黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

別れの支度

デイビッドの心が曇ると、契約で繋がっている妖魔も心無しか落ち着かないらしい。
鍋を火をかけ、オーブンの天火にパン生地を入れると、ヴィオラが背中の裾をキュッと引く。

「嫌な事たくさん言われたんですか?」
「あの程度何ともない。それに、何言われてもとうに慣れっこだよ。」
「私は嫌です。好きな人の悪口なんて聞きたくない。デイビッド様の様に強くはなれません。」
「これは強さじゃない。諦めと弱さだ。ヴィオラには必要ない。ゴメンな、嫌な気持ちにさせて!もっとエリックみたいに取り繕えると良いんだけど、上手くいかねぇや…」
「ストレスの捌け口があれば耐えられますよ?」
「少なくともお前と同じ方法でストレス発散したいとは思わねぇからいい!」

少ししんみりした空気がいつもの様に軽くなる頃、鏡から小さなパイナップル頭が元気に飛び出して来た。

「まぁま!たぁいま!」
「おかえりライラ!今日は絵の具でお絵かきか?服がパレットみたいになってんな!?」

脱がせたスモッグを洗濯カゴに放り込み、手を洗わせるとライラがポケットから小さな青いクルミの実を取り出した。

「ままにあげる!」
「へー、ライラが見つけたのか?」
「ぷれじぇんと!」
「そっかそっか!嬉しいよ、ありがとうライラ。」
「えへへ!」
「ズルいです!私もデイビッド様に何かプレゼントしたい!」
「気持ちだけで十分、俺にはヴィオラが隣に居てくれるだけでもうプレゼントだよ。」
「ライラも!ライラも!」
「そうだな、ライラもだな。」

じゃれ合う3人を、夕飯が待ち切れず手頃なパンをかじり出したエリックは少しうっとおし気な目をして見ていた。
(ここ最近やたら女性の構い方が上手くなってきやがって…ヘタレのクセに…)
シェルリアーナと上手く絡めないやっかみもあり、エリックはこの所デイビッドへの当たりが強い。
ライラを抱き上げ、ヴィオラの隣で幸せそうにするデイビッドは、そんな事には少しも気付いていないようだ。



ジョエルの襲撃から2日後。
デュロックの邸で従兄弟筋の4人とジョエルの5人はジェイムスの仕事を手伝いながら、如何に自分が優れた人間か、そしてどれだけジェイムス氏を尊敬し、その後目を継ぐことを夢見ているかを語っているそうだ。
次期当主として教育を受けた手前、仕事はそこそこ早く、そこそこ使えるらしいので、もうしばらく邸に置いてから決闘うんぬんの話を詰めて知らせるという。

他に楽しい話題も無く、デイビッドがげんなりしていると、昼過ぎ近く、たらいに張った水が突然魚の姿に変わり大きく跳ねた。

[ 発つ頃だよ ]

「あっ!」

バシャンと飛び散った水を拭うと、デイビッドは鳥小屋からファルコを引っ張り出して来た。

「キュルルー!キュルルゥー!」
「気乗りしないのはわかってるよ!でも、見送りくらいしてやれって!」

羽の中に突っ込んだ卵を特注の孵卵器の中に納めると、航空用の鞍を用意し、デイビッドは久方振りにファルコの背に跨り空へ飛び上がった。

「ギュピィ゙~~…」
「悪かったよ、そう嫌がるなって!お前だって最後くらいはもう一度会いたいだろ?」
「ギュィ~…」

デイビッドはまずは郊外の憲兵隊の詰め所や下宿屋が並ぶ通りの上にやって来ると、鍛錬中のフォルスターに声を掛けた。

「フォルさぁーーん!!」
「ん?その声はデイブか?おーい、どこにいる?!」
「こっちこっち!上ですよ!」
「デイブ!!お前…その乗ってんの…ヒポグリフか!?」
「そろそろグリフォンが飛ぶそうです!支度をお願いしまーす!」
「わかった!わかったが、お前そのヒポグリフもうちょっと良く見せろ!!」
「そんなん後にして下さいよ!!」
「待てデイブ!降りて来ぉーい!」
「領地手前で待ってますぅー!!」

ファルコを旋回させると、直ぐに領地の森の中へ入る。
するとそこにはポワポワとした雛の姿は無く、後羽の生え揃ったグリフォンの幼鳥が草地で走り回っていた。

「キィーーーー!!」
「キィーキィー!」
「キュルルルピィーー!!」

久しぶりに会ったファルコに雛達が走り寄り、てんでに羽を突っついている。
森の中には大量の落ち羽が残され、巣の中にはぎっしり羽毛が敷き詰められていた。
デイビッドが巣の周りを見ていると、頭の上から巨大な影が降りて来た。

「キィー!!」
「お!こっちも元気そうだな。そろそろ発つんだろ?雛が無事育って良かった。」
「キキィー!」
「うぉぉ…やっぱ間近で見ると迫力がスゲェな…俺なんか一口で胴の半分は持ってかれちまいそうだ…」

雌のグリフォンがデイビッドに顔を近づけると、襟足の羽を身体に擦り付けた。
親愛の証の様な行動のひとつだ。
それから引き抜いた尾羽を、前と同じ様に後ろ髪の結び目に突き刺した。

「キィー!」
「ありがとよ…番には良い顔されないだろうからもう行くよ。」

雄グリフォンは、番のする事だから目溢ししてやっているだけだとでも言いたげにデイビッドを睨んでいる。

(この様子だと出立は明日の朝かな…)
グリフォンの活動が最も盛んなのは明け方から昼過ぎ。
雛達の体力の事もあるので、恐らく日が登り、気温が上がり切る前にここを発つはずだ。

雛とじゃれるファルコを置いて、デイビッドは今度は湖に向かった。

「知らせてくれて助かった!いつもありがとうジーナ。」
「なんの!主殿の役に立てるなら このジーナ なんでも致そうぞ?」
「急いでたから、あんま良いものは持ってこれなかった。悪い、今日はコレしかねぇや。」
「そう気にするでない ほう 飴細工か?花の模様が美しいな!人間は本当に面白いものを考えつくものだ!」

花飴の瓶を渡し、ジーナに礼を言って領地の外へ出ると、既にクロノス隊が馬車を率いて全員集結していた。

「デイブ!グリフォンが飛ぶというのは本当か!?」
「はい。恐らく明日、日が出て直ぐにここを離れると思います。」
「間違いないな!?」
「天候が崩れでもしない限り確かかと。」
「よし!全員この先の平野で待機せよ!グリフォンが現れ次第、我々も後を追い、必ずや無事に帰還するまでを見届けるのだ!」
「「「はいっ!!!」」」

威勢良く返事をしたクロノス部隊は、そのまま郊外の大通りを進み、平野の真ん中に即座に発てる準備をして拠点を作った。

デイビッドもファルコを連れて顔を出すと、大勢の手がファルコに触れ、大騒ぎとなった。

「すっげぇ!すっげぇぇ!!ホンモノのヒポグリフだぁ!」
「はい!はい!俺乗りたい!」
「構わねぇけど、イヤがったら止めてやれよ?」

クロノスの隊員達は、ファルコにすっかりご執心で、背中に乗せて軽くぐるりと飛んでやると、それはもう大はしゃぎしながら目を輝かせていた。

「いやっほぉ~い!!」
「たっけぇ~!デイブ、お前本当にスゲェな!」

普段は滅多に見ることができないヒポグリフに乗った隊員達は、子供の様に大喜びしてファルコを撫で回し可愛がった。

「ギュ……」
「そんな顔すんなよ。悪かったってば…」

すっかり不機嫌になったファルコは、夕刻前にデイビッドに連れられて帰る道すがら、飛ぼうとはしてくれなくなった。



デイビッドがうっかり頭にそれは大きな羽飾りを挿したまま研究室に戻ると、空腹でこっそりバナナを摘み食いしていたシェルリアーナと目が合った。

「何その羽!?」
「お前…また食べてんのか…?」
「バナナなら1日2本までいいって言ったじゃない!!それより、その頭の羽…まさかグリフォンの…!?」
「ああ、ちょっと訳ありで…」
「ほしい!!」

素材屋で見ることはあっても、値段も然ることながら素材自体の鮮度もあり、なかなかコレという物に巡り会えないグリフォンの羽。
それも最も大きく美しい抜いたばかりのピカピカの尾羽。
市場に出れば金貨1枚は下らない価値のある高級素材だ。

「欲ぉーしぃーいぃーー!!」
「ファルコの時もおんなじ事やったなぁそういや…」
「なんで?!なんでアンタばっかりこんなおいしい良い思いするの?!」
「なんだぁ?前に持ってきた時は興味無かったくせに、今日は欲しがるのか?」
「前…って?」
「お前の見合い騒動の時にも持ってたよ?エリックが欲しいっつったんで、やっちまったけど。」
「裏切り者!!」
「なにが…?」

細身のステッキ程の太さの羽軸に、子どもの背程もあるピンと張った鷲形の羽。そこに散った白い班模様。

「ヒポグリフの羽だって凄い力があったのに!今度はグリフォン!!嬉しいっ!」

飛び跳ねて喜んだシェルリアーナは、早速魔術に使うのだと言って部屋を出て行った。

「人の婚約者にプレゼントとは…いい度胸してますね?」
「ねだり倒して持ってったの間違いだろ?!毎度人のモンばっか欲しがりやがって!」
「まぁ上手いこと誘惑してくれちゃって…言って置きますが、僕、割と根に持つタイプですからね?!」
「じゃお前がしっかりリードして興味のあるもん用意してやれよ!お前なら好みくらいわかんだろ?!2年半も一緒に居たんだからよ!!」
「初期の交流相手ほぼアンタだったでしょうが!!従者としてひっそりやってる内にアンタの付属品としてしか見られなくなってんですよこっちは!」
「どんな言い掛かりだ?!頼むからそっちの事情に俺を巻き込むのヤメロ!!」


その後、ダイエットを再開したシェルリアーナにまた掛り切りで世話を焼き、見せ付けるようにベタベタするエリックに、そろそろ自分の巣を見つけて自立するよう促すべきかと、デイビッドはまた余計な事で悩み始めた。
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