらず、気がついたデイビッドが継ぎ足してくれた分も、直ぐに飲み干してしまった。

「デイビッド、貴方はそれがどれ程の大事件か、ご理解されておりますか…?」
「どんな事件だろうと関係無い。俺は掛けられた信頼に応えるだけだ。」
「こんなに冷や汗が止まらないのは久しぶりです…世界中の…いえ、全大陸の権力者がその手に収めんと、何百年も求め彷徨い数多の犠牲を払って尚、手に入れた者は1人としていない正に伝説の世界樹を……寧ろ、手にしたのがデイビッド様で良かったとしか言いようがありません。そうでなければ今頃戦争どころか、この国を舞台に無法の殺戮が起こっていた所です…」
「だから秘密で頼むぜ?」
「陛下に……いえ…私も今は精霊の力を感じることの出来る1人…せっかく人に好意的な道を選んで下さった精霊の怒りを買えばどうなるか…イタズラに国を危険に晒すようなマネはできません。掻い摘んである程度報告はさせて頂きたいと思いますが、全てを語ることは止めておきます。」
「頼むからそうしといてくれよ?」
「なんて何でもない事のように話されるのでしょう…本当に恐ろしい方…」
「ま、そんな理由だから、逆になんかあれば力になれるかも知れねぇぞ。」
「ないことを祈ります…」

3杯目のアイスティーを空にすると、アリスティアはようやく人心地ついて話を元に戻した。

「それで、エビの話はどこに繋がるのですか?」
「ああ、そうそう!契約したメリュジーヌが住んでる湖が海と繋がってるらしくてよ。罠放り込むと捕れるんだよ、でっかいロブスターが。ヴィオラの大好物で、ちょくちょく捕りに行ってんだ。」
「もう何も驚きませんよ。そうですか…流通経路があるならと少し期待してしまいましたが…事情がこれでは介入は難しいですね…」
「打ち開けたよしみだ、たまに差し入れしてやるよ。」
「本当ですか!?」
「外部の人間がいる時は作らないようにしてたが、姫様ならいいだろう。その代わり周りにはバレるなよ?」
「わかりました!ありがとうございます!!」

当初の目的とは少し外れたが、美味しい思いができると知ったアリスティアは、にっこりと微笑んだ。
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