黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

忠誠

知った顔の隊員も、知らない顔の隊員も、ギョッとしてデイビッドを見ている。

「俺達の雇い主のとこじゃねぇかよ!?」 
「雇うったって半分は国営だろ?」
「8割以上金出してくれてんのはデュロックだよ!むしろ一番世話になってる。俺達、貴族は苦手だけど、デュロックにだけは忠誠を掲げられるってくらい、助けられてんだ!」
「大袈裟だなぁ。」
「んなわけねぇだろ!命懸けで戦う遊撃隊をここまで理解して支援してくれる貴族なんかいねぇよ?!装備はもちろん、衣食と衛生に関してはこの数年で格段に良くなってるし、何より飯の質が以前の比じゃなくなった。こう言っちゃ何だが、野営中に飲むスープが楽しみになったくらいだ。」
「マジかぁ!少しでも力になれてて良かった。助けになってたって聞くとやっぱ嬉しいな!」
「理解があるはずだ…まさか俺達を支えてくれてたのが元隊員だったなんて…」
「あの時の俺にそんな力はねぇよ。片っ端から提案して実行したのは上の人間。あ、でも保存食と調味料に関しては作ったの俺なんだ!美味いなら良かった!」

たった半年だったが、人生を大きく変えてくれたクロノスでの経験は、デイビッドにとって非常に得難いものだった。
その後の困難の中で生き残ることができたのも、彼等に授けられた知識と実力のおかげだった言っても過言ではない。
去り際に、隊長がくれた隊員証は本当に嬉しく、離れていてもその存在には何度も助けられた。
その恩にデイビッドなりに報いようとした結果が出せていたなら、素直に喜ばしい。

「なんでそんな大事なこと黙ってたんだよ!」
「隊長は知ってたはずだぞ?」
「何も聞いてねぇよ!あの人…そう言うとこ大雑把だったから…」
「もうすぐ独断で支援の決定なんかも出来るようになるから、そしたらどんどん意見とか出して相談もして欲しい!可能な限り応えるからさ!」
「それって…かなり上の人間になるってことだよな…?」
「そうだな。今次期当主で、あと半月もしたら当主になるんだ。」

気安い仲間相手と思ったからだろうか。
普段は喋らない立場の話までペロッとこぼしたデイビッドに、アールスは開いた口が塞がらない。

「当主…って、お前が?デュロックの?」
「ああ、まだ公開はしてねぇけど、その内連絡が来ればな。」
「デュロックって、確か、家門がいくつもあるんだよな?」
「いや、俺はどの家門でもない。の当主だよ。」

それを聞いた途端、全員が片膝を立て、拳を胸に当てた。

「うわっ!何だよいきなり!」
「申し訳ない…まさかその様な身分の方とは露知らず…」
「何言ってんだよフォルさん!立ってよ!俺そんなつもり無いんだって!」
「まさかデュロックの次期当主とは…ご無礼を…」
「頼むから止めてくれよ!アールスも知ってんだろ?!あの時の、ただ家出して隊の後ろにくっついてったガキだよ俺は!」
「デュロック家はそれ程我等にとって得難い理解者であり、有り難い支援者なんだ!改めて、この忠誠はここでお前に預けて行くぞ!?」

隊長が立ち上がり、マントを外して腕に掛け、剣を抜いて一度切っ先を空に向け、横にしてデイビッドに差し出した。
兵が城主や領主に命を懸ける事を誓う、簡易の意思表明だ。
受け取る側は、剣を預かりその頭上に刃先を掲げる。
ここまでされたからには、その覚悟に正しく応えなければなるまい。

「…クロノスの背中、預からせて頂きますフォルスター隊長。この先も安寧と平和の為に、尽力しましょう、お互いに…」
「あの時のチビ助が、デカい男になったもんだな…」

フォルスターも、嬉しそうに差し出されたデイビッドの手をがっちり掴んで握手した。


「よし!今日は街に出て宴だ!」
「隊長、グリフォンはどうすんですか!?」
「番が見つかったのならば行動範囲も限られる。雛が巣立つのはまだ少し先だ。今日明日でどうにかなる話ではない。束の間の休息だ!羽を伸ばして来い!」

歓声が上がり、皆重い装備を外して馬車に積み込むと、足取りも軽く郊外へ向かって行った。


デイビッドもその中に混じっていたが、街で宿の手続きに隊長クラスの人間達が行ってしまうと、恐る恐る誰かに声をかけられた。

「あ…あの…」
「ん?…あれ?!お前どっかで見たような…」
「お久しぶりです。アレクシスです!」
「あ!そっか、ここに入れたの忘れてた。へぇ、少しゃ成長したみたいだな?!」

昨年の夏の始まり頃、ヴィオラの婚約者を名乗り、デイビッドにコテンパンにされ、容赦なくクロノスに放り込まれたあのアレクシスが、今や精悍な顔立ちに幾度もの死線をくぐり抜けて付いた自信に満ちた表情をしている。

「あれから1年経つのか。どうだったクロノスの生活は?」
「先月…見習いから、やっと端隊員に入れてもらいました…」
「ははは!厳しいなぁフォルさん!俺なんか隊長が適当だったから数ヶ月かしない内に隊員にされちまったよ。」
「いいえ…元隊長からお聞きしました、…クロノスの入隊記録の最年少は12歳…驚異的な忍耐力と精神力を持ち合わせた、生まれながらの戦士だったと…怪我さえなければそのまま隊員として連れて行きたかったと何度も話されていました。」
「あの人の話は半分聞き流すくらいでいいぞ。若い奴からかうのが生き甲斐みたいな人だからよ。」
「…ここに入って、始めの数ヶ月はついて行くのが精一杯で、水汲みひとつまともにできなくて本当にお荷物だった…任務中の留守の番すら満足にできなくて、迷惑かけてばっかりで…騎士団で習ったことなんて何も役にも立たないし、疲れて剣すら握れなくて…そしたら、野営箱の奥に古い手帳が入ってて…」
「お!懐かしいな、緑色のボロっちいヤツだろ?誰かの使い差しをもらって、俺が書いたんだよ。」

手帳の中には、他の隊員が任務中、留守を任された際にしておく事や注意点、野営時の心掛けや魔物の処理のコツ、食べられる野草や戦闘に巻き込まれた時の心得などが、幼い字でびっしり書かれていた。

「頭が悪ぃから何でも書いて覚えるのがクセでよ。もうとっくに捨てられてたかと思ってた。」
「あれのおかげで、なんとかやってこれました。新人は皆あの手帳に目を通すそうです。それで成長するんだって…」
「まぁ、なんかの役に立ってんなら良かった。」

デイビッドは雑談のつもりで話を聞いていたが、いきなりアレクシスがその場で地面にひれ伏した。

「…なんだよお前まで。」
「あの時は、本当に申し訳ありませんでした!俺がここまで変われたのは全て貴方のおかげです。思い上がったクズの俺を、見捨てずクロノスに入れて下さった恩、いつか必ずお返しします!」
「いらねぇよ別にそんなもん。こっちだって半分嫌がらせみたいなつもりだったしな。お前こそ、よく逃げ出さずに持ったなぁ!?」
「俺にはもう行けるところなんてどこにも無い…それに、どんな理由だろうと、せっかくクロノスに入れたのに、ここで逃げたら二度とチャンスはないと思って…」
「何にせよ、改心したならそれでいい。謝罪なら、俺じゃなくてもっと他にする相手がいるだろ?」
「はい…迷惑を掛けた相手には、許されない事をした償いに、殴られる覚悟で謝罪に行ってきます。」
「カインなら今頃、郊外騎士団の官舎にいるはずだ。」
「はい!」

走り去るアレクの背中からは、以前あった妙な苛ついた空気がキレイに消えている。
クロノスでの生活が良い修行になったようだ。
これからは自分の過去とも戦わなくてはならない。
精神的に最も辛いが、なんとか乗り越えて先へ進んで欲しいものだ。


郊外の宿屋と飯屋の集まりでは、昼にもならない内から一番大きな酒場の半分を占めてクロノスの宴が始まっていた。

「クロノスの栄光と、友との再会に!かんぱぁい!!」
「「「乾杯!!」」」
「待て!俺を巻き込むな!」
「固いこと言うなチビ助!」
「フォルさん酒グセ悪ぃからイヤだ!!」
「なんだと?コイツめ!」
「既に酔ってる!?」

魔物の討伐や野盗との戦いの後には、必ずこうして皆で街に降りてご馳走を囲み酒を飲む。
デイビッドも何度も見て来た光景だ。
そしてあまり好きにはなれなかった時間でもあった。
子供だったと言うこともあり、最初の乾杯の音頭を聞き、好物をいくつか摘んだら直ぐに拠点か馬車に戻り、その都度覚えた事をノートに記して先に眠ってしまっていた。
酔った隊長や仲間達に絡まれると面倒なので、宴の中にいたことはあまりない。

フォルスターに捕まり、酒の席のど真ん中に引きずり出されたデイビッドは、ダメな大人の宴会というものを見せつけられ、少しだけウンザリした。

「これがなけりゃなぁ…」
「何言ってんだ!?コレのために生きてるようなもんだ俺達は!」
「お前も飲め!?もういい歳だろ?」
「お前といつか酒を酌み交わすのが夢だったんだ!ここのエールはウマいぞ!?」

差し出されたカップには並々と黄金色のエールが注がれている。

「いらねぇ…酒は苦手なんだ。」
「なんだよつまんねぇな!」
「酒なんかなくたって充分楽しめてるよ。」

しつこい隊長の腕から逃げ出し、店のカウンターから、もう顔触れもだいぶ変わった古巣の仲間達を眺める。
ひとしきり思い出に耽ると、店の支払いを全てツケで請け負い、外へ出た。


その足で商会の支部へ向かうと、偶然ロドム会頭が顔を出したところであった。

「これはデイビッド殿、丁度よい所に!しばしお時間よろしいですかな?」
「どうしました?」

手招きされて入った部屋の中には、机から壁から床にまで、細かに描かれたどこかの町の建設計画がびっしりと並んでいた。
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