Biblio Take

麻田麻尋

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1章

14夜 コミカルトリオから、愛を込めて

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 世界保安団要塞教会の敷地内の、魔獣退治部隊専用棟の二階。
 石造りの地味なグレーの見慣れた建物だが、今日は輝いて見える。
 隊長補佐に昇格したアイマヒュリー グローディアは鼻歌を歌いながら、新しい事務室に向かっていた。
 つい先日まで「小隊」でしかなかった自分達の隊が、新しい試みの支援隊と言う精鋭隊長に仲間入りを果たしたのだ。
 事務所は綺麗になるだろうし、副官としての評価も上がるだろう。ボーナスの支給額もアップして、美女敏腕副官としてフェキュイルの街中に自分のポスターが貼り出されて、イケメン俳優と魔力王に求婚されるんだ。
「グローディア……結婚するのか、俺以外の奴と」
 冴えない三白眼の典型的な東洋人の顔をした、隊長の顔がアップで迫って来る。
「隊長……ごめんなさい。隊長のこと人間として大好きだけど、おかーー男としては、愛せないんです」
 アイマヒュリー グローディアは長いブロンドの髪を揺らしながら、クネクネと舞い始める。
 願望ではなく妄想に変わっていることは、敢えてつっこまないでおこう。
 今日と言う記念すべき日に、アイマヒュリーは新しい香水をつけて来た。
 大好きなブランドの新作の、ベリー系香水。
 パッケージにピンクとリボンとお姫様が描かれた、乙女心の権化のような香水。
 キャッチコピーは、どんな男もイチコロ! 抱きしめたくなる香り。
 アイマヒュリーは、ドアノブに手を回した。
 扉には自分が作った、ハート型の「魔獣退治部隊専属支援隊」ドアプレートが掛けられている。
「おはようございま~す」
 満面の笑顔を隊長に向けると、彼は露骨に顔を引き攣らせた。
「おはよう、グローディア。香水、どんだけつけてんだ。普通にくせーぞ」
 コンマ数秒後。シュッと、一陣の風が吹いた。
 アイマヒュリーのボディブローが、いつきに炸裂する。
 いつきはシミだらけの壁に、打たれてその場に座り込む。
 ひび割れた窓ガラスに、剥げたフローリングの床。
 事務机と戸棚が所狭しと、敷き詰められている。
 まるで刑務所の作業場じゃん! アイマヒュリーはその言葉は、必死に飲み込んだ。
「新事務所、汚くないですか!? 綺麗な場所貰えるって、話は!?」
 ルータスは書類から顔を上げずに、聞かせるようにため息を吐く。
「話、聞いてなかったの? それは、第七隊の話。俺らは倉庫を改修した、ここ」
「ハァー!? だったら、前の事務所がいい!」
「だからそこは、応接室に変わるって言ってるでしょ! 決定事項だから」
「統括者の下僕がよぉ! リーランド統括者の玉舐めて、食う飯はさぞ美味しいんでしょうねぇ!」
 アイマヒュリーはルータスに今にも殴りかかりそうな勢いで、詰め寄っている。
「アンタはどうか知りませんけど、汚い真似は一切してないから」
 対するルータスは、流水のごとく冷たく平静に言葉を返す。
 いつきは首がもげそうな勢いで、首を横に振っている。
「私、直談判して来ます! 第七隊って、ガキの隊長ですよね。ちょっとビビらせりゃ、言うこと聞くでしょ」
「ヤカラか! やめなさい!」
 いつきはアイマヒュリーの両腕を己のそれで雁字搦めにして、静止に入る。
 トントンと、事務所の扉がノックされた。
 ルータスは「どうぞー」と、入室の許可をする。
「失礼します」とざわめき立つような、色気のある少年の声が聞こえた。
 扉の前に姿を現したのは、ウェーブがかった紫陽花のような髪をした儚げな少年だった。
 年齢はルータスより、数個は下だろう。
 純白の団服に、身を包んでいる。余りの高貴さに団服ではなく、神官の法衣のように見えてしまう。
 人間の本能に、直接訴えかける「美」の存在だとルータスは思った。
 一目惚れと言う単語は、このような存在を初めて見た人間が作った言葉だとも思う。
「初めまして。僕は第七隊の隊長、シンク ミッズガルズです。ご挨拶に、伺いました」
 アイマヒュリーはいつきの腕から、するりと抜けてシンクの前を陣取った。
「初めまして~。噂は、かねがね聞いております~。今期入団生でありながら、いきなり隊長の座についたエリートなんですよね~。さすがです~。庶民からは想像できない、凄さですよね。センス良くて、尊敬します~」
 なんだ! その合コンの「さしすせそ」みたいな、言葉は! いつきの顔に、デカデカとそう書いてある。
 先程までただならぬ殺意を抱いていた相手に、媚びを売り始めるとは……。
 世渡りが上手な、女である。
「縁に、恵まれただけです。グローディア隊長補佐は、面白い方ですね」
 そう言って微笑むシンクは、まるで天使のようだ。
「えっ……プロポーズですか!?」
「違いますよ。僕なんかは、貴方に釣り合わないですよ」
 なんのコントやねん……どこで笑えば、ええねん。いつきは視線でルータスに助けを求めるも、無視されるだけであった。
 仕方ないので、すっかり冷め切ったコーヒーを飲むいつき。
 シンクは「では」と会釈して、事務所を後にした。
「どうしよう……これ、何角関係になるのかな」
「相手、誰だよ」
「魔力王と、イケメン俳優と、シンク君と、隊長」
「えっ!? 俺、入ってんの!?」
 いつきは、飲んでいたコーヒーを吹き出した。
 ルータスはツッコミを入れたら疲れるだけだと、書類に再び目を落とす。
 彼のペン立ては、爽乃の土産の変な万年筆シリーズで占拠されている。
「そういや、今日だよね。新人来るの」
 ルータスの言葉に、いつきは嬉しそうに微笑んだ。
「楽しみだなぁ。三者三様癖あって、面白くなりそうなんだよ。余興を考えたから、見てくれ」
 いつきは自身のデスクの引き出しから、一枚の用紙を取り出した。
 ご丁寧に墨で、元気一杯の男児のような字で余興の内容が書かれている。
 オープニング 新人への挨拶と、場が和むギャグ(ギャグは、グランデスタに言って貰う)
 一 火の輪くぐり 用具はサーカス団から、借りたやつを使う。火よりも勢いのある女、グローディアにやって貰う。
 ニ ライオンの檻脱出ショー ライオンと、フィデーリスさんを同じ檻に入れて戦わせてみる。どちらの獣が、勝つのか勝負!
三 催眠術師VS 爽ちゃん どんな人間をも催眠状態にする催眠術師と、催眠術にかかってるような人間の対決。爽ちゃんのシラフは、常人の催眠状態のようなもの。催眠術は、どう作用するのか!?
 この空間に亀裂が走ったかのような、稲妻のように速く鋭い音が鳴った。
 ルータスの手刀がいつきの事務机ごと、用紙を真っ二つに切断したのだ。
 余りの出来事に後退しようとするも、いつきは縄で椅子に巻き付けられて身動きがとれない。
「ぶっ殺すぞ、マジで! 一番催眠状態なの、アンタだろうがよ!!」
「豚でももう少しマシな、余興考えますって。キモいで~す」
「ご、ごめんなさい……」
「豚がなんで人間の言葉を、話してるんですか?」
「ぶぶ、ブヒ……ぶひっひ」
 キースは事務所の扉の前で、下げていた鞄を床に落としてしまった。
 市民の英雄である、魔獣退治部隊がこんな変態集団だったなんて!!
 キースは白目を向き、彼の意識は天高く登っていく。
(天国のお母さんと、どこにいるかわからない父親へーー職場を、間違えたかもしれません)
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