黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地改革編

下拵え

祭りの中を散策しながら来たヴィオラは、山の様な屋台の様子をずっと観察していた。

「屋台のご飯は観光の人達より、現地の方に人気みたいです。ちっちゃい子からお年寄りまで、皆屋台でご飯を食べてました。」
「良く見てるな!そう、この辺じゃ家で作るより屋台の方が安く上がるんだ。」
「スープとご飯にお肉が乗ったプレート料理もたくさん見ました。」
「それだとこの屋台じゃ出せる量に限界があるな…」
「揚げ物は?」
「火力が出ない。魔道具は使えねぇから、せいぜいスープを煮るくらいしかできねぇんだよ…」
「私が居るのに…」
「え?」
「私がお手伝いするのに!デイビッド様が使えない魔道具だって、魔法だって私が使えばいい話じゃないですか!?」
「いや…でも、せっかく祭りに来たのに…」
「私はお祭りを楽しみに来たんじゃありません!デイビッド様の決闘を応援しに来たんです!!ジェイムス様も言ってたじゃありませんか!雇用は自由だって!私、このお店で働きます!ここで働かせて下さい!」

デイビッドはぐいぐい言い寄ってくるヴィオラに根負けし、とうとう首を縦に振った。


「わかった…その代わり無理はするなよ?」
「やったぁ!あ、でもライラちゃんも居るんでした!」
「忙しい時だけ声掛けるから、それまで周りで遊んでてやってくれよ。手が空かない時は背負っちまうからよ。」
「おんぶ~!」


それから大きな荷車を引き、今度は仕入れ用の問屋が並ぶ商業区へ向かい、明日使う材料を買い込んだ。

「うわぁ大きなお肉の塊!」
「煮てみるか…」
「こんなに大きなおジャガイモがたくさん!」
「定番は揚げ料理だな…」
「この葉っぱなんですか?」
「包み紙の代わりに使うんだ。ひとまず200と…割れにくい器も欲しいな。こっちは20もありゃいいか。」

次々買い物を終え、急いで宿に戻ると今度は仕込みに精を出す。
とにかく饅頭は作り置きの数が重要。
軟らかな小麦の生地に肉ダネが包まれ、平たい箱いっぱいになると布をかけて次の肉を包む。
この繰り返しで大きな箱4つ分が出来上がると、次は豚の塊肉のスパイスを刷り込み、紐で縛って軽く焼き色を付けてからいくつも鍋に放り込んだ。
中には飴色の濃い液体がたっぷり入っており、香ばしい香りが立っている。

別の鍋には香味野菜に豚の出汁ガラと頭の半切りを一緒に煮込み、スープにするつもりのようだ。

茹でた芋を潰してスターチと塩、白胡椒を混ぜ、溶かしバターで少し緩めたら謎の生地の完成。

それから小麦粉に重曹と砂糖、スパイス、香味油を混ぜ、よく練って寝かしておく。
茹でた卵の殻を剥いて調味液に浸すと、丁度生地が膨らんだので更に練って伸ばし、切って板状にしたものをねじってから熱した油で揚げていく。
揚がったら油を切り、軽く炒めながら糖蜜を絡める。ジァジャで良く見る龍を模した縁起物の揚げ菓子だ。

そこまで終わると既に辺りは夕方になっていた。

「はぁ…お腹いっぱい…」
「ライラも…エ゙フッ!」
「2人共よく食べたなぁ…」

味見と摘み食いが止まらず、祭りに行かずとも2人は満腹になってしまった。
やがて両手に土産をしこたま買い込んだエリックとシェルリアーナが帰って来ると、デイビッドは取っておいたもう一部屋にヴィオラとシェルリアーナを見送った。

「「ここは婚約者同士で一部屋じゃないんですか!?」」
「違うに決まってんだろが!」
「私はともかく、ヴィオラは学生よ?言う事聞いときなさい!」
「明日は大変だぞ?ゆっくり寝て休んどけよ。」

てっきり婚約者と2人切りになれると思っていたエリックとヴィオラは、当てが外れて早々にベッドに潜り込んでしまった。
やがてデイビッドもソファに寄り掛かって寝てしまう。

明日は決戦。
デイビッドも全く緊張していないわけではない。
負ければ何かしら失うのだ。
それに、ヴィオラには情けない所は見られたくない。
できる限りを尽くそうと、珍しくデイビッドもやる気になっていた。


次の日、朝早くからデイビッドは仕込みの続きをしていた。

鶏のクズ肉と香味野菜を生米に混ぜ込み、そのまま炊き上げて握り飯にすると、香りの良い大きな木の葉でひとつひとつ包んでいく。
一晩寝かした肉も食べやすい大きさに切り分け、キレイに色づいた卵も引き上げた。

「これ端から食べてったら怒りますよね…」
「何言ってんだお前は?」
「こんなに美味しそうな物が目の前にあるのに…」
「お前絶対食うなよ!?売りもんだからな!?食ったら本気でキレるぞ?!」

商品に手を出されては敵わないと、デイビッドはエリックにヴィオラとシェルリアーナを任せて早くも外に出た。
追加で購入した魔導式のコンロと、いつもの手持ちの焚き火台を屋台にぶら下げると、下拵えの済んだ食材を棚に収めていく。

水のタンクを起こして排水用のパイプを確認し、足元に保冷庫も据える。
そのまま屋台を引いてみると、ゴトゴト音を立てながら気持ち良く進んだ。
中身が揺れる事もなく、鍋も蓋をすれば問題ない。
車輪の軋む音が少しだけ懐かしい。

デイビッドはかつてアデラのスラムで、仲間達と井戸を通すため資金を集めようと商売に手を出した事があった。
子供の頭ではそこまで大きな事は出来なかったが、果樹園で破棄される果物を集め、フルーツジュースのスタンドを作って遠く離れた市場まで引いて行き、裕福そうな客を相手に売り歩いていた。
手にした額は大したものではなかったが、自分達の力だけで稼いだ金に皆で大喜びした記憶がある。

それからも様々な商売に関わり、成功と失敗を繰り返して来た。

デイビッドは屋台を引いたまま商業ギルドへ向かい、発行してもらった営業許可書と細かい物を買い足し、一旦屋台を預けて昨日ジェイムスと会った店へと向かった。

「おはようデイビッド!準備はいいか?」
「ああ、なんとかな…」

そこには既にパリッとした貴族服に着替えたジョエル達が待っていて、現地民とわらない服装のデイビッドを見て笑っていた。

「よく逃げ出さずに来られたものだな!いいか?私はこの街で一番の大通りに店を構える!貴様には真似できないことだろう!?」
「場所代もバカになんねぇだろうに、スゲェ自信だな…」
「さてさて、2人は何を売るのかな?」
「はい!私はこちらのジァジャの祭りに因んだ細工物と、デュロック領より持って参りました茶葉を組み合わせた花茶を売ろうと思います!」

ジョエルは、高級店舗で扱う茶葉の缶を予め持ち込んでおり、それで花茶を作って売るつもりらしい。
そこにこちらで仕入れた砂糖細工や飾り菓子を並べ、更に店が華やかになるよう、金銀細工や貴族向けの小物などを店に置くそうだ。
その場合、客層は外部から訪れた観光客が中心となるだろう。

「素晴らしい店ができたんですよ、当主様!」
「開店が待てず何人も声を掛けて来る程です!」
「そうかそうか、で?デイビッドは?」
「俺のはコレ。」

デイビッドは試しに蒸した饅頭と、木の葉に包んだ握り飯の袋を差し出した。

「ほほぅ?軽食か。なかなか旨そうだな!」
「バカにするなよ!?こんな貧乏臭い食い物で大金が稼げると思うな!?」
「開店資金掛け過ぎても実入りがねぇのは同じだろ?」
「わかってないな!先行投資金が大きければ反動もあるんだよ!」

それは長期戦の場合では?と思いながら、デイビッドは何も言わず父親の方を見た。

「もうすぐ正午だ。開始でいいんだよな?」
「ああ、そうだな。少し早いが…ジョエル、デイビッド、今この時より2人の商いの腕、しかと見定めさせてもらう。この魔道具を持って行きなさい。」

箱型の魔道具には金を入れる場所があり、ここに売り上げを入れる仕組みになっている様だ。
仕入れの伝票や金銭に関わる書類も全てここへ入れるそうだ。

「商品が足りなくなったら自分の持ち金で購入しなさい。純粋に売り上げた金額から、最終的に仕入れ金と店舗維持費や人件費などを引いて残った金額を対象とする。最終日時まで自分の稼いだ額が分からんというのも面白いだろう?それでは、デュロックの名を懸けた商い勝負!これより開始とする!」

胸に手を当て、仰々しく決闘の礼を取り、威勢良く駈けて行くジョエルと、面倒臭そうにさっさと背中を向けて歩いて行くデイビッド。
対象的な2人を見送ると、ジェイムスは袋の中身の饅頭を取り出した。
まだ温かい饅頭を割ると、中にぎっしり肉ダネが詰まっている。
一口食べて、ジェイムスは目を見張った。
(どこで見つけた…いや、まさか作ったのか?これは…なかなか侮れんな…)
ジェイムスは果実入りの花茶を注文すると、嬉しそうにひとり饅頭を頬張った。


デイビッドがギルドに戻ると、タイミング良くヴィオラ達がライラを連れて現れた。

「置いて行くなんて酷いです!」
「悪い、まだ始まる前だったからよ。」
「本当に僕はお手伝いしなくていいんですか?」
「エリックは今回手は出さないでくれ。形だけでも勝負事だからよ。」
「その分私が頑張ります!」
「せめてライラくらい見てるのに。」
「どうしても手が回らなくなったら呼ぶよ。」
「では手鏡は携帯しておきますね!」

いよいよ屋台を引いて商業区へ向かうと、既に何台かの屋台が待機していた。
デイビッドはその端の方に屋台を止めると、早速ヴィオラにコンロを作動させてもらい、鍋を火にかけた。

後ろの焚き火台にも炭を入れ、火が落ち着く頃に網を乗せて串に刺した団子を遠火で炙っていく。

最初に出来上がった饅頭を袋に入れ、そこへ揚げ菓子をひとつかみ入れると、同じ物をいくつも作りトレイに乗せて、デイビッドは屋台を離れて行った。

「どこ行くんですか?」
「ちょっとその辺回って来る。店はまだ開けてねぇから、待っててくれよ。」
「いってきまーちゅ!」

デイビッドはライラを連れて通りの方へ出ると、まずはすぐ隣の屋台に顔を出し、軽く挨拶をして行った。
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