黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
478 / 513
黒豚令息の領地改革編

ケーキの気配

「ぃやぁー…楽しかったね!!スゴい経験しちゃった!やっぱりデイビッド君の側にいると面白い事がたくさん起きて楽しいよ!!」
「面白くねぇよ!!」
「ハァー、やっと終わったわね。さ、私達も帰りましょ!」

馬車に乗り込むと、全員で学園に戻る。

「それにしても絶品でしたよ、デイビッド様の最強フルコース!」
「私も食べたけど…二度と絶対誰にも出しちゃダメよ?!」
「死人も生き返りそうな隠し味ばっかりでドキドキしたよ。世界樹の実って本当に美味しいんだね!今日のメニュー一揃えだけで、原価考えたらとってもじゃないけど個人でどうこうできる額に収まらなくなっちゃうよ?!」
「もうしねぇよあんな危ねぇ料理!」

王族でさえも口にはできなかろう特別メニューは封印され、その後このフルコースが揃う機会は二度と訪れなかったという…



(早く大人になりたい!早く大人になりたい!!早く大人になりたいぃぃぃ!!!)

この夜、星空に向かって切実に願う少女がひとりいた。

(早く大人になってデイビッド様といつでもどこにでも一緒にいられるようになりたぃぃっ!!)

秋も深まりディルケ星の輝きが弱まると、今度は豊穣と繁栄の女神“ウカ”を司る黄金色の星が力を取り戻す。

巡る星々に祈るヴィオラの目は真剣だった。
(私抜きでみんなで何か楽しそうなことしてるのズルいぃぃぃ…)
大人組の企み事に混ぜてもらえなかったヴィオラは、ひとりベッドの上で恨み言をこぼしたのであった。
 


次の日、気分爽快絶好調で目覚めたエリックは、朝からやる気いっぱいでオーブンの前に立っていた。

「…やる気があるからって何もかもうまく行くワケないんだって、終わってから気がつきました!」
「だろうな…」
「おはようございますデイビッド様!朝ごはん作って下さい!!」
「終いにはシバくぞ!?」

皿の上にはコゲたパンとぐちゃぐちゃのオムレツ、そして一度ひっくり返した痕跡の残るサラダが置かれていた。

「おかしいな…前は1人で何でもできたのに…」
「なら、朝の茶でも淹れてくれ。お前の特技だろ?」
「はーい!」

デイビッドは外から採って来た大砂鳥の卵をポーチドエッグにすると、チーズソースと焼いたベーコンで挟んで皿の上に乗せた。
焼き立てのブール、茹でたソーセージに、作り置きのトマトのマリネ、ニンジンの葉とカブの粒マスタード和え、間引き菜を色々混ぜたサラダに、今朝は即席のキャロットスープ。
まだ寝ているライラを起こさないよう朝の支度が整って行く。

少し不機嫌な顔で現れたヴィオラも、パンの焼ける香りには抗えず顔をほころばせて朝のハーブティーを受け取った。

「昨日は悪かったな。ひとりにしちまって…」
「ホントですよ!私さみしくてずっとベッドから出られなかったんですよ!?」
「卒業するまでは活動時間は夜8時まで。約束したろ?」
「でもぉ…」
「ヴィオラ寂しがりだなぁ…」

昨夜は急遽、乳児院に預けられたライラも不貞腐れて夕飯も食べずに布団で丸まって眠っていたらしい。
夜に迎えに行くと、寝ぼけながらデイビッドにしがみつき、なかなか離れなかった。

今日は日曜日。
夕べの埋め合わせに何をしようか、デイビッドが幸せな悩みに耽っていると、外からテッドの声がした。

「若旦那ぁー!商会の方にお客様が来てますよ!」
「いないっつっとけ!!」
「ネリー夫人がお見えです。」
「あ゙ぁ~…」

マダムの呼び出しとあらば顔を出さない訳には行かない。
ライラを起こし、朝食を済ませてやると、デイビッドはまた自転車を漕いで商会を目指した。


「あら、デイビッド。良かった。あなた、まだちゃんとチョコレート色してるのね。」
「あの…なんのご用でしょうか…?」
「なんのご用だなんて、まさか忘れたわけじゃないでしょう?私のお店を貶してくれた礼儀知らずに、お灸を据えてくれる約束だったじゃない?」
「(忘れてた!!)ああ、それならちゃんと覚えてますよ。」
「良かった。来週の収穫祭に合わせて、週末に広場の青空市の真ん中でステージを作るから、そこで公開勝負と洒落込みましょう?!」
「ンなもん洒落込まんで下さい!!まぁいい…その日、なんか作って持ってきゃいいんでしょ?」
「何言ってるの?!作るのよ。皆の前で、あなたが。」
「俺が?!人前で!?」
「最高のショーになること間違いないわ。」
「豚の解体ショー公開処刑の間違いでなくて!?」
「これは決定事項よ。相手も喜んで承諾してくれたわ。しっかり準備してらっしゃい。何を作るかは当日発表するわ。」
「はぁい……」

マダムはデイビッドに勝てと言いつつ、公平性を崩さないよう、何を作るかヒントの欠片も与えずに帰って行った。

デイビッドは仕方なく市場に出てケーキの材料を買い足すと、自転車に車付きの荷台をくくり付け、ガタガタ引きながら学園へ戻った。


「まま、けーち!」
「そう、ケーキだぞ。」
「こちょのけーち!」
「そう、チョコのケーキ。」
「まま、あいあと!」
「どういたしまして…?(自分用のつもりでいる?)」

ケーキを焼いている間は、何故か頭が空っぽになる。
デイビッドは泡立て器を忙しなく動かす合間に、オーブンに火を入れた。

「誰かのため」ではなく、「ヴィオラのため」にケーキを作る時間は、いつもより幸せな気持ちになれる。
花が咲くように笑う顔が見たくて、気がつけばついつい作り過ぎてしまう事もしばしば。
ヴィオラと出会ったばかりの頃、焦がれるあまり部屋中をシュークリームで埋め尽くした事もあった。

オーブンにチョコレート生地を入れ、先に焼いていた一番シンプルなカステラが出来上がると、卵と焦げた砂糖の良い香りが漂い、ライラが飛び跳ねて喜んだ。

「こりぇしゅき!」
「手掴みで食べた事はみんなにナイショな?」
「ないしょ!」

カステラの最初の一切れは、ナイフを使わず手でむしって食べるのが一番美味しい。
実はこのことをデイビッドに教えたのはマダム・ネリーだった。
グロッグマン商会に新作メニューの研究のために呼ばれ、男手が欲しいと、たまたま動けず暇していたデイビッドに声をかけたのが始まり。
野菜の皮むきや皿洗い、または卵やクリームを泡立てるための雑用員として招いた厨房で、まさかの逸材と分かり、料理人総出で囲い込もうとしたが、とうとう逃げられてしまった。


「ケーキの気配!!」
「転移門て匂いも通すのか?」
「いえ…アレはヴィオラ様の勘ですね。」
「ケーキ焼くと動く勘…」
「デイビッド様!私にもケーキ!!」
「まだカステラしか焼いてねぇぞ?」

結局この日はケーキの試し焼きに時間を使ってしまい、1日中部屋にこもっていたが、ヴィオラとライラが喜んだのでこれはこれで良いのだと、デイビッドも納得することができた。


夕方、ライラとヴィオラがすっかり眠ってしまい、6個目のケーキが完成した時に、チリリンチリリンと魔導通信機のベルが鳴り響いた。

(えーと…鳴ってるのは4番の魔石だから…これは総領か。)
カチリと魔石をはめ込むと、機械から声が聞こえてくる。

[デイビッド!ああ、ごめんなさいね。今話をしても大丈夫かしら?]
「もちろんです総領殿。なにかありましたか?」
[あったなんてものじゃないでしょう!?貴方、あの子と本当に決闘なんてしたの?!]
「え?ああ、そうでもしなきゃ引かねぇってんで、親父が勧めて来たんで受けました。まぁ、一応勝ちましたよ?」
[ハァ…本当に迷惑を掛けたわね…あの子には再教育が必要と思っていたけれど、その価値があるかしら…?]
「それは何とも、俺としては金輪際関わらないでくれれば、どこで何をしていようと構いませんよ。」
あのバカジェイムスにもよく言って聞かせなければね…まさか自分の息子に決闘を勧める父親がいるなんて信じられないわ…]

機械越しに総領の大きなため息が聞こえ、デイビッドはその心中を察した。

従兄弟パーシー達はどうなりました?」
[家の謹慎を無視してジョエルについて行ったのですから、それぞれお叱りと処罰を受けていますよ。元凶のパーシーは特に厳しい処分になって、分家筋に出されてデュロック領を離れるそうよ。]
「それでも隣領でしょ?」
[路線の通っていない土地を見下していたから、さぞや屈辱でしょうね。]
「案外早く新しい路線が通せるかも知れませんよ?」
[まぁ、上の貴族達が首を縦に振るかしら?]
「先日、ルミネラ公爵家が堕ちました。この度ラムダの歴史上初めて公爵家の褫爵ちしゃくが決まったそうです。」
[まさか…公爵家の中でも先代王弟の家門でしょう?!何があったと言うの!?]
「奴隷売買と魔生物の違法取り引きに手を染めていたそうで、筆頭取り消しの処分から間を置かずに悪事が露見した事で、王家も重く受け止めたようです。」
[なんてこと…]
「それについて、もしかしたら総領のお力を頼る事があるかも知れないので、その時はよろしくお願いします。」
[…分かりました。それより、もう貴方は当主として動いていいのよ。私には命ずるくらいの気持ちでいなさい?]
「ありがとうございます…」

従兄弟に当たるパーシーはデュロックの1家門ヴォルペ伯爵家の長男であったが、この度家を出される事になったそうだ。
同族内の事とは言え、デイビッドの預かり知らぬ手の届かない場所での事。
口を出す訳にも行かず、もう放って置くしかない。
デイビッドは顔もよく思い出せない従兄弟のことはそれ以上考えるのを止め、1週間後の収穫祭に集中する事にした。
感想 5

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った

歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。 だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」 追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。 舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。 一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。 「もう、残業はしません」

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

家族に忘れられていた第五王子は愛され生活を送る

りーさん
ファンタジー
 アズール王国の王宮には、多くの王子や王女が住んでいる蒼星宮という宮がある。  その宮にはとある噂が広まっていた。併設されている図書館に子どもの幽霊が現れると。  そんなある日、図書館に出入りしていた第一王子は子どものような人影を見かける。  その時、父である国王にすら忘れられ、存在を知られていなかった第五王子の才覚が露になっていく。