黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

開花

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「あー腕いったぁ~い!もうしばらく書き物したくない~!」
「お前は人にちょいちょいよこして楽してただろうがよ!」
「だって書くスピード段違いなんですもん!どうやったらあんな機械みたいに書けるんですか?」

昨夜、教員達の手紙は無事完成し、今朝の便で各生徒の保護者達の元へ送られた。
寝不足気味の日曜日。
ゆっくり寝ていようかと思ったが、講堂の工事の音で目が覚めてしまった。

「よっぽどでかい穴開けたみたいだな。」
「よく誰も怪我しませんでしたね。」

大きな木槌の音を聞いていると、シェルリアーナが顔を出した。

「おはよう!?ねぇ、レディが来てるんだから気付いて下さらない?」
「あー、シェルか。昨日は悪かったな。」
「その事で一度家に帰らなければならなくなりましたの。王家の呼び出しで断れないから、預かって欲しい物があるのよ。」

そう言ってシェルリアーナは、師匠とのやり取りで書き溜めたノートや、魔法陣の書き写しをドサッとテーブルに置いた。

「家にバレたら厄介ですし、部屋は開けるから不用心になるの。」
「別にかまわねぇよ?」
「あいてる所にしまっておきますね。気を付けて!」
「後日城から使者が来て、ヴィオラの様子と例の従魔について聞きたいことがあるそうよ?!それから、今日は昨日の事もあって全寮外出禁止で皆テスト勉強だから邪魔しに行かないこと!じゃあね。」

シェルリアーナが行ってしまうと、エリックはまた横になってしまった。
いつもの怠け癖もあるが、魔力がまだ戻り切らずふらつくらしい。

「プリン食べたいなぁ!大っきなバットにカラメルソースたっぷりで!!卵のサンドイッチと、長ぁーいソーセージの入ったパンもあったら嬉しいなぁ!?」
「俺もこのくらい見習うべきなのか…?」

大砂鳥が毎日卵を産むので、手持ちがだんだん豊富になってきて、最近は食べきれず騎士科へ持っていくこともある程だ。
今日は大きな卵を3つも使ってプリンを作っていく。
固めのどっしりした食感のプリンに、ほろ苦いカラメルソースを溺れる程かけて食べるのがエリックの好みらしい。
初めて聞いた時は耳を疑ったが、甘さを控えめにして味のバランスを取り、卵の風味を損なわないギリギリの量を攻めた作り方に落ち着いた。
(なんでそんな計算までしなきゃなんねぇんだよ!)
それも凝り性のクセに作り始めてしまったからには仕方ない。

大砂鳥の卵はひとつでサンドイッチ2人前分くらいの量になる。
丁寧に半熟になるようボイルする間に、生の卵に酢と油を加えて撹拌しソースを作る。
前からのリクエストで特別長く作って置いたソーセージにパン生地をまとわせ、オーブンで焼き上げたら潰した卵とソースでサンドイッチを作りエリックの昼食の完成。

「本当に全部作ったんですか?自分で言い出しといてなんですけど、ちょっと甘やかし過ぎじゃありませんか?」
「本当に言い出しといてなんだなぁお前は!!」

そこから長いソーセージパンを何本か包み、昼過ぎからは温室に籠もるつもりで、夜まで戻らなくても良いように片付け事や外仕事を終わらせ支度を済ませた。


「昨日は大変だったねぇ!魔法学棟の教員まで呼び出されてさ!もう散々だったよ!」

昨日はベルダ達も姫殿下の捜索に駆り出されていたらしい。
当人達が気にしていなくても、それだけ大事になっていたようだ。
(姫も大変だな…)

ベルダのお喋りを聞き流しながら、ヒュリスの麻薬成分を特定しようとしていると、リディアが慌てて温室に飛び込んで来た。
身振り手振りでデイビッドに何かを伝えようとしているが良くわからない。

「先生、リディアはなんて?」
「これは…アリーが開花しそうだって!?すぐに行こう!!」

腕をつかまれ、ぐいぐい引っ張られながら特別室のドアを開くと、何重にも重ねた結界の中でアリーの花びらが少し捲れているが見えた。
ミニアリーもいつの間にか姿を消し、側枝の花も消滅している。

「遂に開花が始まったんだ!!アルラウネの成体の開花なんて人生で一度だって見られるものじゃないよ!?生きていて良かったと心から思うね!」
「でも蕾の先が緩んだだけだろ?これ、夜までかかるんじゃないのか?」

デイビッドの予想通り、夕方近くになっても外皮が剥がれただけで、中の本体は一向に動く気配がなかった。
その前にずっとベルダが張り付いている。

(ヒュリスの麻薬の成分は雄しべに集中してるのか!葯が開く前に切っちまえば、虫の体内で合成されることもない…やっと少し前進したな…)
一方、デイビッドはデイビッドで自身の研究の発見もあり、なかなか充実した時間を過ごしていた。

そして日が暮れた頃、アリーの花びらが一枚、また一枚とゆっくり開いて薄い花弁の中にアリーの姿が透けて見える程になった。

「なんて神秘的なんだ…美しい!最高だ!!こんな世紀の瞬間に立ち会えるなんて夢のようだ!」
「人間の成長をイメージしてたら全然違った。大人になるっつーより、拡大したって感じの成長なのか…?」

子供が大人の姿になるのかと思いきや、元のアリーの形はそのまま、大きさだけ引き伸ばした様な姿が見えて、ここでも人との違いに驚かされる。

遂に最後のひとひらが残されるのみとなり、ベルダとリディアが身構えた。
リディアは結界の周りに根とツタを張り巡らせ、デイビッドの方にもツルを伸ばしてくる。

「いいかい?デイビッド君。アリーの様子が少しでもおかしければ、すぐに結界を展開して彼女を眠らせるよ?!植物の擬態や模倣は僕等には見分けられないから、判断はリディアに任せる。君はアリーに集中してあげて?何かあればリディアが助けるから!」
「人の首にツル巻き付けて?これ引っ張ったら戻って来いってか?!犬か俺は!!」

ツルを腕に巻き直し、最後の一枚が剥がれる瞬間を間近で見ていると、アリーの目がぱちりと開いて顔が動いた。
もし、攻撃を仕掛けてくるようならここで封じなければならない。
植物と人間、何がすれ違うかもわからない未知の領域に緊張が走る。

「アリー、久し振りだな?」

デイビッドが先に声を掛けると、目を見開いたアリーが腕を伸ばしてデイビッドの顔を捕まえた。
こころなしか狼狽えているようにも見える。
しかし、リディアのツルに反応は無く、この行動に敵意はないらしい。
冷たい手がペタペタ触れて何度も頭を撫で回し、だんだんツルが巻き付いて来る。
(これでリディアと綱引きになったら身体が千切れて終わるんじゃ…)
それだけでゾッとする。

アリーの手がふるふる震えて、いつもの様に笑顔を作ろうとしない。
こちらも不安になってきた頃、いきなりツルが伸びて来て口をこじ開けられた。

「アガッ!ちょ…アリー?!なにすん…なにそれ?木の実?!でかくねぇ?!入らない入らない!!無理だっ…てっ…グッ!ン゙ッ!ウグッ!!グェッゲホッ!!連続ヤメて!息止まる!!もう無理入んないって!!」

アリーは悲しそうな顔で、次々とデイビッドの口に何かの実を押し込もうとする。

「リディアさーんっ?!ちょっと助けてもらってもいいですかねぇ??あの俺死にかけてますけどぉ?!危険性の判断基準、人間に照準合わせてもらってもいいですか?!このままじゃ本気でヤバいんで?!」

一向に助けが来ない中、必死でもがこうにもツルが増えるばかりで、身動きが取れないまま命の危険を感じて叫ぶと、リディアが急いで近づいて来てアリーを宥め、そこでようやくアリーも落ち着いた。
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